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ドラゴン

本日2話投稿 1話目





 正確にドラゴンの顔面を狙い撃ったそれは、マリオンの放った強弓による攻撃だった。

 魔物の爪を加工して魔力を極限まで内包した(やじり)は、衝撃で魔力が解放し、爆発的な破壊力を産み出す。


 思ったよりも硬い!


 爆発の威力は表面的なダメージなので致命傷を与えるとまではいかない。それでも無視できない程度の威力はあった。


 前にドラゴンと戦った時にも強弓と大型弩弓(バリスタ)は役に立ってくれたが、生憎と大型弩弓の矢はゴブリンキングを相手に使ってしまっていた。特殊な物だけあり、人材と材料が揃わないと作れないところが悩ましい。


「おまたせ!」

「助かるマリオン! そのまま牽制してくれ、ブレスを使わせたくない!」

「わかったわ!」


 安全圏から正確無比な射撃能力を持つマリオンの援護は頼もしい。

 近距離では二刀一対の魔剣ヴェスパを使い、中距離では自ら産み出した『魔刃』(マジック・ブレード)、長距離は弓による攻撃とマリオンの万能感が半端ない。


 前に戦ったドラゴンは強弓による攻撃を受けて致命傷と感じたのか、『竜眼』と呼ばれる固有の能力(ユニーク・スキル)を使ってきた。

 永遠の時を生きるといわれるドラゴンの秘密は『転生の秘術』にある。その秘術を犠牲にして使われるのが『竜眼』であり、『竜眼』に耐えられなければ確実なる魂の死が訪れる。それは、ドラゴンを倒そうとするならば避けられない試練だといわれていた。

 そして、竜眼に耐えると言うことは、ドラゴンの魂を宿すだけの強さを持った魂の器ということでもある。すなわち、その肉体を依り代として、ドラゴンは再び蘇る。

 それを防ぐには、ドラゴンの魂を拒絶する強さが必要だ。


 そんな試練を、俺はその特異性から避けてしまったが……

 リゼットによる異世界転移魔法は、魂と肉体を切り離し世界線を越えて転移させる魔法だ。俺はそれを使うことで、魂と肉体の存在を明確に認識していた。

 それだけに『竜眼』を受けた際も、なにが行われようとしているのかを察知し、抗うことが出来た。もし知らなければそのまま肉体を奪われていただろう。


 だから、その存在を知らないルイーゼやマリオンに『竜眼』を受けさせるわけにはいかない。リゼットなら恐らく大丈夫だと思うが、わざわざリスクをとる必要もなかった。

 倒すなら俺がもっともヘイトを稼ぎ『竜眼』の受け役となるのが一番だが、そもそも倒すのが厳しいと言わざるを得ない。


 では逃げられるのかというと、簡単には難しい。

 俺が使うにしろリゼットが使うにしろ、『空間転移』(テレポート)を使うには意識の同調をする為に、直接肌を触れ合う必要がある。四人が固まっていては集中攻撃を受けることは必須だ。

 ならば、ドラゴンを引かせるか、せめて怯ませる程度の時間は必要になる。


 ドラゴンはランクSにあたる魔獣だ。討伐するにはランクSの冒険者がパーティーで挑む必要がある、と言うのが定説だが、世界にランクSの冒険者がパーティーを組むほどは存在しない。

 だからランクAあるいはランクBの混成による大規模パーティーで討伐にあたるのが一般的だ。その場合、被害も大規模になるが……


 もっとも、ドラゴンを倒そうというのが一般ではないとも言えた。

 それほどこの世界のドラゴンは強かった。それが例え名無し(ネームレス)でもだ。


 故に竜殺し(ドラゴンスレイヤー)は武人として最高の誉れであり、訳あって公表できないが、マリオンはそのドラゴンスレイヤーの一人だったりする。


 冒険者をやめてから、自分のランクを示す認証プレートは見ていない。最後に見た時はランクAだったが、装備のベースアップも含めれば、今はランクSに近いのかも知れない。

 ルイーゼやマリオン、そしてリゼットの存在を考えれば、意外といけるのか……


 そのドラゴンに、森の木々をへし折るようにして飛び出してきた岩の身体を持つゴーレムが、現れた勢いそのままで体当たりをかます。

 いくらドラゴンが大きいといえど、二メートルを超すゴーレムの巨躯が与える衝撃は強烈だったらしく、その身を大きく揺らし、甲高い咆哮を上げた。


 現れたのは、リゼットの召喚魔法により顕現した土属性のゴーレムだ。

 聞くところによると他の属性のゴーレムもいるらしいが、使い勝手がいいのは土属性らしい。


 胴の高さでも三メートルはあろうかというドラゴンにとって、人間のような小さな存在に手こずるのは業腹ものだろう。

 その苛立ちが見て取れるかのように、暴れ出したドラゴンは近付くことすらままならない状態となっていた。

 その振われる頭と前足、太く長い尾も全てが人間にとって致命傷といえる。


「ルイーゼ無理をしなくていい! 離れるぞ!」

「はいっ!」


 首元にしがみついていたゴーレムを、ドラゴンの鋭い鉤爪を持つ前足が襲う。その一撃で半身を持っていかれたゴーレムは、その言葉の通り崩れ落ち、砕け散るようにしてその存在が消えていった。

 ゴーレムはそれほど弱い存在じゃない。少なくてもランクAの魔物を単独で押さえ込むくらいの力はあった。そのゴーレムをいとも容易く葬るドラゴンの強さが別格なのだ。


 だが、突然の乱入者に、ドラゴンの意識が完全に俺たちから離れた。

 もしここで逃げて、怒りに満ちたドラゴンが領都ヘリオンを襲うとかいう展開はあり得るだろうか。

 やるだけやった結果なら最悪の事態も受け入れるしかないが、手を抜いた結果となれば後悔は目に見えていた。


 ならば、ここで決める!


「怨みはないが……『能力解放』(リリース・アビリティ)!」


 荒れ狂う魔力が体中を駆け巡り、飽和した魔力が白銀の魔闘気となって身体を包み込む。その色合いは、魔力の源となる不死竜エヴァ・ルータを思い起こさせる。

 不死竜エヴァ・ルータは、使いすぎると魂が竜脈に染まるといっていたが、このままドラゴンを放ってもおけないと決めた。

 どちらにしろ後悔するなら、せめて思いのままに。


 意を決した俺がドラゴンを睨むと、なにを感じ取ったのか、ドラゴンは突然暴れるのを止め、怯えるように後ずさった。

 その豹変した様子を見て呆気に取られていると、ドラゴンは巨大な翼を縮め、まるで平伏するようにその頭を地面につけた。尻尾まで力なくしなだれ、先程まで攻撃的だったのはなんだったのかといわんばかりの姿に、俺の方が戸惑う。


「いったい何がどうなっている……?」

「アキト、これはいったい?」


 ゴーレムが破壊され精霊界に戻ったのにあわせて、召喚主のリゼットが森から姿を現す。

 そして、動くことを止めたドラゴンを見て同じような疑問を口にした。


「俺にもなにがなんだか」

「ルイーゼ、念の為『多重障壁』を頼む」

「マリオンもこちらへ! 『多重障壁』!」


 俺たち四人が集まり、ドラゴンの続く行動に備えるが、まるで動く気配が感じられない。


「これは、倒して良いのかしら?」

「ここまで無抵抗になられると、なんとなく手を出しにく――喋った!?」

「どうしましたか、アキト?」

「い、今、ドラゴンが喋らなかったか?」


 そう思いながらも、他の可能性を探って周りを見渡すが、他に話し掛けてくるような人の気配は感じられない。

『魔力感知』(センス・マジック)が役に立たないとはいえ、目で見て、音を聞き、匂いを嗅ぎ、空気の流れを感じることは出来る。

 だが、そのどれもが第三者の気配を感じさせるものはなかった。まぁ、俺にどの程度感じられるのかという話でもあるが。


「その様な声は聞こえませんでしたが」

「アキト様、私も聞こえませんでした」

「そうね、聞こえなかったわ」

「俺の空耳か……いや、また喋った!?」

「アキトだけに聞こえるのでしょうか? なんと言っているのです?」


 俺は、俺にだけ聞こえると言う声に耳を澄ます。


『…………』


「嘘だろ……多分、命乞いをしている……」

「なにそれ?」


 マリオンが俺の言葉にぽかんとした顔を見せる。と言うか、俺の顔がぽかんとしていた気もするが。


「もしかしてアキトが能力を解放したことで、その先に不死竜エヴァ・ルータの片鱗を見たのではないでしょうか?

 不死竜エヴァ・ルータは、竜族の中においても歴史に名を残すほどの存在です。それからすればこのドラゴンも子供か赤子のようなものでしょう。

 そんな相手に牙を剥いたとなれば、報復を恐れて怯えるのもわかりますが……わかりますが、自分で言っていてそんなことが、と思ってしまいます」

「なんか気の毒になってきたな」


 巨大な体躯を持ちながらも、怯えた子犬が叱られるのを待っているようなその様子に、毒気を抜かれる。


「応えてあげては如何でしょうか?」

「とは言っても、竜語なんか話せないぞ」

「ふふっ。竜は直接言葉を話したりしません。でも、アキトならわかるでしょう」

「そう言えば、そんな気もしてきた」


 なにせ不死竜エヴァ・ルータとは話していた。あの会話はまるで意識を直接やり取りするような……念波転送石でリゼットと話す時と一緒だな。


 俺は思念を送る。

 それに反応したのか、ドラゴンの頭が上がった。

 急に動きを見せたドラゴンに、ルイーゼとマリオンに緊張が走る。


『…………』


 言葉にはなっていないが、何故か理解出来た。念波転送石と同じかと思ったが、少し違うな。もっと直接的に魔力を伝わってくるというか、波動のような、そんな感じだ。


『…………』

「わかったならいい、それじゃ元気でな」

『…………』


 ドラゴンは最後に一度謝罪をすると、その巨大な翼をはためかせ、重力を感じさせない動きで宙に舞い上がった。

 いくら巨大な翼とはいえ、その巨体を浮かせるのは難しい。きっと翼で揚力を得ているのではないのだろう。翼は姿勢制御の為の存在と思えた。


 魔断層も近い魔巣の奥となるここは、普段は無色透明な魔力でさえ、強力な魔力に引かれるようにして彩る。それらがドラゴンを押し上げるように上昇気流のような魔力が発生していた。ダイアモンドダストのようなそれは、見ている限り美しいものだ。


 魔力の暴風が落ち葉や小石を巻き上げ、ルイーゼの展開した障壁を打つ。視界を埋め尽くすほどのそれらは、生身で受ければそれだけで大きなダメージを負いそうだ。

 しばらくして障壁にあたる小枝や小石が落ち着くと、先程までの荒々しさはなんだったのかと思うほどの静寂に包まれていた。


「何処へ行った?」

「木が邪魔で見えないわ」

「南へ飛び去ったようです。どのような会話をされたのですか?」

「ダメ元で、出来れば人族に対しては身を守る為以外に戦わないでくれと頼んだら、了承されてしまった」


 ドラゴンは元々肉食の魔獣だ。襲うな、と言うのはかなり傲慢な願いだろう。私利私欲の為に人が殺し合うのとは訳が違う。そして、俺もその肉や毛皮を得る為に魔物を殺していた。


 俺の身勝手な願いだったが、糧を得る為に人族を襲うドラゴンはめったにいないとも聞いている。その体躯に対して人族では物足りないのかもしれない。たまたま俺たちと狙いが被っただけで、実際に狙いに来たのは魔獣と呼ばれる巨大な魔物だ。


「まぁ、とんだ武器の慣しになったな」

「芯のある強さを感じました。この武器がいつか折れるまで、私は鍛錬を続けたいと思います」


 戦鎚を胸に抱き、不穏な言葉を口にするルイーゼだが、笑顔はとても優しかった。


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