靴磨きの少年と夕日の歌
まだ王様が居た頃のことだ
ある町のはずれには貧しい靴磨きの少年が居た
両親に少しでも楽をさせるために朝早くに起きて、
太陽が傾くまでせっせと磨いた
やっとの思いで手に入れた4、5枚の銅貨でパンと牛乳を買って、
町の外れにある大きな丘で大好きな夕日を眺める
それが彼の日常だった
ある日のこと
いつものように丘の方に向かうと
人の歌い声が聞こえた
少年と同じくらいの年頃の少女だ
「今頃町では子供は家に帰り
大人は夕食の支度をして
私だけは丘の上で
優雅に歌っているよ
今この時だけは
夕日も丘も私のものさ」
上品な服を身にまとった身体をゆらゆらと揺らし、
はっきりとした声で力強く、
笑顔で歌う少女の少し高い声は嫌でも耳の中に入ってくる
少年は見つからないように近くの木の陰に隠れて少女が去るのを待った
5分、10分、20分、ああ、夕日が沈んでしまう、
少女をチラチラと見て少年はハラハラした
30分、40分、少女はやっと立ち上がり、
走り去っていった
ああ、もう沈んでしまった、
少年は頬を膨らまして赤く焼けた空が暗闇に染まっていくのをしばらくじっと見るのだった
少年のイライラはしばらく続くことになる
次の日も丘の上で少女は歌っていた
その日も夕日が沈む寸前まで居座っていたのだ
また次の日も、そのまた次の日も、
少年の不満はどんどん膨れ上がっていった
次の日、丘の上に少女は居なかった
ははん、今日は遅れてくるんだな、
少年は丘の上に座った
少女が来たとき居座って困らせてやろうと
久々に見る夕日を楽しみながら待っていたのだけれど、
とうとう少女は来なかった
次の日、丘の上に少女は居なかった
大好きな夕日をお気に入りの場所で見ているのに少年はあまり嬉しく思わなかった
聞き慣れてしまったあの歌い声が頭の中から離れず頭を抱えた
ムカつくくらいにはっきりとしたあの声、
山の向こうまで届きそうなくらい響くあの歌い声、
身体を揺らして楽しそうに、
でもどこか一生懸命な顔、
少年は夕日に集中することができなかった
次の日、丘の上に少女は居なかった
今日も来ないのかな、少年の心はモヤモヤするばかりだ
夕日を見ても心は晴れず、
鼻で息を吸うと歌いだした
「今頃町では子供は家に帰り
大人は夕食の支度をして
私だけは丘の上で
優雅に歌っているよ
今この時だけは
夕日も丘も私のものさ」
「歌、上手だね」
少年の後ろに少女が立っていた
「君は何故いつもここで歌ってたの?」
「歌うのが好きだから」
少女はにっこり笑った
「貴方こそなんで歌ってたの?」
「君が来ないから」
「風邪をひいてたの。今日治ったのよ」
少年は笑わない
「一緒に歌う?」
「うん」
少年の忙しくて退屈な日常にもう一つ楽しみができるのだった