バカなのは俺か
本日二話投稿、一話目。
「アキト様。私の家族は二人の両親と、そ、それから……アキト様、です。
も、もちろんマリオンやモモさんも一緒ですが、それとこれは別と言いますか……その、あ、うぅ」
ルイーゼが顔を赤く染め、両手で覆う。溢れ出る魔力がまるで湯気のように見えるのは『魔力感知』の誤作動だろうか。
カイルたちが「ヴェルガル領軍に動きあり」との報を受け、領主城へ戻るのに合わせて、俺たちもロンドル子爵邸を引き上げていた。
そして今は、領都にある我が家にて、カイルとの話からわかったこと、そして想定されることをルイーゼとマリオンの二人に話したところだ。
ソファを挟み二人と向き合う俺は、最悪の場合、カイルを敵に回すくらいの覚悟でルイーゼに話をした。
正直、正しいことが何かなんてわからなかった。
難しい顔をしていただろう俺に、ルイーゼは少しも考える素振りを見せず、即答だ。もしかしたらルイーゼも、教会に付いて敵対するのかと少しでも考えたのが、馬鹿だったと思わざるを得ない。
俺はソファの背もたれに身体を預け、脱力し、深く息を吐く。知っている天井で安心した。
「バカねアキトは。例え血筋が近くても、会ったこともない人のことよりアキトの方が大切だわ」
「自分でも少しバカだったと思っている……」
「わかっているなら良いわ。その代わり、謝罪も込めて今夜は一緒よ?」
「誠心誠意応えさせていただきます」
「良かったわねルイーゼ……ルイーゼ?」
「どうした!?」
焦って身を起こした視線の先では、ルイーゼが茹で上がっていた。
俺はルイーゼを膝枕すると、モモに氷を出してもらい氷嚢にしてルイーゼの頭にのせる。
直ぐに溶け出す氷を見て、俺は何故か可笑しくて、思わず笑ってしまう。
目を潤ませながら抗議するルイーゼに謝りつつも、隣でルイーゼの真似をしてマリオンの膝枕を楽しんでいたモモと目が合い、再び笑ってしまった。
正しいことがわからなくても、大切なものははっきりとわかった。
それがわかっているなら、大丈夫だ。
◇
大きなガラス越しに見えるのは、領都を東西に走る中央通り。
町はまだヴェルガル領の動きが伝わっていないようで、平和そのものと言った感じだ。通りを行き交う人の表情にも不安の色はない。
実は祭りも今日で終わりだ。最終日とあってか、むしろいつもより賑わっているように見える。
そんな中、本日のカフェテリア『フィレンツェ』には本日閉店の掛札を忘れない。気が付いたら行列が出来ていたというのは避けたい。
カイルはここが戦場になることはないと言っていた。
いくら堅牢な自然の要塞といえど、兵站のバックアップも期待できない籠城戦に持ち込むのは愚策なのだろう。
領境で迎え撃ち、深く入られるようであれば、その場で先方の要求を受け入れると言っていた。
先方の要求とは、教会が隷属魔法を使ったという噂を流布したセシリアと、その身柄を拘束する為に送られた使者を殺し、セシリアを庇ったとするカイル。その二人の身柄引き渡しが条件だった。
巫山戯た話だ。言い掛かりでしかない。むしろ、でっち上げでしかない。
そして、どちらも俺が深く関係し、むしろ俺にも責任があるともいえる。最近、少しだけトラブルメーカーな気がしないでもない。
だが、カイルはそんなことには触れず、それが自分の責任だとばかりに振る舞う。
正直なところ男として負けていると思う。
守らなければと思っていたルイーゼやマリオンは、既に俺を必要としないくらい、肉体的にも精神的にも強くなっていた。
不安がないとはいわないが、そんな不安も含めて信じることができなければ、前には進めないか……。
『アキト、聞こえますか?』
「聞こえるよリゼット。祭りは良かったのか?」
『人の多いところは苦手ですので』
「そうか。静かな街の傍に琥珀色に輝く湖があるんだ。今度一緒に行かないか?」
『……そうですね、楽しみにしています』
念波転送石を通じてリゼットからの連絡が入ったのは、ルイーゼが復帰し、お昼の準備に入った頃だった。
このタイミングでの連絡は、頼んでおいたことの答えがわかったのだろう。
「これから昼食なんだ。折角だから一緒にどうだ?」
『二人にはまだお祝いも言っていませんからね、お邪魔いたしましょう』
「ご馳走を用意して待っているさ」
『では後ほど。クリスも連れて行きますね』
俺はルイーゼにリゼットとクリスが来ることを伝え、デザートを多めに用意してもらう。頭を使うことが多い為か、リゼットは結構な甘党だったりする。
最近は少し体形を気にしているようだが、ルイーゼやマリオンと比べるからおかしいのであって、決して太ってはいないのだが、女性の目は厳しいのだろう。
昼食はリゼットとクリスの二人を迎えて五人と、久しぶりに賑やかな食卓となった。
村娘といった印象の強かったクリスは、この一ヶ月で随分と垢抜けた感じになり、品の良い少女に生まれ変わっていた。
リゼットの元にいる二人の店員と一緒に行儀見習いをしていたとか。
「貴族のお嬢様と見違えるばかりだ」
「ありがとうございます」
クリスは一度目をあわせた後、優しく微笑んで言葉にする。
雰囲気も良くなった。
奴隷として捕らえられた他の子たちを守ろうと、気を張っていた頃のとげとげしさは抜け、本来の姿なのだろうお淑やかさが、ちょとした動作の片隅に見られた。
「食器を下げますね」
「お手伝いいたします」
ルイーゼを手伝い、クリスも一緒に食器を手に厨房へと向かっていく。それを見て、モモも負けじとコップを手に走り、マリオンがその様子をおかしそうに見ながら、残りの食器を手に後を追う。
「ありがとうリゼット。明るくなったクリスが見られて安心した」
「彼女を変えたのはメルとリルですよ。わたしは必要なことを教えただけです」
「メルとリルは元気か?」
「そうですね。あの子たちは少し元気が過ぎますか」
「良いことじゃないか」
「私の体力が持ちません……」
リゼットが苦笑を交えながら答える。
いつぞやは振り回してしまっただけでヘロヘロになっていたな。
「リゼットの体力のなさも相変わらずだな」
「そうかも知れません。『身体強化』で誤魔化しはききますが、地力も上げなければいけませんね」
「必要ならいつでも手伝うさ」
「ほどほどにお願いします。乱暴に扱われては壊れてしまいます」
「肝に銘じる」
他愛もない会話が楽しくて、本題に入るのが躊躇われた。
それでも、俺たちの今後を決める大切な話だ、先延ばしも出来ない。