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浮遊大陸エルフィリア

長らくお待たせいたしました。

本日二話投稿予定、一話目です。





 神都にあるエリンハイム教会総本部。その謁見の間にて、教皇ゼギウスは目の前に跪く男を、感情を感じさせない目で見ていた。

 謁見の間にいるのは七人。誰もが表情は暗く、男の報告を待っていた。


「わが領はシャルルロアに侵攻の際、獣人共の攻撃を受けて撤退。単独でセシリアの暗殺に向かったベルディナードは、その後、連絡が取れていません」


 冷や汗を染み一つない高価なタオルで拭いながら報告を上げるのは、トルキア領を治める領主であり枢機卿でもあるドルケン伯爵。

 肥えた体は自分でさえ思う様にならないのでは、と疑問を持つほどの体躯の割に、気が弱そうに汗を拭うドルケンを見て、教皇ゼギウスは苛立ちを押さえる。

 教皇ゼギウスにとって、この男に比べればベルディナードの、歳に似合わぬ落ち着いた雰囲気の方が余程好感が持てた。例えそこに殺意が見え隠れしていようと。

 だが、こんなドルケンにも商才だけはあり、それ故に教会の本体とも言えるトルキア領を任せていた。そしてドルケンはその期待に十分応えている。それ故に簡単には挿げ替えることが出来ないコマでもあった。


「ベルディナードが討たれたにせよ裏切ったにせよ、セシリア・アベルディと新たな聖女の抹殺は必ず成さなければならない。カイル・シュレイツは既に秘密に気付き、その裏付けを取る為に支配の王杯(アーティファクト)の支配下にある者に接触を始めている」

「そ、それは!?」

「直ぐに声を上げないところを見ると確信は得ていないのであろう。だが放ってもおけぬ。セシリア・アベルディの件は既に通達が済んでいる。罪状は教会が隷属魔法を使っているなどというあり得ない虚言を吹聴し、信徒を混乱させた罪だ」

「お、恐れながら申し上げます。セシリア・アベルディはまだ公に動きを見せておりません。吹聴したとなると――」


 ドルケンは止まらない汗を拭いながらも、遠慮がちに話し始める。


「そんな事実はないと異議を申し立てるであろうな。だが、それだけにカイル・シュレイツに繋がる者がそこで見えてくるであろう。言ったはずだ。今回の件は強引であろうと『支配の王杯』(アーティファクト)に関する情報を秘匿することが優先される。その後のことなど、どうとでもやりようはある」

「……仰せの通りに」


 教皇ゼギウスは、ドルケンの去った謁見の間で一六年ほど前のことを思い出していた。教会がその思想よりも私利私欲を求めることに傾き始めた時、当時の教皇だった父上と対立した姉上は、思いを同じくする僅かな信徒と共にこの地を離れた。


 それが教会を救う力になるという自分の信念を否定された父上の怒りは凄まじく、多くの追っ手が姉上に差し向けられる。姉上はそれを振り切り、隣国エルドリアに逃げ延びたが、そこで慣れない生活の中、夫と共に魔物に襲われて死んだと聞いている。

 親族で残っているのは姉上が逃亡の際、当時四歳だった甥であり、教皇ゼギウスはそれがベルディナードと名乗る男だと考えていた。四歳であれば逃亡の中での記憶も残っている。戻ってきたのは復讐の為か、力を得る為か。


 いずれにせよ、姉上の残した二人の子は再び教会への対立の芽となって現れた。

 一人は内から。『支配の王杯』を与え、父上自らの手で親族の命を奪う姿を見続けたベルディナード。本人が自分の血筋を知った上で復讐の為に『支配の王杯』をもたらしたのか、あるいは別の理由があったのかは不明だ。


 もう一人は外から。姉上と同じく『神聖魔法』(アルテアの奇跡)を授かる少女はルイーゼと名乗っていることがわかった。

 ルイーゼは隷属魔法の支配下にある七二人に対して支配の封印を解くことも、それを利用して操ることも可能だ。そしてセシリア・アベルディの隷属魔法を解除した人物とも考えられている。

 隷属魔法。その存在がルイーゼによって証明されれば教会の権威は地に落ちることは間違いなく、それだけは阻止せねばならない。


 教会の権威を上げる為に力ある者を中心として支配下に置いたことが、ベルディナードとルイーゼにも同等の力を与えることになったのは皮肉な話だった。

 ベルディナードがその力を使おうとはしなかったのは、自らの血筋を知らないが為か、それとも『支配の王杯』にはまだ隠された誓約が残っているのか。


 教皇ゼギウスは恐らく後者だと考えている。立場上一度は使って見せる必要があり、セシリア・アベルディに対してその力を行使したが、父上の様に無闇に使おうとは考えていない。


「教皇ゼギウス聖下、私に今一度シャルルロア領への侵攻をご命令ください」


 そう言葉を上げたのは、ヴェルガルの領主と繋がりのある枢機卿だった。ヴェルガルはシャルルロアの北に位置し、常々シャルルロアにある審判の塔を狙っている。

 その塔からもたらされる利益も魅力的ではあったが、ヴェルガルにとっては主神エリンハイムの愛娘である女神アルテアの降臨した聖地であり、そこを国王派が良いように荒らし回っているのが我慢のならないことだった。


「トルキア領の援護を期待出来ない上でやるのであれば、確実に落とす必要がある。今までのように圧力を掛けるという訳にはいかぬ以上、あそこを落とすのが難しいであろう」

「シャルルロア領を失うことはカイル・シュレイツにとっても後ろ盾を失うことに等しいことです。力なき者の声など誰も耳を貸しません。全てを丸く収める為に、今度は全軍を持ってあたる次第です。獣人共をトルキア領が押さえてくれているのであれば、今以上の好機はないかと」


 建前上、国王の承認無しで国軍を動かすことは出来ない。だが、教会の力で作り上げられたという建国上の理由により、教皇の要請があった場合にのみ、領主の判断の下で国軍を動かすことが出来た。

 領主には拒否権もあるが、配下の枢機卿を送り込んでいる教会にとって、事実上は自軍として扱うことが出来る。

 ただし、領を跨いで動かすことは出来ない。領同士の争いを治める為というのがその必要条件であり、これを犯すことは国王派に対して政教分離の大義名分を与えることになる。


「できる限りの支援をするよう通告を出す。どう動こうと国王派は黙っておらぬだろうが、それでもシャルルロア領が消えれば問題の一つは解決出来たと考えるべきか」

「左様かと」

「他の三領はトルキア領とヴェルガル領に金銭、物資、人員、必要と思われる支援を早急に手配しろ。その首が掛かっていると思えば、一時の出費など安かろう」


 それが解散の言葉だとばかりにそれぞれが退出していく。その表情には最初のような暗さがなく、誰もが取るべき道あるいはすべきことを決めた、そんな決意を感じさせる。


「時間は掛けられぬな」


 誰もいなくなった謁見の間で、珍しく溜息を零すようにそう言い残し、教皇ゼギウスは奥の扉から姿を消した。


 ◇


 無事に装備を調えた俺たちは獣人領を後にし、森から延びる街道を短足馬のニコラと共に移動中だ。雲一つない天気は絶好の旅行日和で、草原を抜けてくる風が心地よかった。

 この辺りはシャルルロア領の最東端に位置し、街道を離れた位置にぽつぽつと家屋と家畜小屋があった。今も山羊のような動物が放牧され、それを見守るように人影もある。


 予定では、しばらく移動したところで『空間転移』(テレポート)を使い、一気に領都シャルルロアに向かう。領都は今、豊穣の女神デメテルへの祈年祭も終盤、一番盛り上がっている頃だろう。歌姫も来ているという話なので、それも楽しみである。


「アキト様、こちらをどうぞ」

「これは美味しそうだな」


 獣人族から手土産として貰った黄色い果物を、俺はルイーゼの差し出だす手から直接食べる。見た目はグレープフルーツだったが、酸味は弱く、甘みの方が強くてまるでミカンだな。


「アキト、これも美味しいわよ」

「どれどれ」


 左に座るマリオンの手には、小さな房が集まった様な赤い果実があった。見た目はラズベリーを思い起こさせる。そして期待の味はまんまラズベリーだった。甘酸っぱくて爽やかな味が口の中に広がる。


「どっちも美味しいな」


 二人が俺の答えに幸せそうな笑顔を見せる。別にいちゃいちゃしている訳ではない。馬車を牽くニコラを御する為に手綱を持っているから、両手が放せないのだから仕方がない。二人もそう思っているようだし、俺は甘えるだけだ。

 ちなみにモモは『カフェテリア二号店(仮)』の屋根で光合成中だ。空気を読んだ訳ではない。


「ジャムにしてサンドイッチに使うのも良さそうですね」

「馬鹿みたいに分けて貰ったから、それも良いな」

「アルコールに漬けると美味しそうだわ」

「領都の店で出すには洒落ていて良さそう――!?」


 不意に視界が暗くなる。さっきまで雲一つなかったので、空飛ぶ魔物のお出ましかと一瞬で緊張が高まる。


「……なんだよあれは」

「すごいわ……」

「浮遊大陸エルフィリア……ですね、私も見掛けるのは二回目ですが」


 巨大な影を作り出したのは、まるで山の山頂を引き抜いた様な非常識な存在だった。上面は緑も見える山で、底面は岩石が剥き出しになっている。そして、緑の木々に混じって人工物のような建物の一部が見えた。

 それが大小併せて群を作り上げ、雲がそうあるようにゆったりと空を移動していた。大きさはもう見当も付かないが、一つの巨大な都市を囲ってなお余るんじゃないだろうか。


「あんな物が浮いているとかおかしいだろ……」

「神々が住むとも言われていますね」

「神様って、元を辿ればハイエルフ族だったか」

「エリンハイム教ではそう言い伝えられています」


 どちらかと言えば敵対勢力になりつつあるエリンハイム教だが、神様と敵対するつもりはない……。そう言えば、エリンハイム教と敵対しても、ルイーゼの天恵が消えることはないんだな……結局は人間が作り上げた組織と言うことだろうか。


「それじゃアルテア様もあそこで今頃はお昼寝中か」

「ふふふっ、不敬ですよアキト様」

「私もあそこでお昼寝したいわ」

「たしか審判の塔は女神アルテア様が降り立った場所とか言う話もあったよな。昇っていけば転移門があるのかも知れないぞ」

「そしたらお邪魔します、お昼寝させてもらいに来たわ、と言うのね」

「手ぶらじゃなんだからハンバーガーでも持っていくか」

「アルテア様も美味しいと言ってくれると良いですね」


 俺は記憶の中の女神アルテアを思い出し、その食べる姿を想像する。意外と喜んでくれそうだな。


 浮遊大陸が小さくなっていくのを見送った俺たちは、その場で『空間転移』を使い、領都シャルルロアへ向かった。


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