思わぬ知らせ
本日二話投稿 二話目になります。
読み飛ばしにご注意ください。
王都の宿を拠点とし、教会の情報を探りながらルイーゼの武器を強化すること一週間。
ルイーゼは暇さえあれば戦鎚を取り出し、日常生活の中でさえ手放さない。
早く体に馴染ませたいと言う思いは無視できないが、たまたま『空間転移』で宿に戻った時、戦鎚を胸に抱えて幸せそうにくるくると回っているのを見てしまった……幸せそうで何よりである。
戦鎚の特性は以前の聖鎚と変えていない。『聖弾』の魔法陣を『刻印魔法』で転写している点も同じだ。素材の魔力保有量が上がりサイズも大きくなった為、そこから生まれる破壊力は想像しがたいものとなっている。
もっとも、それだけ魔力を消費することになるので、魔力総量がかなり多いルイーゼでさえ何度も使えるものではないだろう。一撃必殺、まさにその言葉が似合う一品となっている。
これも伝説級 だよな……
年端もいかないような少女が扱う武器ではないが、実際に使いこなすところが怖い。
追っていた『支配の王杯』の行方については、聖エリンハイム大教会にあることがわかっている。
近付くだけで感じるほどの魔力を内包した存在は、そう多いものじゃない。
そして、その魔力の中に隷属魔法独特の匂いを感じた。本当に匂いがあるわけじゃないが、『魔力感知』で個人を識別できるように、独特な存在には違いが現れる。
俺はセシリアに使われていた隷属魔法と同じ匂いを、教会の中にあってなお強い主張を続ける魔力源から感じていた。
残念ながら物語には良くある情報屋とか、裏の仕事を請け負ってくれるような集団と出会うことはなく、勝手のわからない町での情報収集は難儀を極め、予定以上に時間が掛かってしまった。
時には『空間転移』を駆使して潜入まで試みながら、教皇の行動パターンをだいたい把握できたのは、昨日のことになる。
その間、王都はシャルルロア領とヴェルガル領が戦争状態に入ったという噂で持ちきりだった。
俺は、大事になる前に国王の仲裁が入り、戦争にまではならないだろうと勝手に考えていたが、事実はそれよりももっと複雑だった。
その一つは、次期国王と目される第一王子が、教皇派とされていることから始まる。
現国王の妻である第一王妃は、融和政策の元で教皇派から嫁いできた女性だった。現国王は王妃を溺愛し、その子供の教育に口を挟むことはなかった。
結果として、第一王子には王妃の思想が強く出る。もっとも、それ自体は融和政策の成功ともいえ、目的が叶ったと言える。
そんな中で、カイルが第二王妃の元に生まれた。第二王妃は第一王妃とは違い、教会とは反目する貴族から嫁いでいる。
当然のことながら第一王妃はこれを取り込もうとするが、そんな動きに危機感を覚えた王の側近によって、カイルは教会から離されて育つ。
カイルはそんな環境に身を置きながらも、教会とその教徒自体には懐疑的ではない。だが、教会の運営そのものには問題があると考えていた。
ここ神聖エリンハイム王国が主神と仰ぐエリンハイム。その愛娘とされる三人の女神は、度々人の世に奇跡を起こすことから、神の存在そのものを疑う者はいない。
特にこの地は、神の奇跡とされる固有の能力に恵まれる者が多く、それだけ思いも強いといえた。
科学の発達した世界で生まれた俺でさえ、ここでは神の存在を信じているくらいだし、実際に邂逅しているのだから、信じない理由はなかった。
そんな中で教会の陰謀を暴こうとしても、第一王妃を筆頭とした王族にも教会の信徒がいる以上、簡単にはいかない。
今回、カイルを明確に標的としていることから、第二王子派の切り崩しであることは容易に想像が付き、実質は国王派と教会派の代理戦争となっていた。
◇
拠点となる宿の一室で、俺とリゼットは今の状況を整理していた。
ちなみにルイーゼとマリオンはモモを伴って買い出し中だ。
「色々と複雑すぎて、下手に動けないな」
「アキトにとって譲れないことはなんですか?」
「そうだな……」
リゼットに問われ、改めて考える。
国の運営が国王派によるものだろうと教会派によるものだろうと、俺たちの生活に大きく変化があるとは思えない。
だが、教会派のやり方そのものは気に入らない。人の自己同一性まで奪い取る隷属魔法を俺は許せない。
そして何より、その動きにルイーゼを巻き込もうとする教会派の上層部は、俺にとって既に排除対象だ。
もっとも、そうは思っていても俺にはその権限がないのも事実だ。今やろうとしていることは法的な正当性もない暗躍であり、俺のエゴでしかない。
まぁ、それでもやるんだけどな。
「俺の目的だけを考えれば、意外と物事は簡単かも知れない。
この国の行く末なんて大層なことを考えなければ、隷属魔法を私利私欲の為に使う教会上層部を潰す、それだけだ。その為に手段を選ぶ必要はなかった。
まぁ、できるだけ穏便に済むようには心掛けるが、結果として犯罪者として追われるというのなら、事実だし受け入れるさ。もっとも、捕まるつもりはないけどな」
「どんどん世界が狭くなりますね、次は帝国にでも行きますか?」
リゼットが悲痛な表情を見せる。
だが、そんな心配は無用だ。仲間のいる場所が俺にとっての居場所であり、それが世界の何処かなんて重要なことではない。
「一度帰ろうかと思う」
「そうですか……」
俺が帰るといった場所を、リゼットだけは正確に掴む。
リゼットから、ルイーゼとマリオンへの結婚祝いとして送られる予定の改良型念波転送石を使えば、二人を連れて元の世界に行くことが出来る。
一度は俺の生まれた世界を見てもらうのも良いだろう。
「来るだろ、一緒に。置いては行かないぜ」
「強引ですね。あの二人にはそんな言葉を掛けていないようですが?」
「そうだなぁ。なんでだろ。二人なら来てくれると信じているからか」
「私は信じられませんか?」
「あぁ、リゼットは結構強情なところがあるからな。こうして引っ張っていかないといつまでも部屋に籠もっていそうだ」
「私は好きで籠もっているのです、それは余計なお世話というものですよ」
少し拗ねた様子を見せるリゼットは、年頃の女の子だ。
貴族社会の中でも厳しい立場で育った彼女は、余り弱みを表に出さない。それが文字通り命取りになることもあるのだから怖い世界だと思う。
「アキトには言っていませんでしたが、私はとある方から求婚の申し出を受けております」
「なっ!? 俺以外にか!?」
「アキトから求婚された覚えはありませんが?」
「えっ!?」
リゼットがジト目といった感じで見つめてくるが、俺は前にルイーゼとマリオンとの結婚の報告をした時、それらしいことを言ったつもりだ。
……ハッキリとは言ってないか。
「アキトも求婚してくださいますか?」
「そりゃも――」
リゼットは俺に負い目を持っている。この危険な異世界に召喚し、何度となく命の危険に晒されたのは自分のせいだと。
その中で俺の希望だけを伝えれば、リゼットは決して断らないだろう。だけど、俺が望むのはそんな繋がりじゃない。
「リゼットの本心が知りたい」
「端的にいえば、そのお話を受けることで私は公的な権力を手にすることが出来ます。それはアキトがエルドリアに戻る為の力となるでしょう」
「それの何処にリゼットの本心があるんだ?」
「私はアキトを再びエルドリアに戻したいと思っています」
エルドリアにはかつて共に旅をした仲間がいるし、いつかは戻りたいと考えている。とは言え、今すぐにと考えているわけでもない。
「魅力的な話だがリゼットが犠牲になるほどの価値はない」
リゼットは俺の言葉を聞き、目でわかるほど肩を落とし、意気消沈と言った感じだ。その献身たる思いに疑いはなく、出来るだけのことをしてくれているのが伝わってくる。
「リゼットとはもう少しきちんと話し合う必要がありそうだな。出来ればそれまで返事は保留にしておいて欲しい。その上でリゼットが望んでその求婚を受けると言うのなら、悔しいけど祝福するよ」
「悔しいのですか?」
「悔しいね、八つ当たりでドラゴンでも倒せそうだ」
「そ、そうですか」
リゼットがなんとなく元気の戻った様子を見せるのと、ルイーゼとマリオンが買い物から戻ってくるのは同時だった。
「ただいま、疲れたわ……」
「ただいま戻りました、アキト様」
「おかえり」
マリオンは戻った早々ベッドに倒れ込んだ。
モモもそれを真似してベッドに飛び込み、はねて反対側に落ちていく。大きな口を開けて笑っているのを見るに怪我はないようだ。
「何かあったのか?」
「少し不埒な者がおりましたので」
「なるほど、それじゃ仕方がないな」
ルイーゼもマリオンも、町を歩けば人目を引かずにはいられない美人さんだ。
その二人が揃って歩き、男の影もないとあれば、声を掛けない方が失礼にあたるだろう……多分。そう自己完結して寄ってくる男が多いことは聞いている。
中にはしつこいだけでなく、力業に出てくる男もいるので困るとか。
もっとも困るのは、別の意味でだ。
二人が力技で負けることはまずあり得ない。例えそれが武器を手にすることになったとしてもだ。
むしろどの程度で抑えるかが問題といっていい。この世界でもやり過ぎは御法度である。その辺の加減にマリオンは疲れたのだろう。
「それじゃ夜までゆっくり休んでいてくれ」
始めたら長くは時間を掛けられない。今夜一気に片を付けるまでだ。