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33.#サブカルの深淵より現れたる属性(3)

 片手ひとつで俺の全身を封じ、もう片方の手で刃先を食い込ませてくるのは、先日宿までやって来ていた傭兵。

 恐らくとても強いのだ。

 強いんだろうけど……


「なんで俺だけ捕まっちゃってんの!?」

「こっちが聞きたいわ!」


 思わず嘆くと、俺を除く三人から一斉に突っ込まれた。

 うう…戦闘能力皆無の日本人ですんません……! 不甲斐なさすぎる……!


 俺を拘束している傭兵は、にやりと笑う。


「勇者様は、スペルさえ言わせなきゃあ、ずいぶん非力のようだな? ――動くな、動けばこの剣で喉を貫く」


 ついでに言えば、俺がスペルを口にしようものなら、やはり即座にこの剣が俺の喉を貫く感じであるらしかった。


「ターロ! ちょっともう、信じらんない!」

「ここで捕まるか!?」

「さっき叫ぶ代わりにスペルを唱えればよかったよね!?」


 アメリア以下、エルヴィーラやトビアスさんも、俺を気遣うというよりは、顔にでかでかと「ありえない」の文字を浮かべてこちらを見ている。

 俺はいたたまれなさに半泣きになった。


「お……俺のことはいいから、マリーを――……ひっ」


 つい口からは、ヒロインがごときセリフが飛び出る。

 この場面でこの手のセリフを言うヒロインって健気だなって思ってたけど、うん今わかった、別にそれってその子の自己犠牲精神が旺盛なんじゃなくて、純粋に、お荷物な状況がいたたまれないからだったんだな!


 しかも、とたんにぐいと刃先がくいと引かれ、最後まで言わせてもらえない。

 つ、と、喉から血がしたたり落ちるのがわかった。


「おおっと、極力殺してはならぬぞ、アーベル。刺すなら喉以外にせよ。その者は、源晶石を生み出す金のガチョウ。この者がおらねば、我々は忌々しいギルドに金を払って石を集めるほかないのだから」


 逆に言えば、俺がいるから、もはやこの王様はトビアスさんにさえ気を遣わなくなったということだろう。

 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべたドーレス王は、身動きができずにいる俺たちにゆっくりと近づき、なにやら楽しげな口調で呟いた。


「とはいえ、女狐のおかげで、すでに石はほとんど集まった。あとは、そこにいる魔獣ぶんをすべて合わせれば、敵国を丸ごと吹き飛ばすくらいには十分かの。さあて、『処分』を始めなくては」


 そう言って、バルコニー越しに片手を挙げる。

 それが「処分」開始の合図だったのか、檻の錠が開けられ、一斉に魔獣たちが広場へと飛び出した――!


「…………っ!」


 わあああっ、と、階下から歓声が響く。

 それにまぎれて、獣人奴隷たちのものと思しき悲鳴も聞こえた。

 麻薬で自我を失っているらしい彼らも、命の危機に接して、呂律の回らぬ恐怖の叫びを上げているのだ。


 このままでは、彼らが食い殺されてしまう。

 いや、魔獣たちがロクサネロ草を目指しているのだとしたら、マリーが狙われる。


 吊るされたマリーに、何十という獣が襲い掛かる図をありありと想像して、俺はさあっと青褪めた。

 喉を裂かれるのと引き換えにしてでも、「stop」のスペルを――


「――私より奥に逃げてください!」


 そのとき、広場に凛とした声が響いた。

 その澄んだ音に、はっと目を見開く。


 まさか、この声は。


「魔獣たちの狙いは、ロクサネロ草です。彼らは、全身に草の匂いを染み込ませた、私という餌のほうに必ず引き付けられる。だから――私より奥へ!」


 理知的で、丁寧な話し方。

 階下で逃げ惑う獣人たちに向かって叫んでいるのは、バルコニーから張り出した丸太に吊るされた――マリーだった。


 彼女には、理性が残っていたんだ……!


「原液を飲まされてなお、自我を保っているだと……!?」


 それまでの泰然とした構えをかなぐり捨てて、ドーレス王が叫ぶ。

 ぎょっと手すりの先を覗き込む彼を、マリーは吊るされたまま、静かな笑みを刻んで見上げた。


「――違えましたね?」

「なんだと……?」

自我の残る(・・・・・)獣人奴隷を獣に食わせようとするのは、『処分』ではなく、『狩り』。あなたは、源晶石と引き換えに『狩り』を中止するという契約を――違えましたね?」

「――…………!」


 ドーレス王は、はっと息を呑んだ。


「まさか、おまえ――」

「契約の履行を。――腐れ!」


 マリーが、これまでの穏やかさが嘘だったかのように、鬼気迫った叫びを上げる。

 途端に、ドーレス王が「ぐぁああ!」と叫び、己の喉を掻きむしった。


「ぅああ、ああああ、あああああ!」


 血が腐る、というのが、比喩なのか実際の症状なのかは知らない。

 しかし、王は口から泡を吹き、その場にうずくまると、やがて糸が切れた人形のようにどさっとその場に崩れ落ちた。


 恐らくそれが、マリーと王の交わした契約の履行。


 彼女は、自我を失ってなどいなかった。

 ロクサネロ草を飲まされても、その意識を保ち、「狩り」が始まるこの瞬間を待ってたんだ。


 両手を吊るされたままのマリーは、息を荒らげ、険しい顔で階上の俺たちを見上げていた。

 室内の空気が沈黙し、膠着しかける。しかしそれをすぐにアメリアとエルヴィーラが破った。


「マリー! あんた……演技だったのね!? 待ってて、今助けるから!」

「私の浮遊の呪文が完成したら、アメリアが剣を投げて綱を切る。少しだけ持ちこたえてくれ!」


 そう言って、今度こそバルコニーの先へと身を乗り出す。

 兵力は軒並み広場に集合しているうえ、残った希少な兵士たちもアメリアたちに無力化されてしまったため、今の彼女たちを止める者はなかった。


 俺を拘束していた男も、「あれま、死んじまったか?」などと、あっさり俺を手放し、倒れたドーレス王をまじまじと覗き込んでいる。

 王が死んだら命令は無効になる、という程度で、忠誠心というものはないらしい。


 俺も慌てて手すりへと駆け寄り、丸太の先にいるマリーへと叫んだ。


「マリー! 大丈夫か!?」


 ようやく視線を合わせることのできた彼女は、しかし険しい顔のままだ。


「その……源晶石をマリーが持ち去った経緯とか、だいたいわかったから! もう大丈夫、今助けるからもう少しだけ――」

「――馬鹿じゃないですか?」


 そして、言い募る俺たちを、彼女は低い声で遮った。

 え、と目を見開く。


 マリーは、これまで見たことのないような、冷ややかな表情を浮かべていた。


「ほんと、お人よし。ちゃんとわかってますか? 私は、あなたたちを騙してたんですよ?」

「だから……、それには事情があるって、ちゃんとわかって――」

「事情があろうが、あなたたちに嘘をついて、ときにわざと魔物に遭遇させて石を巻き上げていた事実は変わりません。特にターロさん。あなた……最初から最後まで、私に騙されて、搾取されつづけてたんですよ?」


 辛辣な表現に、言葉を失う。

 その間に彼女は静かに視線を逸らし、「獣人にも」と、広場に散らばる仲間たちを見下ろした。


「獣人にも……奴隷にも、ささやかな誇りと、恥の意識はあります。自分が引き起こしたことの後始末くらい、――自分でさせてください」


 どこか覚悟を決めたような硬い声に、悟る。

 彼女は、自分に魔獣を引き寄せることで、仲間の盾になろうとしているのだ。


「だめだ……そんなの、だめだ、マリー」


 逃げ惑う獣人たち。

 彼らは一心不乱に、マリーが吊るされている場所よりも奥を目指す。


 咆哮を上げてそれを追いかけていた魔獣が、今、なにかに気付いたように顔を上げた。

 彼らの頭上――丸太から吊るされている、格好の獲物の存在に。


「だめだ……っ、――『stop』!」


 先頭を走っていた豹のような形をした魔獣が、マリーに飛び掛かろうとしたのを、とっさにスペルを唱えて退ける。

 光の輪に驚いて、魔獣は一瞬その場を退いたが、すぐにぱきんと小さな音が響いて、スペルは破られてしまった。

 恐らく、檻に囚われる前の攻防で、制止系の魔術には免疫ができてしまったのだ。


 脅威でなし、と判断したらしい魔獣が、再び跳躍を始める。

 それを見ていたほかの魔獣たちも、次々と丸太の下に集まってきた。


「マリー! マリー!! 避けて……! ちょっとは、避けろよ……!」


 彼女の眼前には恐ろしい光景が広がっているだろうに、マリーは身じろぎする素振りすらない。

 爪先より下に垂れ下がっていた、ロクサネロ草の汁が染み込んだ布に魔獣の爪が掠り、引きちぎられても、彼女はぐっと口を引き結んでいるだけだった。


「マリー! んもう、この馬鹿!」


 浮遊の魔術が完成する前に、剣を投げてその魔獣を追い払わざるをえなかったアメリアが、激しく舌打ちをする。

 彼女はエルヴィーラに向き直ると、


「浮遊の呪文はまだなの!?」


 と叫んだ。


「今完成したさ!」


 エルヴィーラも叫び返すが、その割にはマリーの体が浮き上がる気配がない。

 どういうことかと目を凝らしてみれば――彼女から垂れ下がった布が、魔獣の数匹に引っ張られているのだった。


 時折、布自体がちぎれてしまって、一瞬身体が浮き上がっても、またすぐに魔獣が切れ端に飛び掛かり、下へと引きずり下ろす。

 あれでは、マリー自身の爪先に牙がたどり着くのも、時間の問題だった。


「一瞬身体が浮き上がった隙に、マリー自身が身をよじるなりして、魔獣を回避しないことには……!」


 つまりこれは――マリー自身の意思の問題なのだ。

 俺は手すりにかじりつき、声を枯らして叫んだ。


「マリー! マリー、身をよじって! 逃げて! 頼むから!」


 だが、頑固者の彼女は、一向に聞き入れようとはしない。

 耳と尻尾をぴんと逆立てて、確実に襲い来る牙を、己で受け止めようとしていた。


「騙してたのがなんだよ! ごめんなさいして、仲直り、これでいいじゃんか! なんでそんな意地になるんだよ! 戻って来いよ!」


 思い付く言葉をすべて並べて説得するが、それでも彼女は耳を貸さない。

 俺がぎゃぎゃんと喚きつづけていると、ようやく、マリーはぽつんと呟いた。


「――戻れません」


 自嘲するかのような、声だった。


「戻れない。戻れるわけないじゃないですか。こんなふうに皆を裏切っておいて、どんな顔で仲間を続ければ? ニホン人のお人よしも、ここまで来ると単なる――」

「――ストップ!」


 そのまま吐き捨てるように続けそうな彼女を、思わず遮る。

 スペルではなく、単純に、彼女にそれ以上そんなことを言ってほしくないがための言葉だった。


 怪訝そうに顔を上げたマリーの目を、しっかりと覗き込む。

 一度捉えた視線を二度と外させないよう、俺は彼女を凝視したまま怒鳴った。


「あのなあ……あのなあ! マリー、おまえ……おまえ――日本男児の、ツンデレ好きを舐めんなよ!?」

「――…………は?」


 なんとか彼女の、と心に響く説得を、とパニックに陥った頭で考えた結果、かなり文脈から迷子になったような言葉が飛び出る。


 胡乱、としか言いようのない目でマリーがこちらを見たが、俺はもう、勢いのまま捲し立てつづけた。


「ツンデレ! ツンデレってわかる!? ジャパニーズサブカルの深淵より立ち現れし究極のヒロイン属性! 最初はツンツンしてた女の子が、あるときからデレデレしてくるってやつ! 最初ツン! からのデレ! もうね、これをされたら、どんな男でもめろめろになんの! 日本男児なら! そうならざるをえないの!」

「…………意味がよく――」

「最初がツンでも、いいんだよ別に! タカビシャだろうと冷ややかだろうと腹黒だろうと、そんなのまったく問題ないの!」

「…………」


 マリーが呆気に取られている。

 けれどなんとなく、これまでのまったくこちらに耳を貸さない雰囲気が拭われはじめた気がして、俺は声に力を込めた。


「マリーが俺たちのことを騙していようと! 内心では馬鹿にしてたんだろうと、利用してたんだろうと! そんなの……最後に『さ、最初は騙すつもりだったけど、今じゃあんたたちが大好きなんだからね!』って言ってくれたら、それでいいんだよ! すべてが昇華されんだよ! オールオッケーなんだよ!」


 もう、我ながらなにを主張しているのかよくわからない。

 よくわからないけど、必死だった。


 こんなの、終わりよければすべてよしなんだ。

 マリーが変わると――過去を捨てて、これからは俺たちと心から信じあう関係になりたいと、ただそう告げてくれたら、もうそれで、全然いいんだ。


 それくらい、俺たちはマリーのことが好きなんだ。


「なにを……」


 マリーが小さく呟く。

 その顔は、呆れた笑みを浮かべようとしていたが――途中で、へにゃりと崩れた。


「なにを、言ってるんですか……」

「だから、ツンデレの魔力を舐めんなって話だよ! マリーは、過去も経緯も事情も全部かなぐり捨てて、『パーティーに戻りたい』、これでいいの! これで、全部解決すんだよ! ツンデレの正義を信じろ! 俺たちを、信じろ!」

「…………」


 眉を下げ、耳を伏せたまま、じっとこちらを見つめる彼女に、俺はとうとう、渾身の力で叫んだ。


「いいから――デレろ!」

「――…………」


 ちょっとだけ、マリーが息を呑む気配がする。

 長い長い逡巡の後、彼女は小さな唇をきゅっと引き結び、それから震える声を紡いだ。


「――……わたし」


 魔獣はいよいよマリーの爪先をかすめようとしている。

 一匹が転げ落ちると、他の魔獣がそれを踏み台にして、どんどん、彼女との距離を縮めていた。


 くそ、魔獣、おまえらぴょんぴょん跳んでんじゃねえよ、今、隠れ腹黒だったマリーが、愛と友情のデレに転じんとする奇跡の瞬間なんだよ。


「…………い、です」


 小さな、小さな、囁き声が聞こえる。

 俺は、その声を拾うべく、手すり越しにぐっと身をかがめた。


 だから――魔獣!

 おまえらの唸り声がうるさくて、マリーの真実の声が聞こえねえじゃねえか!

 飛び跳ねてんじゃねえよ!


「なに!? 聞こえない!」

「――……りたい、です……!」

「なに!?」


 だから、魔獣!

 座れやてめえら!


「私、みんなのところに、戻りたい――」

「――っだあああもう! シットダウン(・・・・・・)! だっ! つーの!!」


 迫真の場面を邪魔する魔獣どもに向かって怒鳴りちらした結果、俺こそがマリーの言葉を遮ってしまった。


 が、結果。


 ――ぱああああああっ


「あ」


 見覚えのある光が辺り一面を染め、思わず顔が引きつる。


「あ」


 俺の隣では、アメリアとエルヴィーラもまたそろって声を上げていた。

シリアス先輩ご退場。

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[一言] なんでそこだけ流暢に発音しちゃうの……
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