作戦開始・前
本日は連投しております。
ご迷惑をお掛けいたしますが「第92話 シャルルロアの戦い・前」からお読みください。
時は戻り、アキトたちが教会への突入を開始する前。
神都とも呼ばれるここは、神聖エリンハイム王国の王都。
そこにある神聖エリンハイム教会を正面に望む通路の影になる場所にアキトたちはいた。
夜も深まる時刻。
まるで神々の目を逃れるかのようにひっそりと行われる儀式。
そこで使われるだろう『支配の王杯』の奪取を心に決め、アキトたちは突入を決めた。
◇
リゼットの召喚した召喚獣ナイトメアが、神殿騎士団の休む館を囲うように飛び去ってしばらくすると、館は闇の中でなお暗い霧のような物で覆われていった。
「アキト、十分でしょう」
「よし行こう」
俺は三人の手を取り『空間転移』の魔法を唱える。
転移先は聖エリンハイム大教会の東にある食堂。
今の時間はその周りに誰もいないので、少しくらい魔法陣の光りが漏れたとしても気付かれることはない。
幾何学的な複層の魔法陣が足下に浮かぶと、ほぼ同時に俺たちは転移する。
転移魔法特有の目眩は直ぐに消えるが、戦闘のただ中に飛び込む時には注意が必要だ。
魔法陣の作り出す残光の中、目に入ってくるのは長テーブルと連なる椅子。
几帳面なのか全ての椅子は綺麗に揃えられ、乱れのない様子は逆に生活感がないようにも感じられた。
残光が消え暗躍に包まれた俺たちを、柔らかな光が照らしだす。
リゼットが再び召喚魔法を使い呼び出したのは、ウィルオウィスプ。
黄色と緑色の柔らかな光を放つ不思議な精霊だ。
リゼットは今回の作戦に当たり「全力を尽くす」と言っていた。
その言葉通り、今回はリゼットに頼りっぱなしだな。
「リゼット、助かる」
「はい」
控えめに、そして少し恥ずかしそうに応える。
彼女も虐げられることが多かった為か、褒められることに対して慣れていないのかも知れない。
リゼットの良いところはいっぱい知っている。一つずつ気付かせてあげたい。
だが、それもこの件が落ち着いてからだ。その為にも終わらせよう。
俺は『魔力感知』を使い、改めて辺りの様子を探る。
昔は屋内の様子は余り感じ取れなかったが、最近は感覚が鋭くなっていた。
魔力は竜脈に繋がっている。
そして不死竜エヴァ・ルータは言っていた。魂までも竜脈に染めるのかと。
その結果なのかどうかわからないが、以前にも増して魔力という力を感じ取れるようになっていることだけは確かだ。
『魔力感知』によると教皇ゼギウスは、二人の神殿騎士を連れて今はホール奥の小部屋にいた。
弱い魔力反応を持つ、恐らく少女と思われる三人も一緒だ。
教皇ゼギウスの魔力波長はこれまでの調査で覚えているし、ルイーゼと似た感じも受けるので、本人であることは間違いがない。
今の段階で『支配の王杯』の存在は確認できないが、それが使われる時には強い魔力反応が現れるので、その時が突入のタイミングだ。
小部屋の入り口には二人の神殿騎士が立ち並び、恐らく警護に当たっていると思われた。
最後の一人は教会内を巡回するように移動していた。
その小部屋には一度無人の時に潜入しているが、特別変わった様子もなかったと記憶している。
小部屋とは言っても学校の教室程度はあり、殆ど物が置かれていなかったことを考えれば、十分な広さがあるとも言えた。
ただ、前回『支配の王杯』の魔力反応を感じたのも同じ部屋だ。そこから考えるに、何かしら意味があるのかも知れない。
「彼らは、自らの行いが神の目に触れることを嫌っているのかも知れませんね」
「俺の知っている限り、壁があれば見通せないという存在でもないんだが」
「心象的な問題なのでしょう」
まぁ、日中人前で堂々とやる事でもないのは確かだ。
「離れの一人は私が引き受けましょう」
「もう一度ナイトメアを呼び出すのか?」
「いえ、彼らの魔法は休みを必要とする者には良く効きますが、そうでない者には効果が薄いのです」
「万能って訳でもないんだな」
「万能であれば個が存在する必要がありませんから」
もっともだ。
お互いの足りないところを補完し合う為に個性があり、万能なら個性はいらないな。
リゼットが新たな召喚魔法を唱えると、今度は曲線の多い有機的な魔法陣が床に浮かび上がる。
そして、その魔法陣から最初に獣の耳が、続いて頭が現れ、徐々に全身が見えてくる。
前にも見たことのある召喚獣だ。
ケット・シー。その姿は人型の猫でタキシードに似たスーツを着る、ぱっと見は執事のような姿の召喚獣だ。
モノクル眼鏡がよく似合い、ピンと伸びた髭がとても高貴に見えた。
以前見た時は、リゼットに付き従い給仕をしていたが、戦闘能力はあるのだろうか。
そう思ったら、モモと同じようにどこからともなく銀色のレイピアを取り出した。
片手を腰に当てて半身で構える姿は堂に入ったもので、安易に切り込むのは難しそうだ。
「十分戦えそうだな」
「屋内ではとても頼りにしています」
いったん外に出ればサラマンダーやロックゴーレムを召喚できるとしても、室内では確かに難しそうだ。
ぱっと見は獣人族と変わらない為、室内での護衛にはもってこいだな。
「リゼットを頼んだ」
ケット・シーは任されたとばかりに頷く。
俺が感心していると『魔力感知』に動きがあった。
ノイズのような魔力の流れが、扉の前に立つ一人の神殿騎士を中心に広がる。
一瞬気付かれたかと思ったが、それにしては落ち着いた様子だった。
程なくしてそのノイズは消え、代わりに神殿騎士に動きがある。
部屋の中の一人が近づき……連絡を取り合っているのか?
今度は部屋の中にいた神殿騎士の一人が教皇ゼギウスに近づいていく。
その伝言ゲームのような動きから考えるに、部屋の外にいる神殿騎士は何かを感じ取る能力があり、それによって得られた情報を教皇ゼギウスへ伝えたと思われる。
部屋の中の魔力反応が大きく動き出し、何かが始まる予感を感じさせた。
「俺たちに気付いた訳じゃないみたいだが、教皇ゼギウスに動きがあった。
『支配の王杯』を使う前兆かも知れないな。作戦通りに進める」
三人が頷いて答えるのを見て、扉の前で構える。
ここを開けて通路を右に進み、突き当たりを左に向かえば教皇ゼギウスのいる小部屋だ。
最後の直線に障害物はない。
そこまでは音を殺して近付けたとしても、見付からずに『支配の王杯』を奪うことは出来ないだろう。
結局、最後は正面突破か。
そんなことを思った時、弱い魔力反応を示す少女のうち一人が、急速に魔力反応を失っていく。
!?
三人の少女が『支配の王杯』を使う為の生け贄という可能性は、当然ながら考えていた。
残念ながらその対象となるのが誰かはわからなかったが、少なくてもその場にいない者に行使することは出来ないはずだ。
だとすれば、やはり『支配の王杯』を使って指示を出すにも命の代償が必要と言うことか。
だが、『支配の王杯』の魔力反応はまだ感じない。
そもそも前提条件が違うのか?
その存在を確認できない今、少女を助ける為に飛び込むのは『支配の王杯』を奪取するという最大目標が、大きく狂う可能性がある。
俺はルイーゼとマリオンを見る。
少女に起きた異変を確認する為には無駄なリスクを負う可能性があり、それは二人を巻き込むことでもあった。
「アキト様に付いていきます」
「置いてけぼりは嫌よ」
俺の逡巡。その理由まではわからないだろう。
それでも二人気持ちは十分に伝わってくる。
恐らく間に合わない。
それでも目の前で失われつつある命を無視は出来なかった。