久しぶりのマイホーム
本日二話投稿予定、第二話です。
一話目を読まれていない方は一つ前の投稿からお読みください。
『空間転移』を使い、一気にシャルルロア領都へと戻ってきた俺たちは、その熱狂ぶりに驚かされる。町はお祭り一色で、中央通りは多くの人で賑わっていた。
祈年祭も残すところあと二日というところで、なんとか俺たちも参加することが出来そうだ。
中央通りには、今までに見たこともないほどの露店が軒を並べ、職人が技を競って作り上げたガラス細工が並んでいた。宝石の様な物から、ステンドグラス、鏡の様に反射率の高い物まであり、日の光を反射して色とりどりに輝いている。
もちろん主要工芸品だけではなく、領内のあちこちから持ち寄られた民芸品や食材、風土料理などもある。
所々には吟遊詩人がいて、弦楽器やら管楽器の音色にのせてその美声を惜しみなく奏でていた。
人混みの中に走り出そうとするモモを抱え上げ、肩車をする。はぐれたところで直ぐに俺の元に現れるのだが、自然と人間の子と同じ様に接してしまう。
モモは聞こえてくる音楽に合わせて頭を振り、次いで両手を挙げて体を振り始める。
「モモさんも楽しそうですね」
「何よりだ」
「アキトも楽しそうよ」
「そりゃ楽しいからな」
射的をやれば、マリオンが五〇メートル離れた五センチの的に五本全部を命中させ、ルイーゼは身長二メートルを超え、腕周りだけでも五〇センチはありそうな大男を腕相撲で負かす。
見物人は大いに盛り上がり、俺もモモも二人の応援で大忙しだ。
途中、通りに広げられた食堂のテーブルで『鉄壁の番人』と呼ばれるマッシュたちと出会う。審判の塔を中心に活躍する冒険者で、元気そうで何よりだ。
祭りが終わったら審判の塔攻略に向け動くと伝えると、四〇層の攻略を持ちかけられた。四〇層はAランク寄りのゴーレムだと言われているが、それほど苦戦することなく攻略出来ると思っていた。
俺は恩を返す意味でも二つ返事で了承し、三日後の朝に待ち合わせることにした。
ん? この声は……。
噴水のある中央広間。その南側に設置されたステージから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
中央広間には目測で五〇〇人ほどが集まり、ステージから聞こえてくる美声に誰もが酔いしれていた。
ステージに立つのは、かつてエルドリア王国にいた時に出会った少女だった。
少女は腰まで届く夜空の様に深く青い髪をし、瞳は髪よりは少し明るい青。真っ白い肌はどことなく銀色に輝くように見え、端麗な容姿は余りにも整いすぎていて冷たさを感じる。特徴的なその耳は人の物より長く、少女がエルフ族であることを表していた。
「ミーティアだな」
「こちらにいらっしゃっていたのですね」
「相変わらず良い声だわ」
モモが肩の上に立ち、飛び跳ねるようにして手を振る。
何百人といる観客の中、それでもミーティアはモモを見止め、優雅に手を振って答えてくれた。
ミーティアはモモの友達だ。森を愛し、森と共に生きるエルフ族と植物系精霊はとても相性が良いのだろう。人の言葉を発生出来ないモモだが、ミーティアは明らかに会話をしているようなことがあった。ちょっと悔しい。
……あれ、そう言えば、俺も最近はモモが何を言いたいのかわかるな。声に出していないから気が付かなかったけれど、もしかして俺はモモと会話出来ているのか?
モモが俺の顔を見る。
もしかして俺の言葉が聞こえているのか?
モモはしばらく視線を合わせた後、首を傾げて、再びミーティアを見つめていた。どうやら通じていなかったようだ。でも確かに感じ取れるようにはなっているから、その内本当に話すことが出来るようになるかも知れない。ちょっと楽しみだ。
後でミーティアに今の住まいの場所を伝えよう。モモなら直ぐにミーティアの元へいける。時間があるなら大好物も用意して、再会のパーティーも良いな。
誰もが歌に聴き入るようにしんみりとしていたが、曲が終わると物凄い拍手と喝采の嵐だった。前に見掛けた時も人気はあると思っていたが、ここまでだったとは知らなかった。
ミーティアが惜しまれながらステージを後にするのに合わせて、俺たちも我が家へと祭りに賑わう通りを抜けていく。
◇
久しぶりのマイホームだ。買ってから二週間ほどしか住んでいなかったけど、戻ってソファに腰掛けてみれば、随分と落ち着くものだった。
改装は粗方済んでいる。二階にあった五部屋は、俺、ルイーゼとマリオン、リゼット、住み込みの従業員用になっていて、余りの一部屋が今いるリビングだ。
一階は基本的にカフェテリア『フィレンツェ』となる。命名はこの町が修学旅行で行ったフィレンツェによく似た雰囲気だったから。
店の方も切り出した石とレンガで作られた町に馴染むように手を入れた。元が木工細工店だったので、残された習作がいい感じに洒落た雰囲気を出しているので、それを活かすようにしている。
テラスの周りは季節の花を色々と植えてある。フィレンツェの元となった、花の咲くところ、をモチーフにしている。きっと花と春の女神フローラも喜ぶだろう……この世界にはいないだろうけれど。
今の時期は桃色から紫へのグラデーションが美しい朝顔のような花が咲いている。似ているだけで朝顔ではない為、花は一日中咲いていた。特に強い香りはしないので、食事の邪魔にはならないだろう。
内装は、エルドリア王国で出店した際の失敗点などを参考に、過剰な演出はしていないが、さり気なく魔力を付与した銀細工などで、上品にまとめている。仄かに光る様子は、暗くなってきてからが本番であり、今が丁度その時だ。もちろん品のある美しさは狙った通りで、毎晩夜なべして作った甲斐がある。
質としては学生がメインだった一号店に対して、中の上といったクラスの人を対象にしている。その代わり客数が減るので、一日の売り上げは銀貨で七枚あれば良いかと思っている。人数にしてだいたい三〇人くらいだろう。
最終的には人を雇って、月に二十日ほどの営業日とし、売り上げで銀貨一五〇枚。材料費と人件費を引いて利益を銀貨五〇枚に設定する。
一月の生活費は銀貨三〇枚ほどなので、最低限の暮らしは確保出来る。全ては皮算用だが。
初めはディナーだけで、慣れて来たら安めのランチを始めればなんとかなるだろう。
そんなカフェテリア『フィレンツェ』には今現在、一人の少女がいた。
オープンテラスのテーブル。少女はその一つに座り、寂しげな表情で空になった皿を見続ける。
通りを行く人々が、その少女を見ては立ち止まり、首を傾げては去って行く。普段見慣れた姿とは雰囲気が違うから、本人だと確信が持てないのだろう。
「アキト、足りない……」
「食べ過ぎると太るぞ」
「今日は仕事。問題ない」
俺は作り置きのチョコレートをモモに出して貰い、飾り付けてテーブルに運ぶ。
一応『フィレンツェ』で最初のお客様だ……ミーティアだが。
その内来るだろうと思っていたが、まさか当日の夕暮れに来るとは思わなかった。折角なので新しい店もオープンすることにしている。
知人への声掛けも宣伝もしていなかったので、今だ店内はミーティアだけだが、お祭りの熱気はまだ冷めやらずと言った感じで、人の通りは多い。きっとルイーゼとマリオンの作っている料理の匂いが漂い始めたら人が入ってくるだろう。
ミーティアは追加で用意されたチョコレートを、器用にナイフとフォークを使って口に運ぶ。
「……」
無言で味を楽しむのはミーティアが気に入ったという証拠だ。
自分が食べた後は、隣に座るモモに切り分けてそのまま口元に運び、それを食べるモモを微笑ましそうに見ている。
以前はミルクチョコレートだけだったが、ホワイトチョコレートも作れるようになっている……主にルイーゼが。どちらかというと、ミーティアの好みはホワイトチョコレートのようだ。
ミーティアには仕事モードとオフモードがあり、仕事モードの時はメリハリのある受け答えをする半面、オフモードの時は非常にのんびりした雰囲気で口数も減る。
それに、オフモードの時は神秘的な容姿は変わらないのに、何故か親しみがあり、俺もついつい馴れ馴れしく接してしまう。本来なら超人気アイドルとただの一般人という関係でしかないのだが。
「アキト、何してた」
「そうだなぁ……色々あったな」
色々ありすぎて、どこから何を話せば良いのかも見当が付かなかった。
「そう……」
ミーティアが姿勢を正して俺を見つめてくる。
惚れたか? などとは思わない。むしろミーティアに一目惚れしたのは俺の方だったな。
「霊脈……それに竜脈。アキトはおかしい……」
「見つめた後の台詞じゃないだろ。そこはせめて、好きとか愛しているにしてくれ」「馬鹿」
それも違うが。
竜脈は不死竜エヴァ・ルータにも魂を染めたとか言われていたが、霊脈の方は覚えがないな……異世界転移魔法の影響か? 確か魂が霊脈を通っていたはずだ。それほど長くその状態が続く訳じゃないけど、時間という概念があるとは思えない世界だからな。
「それにしても器用だな。見ただけでわかるのか?」
「精霊が教えてくれた」
「俺には見えない精霊か。色々いるんだな」
「アキトも、いずれ見えるようになる」
「それは楽しみだ」
今のところ、召喚魔法で呼び出された精霊以外に見えたのはモモだけだ。名付けは別としても、どんな精霊がいるのかは見てみたい。
「こちらの店は開いているのかい?」
「本日開店です。用意出来ますので、どうぞお掛けになってください」
思った通り、厨房から定番のハンバーグが焼ける匂いが漂い始めると、一組、また一組とお客が入ってくるようになった。
「ミーティア、俺はしばらく給仕にまわるけどゆっくりしていってくれ。今日は再会のお祝いに何でも用意するから、何でも注文してくれ」
「わかった、真面目に考える」
食べたい物はいっぱいあっても量は食べられない為、メニュー表を見て真剣に悩んでる。色々と目移りしているが、その内決まるだろ。
「ルイーゼ、マリオン。開店だ」
二人の元気な返事を受けて注文書を出す。まずはこの町にハンバーグの素晴らしさを広げようじゃないか。
次回の更新は、まだちょっとはっきりとは言えないのですが、多分二巻予定分の再改稿があるのではないかと思っております。
予定がわかりましたら活動報告に書かせて頂きます。