ウォーハンマー
本日二話投稿。二話目になります。
読み飛ばしにご注意ください。
獣人領ヘリオン。その領都ヘリオスの湖に面した場所には鍛冶屋が軒を連ねていた。
ここ神聖エリンハイム王国でも一、二を争う腕だといわれている、ゴードンの構える店もそこにあった。
だが、人間族と争いの絶えないこともあってか、ゴードンの打つ武器が世に出回ることは非常に少ない。
そんな少ない武器の内の一つがカイルの持つ名刀ハインリッヒであり、俺の持つ翡翠剣だったりする。
そして、今日もう一つの武器が出来上がる。
鍛冶屋というのは相変わらずの音が鳴り響いているもので、鉄を打つその音は脳を直接揺らし、未だに慣れない。
毎日毎日こんな音を聞いていれば、脳もさぞ鍛えられるだろう。
俺は珍しく気持ちの逸る様子を見せるルイーゼと二人、新しい武器を受け取る為にここへ来ていた。
リゼットとマリオンには王都で拠点となる場所を探してもらっている。
何度かの声掛け後、鍛冶場に続く扉を開けてゴードンが姿を現す。
今も鉄を打っていたのだろう。その体には汗が玉のように浮き上がり、動きに合わせてこぼれ落ちていた。
「早いな、近くにいたのか?」
「あぁ、そんなとこだ」
嘘はついていない。俺にとっては、一度訪れたここは近いといえた。
「出来ているか?」
「あぁ、アキトの剣は殆ど出番がなかったが、これは誇れる一品になっている」
ゴードンの弟子と思わしき虎人族の男が、布に包まれた一,五メートルほどの塊をテーブルに置くと、低く鈍い音がなった。
「本当にお嬢ちゃんが扱うのか?
作った俺が言うのもなんだが、人間族に扱えるような武器じゃないぞ」
「問題ありません」
ゴードンの心配をよそに、ルイーゼは目の前に置かれた布の塊を見て、その綺麗な目を輝かせている。
いつもなら武器は俺に任せるといっていたルイーゼだが、今回は自分で進んで欲しいものを伝えてきた。
要求はある意味で単純且つ明快だ。全力で使っても壊れないもの、その一点のみ。
ゴードンが視線で示すと、弟子が布を開き誇れる一品とやらが姿を現す。
それは素材の元となったゴーレムと同じ石灰色をした、両手持ちの戦鎚だった。
ルイーゼには少し太いと思われる柄の先には、ハンマーの名が示すとおり俺の拳より大きいヘッドがあり、その反対側はドラゴンの鱗さえ貫くような鋭さを持っている。
それでいて無骨さが感じられないのは、全体に施された装飾と、ヘッド周りの加工によるものだろう。角を多用したその造りはシャープさがそなわり、その存在とは裏腹に女性的でもあった。
ルイーゼがそれを手に取り、息をするのも忘れたようにその姿に見蕩れる。
その先では、戦鎚を易々と持ち上げたルイーゼを見て、二人の目が見開かれたまま硬直していたが、その反応も理解出来た。
少し距離を取ったルイーゼが、腰を支点に戦鎚を構えると、おもむろにそれを振う。今までとは違い、柄の長い戦鎚は戦いのスタイルそのものを変えることになるだろう。
ただ、もともとマリオンのような技巧派ではないルイーゼにとっては、ただ質量を打ち付けるといった単純な使い方に変わりはない。武器そのものに慣れれば、今までと変わりなく動けるとも思えた。
もっとも大きく変わったのは、柄が長くなったことだろう。先端がより重くなるので、全体のバランスを考えてこうなったわけだが、使いにくそうなら柄を短くすればいい。
だがルイーゼは、長い柄を時には短く持ったり、身体を使ってテコの要領で振回したり、長く持って遠心力を最大限に活かしたりと、思ったより自由に扱っていた。
柄自体も防御に使えそうで、意外とよい選択だったかも知れない。
「アキト様、最高の贈り物です。ありがとうございます」
「気に入ってくれて何よりだ。二人にもお礼を」
「はい、ゴードンさん、それにお弟子の方。とても素晴らしい武器をありがとうございます」
「気に入って貰えたようで、職人冥利に尽きるというものだ」
微笑むルイーゼは天使だが、笑顔いっぱいのルイーゼは結構レアだ。だが、武器をベッドに持ち込むのは禁止しておく。
笑顔のまま固まったルイーゼを取り敢えず置いておいて、支払いを済ませる。
これで、ベルディナード関連で得た報酬もすっからかんとなり、我が家の財政は再び予断を許さない状況となった。
日々の生活はカフェテリア『フィレンツェ』を回せばどうにかなるが、貯金が心許ないのは審判の塔で稼ぐしかなさそうだ。
いずれにせよしばらくは装備で困ることもないし、なんとでもなりそうだ。
ちなみに商業ギルドのランクがCに近くなってきた。
俺も高額納税者という訳なので、少しは福利厚生に期待してもいいのではないだろうか。
「アキト様、少し狩りをしていきませんか?」
「そうだな、新しい武器に慣れる為にも必要だし、手頃な魔物でも探して辺りを散策するか」
「アキトたちなら南に行った方が良いな。半刻ほどでBランクの魔物、その先はAランクの魔物がわんさかだ」
「一対一ならともかく、多数を相手には出来ないさ。ほどほどで切り上げるよ」
「良い素材が入ったら買い取ろう」
「良い値で買ってくれることを期待しよう」
◇
戦鎚が唸りを上げてドラゴンの口先を打つと、吐かれたブレスがルイーゼを逸れて直ぐ隣の地面を焼き、熱風で蒸された草から湯気が上がる。
戦鎚の一撃はドラゴンにも有効で、大柄なゴードンでさえ一抱えはありそうなその頭がぶれるほどの威力を放つ。
俺はルイーゼが、ドラゴンの攻撃をしっかりと躱せることを確認し、強烈な衝撃で動きの止まったドラゴンに肉薄する。
そして、魔力を帯びて翡翠の輝きを放つデュランダルを、体勢の低くなったドラゴンの腕に目掛けて振う。
翡翠剣の鋭さを持ってさえ重い抵抗を、『身体強化』の力で押し切り、肉を断つ。
剣の根元近くまで斬り込んだ一撃は、確実にドラゴンに対するダメージとなっていたが、それでもドラゴンは余りにも大きすぎた。その大きさからすれば翡翠剣の一撃は致命傷とは言い難い。
そして、高ランクの魔獣が持っている驚異的な回復能力により、傷口はみるみる回復していく。
「ルイーゼ! 深追いしなくて良い! 二人が来るまで凌ぐぞ!」
「はいっ!」
ドラゴンの巨大な前足が張り手のように迫り、それをルイーゼが俺の前に出て防ぐ。だが、耐えきれずに吹き飛びそうになるところを俺も支え、二人で耐える。
その一撃を耐えた俺たちを忌々しそうに見つめ、ドラゴンの顎が再び開かれると、口腔に渦巻く炎が現れた。
「ルイーゼ!」
「『多重障壁』!」
ドラゴンのブレスがルイーゼの『多重障壁』を打つと、膨大な熱量を受け次々に障壁が破壊されていく。その速度は障壁の生成速度を上回る勢いで、とっさにルイーゼをサポートし、その魔力制御を助けて、強化された『多重障壁』でブレスを凌ぐ。
俺は過去に名無しのドラゴンと戦った経験から、その能力を過小評価していた。
だが、ここは魔力溢れる森の奥、魔に属する者がもっとも力を発揮する場所だ。昔戦ったドラゴンより、はるかに強い。
思えば審判の塔の魔物もランクに比べて強めだった。魔力の濃度がその強さに影響を与えるとわかっているようでわかっていなかった。
魔巣の奥は魔力が濃く、それだけに『魔力感知』が有効に働かない。魔力が濃すぎて、色でいえば一面真っ白なのだ。
そんなところで狩りをしていた俺たちの前に、偶然にも獲物を求めて飛来したドラゴンが現れた。
元々は俺たちを獲物とは見ていなかったのだろう。
だが、マンモスのような魔物を討ち倒し、モモに回収してもらったところで、獲物を横取りされたと思ったのかも知れない。
気が付けば明らかに敵意剥き出しで襲ってきた。
直ぐに『空間転移』を考えたが、戦闘状態に入ってしまっては簡単に出来ることではなかった。
なんとかドラゴンの隙を突きリゼットに連絡を取ったが、意識を同調してリゼットの『空間転移』を誘導できたのはようやく今し方だ。
さすがに戦闘状態のこの場に呼ぶわけにも行かず、少し離れた場所で覚えのある場所をえらんだ。
『アキト!』
「太陽を右手に二〇〇メートルだ!」
『マリオンを先行させました!』
「頼む!」
「ルイーゼ、散開する! 攻撃はできるだけ躱せ!」
「はいっ!」
攻撃がルイーゼに集中しないように、『魔弾』を放ちつつドラゴンの周りを周回する。
振られる尻尾を跳躍して躱し、戻しの尻尾は懐に入るようにして躱す。
纏わり付かれることが鬱陶しいようで、こちらを気にするようにして振り向いたドラゴンの横っ面が弾けたのもそんな時だった。
第2巻の発売日が5月10日となっております。
3月は本職の年度末進行と、書籍化作業の続きが控えていますので、今しばらく更新時期と量が不安定となります。
なんかもう、この流れで完結までいきそうですが……
5月の連休には新作も書きたいところなので、それまでにはなんとかしたいところですが、最悪連休を使ってですね。