表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/37

16.girl's talk

「それではぁ……」


 宿屋の一室――ではなく、月光の降り注ぐ露天風呂。

 ところどころに配置した灯りが、柔らかくシルエットを浮かび上がらせるなか、三人は湯に浸かりながら陽気に唱えた。


「かんぱーい!」


 同時に、携帯用の銅マグをかちんと打ち鳴らす。

 中身は、きんきんに冷やしたポンシュ――もとい、ポーションであった。


 アメリアは一気に中身を空にすると、近くの岩場に置いてあったポーションの徳利(ボトル)を取り寄せ、再びマグを満たした。


「あーもお最高。なにこれ超最高なんですけど。熱い風呂に冷や酒ってなに? 神なの? エンドレスなんですけど」


 すでに幾分か酔っぱらった様子で告げれば、傍らのエルヴィーラも、


「ああ。体が温まっているせいか、回りが早くて……おお、今、頭がふわっとなったぞ。ふふ……これは甘美。実に危険だ」


 夢見心地で危うい相槌を打つ。

 こういうとき大抵ストッパー役に回ってくれるマリーもまた、


「ポンシュ、一本はオンセンに浸けてぬる燗にしているので、冷やを飲みきったらそちらに切り替えましょうねえ」


 目をとろんとさせながら、そんな提案を寄越した。

 色白の肌も、すっかり桃色に染まっている。

 どうやら彼女もまた、いい感じに酔っぱらっているらしい。


 三人が酒盛りを始めてから、すでに小一時間が経とうとしていた。


 もともとは、マンティコア退治が済み次第、次の町に移るため、即座に移動を開始するという計画だったのだ。

 それが、予想外にオンセンなどという究極のリラックス空間に出会ってしまい、だいぶ時間をロスしてしまった。

 しかも、オトコユでひとり浸かっていたターロが、


「……の、のぼせた……。きゅ、休憩させてくらさい……」


 と岸に上がるなり目を回してしまったため、もういっそ、このままオンセンの近くで一泊してしまおうということになったのである。

 もちろんその根底には、三人とももっとオンセンを堪能したいという本音があった。


 そうして、テントで休んでいるターロをよそに、三人はぞんぶんに昼風呂、夕風呂を済ませ、さらには即席晩酌セットまで持ち込んで、夜風呂にしけこんでいるというわけであった。

 オンセンの楽しみ方が、もはやマニアな日本人を上回っている。


 元祖風呂好きのはずのターロは、「疲れたから自分はいいです」と、早々に一人寝を決め込んでいる。

 魔術で消耗したところに、風呂でのぼせて、実際身体が休息を求めているのだろう。


「……そんなに興奮させちゃったでしょうか……」


 マリーはターロとの会話を反芻しながら、ふふっと笑う。

 小さな呟きだったが、アメリアとエルヴィーラは聞き逃さなかった。


「なにぃ? なになにぃ? 興奮ってなんのこと? イカガワシイ!」

「不純異性交遊はいただけんなぁ、マリー」


 絡み方が、すっかり酔っぱらい親父のそれだ。

 アメリアはざばぁっと湯から立ち上がり、きゃらきゃらと笑いながらマリーに抱き着く。

 普段服の下に隠された、日焼けしていない柔らかな胸がたゆんと湯に揺れ、互いの間で押しつぶされた。


 エルヴィーラもまた、青い血管が薄く透けそうな白い肌に、濡れた髪と滴をまとわせたまま、「詳しく聞かせろ」と尻尾に手を伸ばす。


 マリーはくすくす笑いながら、いたずらなふたりの手をばしゃんと躱した。


「おさわりは禁止ですぅー」

「なにぃー!?」

「ほら、白状するんだマリー」


 酒が回って動きが緩慢になった三人は、無駄にばしゃばしゃと湯を跳ね上げる。

 だらしないし、馬鹿みたいだが――ものすごく、楽しかった。


 マリーがにこにこしていると、アメリアがふと呟く。


「あー……最高」


 ざぶんと再び勢いよく肩まで湯に浸かると、彼女はぐるりと肩を回した。


「広い風呂で大騒ぎするのって、めちゃくちゃ楽しいわね」

 そうして岩場にもたれかかり、夜空を見上げた。


「…………」


 マリーは口をつぐむ。

 アメリアの発言の裏に、自分が掛けてしまっている苦労が滲んでいることを、理解したからだった。


 獣人。

 人間のなりそこない。


 被差別種族であるマリーを、「奴隷」としてではなく「仲間」として扱うことで、このパーティーは何度も何度も、いらぬ手間や不都合にさらされている。


 マリーをひとり野外に残しさえすれば、彼女たちはいくらでも公共の浴場を使えたし、宿だって選ばずに済んだはずだった。


「……私を、鎖につなぎますか?」


 マリーはぽつんと問うてみる。

 獣人を奴隷としてならば、受け入れる施設は多い。

 人間至上主義のドーレスにほど近い南部の町でも、奴隷の紋を肌に刻んだ獣人が、首輪と鎖を嵌めることによって浴場に出入りする光景ならば、何度か見た。

 同じことをすれば、少なくとも実質的な苦労は無くなる。


 だが、アメリアとエルヴィーラは一斉に表情を険しくした。


「なにそれ? あたしたちに、あんたを奴隷扱いしろとでも?」

「マリー。そんなのは、思うことだけだっていけない。実際に奴隷として苦しんでいる獣人にも失礼だ。彼らは、私たちには想像のできないような不自由を課せられているのだから」

「…………」


 マリーは黙り込む。

 俯いた際に前髪から垂れた滴が、静かに彼女の鎖骨を伝っていった。


 ふいに張り詰めた空気に、アメリアははあっとため息をつき、がしがしと濡れた髪を掻いた。


「……あのさあ。さっきあたしが言った『こうやって風呂で大騒ぎする』っていうのは、正確には『三人でこうやって風呂で大騒ぎする』ってことなの」

「…………」

「もっと正確には、『三人で、誰ひとりクソな規制やしがらみに囚われることなく、のびのび大騒ぎする』ってことなの。わかる?」


 そこにすかさずエルヴィーラも付け加えた。


「さらに正確を期すなら、『三人で、冒険者連中から因縁をつけられることも、男から情欲の視線を向けられることも、クソな規制に囚われることもなく、のびのび大騒ぎする』といったところだな」


 わずかに目を見開いたマリーに、ふたりは軽く笑った。


「浴場を避けるのは、なにもマリーのためだけではない。まさか忘れているのか? 私やアメリアだって、浴場を避けたがるような『わけあり』だということを」

「そ。遠慮なく言っちゃうけどさ、あんたもあたしたちも、みーんな外れ者よ。わけあり三人娘。あはは」


 陽気に声を上げて、アメリアはきゅっと両手を組み合わせる。

 だから、と呟きながら、彼女はそれを湯につけ――ぴゅっと水鉄砲を飛ばした。


「きゃっ」

「だから、マリーはなんにも負い目を感じる必要なんてないの。この三人の中ではね」

「アメリアさん……」

 マリーのチョコレート色の瞳が、小さく揺れる。


 彼女は狐耳をぴょこんとさせてから、慌てて顔を伏せた。まるで、赤らむ頬を隠すように。


「いや……あいつも数の内に入れておこう。この『四人』の中だ」

「あ、そうだった」


 エルヴィーラの指摘に、アメリアはちらっとテントの方を振り返る。

 それがきっかけとなって思いついたようで、彼女はざばっとその場に立ち上がった。


 めりはりのあるシルエットが、月影に浮かび上がる。

 同性しかいない空間の気安さで、彼女はその豊かな胸を反らし、伸びまでしてみせた。


「んー、酒だけじゃなくて、つまみもほしいわね。なんかナッツとか持ってこようか」

「私はドライフルーツがいい。……いや、一度上がるか。少々のぼせてきた」


 エルヴィーラまでもが、恥じらいもなく濡れた身体で立ち上がる。

 彼女は、しっとりと濡れた髪を掻き上げながら、「一緒に上がるか」という視線を寄越してきた。


 が、


「いえ、私は……」


 マリーは緩く首を振る。

 そうして、相変わらず髪を湯に広げたまま、顔まで浸かりそうになりながら、小さく答えた。


「……もうちょっと、浸かっていきます……」


 これではまるで、先ほどのターロのようだ。

 そんなことを思いながら。


「って、マリー。そんなに全身浸かってたら、ほんとにのぼせるわよ?」

「のぼせないです……」

「温まりすぎて心臓が破裂するかもしれないぞ」

「しないです……。そもそもこれ、癒しの湯なんですから――」


 アメリアやエルヴィーラが口々にからかうのに、マリーはもごもごと言い返す。

 そして言い返しながら湯を掬い、……自分の掌をなんとなく見つめたところで、ふと目を見開いた。


「――……え?」

「どうしたの?」


 布で水気を拭いつつ問いかけるアメリアを、ばっと見上げる。

 さらにマリーは、エルヴィーラのことも勢いよく振り返り、じっと見つめると、やがて信じられないものを見たような顔つきになった。


「――……私たちの能力が、爆上げされてます……っ」

「は?」

「なんだと?」


 年長二人組は怪訝な表情だ。

 マリーはばしゃばしゃと岩場にたどり着き、ふたりの腕を掴むと、それをぎゅうっと握りしめて訴えた。


「アメリアさん……アメリア・苗字なし、戦闘能力160、白魔力0……エルヴィーラさん……エルヴィーラ・クロイツェル、戦闘能力38、白魔力115……! 数値が……私、数値までわかるようになってる……!」

「ええっ!?」


 ぎょっとするのも無理はない。

 これまでにマリーの持っていた鑑定能力はレベルとしては低いほうで、有毒か無毒か、規模が大きいか小さいか、といった、ざっくりとした判定しかできなかったからだ。


 鑑定能力は、「勘の延長」というレベルの(ペーパー)級から、あらゆる項目を暴くことができる最上位のダイヤモンド級にまで分類されるが、数値化できる時点で珊瑚(コーラル)級は確定だ。

しかも。


「これならもしかして……『証せよ』」


 マリーが口にした瞬間、彼女が握りしめたアメリアの腕からふわりと光が立ち上り、揺らぎながら宙に文字を散りばめていった。


 アメリア 戦闘能力 1 6  0   白  魔     力    ……


 ほどけるようにして宙に踊る光の文字は、アメリアの鑑定情報だ。


「これは……!」

「鑑定証明まで……!?」


 エルヴィーラもが驚いて目を見開く。


 鑑定証明。

 本来鑑定士だけにしかわからない――つまり信用力に欠ける情報を、誰の目にも明らかに証明する能力。


 鑑定能力の中でも特異であり上位のそのスキルを、いつの間にかマリーが体得していたからであった、


「――……うそ……」


 人間でも鑑定証明能力を所有する者は少ない。

 なにしろそれを持っているだけで、司法書士や弁護士、判事といった、かなりの上位職種に就けるほどのスキルだからだ。


 社会的弱者から一転、これなら――むしろ、人間の上流階級に仲間入りだってできる。

 呆然とするマリーの横では、アメリアやエルヴィーラもまた、息を呑んで立ち尽くしていた。


「戦闘能力、160ですって……?」

「白魔力が、3桁……!?」


 それぞれ、剣士のサファイア級、魔術師のルビー級をはるかに超越するスコアを叩きだしていたからである。

 これなら、パーティーのランクだって一気に駆け上がれる。

 ギルド内で幅を利かせるいけすかない冒険者や、女だからと軽んじてくる男たちのことだって、あっさりと蹴散らしてしまえる。


 三人が三人とも、体からぽたぽたと湯の滴を垂らしたまま、岩場で硬直していた。


「なんでまた……」


 ごくり、と喉を鳴らしてアメリアが呟けば、


「……それはやはり……」


 ぎこちなくエルヴィーラが相槌を打ち、


「……『これ』、のせい、というか……おかげでしょうね」


 マリーがぱしゃんと、オンセンの湯に触れる。


「――…………」


 黙り込むこと、きっかり三秒。


「――……なにそれええええ!?」


 三人は仲よく、オンセンに向かって絶叫した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ