フォルジュ家・後
本日三話投稿予定、三話目です。
読み飛ばしの方、お気を付けてください。
答えられない。
俺は教会のやり方を認めない。だが、ベルディナードがそうあるように、ルイーゼも自分の生い立ちを知れば教会に属するかも知れない。
その時、俺はベルディナードが言っていたようにルイーゼを殺せるのか?
馬鹿馬鹿しい。考えるだけ無意味だ。俺にルイーゼは殺せない。その点だけはベルディナードの買いかぶりすぎだ。そこまで俺は正義という奴に肩入れをしてはいない。
それでも、確実なことはある。
「隷属魔法をもたらす『支配の王杯』の破壊と、その支配下にある人々の隷属魔法は解除します」
「それ以上を望むつもりはない」
カイルの目的と俺の目的、その共通部だけは変わらない。
「調査の結果、隷属状態にあると思われる者が三五名いることがわかった。
中には強力な天恵を授かる者もいることから、その力を奮われることがあれば、今の力関係が大きく変わるだろう」
国王派と教皇派、国側と教会側。
この分け方で言えば、今の俺は国王派であり国側にあたる。別にそれを公言した訳ではないが、行動がそれを示していた。
「それくらいの人数なら私がなんとか出来ると思います」
だから俺の立場上、ルイーゼが教会側として危険視されるのは避けたい。仮にルイーゼが教会側に付くとしても、それは現状をより良くする為だと信じていてる。
「時が来れば頼むこともあるが、教会側は隷属状態を解除したことを、何かしらの方法で知ることが出来るようだ。
セシリア一人だけでも、あわや戦争とまで事が進んだことを考えれば、迂闊なことも出来ない」
「もし他の被害者の隷属魔法を解除するような動きがあれば、今度はその力を使ってでも潰しに来ると?」
「そうだ」
シャルルロア領を潰したところで事実が消えるわけではない。本格的な戦争になるようなことをするのだろうか。
ただ、真相を知る者が残ったところで、行動で示す者がいなければ、いずれ真相は闇に封じられる。それはシャルルロア領と共に、カイルの存在を消す理由になるか?
「考えすぎということはありませんか?」
「カイル様、アキトはすでに当事者でしょう。そろそろ頃合いではないでしょうか?」
ロンドル子爵が何もわかっていない様子の俺を見て、カイルに続きを促すようにいう。
そのカイルは、楽しそうに庭園を見て回るルイーゼに視線を送ると、腕を組みしばし考える様子を見せた。
「恩人でもある。国の事情に出来るだけ巻き込みたくなかったが、すでに事の中心にいると言っても過言ではないか」
「そうですな」
教会と対立することになったのは、全て俺の行動の結果だ。
もしルイーゼが、本当に現教皇ゼギウスの血族にあたるというのなら、俺は身内の争いを引き起こしたとも言える。それをルイーゼが知った時、どう思うだろうか。
今ルイーゼは幸せそうに笑っている。叔父がいるとわかったら嬉しいだろうか……。伝えないわけにはいかないよな。
だけど俺は教皇の行いを許せそうにはない。もしルイーゼが唯一の身内を助けようと動くなら、俺たちは敵対することになるのか?
俺がルイーゼを殺す?
巫山戯るな。ベルディナードの言葉に惑わされてどうする。
「ここを拠点としているのは、何もここが国王派で治められているからだけではない。教会派はこの国に広く浸透しているが、それでもその権威が強いのは中部地方だ。
そして国王派のここより南には、独立国家としてエルドリア王国がある。そのエルドリア王国はエリンハイム教を良く思っていない」
そう言えば、エルドリア王国にいた時は教会なんか殆ど見掛けなかったな。だからと言って信仰心がないこともなく、神々の存在を自然体で受け入れていた。
「エルドリア王国の援助をあてに出来ると?」
「既にことは進んでいる。トリスタンもいい返事をもらい、戻っている。
一時は間に合わぬかと思ったが、アキトたちが時間を稼いでくれたおかげで受ける準備は整った」
そう言えば領主のトリスタンが、エルドリア王国へ行ったという話をしばらく前に聞いていたな。戦争の準備は着実に進んでいるということか。
ただ、不思議なのは――
「不躾ですが、カイル様は他国の干渉を許せる立場におられるのですか?」
俺はここ神聖エリンハイム王国にはまだ愛着はない。だけどエルドリア王国にはある。そのエルドリア王国を巻き込もうというカイルの考えには、素直に同意できない部分があった。
ただ、エルドリア王国はその話を受けたという。
領主であるトリスタンを特使として出し、エルドリア王国の協力を得られるその立場は、知っておいた方が良いだろう。
俺が知っているカイルの立ち位置は、シュレイツ公爵家代理と言うことだけだ。シュレイツ公爵家の当主が動けない理由は不明だが、その代理と言うことは同等の地位があるとわかる。
公爵家の代理である以上、当然だがカイルも王家の血筋に近い存在なのだろう。
そして、以前シルヴィアはカイルをさして王子と言っていた。それが二つ名の獅子王を指してのことか、カイルの口から答えを聞くことはなかったが、そろそろその答えを訊く必要がありそうだ。
「カイル様は現国王の次男でおられる。今はシュレイツ公爵家の長女と婚約関係にあり、病に伏せている公爵の代わりにその政務をこなしている」
ロンドル子爵の言葉を聞き、俺は直ぐに膝を突いて頭を垂れる。思わず癖で片膝突きとなってしまったが、今更直すのも格好が付かない。
そんな態度を取ったのはカイルの正式な立場を明言されたからだ。最近の俺はプライベートとオフィシャルの区別が付くのだ。
そして、俺の態度はカイルに対して立場を明確にする為でもある。例え将来は敵になる可能性があったとしても、今この場での俺がカイルに敵対する意思はない。
今までは、カイルの態度に合わせて空気を読み、失礼にならない程度に接してきたが、これからはそうもいかなくなった。俺がそれを望み、カイルの立場が明らかになったのだから。
「今まで、数々のご無礼をお許しください」
「ふん、構わぬ。これでまた友となる者を失ったわけだ」
「カイル様には、殆ど友と呼べる者がおりませんからな」
ボッチは可哀想である。そして俺はボッチの味方でありたい。出来るならば敵対したくないものだ。
「私は戦争を望んでいるわけではない。だが、腐ったところを排除しなければ、その腐敗は全体に広がる。
前教皇の行いは目に余る。そしてそれを良しとした今の上層部は全て処罰の対象だ」
「その身内もですか?」
俺の言葉を受け、カイルが真っ直ぐに見つめてくる。
身内もだというなら、その刑はルイーゼにも及ぶ可能性がある。もしそうだというのなら、俺は間違いなくルイーゼの為に動く。
恐らくカイルの言っていることは正しい。
だけど俺は正義の味方じゃない。返事次第では教皇派だけでなく、国王派も敵にすることになるだろう。
「仮にルイーゼの血筋が前教皇に連なるものだとしても、その行いが間違っていると否定した者の娘だ。それを罰する理由などない」
緊張の途切れるのがわかった。
俺も両陣営を敵にして安穏と生きていけるとは思っていない。再び全てを捨てて逃げる必要がなかったことにホッとする。
「それを聞いて安心しました」
安心したのはカイルも同じだったのか、小さな溜息が零れた。
思ったよりもカイルは俺の力を買ってくれているようで、敵対は避けたいようだ。これまでコツコツと力を示してきたのも大きいのかもしれない。必要な時はアピールすることも覚えたからな。
「考えようによっては、教皇派の力をこちらに集めるよい機会かも知れぬ。上手く事を進めれば王都と挟撃も可能だろう。戦いは長引かせるより一気に終わらせる方が良い」
「同意します」
教会の威光は国中に広がっているが、それでも教会は直接的な武力を持たない。だが、例外的に使える武力がある。領都を防衛するという名目で領主の承認の元に動かせる領軍だ。領都を超えて軍を動かすことは出来ないが、そこは適当な建前を用意するのだろう。
「今夜にでも二人に話します」
「私に遠慮する必要はない。正しいと思った道を選べ」
それは、必要なら敵対するもやむを得ないといっているのと同義だろう。
だが、それがカイルの気遣いだとわかる。
カイルには上手く使われてきた気もするが、それに見合うだけの見返りもきちんとあった。出来るならばそんな関係を続けていきたいところだ。
そう思っていたところで、廊下を駆ける物々しい音が聞こえてきた。
テレサがドアの先を確認し、何事か話した後、戻って来る。
「カイル様、トリスタン様より急ぎ登城するようにとの遣いがまいりました。北のヴェルガルに動きがあったようです!」
「わかった、直ぐに向かう」
カイルが踵を返し、振り向くことなくホールを出て行く。
テレサは一度だけ振り返ったが、心配そうな様子を見せただけで、直ぐにカイルの後を追っていった。
「本当に人間同士の戦争が始まるのですね」
「ここからは我々の職務だ。カイル様は直ぐに終わらせると仰っている。
長引けばそれだけ被害も広まるからな。それを望んではいらっしゃらない」
カイルは悪と判断すれば躊躇なく処罰するが、そうでなければ平民にさえ公平であろうとすることを俺は知っている。
それでも戦争が綺麗に終わるとは思えない。出来れば戦争なんか起きない方が良いに決まっていた。
だが、避けられないというのなら、少しでも早く終わってもらいたい。
戦争に参加するつもりはないが、それでも俺に出来ることはないのかと考えてしまう。
お堅い話が長くなってしまいました。
でも、これを書いておかないと話が動き出さなかった……。
そして、来週の更新は恐らく無理です。
しばらく第二巻の校正に入ります。
そして、第二巻の発売日が5月10日と決まりました。
3月は年度末進行もあり、申し訳ないのですが、ちょっと先が読めません。
たまに活動報告に書かせていただきます。