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支配の王杯

本日二話目になります。

一話目を読み飛ばされている方は一つ戻ってください。

短めですがここは三人称なのでこれで区切ります。





 魔道灯の明かりが照らす薄暗い部屋の中に、教皇ゼギウスと護衛らしき騎士が二人、そして信者らしき装いの少女たちが三人いた。

 誰もが口を閉ざし、僅かな呼吸の音さえ聞き取れそうな中、何かを待つ様に時間だけが過ぎていく。


 元は懺悔室だったここを教皇ゼギウスは別の用途に使っていた。

 本来主神エリンハイムの像が置かれるはずの台座には、代わりに黄金色の杯が置かれ、まるで杯自体が発光するかのように淡い黄金色の光を放ち続けている。


『支配の王杯』、それは人の魂を別の人の魂で縛り付けるという、古代文明時代においても禁忌とされる魔道具だった。

 その支配力は生け贄とした魂の力が強ければ、上位魔人族をも支配下に置いたと言われている。


 教皇ゼギウスは『支配の王杯』を使うつもりはなかった。教会の偉功を示す為にその力を集めた前教皇だったが、教皇ゼギウス自身は『支配の王杯』の持つ力に畏怖していた。

 まるで悪魔にでも取り憑かれたかのように、親族を生け贄として差し出す前教皇に畏怖していたといってもいい。

 そして、その要因となった力を持つ『支配の王杯』を、今は教皇ゼギウス自身が手にしている。


 支配の渇望。かつて前教皇が体験していたであろうその渇望は、砂漠で一口の水を求めるがごとく止めどを知らず、一度水を得ては、再び乾くことに耐える日々だった。


(小僧め、使わぬ訳だ)


 絶大なる支配力を産み出す『支配の王杯』を前教皇の元へ持ち込んだのは、奴隷商から成り上がった神殿騎士のベルディナードだった。

 自ら使わず、信徒の務めとして納められたそれを前教皇は殊のほか喜び、厚い待遇を持ってベルディナードを迎え入れた。

 それ自体がベルディナードの復讐だったなどとは露ほども考えず、狂気の中で喜びながら一族の殆どを生け贄とした前教皇を見て、どう感じていたのか。


(私も抗えぬか……)


 計画が狂ったのはどこからか。

 ある日もたらされた、セシリアの隷属状態が解かれたという報がそれか。であれば、セシリアに『支配の王杯』を用いたその行為が切っ掛けとなったといえよう。


 人が生まれながらにして持っているという神からの祝福。天恵と呼ばれるそれら祝福の中でも、『アルテアの奇跡』と呼ばれる神聖魔法は使い手が殆どいない。


 かつてここ神聖エリンハイム王国は七つの国家を持つ大陸だった。国家間の争いが絶えず、大陸のどこかでは戦争が絶えなかった時期、大聖女と呼ばれた女性がエリンハイム法国に現れ、奇跡の力を持って傷付いた人々を癒やして廻ったという。

 大聖女の教えの元、エリンハイム教は国家をまたいで広まり、後に神聖エリンハイム王国として統一国家が生まれる礎となっていった。


 だが、戦争の終わりと共に平和が訪れ、その悲劇が忘れられる様に教会への信仰心もまた薄れ始めると、民を導くはずだった教会は国政からもその立場を失いつつあった。


 前教皇はそれを神への侮辱として受け取り、その全てを捧げて教会の権威を上げる為に尽くす。

 そんな中、再び『アルテアの奇跡』を授かる聖女が現れた。前教皇がその存在を利用しないはずがなく、その天恵を授かったセシリアを自らの命と引き換えにしてでも欲し、『支配の王杯』を実際に使ったのが教皇ゼギウスだ。


 だが、教会の権威を上げる為に取り込もうとしたセシリアが、逆に教会の権威を下げる切っ掛けとなる。

 セシリアの兄であるカイルは王族派を率いる第二王子であり、事の真相追究を諦めることなく動き続けた結果『支配の王杯』に気付き、結果として教皇庁の中心に剣を突き立てられるかたちとなった。


 カイルの支持基盤となるシャルルロア領は隣のヘリオン領と協定を結び、更に海を越えて西のエルドリア王国とも協定を結んでいた。

 だがそれも全てカイルを中心としたもので、そのカイルさえ存在しなければ全ては白紙になったも同然のものだった。


 教皇ゼギウスは、教会の権威を守るにはカイルを崩すのみと考え、渋る王妃を脅して王からカイルの処分に関する黙認を取り付けた。

 王妃は教皇派ではあるが強健派ではない。だが、『支配の王杯』の存在は知っていた。それが自分に向けられると知って、抗えるほど心の強い女性ではなかっただけだ。


 どれくらい経ったのか、部屋の扉をノックする音に騎士の一人が動く。そして二言三言、言葉を交わした後に扉は閉められ、再び重苦しい雰囲気が部屋を満たす。

 金属のこすれ合う音が教皇ゼギウスに近付き、淡々と述べる。


「猊下、次の手を」


 教皇ゼギウスはその言葉を聞き、迷いを隠すように目をつぶる。

『支配の王杯』が持つその力を行使する時、より強い欲求が精神を支配する。


(次は抗えぬかも知れぬな……だが、もう後には引けまい。いずれにせよ破滅が待つのみ)


 再び目を開いた教皇の目に迷いはない。


 その目が三人の少女に向かう。誰もが教皇ゼギウスの見知った少女だった。

 三人は魔法による物かあるいは薬による物か虚ろな目をし、まるで表情を感じさせない。人形のように立ち尽くす姿からは生気そのものが感じられないといって良かった。


 教皇ゼギウスが騎士の一人に促すような視線を送ると、騎士はそれを受けて一人の少女の背後に回ると、片手で少女の手を後手に取り、もう片手で髪を掴み上げる。

 少女は呻くような短い声を上げて苦痛に顔を歪めるが、抵抗はなかった。


 その少女に教皇ゼギウスが近付く。手には美麗な装飾の施された刃渡り一五センチほどのナイフが握られていた。


「主神エリンハイムの慈悲がこの者にありますように」


 ナイフの刃先が少女の胸に食い込み、赤い血が衣類を染め上げる。

 少女は苦痛に目を見開き涙を零すが、教皇ゼギウスの手は止まらない。むしろ、速くその苦痛から解き放つ為にと手に力が込められていく。


 その時、静寂が支配していた部屋の中に、無造作に開けられた扉が壁を打つ音が鳴り響く。


「!?」


 振り向いた教皇ゼギウスの右肩を強烈な痛みが覆う。

 取り落としたナイフが床を打つ高い音が響き、騎士の二人が教皇ゼギウスを守るように立ち並ぶ。


「それ以上はさせない!!」


 まだ幼さを残す声が、怒気を孕み、部屋を支配した。





前話と本話は難産でした。

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