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30.girl's talk...?

 生まれついての、奴隷だった。


 マリーだけではない。

 父、母、弟――家族のすべてが。

 いや、一族のすべてが。


 いいや、種族のすべてが。


 劣等種の象徴たる獣耳と尾を持つ種族は、例外なく奴隷となって人間に従い、命と忠誠を捧げる。

 それが、人間至上主義国家ドーレスに生まれついた獣人に押し付けられた宿命だった。


 ただ、マリーには、「狡猾」と評される狐の血がそうさせるのか、複雑な思考を許す頭脳と、人間好きのする愛らしい容貌が備わっていた。

 だから、生まれてすぐに彫られる簡易の奴隷紋が薄らいできたころ、彼女は首の裏に、王直属の奴隷であることを示す特別な奴隷紋を得た。

 それは、ドーレスの獣人にとっては、最高の「栄誉」と言えることだった。


 その栄えある奴隷紋がなければ、マリーは今こうやって、ドーレスの王宮内を歩くことなどできない。

 普通の獣人奴隷であれば、即座に処分されるか、それとも「狩り」のための駒として、彼女が今向かっている「畜舎」に繋がれることだろう。

 そうして、ろくに食事も与えられずに、嬲られ、やがて殺される。

 奴隷とはそうしたものだ。


(……なのにアメリアさんたちったら、私に気を遣ってばかりで。おかしかったですね)


 とうに日が暮れ、闇に包まれた回廊を進みながら、そんなことを思う。


 ドーレス人ほどではないとはいえ、どこの国の人間であっても、獣人に対する扱いなどというのは同じようなものだ。

 使役し、または愛玩するためだけの生き物。対等に並び立つものではない。

 なのに、アメリアたちの接し方は異様だった。

 同じ寝台に転がって話し、ともに水を浴び、食事を共にする。

 まるで、気の置けない友人のように。


(彼女たちが、種族や法ではなく、自分の基準に則って接し方を決めているからなんでしょうけど)


 初めてアメリアに出会い、彼女が警戒心に溢れた顔つきで、どろどろの一皿を突き出してみせたとき、思わずマリーは笑いそうになってしまった。


 試しているつもりか、その程度で。


 だってマリーたち獣人は、ただ獣人であるというだけで、徹底的に飢えさせられた。

 草の根や、虫を食せるのなら幸いだ。

 火を使えるだなんて最高に贅沢だ。

 こちらは、人間の気まぐれで、ときに下水に顔を押し付けられ、時に土を噛んで生きてきた。


 エルヴィーラが、ハーフエルフだというだけで侮られ、男たちから嫌らしい目で見られ、心を閉ざしていたのにも、だからマリーは思わずにはいられなかった。


 尊厳を傷つけられるくらいがなんだというのだろう。

 たとえ娼婦としてみなされようと、彼女たちはじゅうぶん、人間と同列に遇され、命の危機から守られている。


 彼女たちが虐げられているのを見たらもちろん腹は立ったし、けして自分のほうが不幸だと訴えるわけでもなかったが、しかしだからこそ、彼女たちがマイノリティであるということそれ自体は、マリーに裏切りを躊躇わせる要素とはならなかった。


 犬は従順、猫は高貴、狐は狡猾。

 どうしても守りたいものがあるときは――なおさら。


 マリーは、ときどきすれ違う衛兵や侍女が、総じて冷ややかな視線を向けてくるのを、無表情で受け止めながら歩いた。

 エルヴィーラがよく「柔らかくておまえらしい」とほめてくれた髪も、今は心の糸を吊り上げるかのように、きつく結い上げている。

 入城許可証ともなる奴隷紋を、いつでも示せるようにしなくてはならないためだった。


 ただし、その上からすっぽりと、全身を覆うローブをまとっている。

 これは、「下賤なる」毛むくじゃらの耳や尾が王城の空気を汚してはならないからだ。

 マリーにとってローブとは、魔術師のお決まりの装束というよりは、奴隷の制服のようなものだった。


 と、人間の衛兵のひとりが、仲間と囁き合う態を装いながら、「女狐め」と揶揄を飛ばしてくる。

 マリーはそれにも表情を動かさず、歩きつづけた。


 女狐。

 その通りだ。


 だって、戦闘能力に恵まれなかった自分は、他人を騙し、裏切ることによって、願いを叶えてきたのだから。


 彼女の狙いは、常に源晶石だった。

 種族の解放を賭け、ドーレス王ヘンドリックと契約を交わしたそのときから。


(あと、大型魔獣一体ぶんほど……)


 拳を握りながら、考える。

 あとそれだけの量の源晶石を集めれば、王との契約は満了するはずだった。

 そしてその量であれば、パーティーの力を借りなくとも、なんとか賄える。


 マリーは、老獪な王の顔を思い出し、ぐっと口を引き結んだ。


 何度引き裂いても足りない、憎い相手。

 だが、今この瞬間を我慢して乗り越えれば、積年の夢がかなう。

 獣人族の奴隷からの解放という夢が。


(少なくとも、「狩り」だけはなんとしても中止させつづけなければ……)


 ドーレスには「狩り」という悪習があった。

 月に一度、獣人の奴隷を王城内の広場に放って傭兵たちに追いかけさせ、それを観て楽しむというものである。


 悪趣味極まりないその遊びは、傭兵にとっては、王の前で武技を披露する格好の機会でもある。

 獣人たちは容赦なく嬲られ、殺され、そしてそれは罪に問われなかった。


 狩りで「獲物」となる獣人たちは、兵に見繕われ、狩りが行われるその日までの間、王城の「畜舎」に繋がれる。

 王城近くの屋敷で働いていたマリーの弟は、たまたまその徴収日前日に粗相をして、主人の不興を買ってしまい、畜舎送りとなったのだ。


 このままではいずれ、確実に、弟は殺される。


 だから彼女は、頭脳と容貌を見込まれ、王直属の奴隷紋を押されたその日に、王に賭けを持ちかけたのだ。


 ――変わり映えのしない「狩り」にも飽きたでしょう。陛下は、本当はもっと美しく、高貴なものを手に入れたいのではございませんか?


 王に賭けを持ちかけることそれ自体が、彼女にとっては賭けだった。

 宴席の酒に薬を仕込み、酩酊させ、持てるすべての話術を駆使して王を契約に持ち込んだ。


 もともとは、王直属の奴隷となった者たちに、忠誠を誓わせるための儀式。

 奴隷紋に王の血を馴染ませることで、奴隷は王に絶対の服従を誓わされるのだが、それを逆手に取り、擦り込まれるはずだった王の血を契約書に落とすことで、マリーは契約内容を絶対のものとしたのだ。


 小指の先ほどの源晶石を一粒用意するごとに、一度狩りを中止すること。

 「畜舎」の獣人奴隷にも、王城の使用人と同等の食料と、安全な環境を与えること。

 もし源晶石が、王冠の重量と同じだけ集まれば、――ドーレスでの獣人奴隷を「解放」すること。


 ドーレス王が、源晶石を集め回っていたのは、数年前から勘付いていた。

 その目的がろくでもないことであるのも。


 それでもなお、彼女にとっては家族と仲間の命のほうが優先だった。


 獣人解放などは、ほとんど絵空事だ。

 せめて狩りが中止できればよかった。いや、なんとしても中止せねばならなかった。

 だから、ギルドを渡り歩いては、言葉巧みに源晶石を巻き上げていたのだ。


(コルネリアさん……彼女からも、そこそこの量を頂戴しましたっけ)


 エルヴィーラを呼び出したコルネリアという女性は、たしかアメリアたちと組む二つほど前に加わっていたパーティーの魔術師だ。


 もとは良家の子女であるらしく、ひどく高慢な性格なのだが、仲間内から煙たがられていたところに付け込み、源晶石の管理を任された。

 やがてパーティーそのものの空中分解を誘導し、石を持って失踪したので、まさか自分の仕業だと気付かれるとは思わなかったが、さすがは魔術師、そのくらいの勘のよさはあったのかもしれない。

 よもや彼女が、ドーレスに近いこの場所まで移動してくるとは思わなかったが、自分を追いかけて来たというのなら、大した執念だ。


(勘のよさといえば、トビアス・キストラーもですね)


 彼は、ここ最近マリーたちの図抜けた功績と、にもかかわらず源晶石がギルドに提出されない違和感に勘付いていたようだった。

 マリーが巧みに促し、あちこちの国に分散してクエスト報告をしていたにもかかわらずである。

 

 きっと彼は、自分の本性や、狙いにたどり着いてしまう。

 もうそろそろ、潮時なのだと思った。


(……いえ)


 マリーはそこまで考えて、淡く苦笑を刻んだ。


(この日が「やって来てしまった」んじゃない、自分が「招いた」んだわ)


 単純に調子に乗っていたのだ。裏切り者の獣人風情が、あの試合の場であんな振舞いをすべきではなかった。目立つべきではなかった。


 なのに、難なく敵を懲らしめてみせたアメリアに、悠然と悪意を跳ね返してみせたエルヴィーラに感化されて、うっかり自分まで、目の前の男の鼻を明かしたいと思ってしまった。


 いや、彼女たちだけではない。


 ――マリーは、……とにかく、すごい女の子だよ!


 ふいに脳裏に、興奮した青年の声が蘇る。


 ――マリーは、臭くなんかない! かわいくて、いい匂いがして、頭がよくて、俺なんかよりコミュニケーション能力もめちゃくちゃ高くて……マリーがいなきゃ、俺、あの湖あたりで死んでたよ。


 彼はまったく相手を疑うことを知らぬ目で、強くそう言い切っていた。


 ターロ。

 異世界からやってきた、ちょっと変わったニホン人。


 彼があんなことを言うから。

 卑劣で穢れた自分(マリー)のことを――素晴らしい、誇るべき存在だと錯覚させるようなことを、言うから。


(……誤算、でしたね)


 そう。

 あの男の登場から、マリーの描く計画は大きく変わりはじめた。


 最初は、魔力をふんだんに持っているのであろう異世界人を、利用しようとしか考えていなかった。

 片言であれど、スペル使い。

 うまいこと魔物や魔獣に引き合わせ、戦わせつづければ、まぐれ当たりで大きな源晶石を出現させてくれるかもしれない。

 ニホン人はお人よしだと聞く。適当に騙して、石を頂戴し、程よいところで姿を消すのだ。


 が、実際には、目論見を外したとしか言いようがない。


 彼の引き当てる源晶石は立派すぎた(・・・・・)

 そのお人よしは度を超していた。

 そしてそれらは、本音では半ば諦めかけていた獣人解放の夢を、マリーに強く願わせてしまった。

 同時に――パーティーを抜け出すタイミングを、逃させてしまった。


 居心地がいいのだ、とマリーは内心でだけ認める。


 彼のそばは、居心地がいい。

 その優しさと思いやりで、満ち溢れているから。


 ターロ自身はいかにもニホン人らしく、気が弱いと思う。

 主張しないし、優柔不断だし、臆病。

 勇者などという身分には、およそ相応しくないような性格の持ち主だ。


 けれど不思議と、彼の傍にいると、強くなれる。

 それは、ポンシュやオンセンなどの力を借りた、物理的な意味でもそうだけれど、それ以上に、精神的な意味で。


 労わられ、気遣われ、温かな言葉を掛けられて。

 レーヴラインの男が女を口説くときのように、情熱的だったり、あけすけな言葉はないけれど、誠実さの滲む言葉選びが、じんわりと心の一番奥まで染み込んでいく。


 アメリアも、エルヴィーラも、――そして自分も。

 きっと、彼からもらった大切な言葉を、そっと心の奥にしまい込んでいるはずだ。


「――…………」


 回廊を歩む足をふと緩め、マリーは立ち止まった。

 それから、ゆっくりと首を振る。


 無意味なことを。

 思い出に浸ってなんになる。

 自分には、それを披露したり、共有したりする相手は、もういない――いや、最初からいなかったというのに。


(……すべてが嘘では、なかったけれど)


 ひとつの寝台に寝転がって、顔を寄せ合い話し込んだ夜。

 ともに浸かったオンセン。

 取り合いになった食事や、きゃあきゃあ叫びながら味わった菓子。


 他愛ない時間を、たしかに愛しんでいた自分もいたけれど――それが、この裏切りを帳消しにしてくれるわけではない。


「……楽しいおしゃべりの時間は、おしまい」


 言い聞かせるように呟いて、マリーは再度表情を消し、歩き出した。


 明日は満月。

 もとは狩りが予定されていた日だ。

 血で縛った契約を交わしているし、十分な源晶石を差し出している以上、それが反故にされることはないと思ってはいるが、あの嫌らしい王のことを考えると、油断はできない。

 見張りの傭兵によって、ドーレスに強制帰還させられたのを機会と捉えなおし、抜き打ちで「畜舎」の様子を見に来ることにしたのだ。


 そこには彼女の弟を含め、いまだ狩りへの「待機」を続ける獣人奴隷たちが、繋がれている。


(使用人に差し出される食事より、小麦一粒でも少なかったら、それを材料に王に付け込んでやる――)


 そう心に決め、いよいよ畜舎の建物内に踏み入ったマリーは、そこではっと息を呑んだ。

 そしてとっさに、ローブの裾で鼻を覆った。


 石造りの粗末な建物中に充満する、饐えたような匂いと、それを隠すように漂う奇妙に甘ったるい香り。

 そして、かすかな呻き声。


 こぶし大のくり抜き窓から微かに差し込む月光を頼りに、部屋を見回す。

 そうして、獣人特有の鋭い嗅覚と視覚が捕えたものを理解し、喉を引き攣らせた。


「――…………っ」


 そこにいたのは、十人ほどの獣人たち。

 長い鎖に足を拘束され、それでも普段ならば、椅子に腰かけて内職などをしているだろうところを、彼らは全員、床に蹲っていた。


 ぴちゃ、ぴちゃ、と、湿った音が響く。


 彼らは怪我をして臥せっているのではない。

 なにかを食べているのだ。

 四つん這いになって、夢中で。


 まるで、本当に獣になってしまったかのように。


「――……ぅあ」


 ふと、そのうちの最も小さな獣人が、マリーに気付いたように顔を上げ、しかしすぐ興味を無くしたように視線を床に落とした。

 それからすぐ、隣の獣人を押しのけながら、床に散らばった「食事」を、がつがつと貪る。


 目は正気を失い、口元からはだらしなく涎がこぼれていた。


 だからマリーは、――それが弟の顔であるということを、しばらく信じられないでいた。


「――……カミル?」


 呆然としながら、名を呟く。

 自分の声にはっとした彼女は、慌てて弟のもとに跪き、強くその肩を揺さぶった。


「カミル! カミル!? ねえ、あなた……!」


 ふと、そのとき彼が食べこぼしたものに触れて、マリーは大きく目を見開いた。

 ほとんど無意識に、手をかざして鑑定する。


 じゃがいも、にんじん、鶏肉に、小麦粉。

 いたって普通の――いや、獣人奴隷に対するならば、贅沢なほどの、スープ。


 ただし、この奇妙な香りを漂わせる薬草が、混ざっていなければ。


「……ロクサネロ草……!」


 上等な回復薬、それも一級品だ。

 ただし、強い興奮作用を持ち、感覚の鋭敏な獣人が摂取すれば、時に自我が崩壊するほどの作用を示す。


 彼らが、この薬草の虜となり、脳を溶かしてしまったのだろうことは、明らかだった。


 床に散らばるスープの量は、彼らが貪ってなお一食分をはるかに超えている。

 床の隅に行くほど、干からびたり、腐ったりしているものもあった。

 彼らは、少なくとも数日に渡ってこの状況に晒されつづけているのだ。


「――ぅぅあ、あ……ぅ」


 今また、カミルが唸り声を上げて、マリーの体を突き飛ばした。

 ちょうど舐めたい先に体があって、邪魔だったらしい。


 言葉も、理性も、感情すら失って、ただ床に這いつくばり「餌」を舐める彼らを、マリーはただ全身を強張らせて見つめた。


「――おやおや、主人に挨拶もなく、先にこちらに足を向けるとは」


 とそこに、ゆったりとした足音が響いて、声が掛けられる。

 ぼんやりと振り向いた視線の先には、豪奢な毛皮のマントと王冠を身に着けた男――ドーレス王ヘンドリックがいた。


 数人の傭兵に周囲を守らせた彼は、畜舎に続く回廊の端に立つと、顔を顰めて鼻を摘まんだ。


「やれやれ、獣の巣というのは臭くて困る」

「――……契約を」


 喉からようやく、言葉が這い出る。

 無意識に握った拳はわななき、声もまた掠れていた。


「契約を、違えましたね……!?」


 ぎらりと、相手を射殺すような視線を向ければ、ヘンドリックは心外そうに両手を広げた。


「違えた? なにを言う。おまえの願った通り、人並みの食事を与えたではないか。過分にも、弱った獣人どものために、上等な回復薬まで手当てしてやって。これのどこが、契約違反であると? だからこそ、おまえがご大層に用意した魔術紙も、わしをなんら罰しないではないか」


 こじつけのような主張だ。

 だが事実、契約を破ると彼の血を腐らせるはずの魔術紙は、作用していない。

 自分の定義が甘すぎたのだ。


「こんなことをして、許されるとでも……――!」


 我を忘れて飛び掛かろうとしたが、爪が相手を引っかく前に、マリーは傭兵たちに取り押さえられた。

 即座に、食事や、おそらくは嘔吐物にまみれた床に叩きつけられる。


 ぐっと上半身を起こそうとしたところを、さらに靴で強く踏みつけられ、マリーは低く呻いた。


「おお、怖い」


 むしろ愉快そうな口ぶりで、ヘンドリックはそんなことを嘯く。

 彼はにこやかな笑みを浮かべて、マリーを見下ろした。


「なあ、十三番よ。そなたは、本当に礼を弁えぬ娘よなあ。よりによって、私に最も先に伝えなくてはならぬことを、隠しておったろう?」

「なに……を……」


 ぎっと相手を睨みあげる。すでに従順なふりが通じる状況でもなければ、そうしたい心境でもなかった。


 ヘンドリックは、傭兵に「この無礼な娘を黙らせろ」と命じてマリーを蹴り上げさせる。

 彼女がぐうっと息を詰まらせて床に蹲ったのを見ると、困った子どもを見るような表情を浮かべた。


「おまえがあまりに石を大量に仕入れてくるのでな、これはどうしたことかと調べたのだ。急に羽振りが良くなったのは、わずか二か月ほど前からのこと。そしてな、私にはその『二か月前』というのに、ちと思い当たることがあってなあ」


 ヘンドリックは、いかにも鷹揚な仕草で頷いた。


「二か月ほど前からおまえと行動を共にしているという、ジャルパ人。彼は本当は、ジャルパ人などではなく――ニホン人だろう? 彼こそが、源晶石の稼ぎ頭。そうだろう? あやつは異世界に戻ったのではない。我らに恵みをもたらしてくれるスペル使いとして、この大陸に降り立っていたのだ」


 そう言って彼は、嘆かわしそうに眉を寄せる。

 かつて自分がその青年を放擲した事実など、忘れてしまったかのようだった。


「あやつを召喚したのは、私だ。私には、あやつの稼いだ源晶石をすべて受け取る資格がある。今後は、おまえなど介さずとも、直接あやつから石を奪えばよいし――それに、やつの稼ぐ石が『もとより私のものである』以上、おまえはこの二か月もの間、石を差し出さぬのに狩りを中止させたことになる。つまり契約不履行。おまえのほうこそ、契約違反だ。魔術紙はなぜかおまえを殺さないようだが、ならば代わりに私が、ゆがみを正さねばならない。……私の言っている意味がわかるかな?」

「私を殺す気ですか?」


 目を細めてマリーは問うたが、王の残虐性は想定を上回っていた。


「それだけでは、狩りの中止が正されないではないか」


 ヘンドリックは、意を迎えるように微笑む。


「明日は、二か月分(・・・・)まとめて(・・・・)狩りをしよう(・・・・・・)。おっと、万が一それが契約に抵触してはならぬから、呼称は変えようなあ。自我を失い、獣に堕ちた獣人どもを適切に処遇するのだ。狩りではなく、『処分』ということで、よかろう?」


 王はそのこじつけを通すために、弟たちの精神を蹂躙したのだ。


「――…………っ!」


 マリーはその小柄の体に見合わぬほどの力で、衛兵たちの足を払いのけた。


「おやめください!」


 そうして、王の足元に縋る。


「おやめください! それは……それだけは!」

「おや、心配せずともよいぞ」


 ヘンドリックは汚らわしそうにマリーを足蹴にし、一方で口調だけは優しげに続けた。


「おまえも弟とともに処分してやるから。姉弟一緒だ。怖くないだろう?」


 酷薄な笑みを浮かべて、さっと踵を返す。


「――ロクサネロ草の原液を飲ませろ。自我が残っていては『処分』の言い分が通らぬのでな」


 一転して低い声で彼が告げると、マリーは傭兵たちに再び取り押さえられた。


「やめ……――! いや! いやああああ!」


 饐えた臭いの充満する畜舎に、悲痛な叫び声が響いた。

次話は、9日(金)に投稿予定です。

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