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32.#サブカルの深淵より現れたる属性(2)

「す……すんごい早く、ドーレスの王城にたどり着いてしまったわね……」

「ああ……。なんだろう、この、ラスボスの住まうダンジョンに、クエスト開始五分で到着してしまったかのような空虚感は……」


 宿屋で俺たちの顔を照らした太陽が、天頂高くに昇ったころ。

 俺たちは早くも、ドーレス王城内の謁見室へと通されようとしていた。


 アメリアやエルヴィーラは、先ほどからなんとも言えない表情で、周囲を警戒しながら歩いている。

 その横では、


「はは。うまい! 速い! 高い! が僕の提供するサービスのモットーだから」


 ちょっとよそ行きのジャケットを着たトビアスさんだけが、陽気に笑みを浮かべている。

 彼こそが、この迅速なラスボスダンジョン登頂の立役者だった。


 宿の一室で、マリーに会いに行くと決意を固めた後。

 俺たちは即座に行動を開始し、運よくトビアスさんを捕まえることに成功した。

 どうやら向こうもこちらの動向を気にして、俺に会えるよう時間を作ってくれていたらしい。


 マリーには石の管理を任せていたことと、彼女がおそらく石を持った状態で失踪してしまったこと、しかしそれにはよんどころない事情がありそうなこと。

 それらを口早に説明すると、トビアスさんはしばし考えた後、すべて「わかった」と腹に納めてくれた。

 清濁併せ吞むというか、多少のことなら法規上の違反にも目をつぶれる人なのだ。


「石の滞納については、トイチということで、マンティコア温泉の管理権譲渡で手を打とう」


 いや、大きな利益の前には、法規違反すら取引材料にしてしまえる人なのだ。


 ついでに言えば、今回の協力ももちろん無償というわけではなく、俺たちが自分用にと所持していた薬草やポンシュポーションをすべて召し上げられた。

 なんだかこの人の近くにいると、骨の髄までしゃぶりつくされそうで怖い。


 だがとにもかくにも、彼のギルマスとしての身分、権力はありがたかった。

 大陸中の安寧を守る者の代表として、彼らは特別に各国王城に自由に行き来するための魔法陣を使用できるのだが、それを特別に使わせてもらえることになったのだ。


 一般人だったら一週間はかかると言われる王との謁見許可も、ほぼフリーパスでゲット。

「昼過ぎにお邪魔するからシクヨロ!」みたいなウルトラライトな事前連絡をトビアスさんが魔術で飛ばしたところで、あっという間にドーレス行きの手筈は完了してしまった。


 そうして、そのわずか数刻後には、俺たち自身も、魔法陣をくぐってこの場にたどり着いていたのである。


「凄まじいわね、金と権力の力っていうのは……」

「大変にありがたいのだが、なにかこう……」


 これまで、どちらかといえばアウトローな存在として世間と闘ってきたアメリアたちは、なにか物言いたげだ。

 が、この状況を考慮して、そのなにかをごくりと飲みこんだらしいふたりは、改めて顔を引き締め、通された謁見室内をぐるりと見回した。


 堅牢な石で丁寧に積み上げられた壁に、絨毯、暖炉、シャンデリア。

 玉座の横には、バルコニーかなにかに繋がっていると思われる大きな窓と、それを覆う光沢のあるカーテン。


 俺が思い描いていた「マリーたち獣人を虐げる悪逆の王国」というイメージとは裏腹に、室内は清潔で、品がある。

 すれ違う侍女は礼儀正しく、衛兵の数は思ったよりまばらで、平和というか、のんびりした雰囲気すらあった。


 ついでに言えば、今日はお祭りでもあるのか、ときどき大砲が鳴ったり、王城内にあるのだろう広場のほうから楽隊の奏でる音楽なんかが聞こえてきたりして、陽気そうな感じでもある。

 悲壮な覚悟を固めてやってきた俺たちは、この場の空気との温度差に少々戸惑いを隠せなかった。


「今日って、なにかお祭りでもあるんですか?」

「……いいや」


 だが、トビアスさんは険しい顔だ。

 狐のようなその目を細めて、小さく呟いた。


「ここ最近はなかったはずなんだけど」


 まるで、この陽気な空気を忌々しそうに思っているような様子である。

 不思議に思い、尋ねようと口を開いたとき、


「おお、ようこそ」


 それよりも早く、部屋の奥の扉が開き、ドーレス王と思しき人物がやってきた。

 深々と礼を取ったトビアスさんにならい、俺も慌てて頭を下げる――俺たちはこの国の住人ではないので、跪いたりはしなくていいらしい。


「よい、トビアス・キストラー殿。我々の仲ではないか。皆顔を上げてくれ」


 そんな鷹揚な言葉を聞き、顔を上げたのだが――


「――…………!」


 俺はそこで、思わず目を見開いた。

 なぜなら、ごてごてとした王冠を身に着け、仰々しい玉座に腰を下ろしたその人物こそ、かつて俺をこの地に召喚し、「リリース」した、あの身勝手な王様だったからだ。


「あんた……――!」


 まったくその可能性を考えなかったと言えば嘘になる。

 それでも、マリーのことで頭がいっぱいになっていたところに、こうして諸悪の根源に出てこられて、俺は大いに動揺した。

 そして動揺の勢いのまま、無謀にも一国の王に詰め寄るという愚考を犯しかけた。


「俺のことを覚えてるか!? あんた、よくも――」


 が。


「おお、勇者殿!」

 俺の糾弾は、そんな陽気な声で遮られる。

 ドーレス王はゆったりとした衣装に包まれた両腕をばっと広げ、玉座から俺のもとへと降りて来た。


「我々はずっとあなたのことを探しておりました……! 慎重の上にも慎重を期してなされるべき召喚の儀。神官のわずかな手違いで(・・・・)完遂できず、あなた様がちゃんと元の世界に帰られたか、はたまたこちらの世界に放り出されてはいまいか、だとすれば一刻も早く保護せねばと、ずっと気を揉んでおりました」


 親しみと労りを込めて俺の腕に触れてくる様子、心配そうに下がった眉。

 まるであの時の発言が嘘であったかのような、心底申し訳なさそうな様子である。

 自他ともに認めるちょろい俺なら、ころっと騙されてしまいそうだった。


 しかし、今回ばかりは事情が違った。

 なにせこいつは、マリーを隷属させ、獣人たちに差別的環境を強いる、まぎれもない悪人なのだから。


「……触らないでもらえますか。俺の記憶では、あなたが神官に命じて、召喚を途中で取りやめたんだったと思いますけど」


 反発すると、ドーレス王はちょっと意外そうに目を見開く。


「それに今は、俺たちはマリーのことで話があって来たんです。あなた直属の……奴隷。狐の獣人であるマリーに、あなたはなにを命じたんですか? 彼女はどこにいるんです?」


 腕を振り払い、マリーのことを切り出すと、彼はあからさまに興を削がれたような顔つきになった。

 ふんと鼻を鳴らして玉座に戻り、いつぞやのときのようにもみあげの辺りをいじる。


「……ふん、ニホン人から物分かりのよさと大人しさを取り上げたら、なにが残るのやら」


 ぼそっと呟かれた内容に、俺はかっとなった。


 それが本音かよ!


 再び口を開きかけた俺の前で、王は手を挙げる。

 すると、大きな窓にかかっていたカーテンが開き、バルコニーと、その先に広がる広場が見えた。


 美しく剪定された木々に、丁寧に刈り込まれた芝生。

 広大なスペースにはなぜかぐるりと柵が渡され、それを囲むようにして兵士たちが隊列を組んでいる。


 ただし兵士たちは、たいそう楽し気な表情で、ときどき歓声を上げながら柵の中を覗き込んでいた。

 柵で囲まれた円の両端は、茂みに隠れて見えないが、陽気な楽隊の演奏や、人々の様子から、これからサーカスでも始まるのかといった雰囲気だ。


 怪訝な顔をする俺たちに、王は「おや、そこからだと見えないかな?」と、バルコニーまで踏み出すよう促した。


 警戒心を高めながら俺たちは視線を交わし、慎重にバルコニーへと移動する。

 そして、そこであるものを視界に入れ、そろって息を呑んだ。


 バルコニーの、一番端。

 手すりの隙間からは長い丸太が渡され、その先端には縄が巻かれて、人が縛り付けられていた。


 両手を拘束され、みすぼらしい布一枚に身を包んだ、マリーが。


「マリー……!」


 信じられない光景に、俺たちは思わず絶叫してしまう。

 慌てて丸太の差し込まれた手すりまで駆け寄り、呼びかけたが、しかしマリーからはなんの反応もなかった。


 けして声が聞こえないという距離ではない。

 むしろ、ちょと手すりから身をかがめて、思いきり手を伸ばせば、彼女を縛っている縄に触れられそうなほどなのに。


「マリー! マリー!?」


 呼べど、叫べど、マリーは顔すら上げない。

 かといってぐったりと気を失っているわけではなく――下ろされた髪の隙間から見える横顔は、ぼんやりとなにかを見つめているようだった。


 くりくりとした、感情豊かなチョコレート色の瞳は、焦点を失ってしまっている。

 乱れた髪や、汚れた頬には、激しく暴れたような跡があるのに、本人はすっかり虚脱の域にいるようだった。


「無駄なことよ。この女狐には、ロクサネロ草の原液をたらふく飲ませてあるからな。衣にも染み込ませておるし、おおかた今頃、その香りに『夢心地』なのだろうよ」


 しゃがみこみ、必死に叫ぶ俺たちに、ドーレス王が話しかけてくる。


「なんだと……!?」


 とアメリアが睨みあげると、やつはにやにやと嫌らしい本性を露わにして笑った。


「怖い顔だ、剣士殿。獣人奴隷に、過分にも回復効果のある薬草を振舞ってやったと、感謝されてもいい場面だというのに」

「……ロクサネロ草は、獣や獣人には麻薬のような作用があるはずだ」


 エルヴィーラが唸るように指摘すると、彼は肩をすくめた。


「厚意を裏切られたその責を、こちらに負わされてものう。回復薬が合わぬ体質なのは、獣人の責任だ」


 身勝手な言い草に耳を疑う。

 絶句する俺たちの前で、王は芝居がかった仕草で肩をすくめた。


「残念ながら、自我を失った奴隷をそのままにしておいては風紀に障る。国の衛生と安全を保つため、同じ症状の獣人奴隷どもをまとめて、これから『処分』するところなのだ。皆も、せっかく我が国に足を伸ばされたのだ、観光がてら、楽しんではどうかな?」


 処分。

 反感よりもなによりも、その不穏な言葉に息を呑む。


 身を乗り出した王の視線の先を辿り、俺たちは一斉に顔色を失った。


 柵で囲まれた円の両端。

 茂みで覆われていたその部分の、右側からは、汚れた服をまとった獣人たちが、数人の兵に追い立てられて、ふらふらとした足取りで広場にやってくる。

 そして左側からは――何十という、獰猛そうな獣たちの収まった檻が押されてきた。


「あれらはな、わが国で一度は『保護』した魔獣だ。我が兵が、少々手荒な保護の仕方をしたのでな、慈悲をと思い、ロクサネロ草の汁を擦りこんでおる。するとどうだ、よほど薬が欲しいのか、ちと興奮しているようであるなあ」


 つまり、獣たちをいたぶり、興奮させたところに、さらに麻薬を与えているということだ。

 これだけ距離が離れているのに、魔獣が檻に体をガシャガシャとぶつける音が聞こえる。

 魔獣たちの全身から滴るかのような凶暴さに、思わず背筋が凍った。


「暴れたがっているのを、閉じ込めておくのも酷な話。なので、興奮している者同士、存分に『遊ばせて』から、兵士たちに処分してもらおうかと思ってな。なに、私からの手向けのようなものよ」


 広場をぐるりと取り囲む、高い高い柵。

 その周囲には、己の安全を確保したうえで、楽しげに魔獣を眺める大勢の兵士たちの姿。

 彼らは、魔獣を獣人奴隷にけしかけ、食い散らかして疲れさせた後に、それを仕留めようというのだ。


「――『狩り』は、長らく中止されていたのではなかったですっけ?」


 トビアスさんが低く尋ねる。

 これまでにない、相手を威圧するような声にも、ドーレス王はどこ吹く風だった。


「言葉には気を付けていただかなくては、キストラー殿。これは『狩り』ではなく『処分』。自我を失い獣に堕ちた奴隷を生から解放し、国の安全を守るための処置」


 あげく、彼はちっちっと指を振って、間違いをした生徒をたしなめる教師の素振りすらしてみせた。


「あの女狐――忌々しい獣人奴隷が交わした契約のせいで、私は『狩り』などしたら死んでしまうことになっているのでな。くれぐれも、そのような縁起の悪い言葉は口にしないでいただきたい」

「どの口がそんなことを言うのよ……!」


 話しを聞いていたアメリアが、とうとう牙を剥いた。

 手すりに足をかけ、丸太に括りつけられているマリーを救出しようと手を伸ばす。


 全身にロクサネロ草――魔獣を興奮させる匂いをまとったマリー。

 三階にあるバルコニーから吊るされ、その足先は、獣が渾身の力で跳躍すれば、鋭い爪が掛かるほどだ。

 魔獣が放たれる前に、なんとしても彼女を救わねばならなかった。


「おやおや、そなたらは源晶石を巻き上げられた口だろうに、お優しいことだ」

「おまえがそう仕向けたのだろうが!」


 アメリアだけではない、エルヴィーラも、もちろん俺も、そして剣呑な顔をしたトビアスさんまでもが、急いでバルコニーの手すりから身を乗り出す。

 が、とたんにバルコニー脇に佇んでいた兵士たちがやってきて、アメリアや俺たちを手すりから引きはがしにかかった。


 さらには、


「兵ども! 『処分』の邪魔をするこの者どもを捕えよ!」


 王の鋭い命令で、隠れ潜んでいたらしい兵士たちまでもが一斉に襲い掛かってくる。

 さすが謁見室を固める兵力というべきか、相当の手練ればかりのようで、素人目にも鮮やかな剣技や魔術を繰り出して、俺たちを追い詰めにかかった。


「ちっ、分を弁えなさい!」

「おまえらの相手をしている場合ではない!」

「僕まで襲うのはやめてくれる?」


 だが、アメリアたちもさすがの実力で、即座に応戦する。

 アメリアが手すりに掛けていた足を振り払い、兵の一人を蹴り飛ばし、同時に長剣を一閃、残り二人に切りかかる。


 エルヴィーラが魔術紙に素早く書き込みを入れるや、たちまちごうっと風が唸り、兵が吹き飛んでいく。

 文官寄りに見えたトビアスさんでさえ、細長い短剣(レイピア)を構え、効率よく敵を薙ぎ払っていった。


 あっさりと敵を圧倒してしまった――かに見えたその中で。


「ひっ!」


 ……俺だけが、がっしりと背後から拘束され、喉元に剣を突きつけられていた。

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