弟子
「これほどの奇跡を起こす者が誰かと思えば、アキトたちだったとはな」
未だ興奮覚めやらぬ人垣を分けてやって来たのは、騎士のカイルだった。
朝見掛けた時には新品のような装いだったカイルだが、今は破損こそしていないものの、返り血と思わしき汚れに土埃が付いて色男も台無しだ。
カイルの後には一人の女騎士と五人の騎士が付き従っている。
女騎士は橙色の髪を短くまとめ、着ている軽装鎧は甲殻系の魔物をベースとした物で、俺と同じだな。
色は鉛色っぽいので磨かれた鉄製の鎧に見えなくもないが、重さは半分に満たないだろう。
胸には恐らく主神と崇める神を描いた神聖エリンハイム王国の紋章が掘られているのを見ると、正規の女騎士装備なのかもしれない。
背はすらりと高く、俺と同じくらい、年頃も俺と同じ一七歳前後に見える。
「お前たちは商人だったと思うが、俺の思い違いだったか?」
狩り装備に身を包んだ俺たちを見れば、誰もが冒険者だと思うだろう。
むしろこの格好で商人だと言っても誰が信じるだろうか。
「今は商人で間違いありません。
ただ、売る物を自分たちで用意するのに狩りをすることはありますが」
どう見えようと登録上は商業ギルドになっているので、正直に話す。
別にギルドに入ることが絶対な訳ではないが、ギルドには身元の保証人という役割もあるので、市民権を持っていない俺たちには必要なものだった。
複数のギルドに所属することも出来るが、もともと捕った獲物を売りさばく以外に冒険者ギルドを利用していなかったので、同じことが出来る商業ギルドだけで十分だったのもある。
「ルイーゼとマリオンだったか。
二人の戦いは見たことがあるが、アキトも戦えたとはな」
「最近じゃ二人に敵わないことも多くて任せっきりです」
初めてカイルに会った時の俺は、ルイーゼとマリオンに戦いを任せて見ているだけだったから、二人が俺の護衛だと思っていた可能性もある。
「なるほど、確かにあれだけ戦えるのなら並び立つのも難しいだろう。
そこにきて奇跡も起こすとなれば、その言葉も謙遜とは言うまい」
カイルの表情が鋭いものに変わる。
「お前たち、何者だ」
カイルの言葉に釣られて従者と思われる女騎士が腰の剣に手を掛ける。
俺はカイルに殺気を感じなかったので反応しなかったが、ルイーゼとマリオンが女騎士に反応してしまった。
俺はとっさに止めるが武器に手が掛かるのまでは止めることが出来なかった。
「平民の分際で武器に手を掛けるかっ!」
女騎士が剣を抜き放つ。
それは細身の剣で、綺麗に磨き上げられた刀身と繊細な意匠が凝らされた柄は見事な物だった。
だが、家のお姫様方はその剣が俺に向けられたなら動じることは無い――女子力何処行った。
「落ち着け、馬鹿者が!」
俺がどう治めるべきか悩んでいたところで、カイルが女騎士の頭上にげんこつを落とす。
鈍い音が響き、頭を押さえて蹲る女騎士に少しだけ同情した。
今のは結構本気で入っていると思えた。
「い、いたいです隊長」
「お前が無用な争いを起こそうとするからだ」
「ですが我々を前に、剣に手を掛けたのですよ!」
女騎士は頭をさすりながら立ち上がると、口を尖らせるように不満を口にしていた。
「手練れを相手に殺気を撒き散らすからそうなる」
「手練れって……隊長が言うほどなんですか?」
「お前では間違いなく勝てない」
「そんなっ! 私これでもDランクの冒険者にだって勝ったことがあるんですよ!」
「その程度で、なぜお前は相手が自分より格上だと思わない?」
「えっ?」
カイルが眉間に手を当て、苦悩する様子を見せる。
カイルと女騎士は随分と親しい仲のようだ。
「二人とも、こちらに害意は無い。気を治めてくれ」
「ご無礼をお許しください」
「失礼致しました」
ルイーゼとマリオンも少し気を落とした様子を見せ、謝罪の言葉を口にした。
二人とも殆ど条件反射だ。
それだけ常日頃から俺の身を案じてくれているのだろう。
「それで質問の続きになるが、魔法を使う剣士に、天恵を授かる聖女。
その二人を連れているアキトがただの商人などとは言うまいな」
「元はエルドリア王国で冒険者をしていましたが、店を持ちたくて商人に鞍替えして、今は行商の旅をしています。
二人と出会ったのは二年前ですが、その時から二人が強かったわけでは無く、努力の結果です」
言えないことはあるが、言ったことについては全部本当の話だ。
カイルは一つの嘘も見逃さないとばかりに真剣な目で俺の言葉を聞いていた。
「わかった。
嘘をついているとは思わないが、全てを話しているとも思えない。
だが悪意も無さそうだ。これ以上は問うまい」
ぐぅ、バレている。
「隊長、彼女だけでも仲間に引き込――ぎゃふ」
再び頭を抱えて蹲る女騎士。
カイルは相手が女性でも容赦が無いようだ。
「天恵の力をどのように使うかは本人の自由意志に委ねられる。
その不文律が無かった時代に、どれほど酷い行いがあったかは歴史で習っただろう」
「そうですが、彼女がいれば今度の戦いも大分楽になると思いまして」
目を逸らして口を尖らせるのはどうやら癖のようだ。
「そんなに酷い状況なのですか?」
「正直、思った以上に数が多い。
ホブゴブリンの数も異常に多く、魔物の暴走も考えられる。
恐らくゴブリンの住処に大物が入り込んだのだろう」
魔物の暴走と聞いてマリオンが身を強ばらせる。
マリオンの故郷はそれにより壊滅していた。
もともと小さな島国ではあったが、それでも国その物が無くなるほどの大惨事だった。
原因はドラゴンが現れたことによるもので、その影響は凄まじく、森に住む多くの魔物がドラゴンから逃れる為に、人の住む領域に侵攻してきたという。
今回の規模はそれほどでは無いにしても、BランクもしくはAランクと言った魔物が現れた可能性を示していた。
ちなみにドラゴンは最も弱くてもSランクとされ、その上はランク付けすらされていない。
同ランクのパーティーが十分な準備を持って討伐出来るのがランク付けになる。
それが付いていないと言うことは、倒せると考えられていないと言うことだ。
「力を貸して貰えるなら心強い」
聞かなければスルーも出来たのに、何故聞いてしまったのか。
「アキト様はお優しいですから」
「でもアキトは駄目よ」
駄目と言われたけれど、二人だけで行かせるのは却下だな。
もしも二人の身に何かがあれば、それ以外の問題など全部意味の無いことになってしまう。
カイルは以前、俺たちを見捨てず危険を承知で戦いの場に残ったことがある。
今度の戦いでも使い捨てにするようなことは無いだろう。
もちろん戦いである以上は危険もあるし、怪我人や死人が出ないなどあり得ないことはわかっている。
だが俺たちもそう簡単にやられない程度の自負はある。
いざとなれば逃げようもあるというのが根拠だ。
強敵を相手に勝てるという自信では無いところが俺らしいだろう。
あと、戦うのであればきちんと対価は必要だ。
利用されるだけの関係にならない為にも、そしてリスクを冒す二人の為にもこれはリーダーである俺がきちんとしなければならない。
「俺たちは冒険者ギルドに登録していないので、その辺はどうなりますか?」
「報酬という意味なら冒険者と同じだけ出そう。
いや、その力が助けとなるならそれに見合うだけは約束する」
最低限の言質は取れた。
たいした付き合いでも無いが、垣間見ただけでもカイルは自分の言葉に責任を持つことはわかる。
そのカイルがもし支払えないようなことになったとすれば、それは本人の意思とは違う力が働いた時で、そこまで責任を求めるのも難しいだろう。
そもそも相手は貴族様だ。いざとなれば命令すれば良い。
だから今は、命令では無くお願いという形で切り出してくれた内に気持ちよく受けておいた方が、お互い良い結果になるはずだ。
「わかりました。
できる範囲で協力させて頂きます」
「ふっ、頼もしい言葉だ」
何故そう取るのか、ちょっと不思議だった。
◇
二日後の再戦に参加することを約束しカイルと別れた後、今日の獲物を商業ギルドで買い取って貰っていた。
一部は素材として取っておく為に全部では無いが、それでも数日分の宿泊代にはなる。
「アキト――さん、俺に戦い方を教えてください!」
商業ギルドを出てフリッツに報酬を支払ったあと、思い詰めたように話す様子を見て、軽く冗談で聞き流すことが出来ないと判断した。
「それは身を守るという意味か、それとも冒険者にでもなりたいのか?」
「俺、頭も良くないし器用じゃないから職人にはなれないと思う」
「冒険者だってその二つは必要だぞ」
「でも、魔物のことが一番詳しいし。
それにもう一五歳だから一人で働いて生きていかなくちゃならないんだ。
そうしないと下の子が食べられないから」
弟や妹ではなく下の子と言ったな。
つまり肉親では無い誰かと一緒に暮らしていると言うことか。
フリッツは俯いたまま両の拳を強く握りしめていた。
「冒険者になりたいなら、冒険者の元に付いた方が良い」
「あんなに戦えるじゃないか!」
「仮に戦い方を教えるとしても、直ぐに戦えるようになるわけじゃない。
俺たちは旅の途中だから、フリッツが育つまでは教えられない」
「でも、誰かに教えて貰わないと、パーティーに入ることすら出来ないんだ」
顔を上げ、意志が強そうと思ったそのままの瞳で見つめてくる。
俺もその日の生活すらままならないと思った頃に仲間と出会い、生きる為の力を手に入れた。
これはあの時の恩に報いることだろうか。
人の人生を背負うというのは思ったよりも気が重いな。
ルイーゼやマリオンの時はそんなことを考えなかった気がする。
まだそんなことを考えられないくらい自分のことで精一杯だったか。
あの頃はどちらかと言えば助けられる方だったからな。
「この町を出るまでの間だけだ。
その後どうするかは自分で決めるんだ」
「ほんとか!? あっ、本当ですか、やった!」
滅茶苦茶嬉しそうだな。
「浮かれすぎだ。
命が掛かっているんだ、きちんと教えるが、それでも初心者冒険者の死亡率は高いぞ」
「わかってる、それでもやっと冒険者になれるんだ」
最後まで責任を持たないのは無責任だろうか。
でも、最後が何かなんてわからない。
浅瀬で狩りが出来て、その日暮らしに困らない程度、そこまでは責任を持とう。
フリッツは魔物の特性をよく知っているし、出没範囲もわかる。
自分で魔物を解体も出来るし、運び屋をやることもあるようで基礎体力もあった。
よく考えれば、俺の最初の頃に比べれば随分と地盤がしっかりしているな。
足りないのは技術だけと考えると、意外と早いかもしれない。
「明日は日の出から半刻したら南門に集合だ。
今日はしっかりと寝ておけ。遅れるなよ」
「絶対だよ!」
良い笑顔でフリッツが通りを駆けていく。
「楽しくなりそうだわ」
「素直な良い子です」
「俺たちは殆ど同じ時期に冒険者になったから、初めての後輩だな。
鍛錬が辛くて諦めてくれるくらいなら良いんだが、本気なら甘やかしてもいられない」
いつかフリッツが冒険者として命を落とすこともあるかもしれない。
知れば俺はきっと後悔する。
だがフリッツはいつか一人ででも狩りに出るだろう。
だから、せめて全力で教えるつもりだ。
教えることで生き延びる可能性が上がると信じて。