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決意

本日二話投稿、2話目。

読み飛ばしにお気を付けください。




「本題に入りましょう」


 そんな俺の雰囲気を感じ取ってか、リゼットに切り出された。少しばつが悪い。


「『支配の王杯』ですが、文献によると古代文明においていくつか存在が確認されています」

「そんなものがまだ他にもあるのか」

「既に失われている可能性もありますが、他にないとは言い切れませんね」

「それだけのものだし、無条件で行使できたりしないよな」

「そうですね、条件……いえ、対価でしょうか。

人の魂を拘束する為の対価として求められるのもまた、人の魂だそうです。正確には利用者の血縁にあたる者のという条件があるようですが」

「人の魂が対価……」


 人の体は依り代。依り代には魂の器があり、そこには魂魄(こんぱく)があるといわれている。

 元の世界にいた俺なら、命のあり方なんてどう考えようが個人の自由だと気にも留めなかっただろう。

 だけど、この世界に来て命のやり取りをし肉体を失う経験をした俺は、魂という存在を信じるだけの根拠を得ている。


 人には確かに魂があり、それは肉体とは別の存在だ。

 その魂を対価として魂を縛る隷属魔法。それに間違いがないのならば――


「今、いや前の教皇は、身内を三五人も犠牲にしたってことにならないか?」

「判明した人数が三五人ということでしたら、より多くの人が犠牲になっているでしょうね」


 家族や親族の殆どを犠牲――いや、生け贄にして、力ある者を教会の隷属下におこうというその狂気に当てられ、今までの常識が否定されるような不快感に吐き気が込み上げる。


「カイルの話によると、前教皇は狂信的ともいえる程の信者だったらしい。

 それは自らの命すら『支配の王杯』に捧げるほどの」

「『支配の王杯』を使った者は必ず自らの命を捧げたとあります。

 それも対価の一つなのかも知れません」


 そうまでして手に入れた力だ。必要となれば使うことに躊躇はしないだろう。特に、その真実が公になることを良しとしないなら。


 救いがあるとすれば、隷属魔法を受けている人が必ずしも、固有の能力(ユニーク・スキル)を授かっている人だけではないことか。

 その権力や財力を目当てに支配下に置かれている人も多いと聞く。


「アキト。『支配の王杯』は支配の為だけでなく、命令を実行する為にも用いられるそうです」

「……目標が明確で話が早いな。簡単に壊せる物ならもっとありがたいんだが」

「わかりません。ですが、二度と人の手が届かないようにすべきでしょう」


 定番なら火山のマグマの中や深い海の底か……それが無理なら、モモに永久保管してもらうという手もある。問題は――


「どうやって手に入れるかだな」


 それほどの物だ。その辺の壁に飾ってあるとは思えない。

 場所さえわかれば、盗み出すこと自体はなんとかなると考えている。『空間転移』(テレポート)は何も長距離移動の手段だけではない。

 禁忌とされるこの魔法の隠密性は、暗殺を危惧させるだけでなく侵入に対しても脅威だ。


 もっとも、場所によっては魔法の発動を阻害する魔道具が使われている可能性はあるが、古代文明の遺物(アーティファクト)にあたる物だけあり、出回っている数は非常に少ない。

 逆にいえば、持っているならそこに『支配の王杯』があると考えて良いだろう。そういう場所に保管されるだけの代物だ。


「『支配の王杯』はかなり強い魔力を内包する魔道具です。アキトにならば、教皇の元にたどり着けば感じ取ることが出来るでしょう。

 力尽くで、と言う手もあるとは思いますが、穏便に事を運ぶのでしたら私にも手伝えることがあると思います」

「リゼットは、目的の為に必要な最短手段を選ぶことがあるな」

「それがもっとも合理的で、結果的に利害のバランスが良いものですから」


 後々の面倒を考えなければ、それが一番早いのは確かだが……。


 カイルは俺たちに、出来るだけ教会の手が及ばないように気を使ってくれている。だが、そのせいで逆に動きを制限されているともいえた。


 当たり前だが、隷属下にある人々を支配も解放も出来るルイーゼを、教会がいつまでも放っておくことはない。

 結局、当事者である俺が躊躇していたら、収まるものも収まらないか。


 既に教会とは全面的な対立状態にある俺が、今更気にしたところで何も変わらない気がするな。むしろ長引く方が問題は大きそうだ。

 要は俺だとバレなければいいわけで、顔を隠せばなんとかなるか。


「出来れば穏便にと思っていたけど、リゼットの言うとおり、多少強引でも片を付けた方が良さそうだ」

「相手は人間ですが、アキトに可能ですか?」

「今更だな。俺は聖人君子にはなれないさ」


 既に、なにかと理由を付けて人を殺してきた俺が、最も大切にすべき仲間を守る為になんの躊躇が必要か。


「変わりましたね……」

「そんな顔をするなよ。これでも幸せなんだぜ。

 この世界で生きていくって決めたんだ、必要ならこの世界に染まるくらい覚悟はしている」


 俺の言葉に、リゼットは少しだけ悲しそうな表情を見せる。


「たまに向こうでの生活が懐かしくなります。アキトは考えませんか?」

「落ち着いたらしばらく向こうで生活するのもいいかと思っている。その時は一緒に行くんだからな。おいては行かない」

「強引ですね」

「それはこの世界に来る時から変わってないな」

「そうかもしれません。

 それでは私も全力で尽くしましょう」


 教会が強権を振ってでもカイルを潰そうとするのは、その真実に不都合があるからだ。

 全てをなかったことにするなら『支配の王杯』を奪い、全ての隷属下にある人を解放すれば良い。

 教会も『支配の王杯』などなかったこととし、その存在を掛けてもみ消すに違いない。


 精神魔法への抵抗力が強い人は、支配下にあった時の記憶を残していると考えられるが、いたとしてもそれほど多くはないはずだ。

 少数派の意見が何処まで通るかは不明だが、教会という巨大組織を相手に証拠もなく声を上げるのは難しいと思えた。


 全てはなかったことに。

 それは、俺の甘い考えなのだろうか。いらぬ犠牲をまた生む可能性はないのか?

 シルヴィアを倒す機会がありながら逃し、その結果、運命の連鎖的に殺されることになった水の精霊を操るティファナ。同じことを繰り返すのはごめんだ。


 よく考えれば、例え『支配の王杯』を失ったとしても、教皇ゼギウスがルイーゼを放っておくとは思えない。

 ルイーゼの言葉は内部告発になる。誰知らぬ者の言葉とは重みが違う。


 教皇ゼギウスは、ルイーゼが今の教会の有り様を知らずに育ったなどとは思えないだろうし、知っているという可能性だけでもルイーゼを狙うことは十分に考えられた。


 教皇ゼギウスを表舞台から退場させる、その為には全てなかったことにするだけじゃ駄目か……。

 カイルも教会を追い詰める為の一手を失うことになる。

 それは逆にことを長引かせることになりそうだ。そうなっては本末転倒だな。


「『支配の王杯』を奪いつつ、教会の上層部が隷属魔法に手を掛けていたという証拠を、残せれば良いんだけどな」

「ルイーゼを矢面に立たせることなくして、全てを得ることは難しいですね」


 そう、ルイーゼが矢面に立てば話は別だ。

 事前に『支配の王杯』を手に入れる必要はあるが、ルイーゼが母方の意志を継ぎ、今の教会上層部のやり方を否定する。

 証拠として、手に入れた『支配の王杯』を使いその力を示せばことは簡単だ。それで教会上層部を排除するための大義名分は得られるだろう。


 カイルの目的は教会の排除ではない。信仰そのものは個人の自由だ。

 敵はあくまでも、それを私利私欲の為に使い始めた者たちの排除であって、隷属魔法に絡む一件は上層部を一網打尽にする絶好の機会だ。


 だけど、ルイーゼに得体の知れない『支配の王杯』を使わせる気にはなれない。


「アキト様、わたしにやらせてください」

「ルイーゼ!?」

「私もこの様な教会のあり方を認めたくありません。

 それを、お目にかかったことがないとはいえ、叔父がしていると言うのであれば、それを止められる立場にいる私が放ってはおけません。

 何より、アキト様やマリオンに危害が及ぶというのであれば、私が叔父を討ちます」


 先程までののぼせていた可愛らしいルイーゼではなかった。

 正直なところ、面倒ならまた逃げればいいと思っていた。世界の果てだって構わないじゃないか、みんなで楽しく生きていけるならと。

 でも、ルイーゼは戦う道を選んだ。

 ならば、俺ももう逃げることを考えるのは止めよう。全ては戦って勝ち取るだけだ。


「わかった。俺たちの生活を脅かすというなら、戦おう」

「はい、アキト様」

「リゼット、作戦が決まった。これで終わらせる」

「参りましょう」


 ◇


 その後、カイルに考えを伝える。

 カイルは俺たちを止め、必ずヴェルガル領軍を押さえて教会の陰謀も暴くといってくれたが、教皇ゼギウスはこの戦いに勝つため、必ず『支配の王杯』を使ってくるはずだ。

 それを手にする時がチャンスであり、それを使わせないことがカイルの勝利へと繋がる。


 いくら隷属下にある人たちの中に固有の能力(ユニーク・スキル)の使い手が少ないとはいえ、いない訳じゃない。

 デナードが使ったような攻撃系の能力は、それ一つで戦況を変えるほどのものとなるだろう。封じられるならそれにこしたことはないのだ。


「頼ることになるな。借りは大きいか」

「自分たちの為です。後の面倒は任せますので、それで貸し借りはなしとしましょう」


 教皇ゼギウスを排除して終わりじゃない。むしろその後の方が面倒が多い。それは俺たちには手に余ることであり、それなりの立場にいる人に責任を持ってもらう必要がある。

 俺たちから見れば貧乏くじだが、それをカイルが行ったとなれば、その後の政治はやりやすくなるだろう。

 だからカイルには自分の為に頑張ってもらう訳だ。


 翌日、俺たちは教会本部のある王都へと旅立った。




ルイーゼ編も佳境なのですが、もうしばらく書籍化作業に掛かりそうです。

話の区切り的に幾つか伏線が残りそうです。回収するにはベルディナード編が必要かも知れない……。


それから、ご報告です。

第二巻の発売日が5月10日に決まりました。

本日第一回目の校正を終えました。あと何回かあると思うので、しばらくはまだ定期更新に戻れないと思われます。

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