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王都に向けて

本日二話投稿、一話目になります。




「王都へ向かうには、ヴェルガル領かトルキア領を抜ける必要があるな」

「ヴェルガル領の方が近いですが、街道は恐らく封鎖されているでしょうね」


 俺とリゼットは、短足馬のニコラが牽く『カフェテリア二号店(仮)』の居住スペースで地図を広げ、王都までのルートを確認していた。

 御者はルイーゼとマリオンに任せて、俺とリゼットで作戦をまとめているところだ。

 教会の総本山はトルキア領になるが、実際に上層部が集まるのは王都だった。(まつりごと)に拘わることを考えるなら、領都の方が都合がいいのだろう。


「アキト、ここへ向かいましょう」

「……川幅次第だな」


 ここシャルルロア領とヴェルガル領は、神聖エリンハイム王国の北にある山脈を水源とする大河で区切られていた。

 ヴェルガル領へは幾つかある橋を渡ることになるが、戦争になろうかというなかで、素直に通れるとは思えなかった。


 俺はリゼットの指し示した場所から、その考えを読み取る。

 そこは街道から外れるが川の細くなった場所で、対岸が上手く見通せれば『空間転移』(テレポート)で渡ることが出来るだろう。

 ただ、地図の精度はかなり悪いので、実際に行ってみないと可能かどうかわからない。


 余り距離があるようだと転移先を明確に把握できないので、魔法は発動しない。発動してしまえば地面に埋まっている、などということはないので安心だ。

 リゼットの『空間転移』が複雑なのは、そういったセーフティが魔法陣に組み込まれている為で、そこで手を抜くと最悪の事態もありえるとか。


 ……絶対に安全とわかっている範囲なら、セーフティのない簡易版『空間転移』も面白そうだ。どちらかと言うと瞬間移動だな。リゼットにお願いリストに追加としよう。


「アキト?」

「何か近付いてくるというか、これは落ちてくるのか……」


 車内を移動し、御者席に移動する。

 ルイーゼと一緒にいるはずのマリオンがいなかった。

 何処かと見渡せば、草原を駆け回っていた。と言うか、両翼あわせて一〇メートルには達しようかという翼竜――いわゆるワイバーンを追い掛けていた。


「ルイーゼ?」

「マリオンがワイバーンを見掛けて、その足に子供が掴まれていると言っていました」

「それで撃ち落としたと……」

「尻尾を失うと上手く飛べなくて降りてくるそうです。一撃で射貫きました。私には出来そうにありません」

「俺にも無理だな」


 既に捕らわれた子供は確保しているようだ。腕にすっぽりと収まるほどの、毛皮に包まれた何かを抱えている。

 ワイバーンの翼は、マリオンの『魔刃』(マジック・ブレード)を受けてボロボロになっていた。

 それでも獲物を奪い返そうと執拗にマリオンを狙い、逆に反撃を受けて、逃げるように地面を走って行く。


 だがそれも終わりのようだ。

 マリオンの放った魔剣ヴェスパの片割れがワイバーンの首筋に刺さり、炎を吹き上げる。

『火弾』(ファイア・ブリット)の魔法陣を刻印魔法で記したその剣は、魔力が一定量を超えると、熱量を持った魔力となって解き放たれる。

 その熱によって、喉を内面から焼かれたワイバーンは断末魔の叫びを上げて倒れた。


 草原を駆け回って埃だらけになったマリオンが、良い笑顔で駆け寄ってくる。


「アキト、見てこれ!」

「狼じゃないか!?」


 狼の毛皮に包まれた子供じゃなく、狼の毛皮をもつ子供だった。


 俺は狼に、少なからずトラウマがある。

 この世界に来た頃、二度も死にそうになったのはどちらも狼に襲われた時だ。

 さすがに今の俺なら狼に負けることはないが、あの噛まれた時の嫌な感じを思い出してしまう。


「ただの狼の子供じゃないのよ。

 この子は聖獣フェンリルの眷属、蒼き狼のルーフェン。とても賢くて人の言葉も話せるようになるわ」

「ルーフェンとは珍しいですね。人に懐くことは殆どないと記されていますが」

「見たところ懐いているな……」


 マリオンの胸に顔を埋め、まだ子供らしい高めの声で喉を鳴らす様子は、まるで母親に甘える子供のように見えた。

 それに応えるようにマリオンの凜々しい顔もとろとろだ。


「ねぇ、アキト――」

「町へ連れて行けるのか?」


 何をいいたいのかはわかるが、聖獣の眷属というのがどういう扱いになるのかわからなかった。

 もし、町への出入り禁止だというなら街の外に家を用意するか、攫われた場所まで送り届ける必要がある。助けたのに放置というわけにも行かないだろう。


 先を急ぐ旅の最中でなければマリオンの好きにさせるところだが――


「責任は飼い主に掛かりますが、愛玩動物として登録すれば町にも入れるはずです。ギルドカードと同じ物が発行され、必ず身に付けさせる必要がありますけれど」


 リゼットがおっかなびっくりといった感じを見せながらも、ルーフェンの頭を撫でつつ教えてくれる。


「聖獣の眷属なのに、そんな扱いで良いのか?」

「逆に愛玩動物として登録されれば、その身が国に保障されることになりますので、安易な虐待を受けることはなくなります」


「お願いアキト。わたしが責任を持って面倒を見るわ」

「仲間になるんだ、マリオン一人が責任を持つことはないさ」

「ありがとう、アキト! 良かったねラビィ!」


 既に名前が決まっていた。

 モモも興味津々だ。久しぶりの後輩なので、しっかりと面倒を見てくれるに違いない。


 マリオンがラビィを連れてキッチンに向い、リゼットが名残惜しそうにその後を追う。


「ルイーゼ、半刻ほど進んだら道を逸れて東に向かってくれ」

「はい、アキト様」


 空いたルイーゼの隣に座り、進路を示す。

 牧草地帯を抜けるこの道は、しばらく行くと川に沿うように西に折れる。そこで俺たちは街道を外れ東に向かい、可能であれば川を渡る。

 無理ならそのまま未舗装路を進み、トルキア領へ向かうことになるが、牧草地帯を進む分には馬力のあるニコラなら走破出来るだろう。


「アキト様、ご一緒させてくれてありがとうございます」

「約束したからな。でも侵入は俺とリゼットで行く」

「はい。ご迷惑をお掛けしてまでご一緒したいとは言いません」

「迷惑なんってことないさ。ただ、適材適所なだけで、ルイーゼとマリオンの出番もきっと来る」


 事を隠密に進めるなら、俺とリゼットだけの方が確実だ。

『空間転移』魔法は自分だけで使うならそこそこ発動も早くなったが、ルイーゼやマリオンが一緒となると意識の同調を取る為に時間が掛かる。

 その点、お互いが『空間転移』魔法を使えて、念波転送石により意識の共有が出来るリゼットとなら、大抵の危険は回避できた。


 それに、まだルイーゼの武器が完成していない。

 審判の塔の四一層でゴーレムがドロップした鉱石は、元が魔力で稼働するだけあり、魔力の通りがミスリル鉱並みに良かった。

 獣人領の鍛冶屋ゴードンは、大至急で仕上げてくれるとはいったが、さすがにあと数日は掛かる。


 馬車が街道を逸れ、道のない草原を走る。

 思ったよりもしっかりとした大地で、馬車の揺れもそれほど酷くない。これならニコラの負担も少なくてすみそうだ。


 しばらく進み、東に進路を変える。川が見えて来たところで上流に向かい、ほどよい川幅の場所を探す。

 探し始めてから一〇分ほどで川の中程に中州となっている場所を発見した。中継地点として使えるなら、反対岸まで渡ることもできそうだ。


 先に一人で飛び、地面の様子を確認してから馬車も一緒に飛ぶ。続けて反対岸まで飛ぶと、そこはもうヴェルガル領だ。

 位置的には少し東に逸れていたが、夕方までには小さな町か村に着くだろう――と思っていたが、着かなかった。


 着かないとしても、この馬車の宿泊設備は万全だ。

 さすがに四人は同時には眠れないが、天井が平らだからそこで眠ることも出来る。普段ならモモの定位置だが、今日はお邪魔するとしよう。


 町の明かりを離れた大草原。

 焚き火の明かりも落ち、辺りが月と星の明かりだけとなった頃。

 いつにも増して澄んだ空気の為か、煌めく星空の中で少し青みを帯びた巨大な月が、強い存在感を放っていた。


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