四〇層ゴーレム戦・後
本日2話投稿しています。こちらが2話目ですので、1話目がまだの方は一つお戻りください。
上がってきたルイーゼが、そのまま走り込む勢いを乗せた聖鎚による一撃を放つ。
ゴーレムは先程までの鈍重さとは打って変わって、ルイーゼのスピードの乗った一撃を盾でしっかりと受け止めていた。
「『敵愾向上』!!」
ルイーゼの魔法に、ゴーレムは反応した様子を見せない。
あれは精神に効果をもたらす魔法だ。ゴーレムのような存在には効果がないのかも知れない。これも今後、対策を考えておく必要があるか。
ルイーゼは効果がないことに動揺を見せることなく、ゴーレムの攻撃をしっかりと盾で受け、お返しとばかりに聖鎚を振う。
俺とさほど変わらない大きさのゴーレムは、奇妙なことにその質量からは想像が付かない程の重い攻撃をしているようで、打ち合う音が馬鹿にならないくらい重量感を伴っていた。
そして、その音は連続音のように鳴り響くほど早い。
「壮絶だな」
そんな様子を、俺は結構安心して見ていた。
ルイーゼはその攻撃の全てを防ぎ、躱している。そして攻撃の合間に反撃も行っているのだから、余裕もあるのだろう。
もっとも、ゴーレムもまたルイーゼの攻撃をしっかりと受けきっていた。
魔力の杭を打ち込み、足を止めて打ち合うルイーゼの様子を見るに、ゴーレムの攻撃は相当な重さがある。その腕の一振りは恐らく巨漢のマッシュすら吹き飛ばすと思えた。
それでもルイーゼに焦りはない。俺は安心してゴーレムの背後へと廻る。
ゴーレムは俺を気にするようにこちらに頭を向けようとするが、ルイーゼがそれを許さない。
ルイーゼの相手で余裕がないゴーレムの背後へ一気に近付き、その背中に手を当てゴーレムの魔力を精査する。
以前ガーゴイルに襲われたとき、その魔力を吸い上げて倒した経験から、ゴーレムにもそうした特徴があるんじゃないかと思った。
わざわざそんなことをしたのは、マッシュたちの意向によるものだ。ゴーレムの特徴を洗い出し、情報を持って後続へ繋げると決めていたからだ。
だが、それよりも興味深いものを見付けた。
ゴーレムの体内には魔力の核のようなものがあって、それは魔法陣の様な模様の描かれた複数の輪から構成されていた。
一つ一つの輪が回転するように動き、その様子はまるでゴーレムを動かす為の動力のように見える。
面白い。リゼットにいいプレゼントが出来たな。
「それじゃルイーゼ、仕留めるぞ!」
「はいっ!」
下から上に。一段と強く振られた光り輝く聖鎚を、ゴーレムが盾で受けた瞬間――爆発的な衝撃がその岩で出来た体を浮かす。
その威力に耐え抜いた盾の丈夫さは大したものだったが、浮いた体はただの的でしかない。
俺は翡翠剣を軽く上段に構え、『身体強化』を乗せて唐竹割りの要領で振り切る。
その剣はゴーレムを頭から切り裂き、核を破壊。その手応えが抜けると、二つに分かれるようにして崩れ落ちた。
思った以上に力が入ったのは、『戦闘魔曲』の影響なのだろう。広範囲に強化魔法を掛けるようなもので、実は凄いことだよな。
崩れ落ちたゴーレムが、まるで床に溶け込むように消えていく。どことなく非現実的な様子を俺はしばし見続けていた。
恐らく正しい攻略法ではなかったと思うが、当初の予定通り正面からのごり押しでも倒せた。
装備レベルも一級品に近くなった今となっては、苦戦する相手でもないと思っていたが。
全てが床に溶けて消えると思ったが、一つだけ残った物がある。
「なんか残ったな……」
「それは『土壁生成』の魔法が収まった指輪ですね。魔力消費量が多いので連続して使えるものではありませんが、いざという時に身を守るには良い魔法です」
ロイスが疑問に答えてくれた。
魔法具のドロップとか、まるでゲームだな。
「あれを脳天から真っ二つかよ」
「それも驚きますが、ルイーゼの打ち合いは見事でした」
俺とルイーゼのもっとも近くにいたのはマッシュとロイスだ。だからゴーレムが剣で斬られるという嘘のような現実を間近で見ていた。
俺たちの実力を認めていたマッシュたち『鉄壁の番人』だったが、それでも驚きは隠せない。
後に続くオーバンとベンツも思いは一緒のようで、呆れとも恐れとも付かない表情をしていた。
遅れてマリオンとミーティアもやって来る。
「いやぁ、ミーティア様の歌のおかげで、大した怪我もなくゴーレムの攻撃を凌げました」
「俺も走り回っていたけど、お陰様でスタミナが切れずに済み、助かったよ」
ベンツとオーバンもミーティアの歌に助けられていた。
普段より身体能力の上がった状態、かつ、怯むことなく敵と相対できたのは『戦闘魔曲』あってのことだろう。そうでなければ、倒そうと思うほど敵が増える状態を前に、撤退を考えもしたはずだ。
最後にドルバンが右片腕を押さえてやって来た。自力でゴーレムの一対を倒していたが、受けた怪我も大きかったようだ。
「回復魔法を頼む」
ロイスが頷き、精霊魔法系水属性の回復魔法を使う。すると、水色の魔力の残滓がドルバンの腕を包み、腫れ上がった腕を徐々に癒やしていく。
この世界の魔術師は攻撃も補助も回復も一人で熟すことが多い。魔術師の絶対数が少ないことで、より多くのことを求められるからだろう。ゲームで言えばアタッカーとバッファーとヒーラー、全てが一括りだった。
適正によって使える魔法や属性に違いがある為、望んでも全てを熟すことが出来ない魔術師がいることを考えれば、ロイスはとても優秀と言えた。
「しかしまぁ、倒しちまったな」
「殆どアキトたちのおかげですけどね」
マッシュの言葉に、ロイスが少し溜息交じりに答える。
『鉄壁の番人』、そのメンバーだけで討伐できなかったことを悔やんでいるように見えた。ロイスには、現在審判の塔を攻略する最前線にいる者としての自負があったのだろう。
だが、ゴーレムと善戦していると思えたのは気のせいで、戦いが進めば進むほど、周りはゴーレムだらけという事態に陥っていた。まるで知らぬ間に底なし沼へ突入していたと言っていいだろう。
「まぁ、わかったことは多い。次は無理でも、その次辺りにはいい勝負に持って行ける」
「そうですね、幾つか気付いた点もあります。次はその辺を詰めていきましょう」
ゴーレムは動きを封じる為に四肢を切り離すのではなく、出来るだけ早くコアを砕くことを目指すのが良さそうだ。その過程で小型のゴーレムが生まれたとしても、優先して本体にダメージを与えないと、どんどん増える。
そういう意味では、オーバンやドルバンが小型のゴーレムを引いて、マッシュとロイスで本体を削っていたのは間違いじゃない。人数を揃えてきちんと本体のダメージを蓄積していけば今日みたいな酷い状況にはならなかっただろう。
みんなの関心が、俺の持つ指輪に集まってくる。
「試しに使ってみても?」
「もちろん」
指輪は純度の高い銅で出来ているのか、随分と綺麗な輝きを放っていた。作りそのものはシンプルで、如何にもリングといった無骨さを持ちながら、表面には読めない文字が描かれていた……どちらかというと魔法陣なのか。
随分と大きめだったので、取り敢えず左手の人差し指に付けてみたら、仄かな光を放ちながら指にぴったりと収まった。
なかなかファンタジーだな。
さて、どうすればいいのか――
「……」
「指輪に意識を向けて魔法名を念じるといい」
「やってみる」
どうしたものかと、指輪を眺めて唸っているのを見て、ロイスが教えてくれた。
「『土壁生成』」
教えられたとおりに指輪に意識を集中して魔法名を唱える。
直ぐに、魔力が吸われる感じがして、目の前に幅一メートル、高さ二メートルほどの次の壁が一瞬で現れた。
それを見ていたパーティー『鉄壁の番人』から感嘆の声が上がる。
いとも簡単に防壁が出来上がるというのは、戦闘状態においてこの上なく頼もしいに違いない。
「厚さは……意外とあるな」
「堅さを試してみるか」
マッシュが横合いから確認し、ドノバンがメイスを構える。
単純に土で出来ただけの壁なら、大した強度はないはずだ。だが、わざわざ魔法として存在するくらいなのだから、期待できるのではないだろうか。
「ドノバンが壊せるに掛ける」
「俺は無理な方に掛ける」
「私も無理な方で」
オーバンが掛けを持ちかけ、ベンツとロイスがそれに乗る。
「俺はお嬢ちゃんに掛けよう」
「マッシュ、それはないだろ」
ドノバンは不満を言葉にしつつも、メイスを引き絞り、十分力とスピードの乗った一撃を土壁に放つ。
その衝撃は、思わず目を瞑り肩が竦むほどだったが、土壁は表面が砕けた程度で、まだ十分にその役割を果たしていた。
「っ!!」
衝撃に手を押さえるドノバンの前で、土壁が砕け散るように魔力の残滓へと姿を変える。
「硬化時間は三〇秒といったところだな」
「永続的なものであれば用途も増え、それだけ高価なんですがね」
リーダーであるマッシュと、知略担当のロイスが使い勝手を検討する。このままパーティーの資産として残すべきか、売ってしまうか悩ましいところだろう。
三〇秒もあれば戦いの展開も変わってくる。
使い勝手も良さそうだし、ある程度魔力を鍛えている前衛が持つにはいいかもしれない。それだけに悩む気持ちは俺にもわかる。
俺はもう一度『土壁生成』を使い、ルイーゼに視線を送る。
ルイーゼはそれだけで意味を察し、土壁の前に立つ。マリオンは一度だけ肩を竦め、相性の悪さを感じたのか、口がへの字になっていた。
「本当に壊すんじゃあるまいな……」
「魔法ランクとしては中級ですよ、壊せるわけがありません」
二人の言葉を聞くこともなく、ルイーゼは腰を落として聖鎚をテイクバックしていく。
まるで弓を極限まで引き絞るような緊張の中、ルイーゼオリジナルの『多重強化』が発動。
『身体強化』を上掛けするその魔法は、肉体に与えるダメージも大きい。だが、天恵として『自動再生』を持つルイーゼはそのダメージを吸収する。
「おいおい」
ドノバンの声が漏れる中、ルイーゼの身体から魔力が溢れ出し、青いオーラを纏っていく……あれ? 青い?
そんな疑問が浮かんだ瞬間――放たれた輝く聖鎚が土壁を打ち、聖鎚に込められた『聖弾』の魔法陣を介して魔力が解放される。
その威力はその場にいた誰もが身を屈めるほどのもので、視線を戻した時には魔力の残滓へと姿を変える土壁があるだけだった。
「えっ……」
「どうしたルイーゼ!? 身体を痛めたか!?」
誰もが呆気に取られる中、最初に声を上げたのはルイーゼだった。
困惑した表情。次いで今にも泣きそうな表情に、俺も困惑する。
身体に異常はなさそうだし、魔力の流れも正常だ。内外共に問題は見られなかったが……まさか何かしら精神に影響があるのか!?
「ルイーゼ?」
「あっ……」
マリオンは気付いたらしいが、俺は未だに原因が掴めな――あっ!!
聖鎚が消え失せていた……正確には柄の部分を残して。
無くなってしまった……。
ベッドの中にまで持ち込んでいた聖鎚だったのに。