四〇層ゴーレム戦・中
本日2話投稿、これが1話目になります。
いつもより長めですが、キリが悪いので3話ではなく2話にまとめます。
審判の塔の四〇層。そこを守る守護獣は岩の体躯を持つ巨大なゴーレムだ。ゴーレムなのに獣という部分については、一〇層ごとに存在するボス的な魔物を守護獣と呼んでいる人間側の都合による。
身の丈五メートルに達するゴーレムの正面に立ち塞がるのは、パーティー『鉄壁の番人』の前衛となる二人、マッシュとドルバン。共に身長二メートルはある巨漢だが、ゴーレムはその二人を小動物のように見下ろす大きさだ。
ゴーレムが二人を認識し、顔が存在するのか疑わしい頭を動かす。もし目があるならば確実に二人を捉えているだろう。
当然、何かしらの警告が発せられる訳でもなく、ゴーレムは直ぐに戦闘態勢に入る。各関節にあたるところには、球体を模倣する魔法陣が存在し、岩の身体ながらもまったく抵抗がないスムーズな動きを見せた。
振り上げられる右の拳は、それだけでマッシュやドルバンの質量に匹敵するほどで、そこから産み出される破壊力は、人が生身で受けきれるものとは思えない。
マッシュもそれを十分承知の上だ。
まるでモグラ叩きのように振り下ろされる拳を躱すと、鈍く重い音と共に床を打ち付ける音が鳴り響く。
一瞬、床が抜ける心配もしたが、そんな様子もなく、逆にゴーレムの拳に亀裂が入り、半分ほどが砕けていた。
痛みという感覚がないのか、まったく躊躇する様子もなく、今度は左の拳を振り上げた後、ドルバンを狙って振り下ろす。
動きそのものは、その巨体からすれば早いと言えるが、マッシュもドルバンもまだ余裕を持って躱している。
ゴーレムの攻撃は、同じく床を打ち左の拳も半分ほどが砕ける。
「こいつは、躱しているだけでも自滅してくれそうだな!」
「全くだ、こんな事ならさっさと挑戦していれば良かった!」
もちろん、そんな簡単に終わらないことは二人も承知の上だ。Aランクの冒険者パーティーならともかく、Bランクの冒険者パーティーによる突破は過去に例がほとんどない。
ちなみに過去に一度だけ四〇層を超えたパーティーは、国中から集まったパーティーから選抜して作られたパーティーらしい。実力的にはAランクと言っても良いほどで、事実として五〇層まで達している。
俺の当面の目標はその五〇層を守る守護獣を討伐することだ……世の中が平和に過ぎてくれればだが。
「そろそろ動き出すぞ!」
マッシュが声を上げるのにあわせて、ゴーレムの身体を包む茶色のオーラがいっそう強く光り出す。
二人を捉えようと、何度か振り下ろされた拳は既に原形を留めず、腕を残すだけとなっていた。そして、その砕けた岩がまるで吸い寄せられるように集まり、人の姿を型取っていく。
その大きさは砕けた拳の体積を変わらないのか、ほぼマッシュと同じサイズだ。
「おいでなすった! オーバン、右をやれ! ドルバンは左だ!」
「おうさ!」
ドルバンが答え、新たに生まれた左のゴーレムにメイスを叩き込む。
オーバンも引き絞った弓を右のゴーレムに放った。弓が岩にどの程度効果があるのかと思ったが、ただの弓ではないようで、着弾と同時に小さな爆発を伴う。
「あれは……」
俺は見たことのある事象に反応する。
鏃に極限まで魔力を込めて放つと、着弾の衝撃で破壊された鏃から魔力が解放され、爆発的な威力を伴う。
俺のオリジナルかと思っていたが、既に存在していたらしい。どのように『魔力付与』をしたのかが気になるところだ。
ドルバンとオーバンが左右に分かれ、小型のゴーレムを引き受ける。マッシュが残り、親ゴーレムの相手をするようだ。
小型のゴーレムは動きが俊敏で、ドルバンは互角の戦い、オーバンは距離を詰められないように引き撃ちをしていた。
「ロイス出番だ!」
「離れるタイミングを間違えないでください!」
「わかってる! 一緒に丸焼きはごめんだ!」
物理耐性が高いだけあり、マッシュの攻撃は殆ど効いていない。ここで魔法攻撃に移り、なんとか状況を打開したいといったところか。ただ、ゴーレムは魔法耐性も高い。それがどの程度なのか、俺も興味があるところだ。
ロイスが選択した魔法は定番だが『火球』。火そのものが持つ燃焼の効果だけでなく、炸裂する特性を持つことから、ゴーレムにも有効と判断したのだろう。
ロイスの頭上に現れた魔法陣から五十センチほどの火の玉が現れ、空気を焼き上げながらゴーレムに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
その初速は目測で一二〇キロほどあり、不意を突けばまず外さない。
「うぉっ!!」
若干、遅れて躱したマッシュが声を上げるのと、ゴーレムの胸部に『火球』が炸裂するのはほぼ同時だった。
広がる炎がゴーレムを焼き上げ、衝撃に僅かだが身を逸らすと、胸部の岩が崩れ落ちる。だが、その量は両手で抱えるほどだ。胴回りで六メートルを超えそうなゴーレムに対して、余りにも少ない。
それでも、確実に与えられるダメージはマッシュたちの闘争本能に火を付ける。
「よしっ!! ロイス、続けろ!」
「了解!」
俺とマリオンはゴーレムの背後に回り、いつでも攻撃出来る態勢にあるが、マッシュたちが調子よくことを進めているので出番がない。
マリオンもなんとなくこのまま倒されてしまうのではないかと、気が気でない様子だ。それは良いことのはずなのだが、俺もここまで来て空振りは避けたいところでもある。
そんな思いがゴーレムに伝わった訳じゃないだろうが、数度目の『火球』を右肩に受けて崩れ落ちた腕が、先の二体と同じように、茶色いオーラを伴って人型を取り始めた。
「おいっ! 嘘だろまだ増えるのか!?」
「私が調べた情報には、三体目のことは書かれていませんでした!」
「同じとはいかんのだろうな。左腕には当てないように注意してくれ!」
「どうするマッシュ、参戦するか!?」
さすがに焦りが見えてきた様子に、思わず声を掛けた。
「いや、ベンツ! 新手を頼む!」
「ほいさ!」
新たな小型のゴーレムに向かって、ベンツが水晶あるいはガラスで出来た球を投げつける。それが当たると青白い雷の様なスパークが走り、小型のゴーレムは身体を痙攣させるように膝を突く。
痛みは感じずとも、その機能に支障を来すくらいはあるようだ。
「凄いな」
「魔道具かしら?」
「見た感じ雷の属性を伴っているようだが、応用魔法の封じ込められた魔道具か。俺も初めて見たな」
「あら、前にも見たことがあるはずよ」
マリオンの返答に、しばし記憶を探る……あったな。
「彼女の使っていた槍か」
「正解」
前に、一緒に戦ったことのある女戦士が使っていた槍。それからも雷の属性を持った攻撃が繰り出されていたことを思い出す。
他の冒険者と一緒に狩りをすることがないから気付かないだけで、魔道具を戦いの中に取り入れているのが普通なのかも知れない。そうでなければ、魔術師がいない限り物理攻撃に強い魔物に出合った時が最後だ。
「おい、ロイス! 胴体のど真ん中にコアがあるんだろ!?」
「そのはずだ!」
「このまま削っていたら、もう一匹沸いてくるな!」
いま自由に動けるのは、魔術師のロイスだけだ。
ドルイドは苦戦気味で余り余裕が感じられない。それでも、小型のゴーレムの片腕を粉砕し、胸元からは弱点であるコアが僅かに露出している。
オーバンはダメージこそ受けていないが、致命傷を与えきれずに現在は逃げ回っているだけだ。炸裂する矢が切れたか、あるいは温存に入ったのだろう。小型のゴーレムの動きは機敏だ。いずれ体力が尽きればオーバンに対抗する手はない。
ベンツの方もオーバンと変わりない。手に持つ短剣は仕立ての良い物に見えるが、それでもゴーレムの核を露出させ、打ち砕くには至らない。
そして、一番ダメージを受けているのはマッシュだ。
戦闘開始からずっとゴーレムの攻撃を躱し、あるいは受け続けている。
直撃こそないものの、盾を通して伝わる衝撃に、左腕が青だか赤だかわからない色に変色していた。
ゴーレムの注意を引き続ける為に、硬い胴体を殴り付けていたせいか、戦斧を持つ右手も、手甲の袖口から血が流れ出ている。
動きが悪くなっているのは、砕けた岩が撥ねて身体を打ち付けた為だろう。
「ここまでだ、アキト!」
状況の打開策が見いだせなくなったところで声が掛かる。
「マリオン!」
「わかったわ!」
「ルイーゼはそのままロイスの護衛を!」
「はい!」
「ロイス、遠慮なくでかいのをぶちかましてくれ!」
「なら遠慮なく!」
マリオンが飛び出し、ゴーレムの左肩の魔法陣を魔剣ヴェスパで貫く。甲高い音を立ててはじけ飛ぶ魔法陣に合わせて、支えを失うように落ちた腕が人型を形成していくのは同じだ。
両腕を失ったゴーレムは、一見して攻撃手段を失ったようにも見えたが、その胴体からまるで礫が雨のごとくマッシュに襲い掛かった。
とっさに盾で身を庇うマッシュだが、その巨躯が災いしてか守りきれない足や肩は露出したままだ。
重板金鎧を激しく礫が打ち、その衝撃にマッシュは膝を突く。
俺はゴーレムの足関節を狙い、翡翠剣を振う。すると、あっけないほど簡単に剣先が魔法陣を切断した。
そして、今までと同じように支えを失ったゴーレムが、崩れ落ちるようにその巨体を横に倒す。
倒れ込むゴーレムに合わせて、礫の嵐が弧を描くようにロイスの元へ放たれたが、それはルイーゼの張った『多重障壁』により、大事には至らない。
少しだけ焦ったのは内緒だ。
当然のように身体から切り離された足が人型を形成していくが、そこにマリオンが駆け込む。
さっきまで相手にしていた小型のゴーレムは、四肢の魔法陣を破壊され、再びただの岩に戻っていた――が、それはまた茶色のオーラに包まれて、更に小さなゴーレムとなって動き出した。
「えっ!?」
マリオンがそれに気付き、少し焦った様子を見せる。
現れたのは、マリオンの半分に満たない背丈のゴーレムだ。しかし、身が軽くなった為か動きは更に速くなっている。
小型のゴーレム一対、更に小型のゴーレムを五体相手にするマリオンは、さすがに躱すので忙しく、囲まれないようにするので精一杯に見える。
今更だが、どうもゴーレムの攻略の仕方を間違っている気がしてならない。如何にも弱点という感じで存在する関節を狙うと、小型とはいえどんどんゴーレムが増えていく。
ゴーレムについて調べていたロイスは、これほど小型のゴーレムが現れるとは知らなかったようだし、前回討伐された時は違う戦いの流れになったのだろう。
いずれにせよ後は足一本だ。それでどう動くのか、それとも終わりなのか、こうなったら毒を食らわば皿までだ。
「よし、もう少しでいけそうだ!!」
マッシュが、礫の放出を終えたゴーレムを見て声を上げる。ゴーレムの胴体は、明らかに縮んでいて、骨組みのような状態に近い。
終わりなの――!?
「爆発するぞ!! マリオンこっちへ!!」
魔力が収束する反応を『魔力感知』で感じ取った俺は、マッシュを背後に、『魔盾』を展開する。
たまたま、前の攻撃で負った怪我を癒やすために距離を取っていたのが、マッシュにとっては幸いした。
そして走り寄ってきたマリオンを抱え込んで伏せた瞬間――
「!?」
「キャッ!!」
圧縮された空気が弾けるような、思ったよりも軽い音と共に、砕け飛び散る岩の塊が『魔盾』を打つ。
中には一抱えもありそうな岩も飛んできたが、幸いにして『魔盾』はびくともせず、逆に岩の方が砕けて散っていく。
そんな嵐のような状況も、時間にしてみれば一瞬だ。
周りを見渡せば、残っていた小型のゴーレムから茶色いオーラが消えて崩れ落ちていた。
「自爆して終わったのか?」
「いや、まだだ! 悪いがマッシュたちは下がっていてくれ!」
爆心地となったゴーレムの後には、剣らしきものと盾らしきものを持った、細身のゴーレムが立っていた。巨体に似合わず随分と小さい頭だと思ったが、どうやらこれが本体らしい。
「ルイーゼ、仕上げだ!」
「はいっ!」
「わたしは!?」
「マリオンの武器じゃ少し相性が悪そうだ。ここは俺とルイーゼで行く」
マリオンの攻撃は斬属性に偏っている。関節を狙わずに、直接胴体にダメージを与えるには不向きだ。
今後はもう一つ何か得意なものを増やす方向で、鍛錬をしていった方が良さそうだな。
マリオンは悔しそうな表情を見せたが、同じようなボスが続く訳でもない。
「五〇層では思いっきり暴れて貰うさ」
「格闘術も習っておけば良かったかしら?」
「少しなら俺にも教えられる」
一応、正式なトレーニングは積んでいるから、昔よりはきちんと教えられるはずだ。
「それじゃ、さっさと倒して鍛錬ね」
「楽しみにしていてくれ」