シャルルロアの戦い・前
本日、何話投稿するか決めておりません。
ご迷惑をお掛けいたしますが「第92話 シャルルロアの戦い・前」からお読みください。
なお「シャルルロアの戦い」は時系列的にいうと「第89.5話」となります。
割り込み投稿を考えたのですが、かえって混乱するかと思い、このまま投稿させて頂きます。
アキトたちが教会へ突入を決めた前日。
ここはシャルルロア領北部。
牧草地帯を一望できる小高い丘の上に、シャルルロア領の領主トリスタンと神聖エリンハイム王国第二王子カイルの姿があった。
トリスタンは白銀に輝く軽装鎧を、カイルは黒銀の重装鎧を身に纏っている。どちらも一見して魔防具とわかる淡い光を放っていた。
麗美な装いのトリスタンとは異なり、カイルの鎧は実用を重視した物で、事実、使い込まれた様子の鎧は多くの傷が刻まれている。
トリスタンの背後には護衛騎士のナターシャが、カイルの背後には護衛騎士のテレサが立ち、緊張を紛らわすように周りを見渡し、警戒にあたっていた。
眼下には牧草地帯を東西に横切るレノス川があり、幾つかの橋を望むことが出来る。その橋のシャルルロア領側には五〇〇人ほどの領兵が待機し、対岸のヴェルガル領の領兵と睨み合いを続けていた。
「カイル、さらに西に延びそうだぞ」
「合わせる他にあるまい」
領兵だけではなく、信徒に武装をさせたヴェルガル軍はシャルルロア軍の三倍近い数を揃えていた。
兵士として訓練されていない信徒であっても、数の脅威は無視できるものではない。
統率が取れていなければ烏合の衆ともいえるが、訓練された領兵の補助としてならば一つの戦力として捉える必要があった。
シャルルロア領にも信徒は多い。しかしカイルは、今回その力に期待してはいなかった。
教会の大義名分を掲げて攻めてくる者を相手に、必ずしも味方になるとは言い切れないからだ。
数の不利は大きいが橋を抑えている為、戦況としては有利に働いていた。
ヴェルガル軍はなんとか橋を越えようと強引な突貫を繰り返すが、その都度、弓と魔法の掃射により多大な犠牲を払い後退していた。
残された死体は次の進行のおりにレノス川へと投げ捨てられていく。
恐らくその身元すら不明のまま処理されるのだろう。
拮抗した状況を嫌い、ヴェルガル領の領主であるバキュラ侯爵は、別の橋を目指し西へと兵を分ける動きを見せる。
回り込まれて背後を突かれれば、数で劣るシャルルロア軍はあっけなく瓦解する。少ない兵を分けたくはないが、そうも言える状況ではなかった。
「トリスタン、ここは任せる。薄くなったところを抜かれる訳にはいかない」
「わかった。だが無理はするな。もうしばらく耐えれば状況も変わる」
「頼みのヘリオン領はトルキア領に隙を見せる訳にも行くまい。
後はトリスタンの策が今回の要だ。期待しているぞ」
「期待に応える為にも今しばらく時間を稼いでくれ」
カイルは頷くと、テレサを伴い手薄となる橋の防衛へと向かう。
もちろん二人だけではない。護衛騎士となる四〇人を引き連れての援護だ。
兵を分ける為に絶対的な人数は減るが、総合力では逆に高まったといえよう。
「カ、カイル様!
ヴェルガル領より魔獣が現れたとの報告が上がっております!」
「魔獣だと?」
カイルの元にその一報が届いたのは、丁度自陣の後方に着いた時だった。
丘を降りたことで視界の通りが悪く、気付かなかったのは誤算か。
騎乗したままで報告を受けたカイルは、そのまま思案する。
魔物の中でも上位に位置するものを魔獣と呼び、冒険者ギルドの規定で言えばランクAに相当する魔物だ。
その魔獣がこのタイミングで現れたことに、カイルは何かしらの意図を感じた。
(兵を分けたところを狙われたか)
「橋を抜かれる訳にはいかない。
例え相手が魔獣だろうと、やることは一緒だ。守り抜くぞ!」
「はっ!」
綺麗に揃った護衛騎士の言葉に頷き、カイルは自陣の中を駆け抜け、前線へと躍り出る。
堂々と駆けるカイルたち騎士団の登場に、魔獣を見て動揺が広がっていた自陣も持ち直す様子を見せた。
「カイル様! 魔獣は暴君竜です!!」
目の良いテレサが、石造りの橋を踏みしめながら迫ってくる魔獣を見極め、カイルに伝える。
前世紀に作られたこの橋は、頭の高さだけでも三メートルに達するかという巨大な魔獣の体重を、受け止めてなお十分な強度を誇っていた。
(いっそうのこと崩れてくれれば楽なのだが)
カイルはそう思わずにはいられなかった。
魔物が魔巣と呼ばれる森から出てくることは珍しいが、無い訳でもない。だが、それがこの場に現れるとなれば話は別だ。
ヴェルガル領から現れ、ヴェルガル軍には構わずに向かってくるというのだから、そこに何かしらの外的要因が絡んでいると考えるのは当然だろう。
人の心を支配するという隷属魔法。その効果が魔獣にも及ぶとしたら、その力は余りにも巨大すぎた。
(アキト、その杯は人の手にあって良い物ではない)
カイルには、アキトに汚い仕事をさせているという自覚があった。
教会の陰謀を裁き、あり得るべき姿を取り戻す。本来は自分がやるべき仕事の一端をアキトは自分たちの為と言い買って出てくれた。
(せめてその始末は綺麗に付けさせてもらう。だから頼む)
一体でも対応が困難なほどの強さを誇る魔獣。奥の手として使われたであろうその手が、あと何本あるのか。
「ただの獣ごときが何体現れようと、後れを取る我が騎士団ではないな?」
カイルは魔獣の姿を見て押し黙る騎士団に向け、問う。
「はっ、もちろんです!」
「獣の一体や二体、森へ送り返して見せましょう!」
「食べてみたら意外と美味しいかも知れませんね」
それぞれが自分を鼓舞する為に、願いを口にする。
前線に出たカイルたちは、橋の上を人が駆けるほどの速度で迫ってくる暴君竜を見て、内なる体の震えを感じていた。
だが、カイルに連れられて戦ってきた護衛騎士たちは、カイルの強さを信じている。
人を超越した強さを見せる者たちを討ち倒し、幻獣とまで呼ばれる魔獣と戦い共に生き抜いてきた経験が、新たな敵に立ち向かう勇気に変わっていく。
暴君竜は胴体に比べて巨大な頭部をもち、同じく胴体に比べて巨大な二本の後足と、それらからすれば随分と退化したような前足を持っていた。
二本足で駆ける暴君竜は太めの尻尾でバランスをとり、そのアンバランスな体躯からは想像もつかないほどの速さで迫ってくる。
暴君竜の強さが評価通りであれば、簡単に打ち倒せる敵ではない。だが、倒せないと言うほど絶望的な強さでもなかった。とは言え、暴君竜との戦いには死力を尽くす必要がある。
そんな中で問題となるのは、暴君竜の背後を追うようにして迫ってくるヴェルガル軍だ。
暴君竜との戦いで消耗が激しければ、後に続く攻勢を凌ぐことが難しくなる。
カイルは覚悟を決めた。
「獅子召喚!」
召喚魔法。それは精霊に愛された者のみが使える魔法。
昼間でさえなお明るい光が天空より差し込み、地面を照らし出すと、そこから黄金の獅子が姿を現す。
金にたなびく鬣を持つ金色の四足獣。それはカイルに付き従うように寄り添い、しばしの再会を喜ぶ様子を見せると、共に戦うべき魔獣を見据え咆哮を上げた。
カイルも金色の獅子の傍らで両手剣を構え、暴君竜を迎え撃つ。
その様子はまるで伝説を絵にしたようで、カイルが獅子王と呼ばれる所以だった。
カイルは幼少の頃、奸計に掛かり魔巣の奥へと取り残された。
生きて戻ることが出来たのは、そこで出合った金色に輝く獣の助けがあったからだ。
それが精霊だと気付いたカイルは名付けを行い、どういう気まぐれか金色の獣はそれを受け、カイルの助けとなり今に至る。
その力は強大であり同時に酷く魔力を消費する為、安易に召喚することは出来なかったが、出し惜しみをしていられる状況でもなかった。
獅子王対暴君竜。
その戦いはシャルルロア軍だけでなく、ヴェルガル軍の兵士にさえ見守られることとなる。
変に手を出し、その拮抗を崩すことが躊躇われる程の力のぶつかり合いを前に、力の暴風が自分たちに降りかからないことを祈るばかりだった。
◇
トリスタンはカイルが暴君竜との戦いに入る直前、西の橋にも同じ魔獣が現れたの視認する。
カイルの位置からでは死角になっていて見えないが、同じ魔獣が同時に現れ、そしてシャルルロア領を目指して進行している姿に、人の思惑を感じていた。
西の橋にはカイルのような手練れがいない。
それどころか、見慣れぬ巨大な魔獣の出現に、隊列も崩れ気味になっていた。
軍の腐敗を正し再編を急いでいたが、間に合ったとはいえない状況だった。
「西の橋には俺が出向く!」
「認められません、お考えを改めてください!」
護衛騎士であるナターシャが即反対の声を上げるが、トリスタンは聞いていられないとばかりに馬を向けようとする。
「前線はまだ隊列を保っているが、崩れてからでは遅いのだ」
「トリスタン様にもしものことがあれば、そもそも崩れるどころの話ではありません」
ナターシャ必死の懇願ではあったが、カイルが前線で戦っている今、トリスタンはここで自陣が崩れるのを待ってはいられなかった。
もし西の橋を抜かれれば、そのままカイルの背後を突くはずだ。
いくらカイルといえど、あの魔獣に挟み撃ちとあっては逃げることすらままならないだろう。
トリスタンは、カイルを失うことだけはなんとしても避けたかった。
新しい神聖エリンハイム王国には自分よりも、カイルこそが必要と考えている。
「私もナターシャ殿の意見に賛成いたします」
声に振り向いたトリスタンは、そこに現れた女性を見て固まる。