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20.#アレを発明したやつ出てこい(3)

 突然アメリアの過去に踏み込んでしまったことに戸惑う俺をよそに、奇妙な歌声は、妙にねっとりとした響きを帯びながら続いていた。


 ――青褪めた月 冷えた土 永久に望めぬ すみかの灯り


 歌声に引きずられるように、霧の映像も切り替わる。

 今度は、焚き木の灯りに照らされた、男女の影のようだった。


『――……人は、さすがに多すぎ、……さ。このままじゃあ、冬が、……せない。どの子を……てる?』

『……メリアで、……いだろ。あれは、……意気だし、かわいげも……い。どうせ、縁起の悪い八……目だ』


 途切れ途切れなのは、壁を一枚隔てているからだろう。

 まるで覗き見しているような、狭い視界。低い視点。


 きっとこれは……アメリア自身が、両親の会話を盗み聞きしてしまった場面だ。


 映像がまた切り替わる。

 また森の光景に戻った。


 いや、今度はずいぶんと木々が高く見える。

 きっと、アメリアの視点になったのだ。


 彼女の横には、粗末な麻袋が投げ出され、その中には腹の足しにもならないような木の実がいくつか入っていた。


 森は暗い。

 ときどき葉擦れの音とともに、獣の鳴き声が聞こえる。


 けれど、アメリアは泣き出すことも、その場にしゃがみこむことすらせず、ただじっと、獣道の奥――彼女の両親が去っていった方角を睨みつけていた。


 すぐに帰ってくるから。ここで待ってな。


 そう言い置いて、振り返ることもなく去っていった彼らの、家がある方角を。


 ――要らぬ 要らぬ 魔の八の娘


「やめて……、やめて……っ」


 耳を塞いだままのアメリアが呻く。

 俺はとっさに彼女を抱きしめ、その顔を腕の中に庇いながら、ぐっと口を引き結んだ。


『自分の人生を自分で決める。それは、人間にとって一番大切なことだわ』


 宿で聞いた、彼女の声が蘇る。

 彼女が孤児になったわけ、ひどい食事を口にして生き延びてきたわけ、貸しを作りたくない、しがらみを作りたくないと言い張るわけ。

 それらがすべて一本の線に繋がった気がした。


 だからアメリアは、パーティーを毎月リセットするんだ。

 常に、今歩いている道が、自分の意志で、自分の足で選び取ったものだと、自らに証明するために。


 ――要らぬ 要らぬ 魔の八の娘


「やめてよ……っ」

「やめろよ……」


 腕の中でかたかたと震えているアメリアを見て、じわりと怒りが湧いてきた。


 ふざけんなよ、悪趣味にもほどがあるだろ、セイレーン。

 男を誘惑して海に引きずり込むのが、おまえのあるべき姿だろ。

 女の子を追い詰めて引きずり込もうだなんて、謎進化を遂げてんじゃねえよ。


「やめろ、セイレーン!」


 俺は周囲の霧に向かって、腹の底から叫んだ。


「どんなに歌っても、アメリアは引きずり込ませねえからな!」


 ――ほう……?


 ふと歌声が途切れ、物見高い相槌が響く。

 先ほどの美少女のものとは思えないような、高慢そうなそれは、うわんと反響して、どこから聞こえているのかもわからなかった。


 ――随分威勢のいい……おまえ、なぜ私の歌声に反応しない?


「なぜって……」


 俺は魔の八の娘ではないし、親に捨てられた経験もないからだ。

 一瞬言葉に詰まっていると、セイレーンのほうもまた、困惑したような呟きを漏らした。


 ――おまえには、おまえの心の隙を突いた歌詞が聞こえているはずだが……


「えっ」


 それはびっくりだ。

 だが、耳を澄ませても――いや、澄ませる義理はないのだが――、そんな歌声は聞こえてくる気配もない。

 なんでだろう、と思い、


「……あー、もしかして、あんたの歌に共感できないタイプだから……かも?」


 なんとなく考えついた仮説を口にすると、戸惑ったような声が返った。

 ――なんだと……?


「いやだって、歌を聴いて云々、っていうよりも、最初はあんたの美少女っぷりにくぎ付けになっちゃってたし、その後はアメリアの見聞きしている方を『シェア』しちゃったし……そもそも、俺、歌詞を味わうよりも、いっそミュートにして、ひたすらPVでアイドルの最高にかわいい瞬間を追いかけるタイプの人間だし……」


 ――おまえ……なにを言っている……!?


 セイレーンは心底わけがわからない、といった様子だが、……でもさ、いまどき、歌っていうのはそれ自体を堪能するためというよりも、カラオケで歌ったり、PV見ながら踊ったりするために聴くんだと思うんだよな。

 たぶん。少なくとも、日本の若い子的には。


 セイレーンはショックを受けたように黙り込んだ。

 どうやらその間は、歌攻撃もやむらしい。そのことに気付いた俺は、ぺろりと唇を舐め、挑発を仕掛けていくことにした。


「……っていうか、いまどきさ、振り付けもなしに突っ立って歌うスタイルって、なくね? 観客の注意を引く努力を怠りすぎじゃね?」


 ――なんだと……?


 これで、セイレーンの関心が俺に向けばいい。その隙に、アメリアを立て直せれば。

 あるいは、なにかほかのスペルを思いつけば――。


 俺は時間稼ぎのつもりで、周囲の霧を睨み据えながら、思うさま罵倒を重ねた。


「っつか、歌詞も古臭すぎだし! キャッチーなフレーズ、皆無だよな。明日に向かって走ったり、繋いだ手をもう離さなかったり、あのころ僕たちは不器用すぎたり、もっとあんだろ、ぐっとくる歌詞が!」


 ――なんだと……!?


「だいたい、アメリアに向かって『要らぬなんちゃら』とか歌ってる時点で、共感性ゼロだし! アメリアとかこのパーティーのリーダーで、不要どころかマルヒツで、アメリアがいないと話がはじまらないんだからな! 歌詞のミスチョイスにもほどがあるわ!」


  ――…………!?


「そもそも、歌詞をじっくり味わう系の歌とか、お呼びじゃないから。今のカラオケのヒットチャート見てみろよ、ノリがよくてみんなで踊れるグループサウンドが正義だから! ウォウウォウとかイェイイェイとかが適宜混ざった、聞き専タンバリン組にも配慮された歌じゃないと、ウケないですからー!!」


 ちょっともう自分でもなにを言っているかよくわからない。

 聞き専の悲哀も混ざってしまったような気もするが――実は、あまりカラオケは得意ではないのだ――、勢いのまま叫んだその内容に、俺はふと目を見開いた。


 カラオケ。

 人間に自己表現の場と、社会的苦痛をもたらした、悪名高き日本の発明。

 歌声を伴わず、旋律だけを流すそれ。


 弱みを突く歌詞で人の心を惑わすセイレーン。

 彼女から、その歌詞を剥ぎ取れれば……?


 ――おのれ、黙って聞いておれば……!

 怒りを露わにしたセイレーンが、すうっと息を吸い込む気配がする。

 歌おうとしているのだ。


 俺は周囲の霧を睨みつけながら、口を開いた。


「――……カ……」


 さすがにこれは、ないだろう。

 でも、オンセンがスペルとして認識されたのなら、……もう一回くらい、ラッキーな奇跡が、起こるんじゃないか。


 横ではアメリアがうずくまって震えている。

 セイレーンがまたあの嫌らしい歌を紡ごうとしている。


 そうはさせない。


 俺はぐっと拳を握りしめた。


 だってこれは、留学の初日でさせられた出身国紹介で、クラスメイトに通じた数少ない単語。

 れっきとした、英語だ――!


「KARAOKE――!」


 ちなみに外国人が発音するとなぜか「キャリオキー」みたいになるけど、日本人的(ネイティブ)発音では「カラオケ」だよよろしくね!


 パァァァァァッ!


 我ながらこじつけとしか思えない謎理論は、はたして運よく世界に認められたらしく、あたり一面に強い光が満ちる。


 ――ぁぁあああああ!


 霧がまるで弾き飛ばされるようにして晴れていくのと同時に、甲高い悲鳴が響き渡り、俺はとっさにアメリアを抱きしめる腕に力を込めた。


 一気に視界が開ける。

 暗闇に浮いているようだった足元に、たしかにボートの床と、その下の波のうねりを感じる。

 霧が晴れた向こう、波の間では、セイレーンが顔を両手で覆って大きくのけぞっていた。


「う……。ターロ……今のは……?」


 意識が戻ってきたのか、うずくまっていたアメリアがふらりと身を起こす。

 青褪めた顔で周囲に視線をさまよわせると、彼女はぎょっとした表情になった。


「――な、なによあれ!」

「セイレーン。スペルを叫んだら、ああなった」


 視線の先では、黒髪を振り乱した女性が、光の輪に囚われるようにしながらじたばたともがいている。

 先ほどの「stop」のスペルは地味に効いていたようで、彼女は近くの岩場に引っ掛かったまま、身動きが取れないでいるようだった――スペルよ、そこは足じゃなくて歌声をストップしてほしかったんだが。


 そしておそらく、そこにスペルを重ねてぶつけられて、いよいよ理想の姿を装う余裕がなくなったのだろう。

 パーツのくっきりとしていた可憐な顔立ちは、皺だらけの老婆のようになり、たわわな桃のようであった豊満なバストは、残念ながら干し柿のようになっている。


 ばあさんをいたぶるような構図は大いに気が引けるが……でも、金髪ロリ巨乳美少女を苦しませるのに比べれば、ちょっぴり罪悪感が減ったかもしれない。

 薄っぺらい人間でごめんなさいすみませんごめんなさい!


 ――おのれ……!


 と、そのとき、セイレーンが大きくかぶりを振って、血走った瞳のまま息を吸い込みはじめる。

 再びあたりに霧が漂いはじめたところを見るに、また歌声で攻撃しようとしているのだろう。


「ちょ……ちょっと! ターロ、あんた、どんなスペルを唱えたのよ!」

「カラオケ!」

「は!?」


 警戒心をにじませたアメリアが、剣に手を掛けたまま「なんだそれ!?」と尋ねてくるが……ごめんアメリア、俺にもどんな効果が生じたか、わからないんだ。


 ――我が歌声で、おまえらもろとも、海の底に引きずり込んでくれるわ!

 セイレーンはにいっと笑い、霧に向かって両手を広げる。


 そして、大きく口を開き――


 ――…………!?


 愕然として喉を押さえた。


 ――……あああ……ああああ……? あー……ああああああ……!?


 メロディーは紡げるようなのだが、歌詞が載せられないようなのだ。

 変調をきたした喉に驚きながらも、セイレーンは必死に歌おうとしつづける。


 が、その、ハミングとも「あー」ともつかない声で完璧に音程だけをなぞる様子は、さながら――


「――ガイドメロディー機能……!」


 今マイクを握ったら、かなり歌いやすそうだった。

 しかも周囲の霧は、セイレーンの歌声と呼応するように、悲し気な青、元気なピンクといった具合にカラーチェンジしてくれる。


「ムード照明機能まで搭載かよ……!」


 俺の読みでは、霧はプロジェクターとしての役割も果たしてくれそうだった。

 カラオケとしてのバージョンが最新すぎる。

 すごいなスペル!


 俺がなんとも言えない表情で、魔物カラオケと化したセイレーンを凝視していると、隣でまったく同じ表情を浮かべたアメリアが、ぼそっと問うてきた。


「……ひとまず、セイレーンの歌の魔力を封じたってことでオーケー?」

「う……うん……」


 なんともサマにならない解決法だが、とりあえず結果オーライだ。

 俺が頷くと、アメリアはすっと長剣を構えて、目を眇めた。


「わかったわ。あとはあたしが殺る」

「えええ!? このうえトドメを刺すの!?」

「? 殺すために封じてくれたんでしょ?」


 さっきまでプルプル震えてたくせに、回復するや戦闘態勢への梶切りがラディカルすぎる。

 価値観というか、行動原理の根底が武闘派だ。

 俺としては、歌声を封じた時点で「完!」という気満々だったのに。


「いや……でも……あの歌声さえなければ、無害なわけだろ?」

「無害だけど、魔物でしょ? 益獣でもない限り、魔物や魔獣は殺す決まりよ」


 そういうアメリアの瞳は、揺るぎない。


 怯えた表情で震えている彼女を見るのは嫌だし、いつもの凛としたアメリアに戻ってくれたのは安心するのだが――でも、相手は、喉を押さえて必死にガイドメロディーを紡いでいる婆さんだ。


 とはいえ一方では、人型だからというだけで躊躇うのか、それはフェアじゃないのではないか、みたいな思いもあって、結局俺は途方に暮れてアメリアを見つめ返した。


 すると彼女は、ふんと鼻を鳴らす。


「だから、あんたは目を瞑ってろって言ってるじゃない。牛をばらすのすら怖がる、『平和主義』のニホン人なんて、当てにするつもりはないわ」


 平和主義、というその言葉は、自身の命を繋ぐのに必要な努力すらしない、という皮肉なのだろう。

 俺は情けなく眉を下げたが、


「――……」


 ふと、思いついたことがあって、小さく目を見開いた。


 牛。

 筋張ってまずい、こちらの世界の牛肉。

 益獣でないかぎり殺される魔物。

 完璧な音を紡ぐ、無害なカラオケと化したセイレーン。


「――……あの、さ」


 俺は、おそるおそる挙手してみた。

 アメリアが怪訝そうに顔を向ける。


 岩場に張り付くようにして歌っているセイレーンをちらりと一瞥してから、俺はおもむろにアメリアに向かって切り出した。


「こっちの世界では、牛にモーツァルトを聴かせたり……しない?」

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