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シャルルロアの戦い・中

本日、何話投稿するか決めておりません。

ご迷惑をお掛けいたしますが「第92話 シャルルロアの戦い・前」からお読みください。




「私もナターシャ殿の意見に賛成いたします」


 声に振り向いたトリスタンは、そこに現れた女性を見て固まる。

 長く癖のない金髪に深く青い碧眼。

 日に焼けてなお白い肌はしっとりとしたみずみずさを感じさせ、薄い化粧が清楚な雰囲気を醸し出していた。

 一目で高級な素材で作られたであろうと思われる白い革製の鎧に身を包み、青いマントを靡かせる彼女は、両脇と背後に豪奢な鎧を身に纏う一〇人の近衛騎士を引き連れていた。


 物々しい雰囲気のこの場にあって、それらを圧倒する高貴な存在感を示す。

 その様子は戦場に舞い降りた女神のようでもあり、自然と敬服した気持ちを抱く。

 メルティーナ・エルトリア・フォン・エルドリア。

 エルドリア王国第一王女、その人だった。

 王の風格、十分にそれを感じせる女性の姿に、トリスタンは圧倒される。


 約束の時間にはまだ早い。

 だが、少女らしい面影を残しながらも意志の強さを感じさせるその目を、トリスタンは忘れていない。


「緊急の折にて先走りを出せなくて申し訳ありません」

「いえこちらそこお迎えにも上がれず、その上この様な場所においで頂くなど」


 トリスタンは馬を降り、その少女の前に跪く。

 傍らではナターシャや他の護衛騎士も続き、思ってもいない来訪者を迎えた。


「この様な状況ですから礼は不要です。

 それよりも必要なことをしましょう」

「お言葉に甘えさせて頂きます。

 ただ、厄介な問題が発生しておりまして、申し訳ありませんがこの場を失礼させて頂きたく――」

「その必要はありません。

 そちらは約定通り王の代理人として私が対処いたしましょう。

 その為に、この場で戦闘を行う許可を頂きたく思います」


 トリスタンはその言葉に、西の橋を見る。

 そこには、白地に青で盾の紋様が描かれた軍旗が並んでいた。

 エルドリア王国騎士団、総勢二〇〇騎。

 約束通りの援軍の到着に、トリスタンは目に熱いものが込み上げていた。


 内戦への参加など、普通に考えれば断られても当然のことだった。

 見返りらしい見返りもない戦いに参戦してくれるだけでなく、王族と正規軍を出してくれたエルドリア王国の真意はわからない。

 だが、今ばかりは頼もしい限りだった。


「約定の履行、感謝いたします。

 我が領での戦闘を許可させて頂きます」

「ありがとうございます。

 この戦いが両国の良い未来に繋がりますことを願っております。

 エルドリア王国第一王女としてこの戦いの行く末、最後まで見させて頂きますね」


 前線からは少し離れているとはいえ、ここが戦場であることに変わりはない。

 そんな中で堂々と臆することなく戦に立ち向かう姿に、トリスタンは感心して止まない。


 彼女の姿は、これまでにも戦場に出ていたことを容易に想像させるものだった。

 教育だけでは現場に立った時にボロが出る。

 それは自分でも経験したことであり、誰もが経験することだ。

 どんなに想像を働かせても、人の生き死にというのは思いも付かないほど感情を揺さぶる。


 命令を受けた騎士の一人が手旗信号で指示を送ると、直ぐにエルドリア騎士団の中から一〇騎ほどが抜けだし、橋の前で馬を降りて暴君竜を迎え撃つ体勢をとる。

 先頭に立つ騎士は白銀の重装鎧を身に纏い、国旗と同じ白地に青の紋章が入ったマントを羽織っていた。

 手に持つのは遠目にでも異常さがわかるほど青き輝きを放つ剣。

 その青水晶のような輝きは高濃度の魔力で満たされたミスリル製の剣の特徴で、その中でも最高品質と思えるような代物だった。


 トリスタンはそれに並ぶ剣をカイルの持つ剣しか知らない。

 ならばその騎士の持つ剣も恐らく国宝級であり、それを扱う騎士も国を代表する騎士と思えた。


 エルドリア王国の本気。

 それを感じ取ったトリスタンは感謝と共に、借りの大きさに目眩を感じた。


 ◇


 カイルが金色の獅子と共に暴君竜を討ち倒し、しばらくした後にもう一体の暴君竜をエルドリア王国の聖騎士が討ち倒す。


 カイルの戦いはこれまでに何度も見てきたトリスタンだった。

 だから本気で戦ったカイルを見て、改めて暴君竜の強さを感じた。

 カイルだけで倒せたかはわからない。

 金色の獅子がいなければ倒せない。

 そう判断したからこそカイルは、その後、魔力不足により身動きが取れなくなるリスクを背負ってまでも『獅子召喚』を行ったはずだ。

 戦場で片膝を突き、剣を支えになんとか意識を保っている姿を見れば、楽な戦いだったとは思えない。


 一方、エルドリアの聖騎士は最初一〇人で戦っていたが、激しい戦いに倒れる者が出てくると、最終的には一人が残り、他の聖騎士は引いた位置で待機する形をとった。

 カイルでさえ暴君竜の攻撃は躱すことに専念していた。

 だが聖騎士は、巨大な顎を開いて迫る頭を盾で打ち払い、鋭い鉤爪を持つ腕を躱すと同時に切り飛ばす。

 激しく動き回る中で、後ろ足に比べれば細いといっても人の足ほどはある前足を切断する技量には舌を巻くほどだ。

 いや、技量だけで出来ることではない。

 それを可能とする武器と力も必要だ。

 大柄とはいえない体の何処にそれだけの力があるのか、トリスタンはその戦いぶりを見て圧倒される。

 その一撃必殺とも思える暴君竜の攻撃を前に、引くどころか一手ごとに間合いを詰め寄り、逆に暴君竜が引いて行く。

 そしてその時が訪れる。

 暴君竜の胸元で三度青い煌めきが放たれると、暴君竜は断末魔の声を上げることもなく倒れた。


 その様子を見ていたシャルルロア軍からは大きな歓声が上がり、逆に暴君竜の後に続いていたヴェルガル軍は瓦解するように引いて行く。

 ひとまずの危機が去ったことにトリスタンは安堵した。


「メルティーナ王女。素晴らしい騎士ですね。

 大国といえど、我が国にもあれほどの腕を持つ者が何人といるか」

「ありがとうございます。

 リデル・ヴァルディス子爵ですね。

 本人にも賛辞頂いたことを伝えましょう」

「ご尽力に感謝いたします。

 落ち着いた折には十分なもてなしをさせて頂きましょう」

「こちらではアキトがお世話になっているようですね。

 彼はアキトの力になれればと、進んで此度の外征に参加してくれました」


 アキト。しばらく前にカイルが連れてきた商人の名だ。

 美しい少女二人と共に現れたアキト本人は、宴の際に現れたガーゴイルの襲撃の際の戦いを見ても、ただの商人とは思えなかった。


 間諜の話ではエルドリア王国から渡ってきたということを聞いている。

 そこでは王都学園に通い、食堂を営んでいたようだ。

 王都学園に入る前は冒険者をしていたらしいが、その時のパーティーに先の二人の少女とアルディス男爵家の二人がいた。

 その内の一人が騎士団に入り、後に聖騎士となったことまではわかっている。

 見事な一騎打ちの末に暴君竜を討ち倒した聖騎士との繋がりに、僅かながらも関係があったことに、トリスタンは一市民でさえ無視し出来ない繋がりを持っている可能性を改めて認識した。


「アキトにはカイルも私も助けらました。

 今もまさにその中にあり、名乗りを上げることも出来ない不名誉な任務に当たっています」

「彼は気にしていないと思います。

 意外と自分のこと――仲間のことしか考えていません。

 何かをしようとしたのでしたら、それもきっと仲間の為なのでしょう。

 結果的に国の為になることはあったとしても、その逆もあり得ますので、手放しで喜べる性格ではないのですけれどね」


 その逆とは、国家の敵になる可能性を秘めているということだ。

 一個人が国家の敵となったところで、その影響力など皆無に等しい。

 事実がそうだとしても、トリスタンは可能な限り敵対することは避けたいと考えた。


「欲がないので扱いにくいとカイルがいっておりました」

「奇遇ですね、わたくしも同じことを考えております。

 ですが、失敗から学んだ私が一つだけアドバイスを。

 彼とは誠実にお付き合いをするのが一番かと思います」


 そう言うとメルティーナ王女は、一瞬だけ表情を曇らせた。

 そこにどのような思いが隠されているのか、トリスタンには読み取ることが出来ない。

 ただ、その失敗を悔いていることだけは窺えた。


「彼は何者なのですか?」

「さぁ?」


 それははぐらかされたのか、それとも本当にわからないのか。

 恐らく後者だとトリスタンは考えた。


「し、失礼します。

 トリスタン様! 領都が閉鎖されました!」


 急報に周りが騒然となる。


「どういう事だ!?」

「バラモン枢機卿が教徒の待機兵を扇動したものと思われます!」


 トリスタンは考えが甘かったことを認識した。

 今回の戦いは教会が絡む為、教会への信仰が著しく高いと思われる者は参戦させていない。

 そこを逆に突かれる事になったが、無論それらを監視する為の兵は残していた。

 その兵が現在どのような状況にあるのかは不明だが、血が流れるようなことになっていないことを祈るばかりだ。


「すぐに領都へ戻る。

 背後を突かれては折角魔獣を討ち倒した意味がない」

「私たちも後を追って参りましょう」

「しかしそれは……、いえ、お願いいたします」


 エルドリア王国とはこれからも協力関係を続けていきたい。

 その為には政策の恥部といえる現場を見せるのは躊躇われた。

 だが、先程のメルティーナ王女の言葉がトリスタンの脳裏をよぎる。

 誠実に、その言葉にトリスタンは恥も覚悟でメルティーナ王女を迎えることにした。





メルティーナ王女書きやすい。


リデル・ヴァルディス「子爵」は、間違いではありません。

何かの意図により、すくすくと育っているようです。


挿絵(By みてみん)

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