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獣人領ヘリオン・後

本日二話目となります、ご注意を。




 豹人族のリーダーが危険だと叫ぶ中、ルイーゼはヘラジカの前に低く構えて立ち塞がる。活性化した魔力に反応して白と青水晶の様な輝きで構成された重板金鎧がうっすらと青白いオーラを纏った。

 それらの魔力が綺麗に制御され、まるで吸い寄せられるかのように後方に引き絞った巨大な聖鎚に集まっていくと、超濃度の魔力により青白く目映い光を放ち始めた。


「行きます!!」


 何人もの獣人族が眩しさに目をしばたたかせる中、振り抜かれた聖鎚がルイーゼの頭を越える高さにあるヘラジカのヒザを打ち付ける。そして、聖鎚に刻まれた聖弾(ホーリー・ブリッド)の魔法陣に大量の魔力が流し込まれると、爆発的な威力を伴ってヘラジカのヒザを打ち砕いた。


 十分に貯められた魔力を持って放たれた一撃は、ヘラジカの持つ太い骨と筋肉を破壊する。

 それには堪らず、ヘラジカは悲鳴のような咆哮をあげて空気を揺らす。自重を支えきれなくなったヘラジカは、再びその巨体を崩し、派手な音を上げて頭から崩れ落ちた。


「……」

「お……おおぉっ!」

「でかしたぞ嬢ちゃん!!」

「お前ら、逃げていった奴の尻尾を引っ捕まえてこい! 仕留めるぞ!!」

「うぉっしゃ!!」


 蜘蛛の子を散らすように散開していた獣人族が、再び集まってくる。もちろん逃げなかった獣人族は既に倒れたヘラジカに攻撃を始めていた。

 熊人族の持つ巨大なハンマーがヘラジカの鼻先を打ち、蜥蜴人族の槍が目を潰す。


 マリオンは武器との相性が悪いようで、思ったようにダメージを与えられていないようだ。それでも首を中心に狙い続け、そこからは無視できないほどの血を流し始めていた。


「それじゃ俺も少しは顔を売っておくか」

「はい。私は控えて備えます」


 いくらヒザを砕かれたとはいえ、ヘラジカはまだ十分な体力を持ち、狂ったように暴れていた。獣人族は壁のように迫ってくる角に弾かれたり、振り回される手足に当たり一〇メートルほど吹っ飛んでいく。


 目の前に飛んできた人猫族の女戦士を受け止めた時には、感謝の印にと頬を舐められた。ここはキスの場面ではないだろうか。


 俺は振られる角を足場に反動を付けて頭へと飛び乗り、針金のような毛を掴んで体を固定する。まるでロデオだなと思っていると、隣にマリオンが来た。


「マリオン、動きを止めるから強弓で目を狙ってくれ。あれなら脳に届く!」

「わかったわ!」


 ヘラジカの右足は治癒が始まっているようで、余り時間を掛けているとルイーゼの頑張りが無駄になる。

 マリオンは荒れ狂うヘラジカから危なげなく飛び降り、正面を捉える位置へと移動し、モモに出して貰った強弓の調子を見ている。


 これだけの頭だ、頭蓋骨も当然分厚いだろう。普通の『魔槍』(マジック・スピア)じゃ脳に達しない可能性がある。『能力解放』(リリース・アビリティ)すれば力でねじ伏せられるだろうが、ここは――


『魔力吸収』(ドレイン・マジック)!」


 Aランクの魔物が持つ膨大な魔力を吸い上げる。俺の体を満たす魔力が体から溢れ、赤いオーラを纏う。魔力を押さえ込むことができる様になった俺は、無意識にオーラが出ることはなくなっていた。それでも、自身の魔力に加えヘラジカから吸い上げた魔力まで押さえ込むのは難しい。だが、頃合いだろう。


『魔槍』(マジック・スピア)!」


 魔力を吸い上げられ治癒能力の落ちたところへ、狙ったように巨大な魔力の楔を撃ち込まれたヘラジカは、一瞬痙攣する様子を見せた後、その動きを止めた。だが、その生命反応はまだ力強く残っている。


 そこへ、マリオンの強弓から放たれた矢がヘラジカの目を貫き脳へと達する。その数は続けて三本。『身体強化』(ストレングス・ボディ)をしてなお強大な反力を生む強弓から放たれた矢は確実にヘラジカの脳を捉え、その生命活動を停止させた。


 ヘラジカの死を見守るように、静寂が訪れる。


「とったぞ!!」


 そんな森の中に俺の声が響き渡った。


「――おおっ、すげぇ! やりやがった!」

「何やったかわからんが、でかしたぞ小僧!!」

「その前に嬢ちゃんが足を止めたのが大きいだろう!」

「いや、止めを刺したのは向こうの嬢ちゃんだろ!」

「んーじゃ、三人が健闘賞でいいだろ!」

「これで三日は飲み食いできるな!」


 こんな巨大なヘラジカで三日かよ! っと思ったのも束の間、俺たち三人は抱えられるようにして町へと連れ出され、そのままお祭り騒ぎへと突入する。


 あれだけの戦いであったにも拘わらず、死人は出ず、重傷者もルイーゼの『神聖魔法』(アルテアの奇跡)で命を取り留めた。

 直後のルイーゼは、喜びを体で表す熊だの虎だのゴリラだのにもみくしゃにされ、助け出すのが大変だった。


 山盛りの肉料理が置かれたテーブルの一つを与えられた俺たちは、その量に圧倒されつつ、お祭り騒ぎを楽しむ。

 モモは獣人族がまったく怖くないのか、強面が揃っている中でも終始笑顔が絶えない。


「人間族にしては見事な戦いだった。お前たちのことは歓迎しよう」


 祭り気分を楽しんでいた俺たちに、声を掛けてきたのはティティルの父親だ。

 獣人族の領は、戦いにおいて貢献度の高い種族の種族長が七人で治めている。ティティルの父親はその一人で町中が馬鹿騒ぎの中、一番に俺たちの元にやって来た。


「余計なお節介かと思ったけど、俺たちも参加させて貰った」

「構わない。正式な客人であれば戦いへの参加は自由だ」


 獣人族の中では比較的知的な様子を見せる人猫族だったが、やはり少しは脳筋が入っていたらしい。

 そのあと何人かの種族長から挨拶を受けた後に気が付いたが、人間社会で言えば貴族のトップグループだ。食事を片手にフレンドリーに話していたのは良かったのだろうか。

 そう言うことを気にしない種族なのか、外交官特権みたいなものなのかわからないが、空気を読んだ結果の行動だから多分大丈夫だろう。


 その後の一週間は鎧に竜の鱗を加工して貰ったり、獣人族と共に魔巣へと狩りに出たりして過ごす。信じられないことに毎日Bランクの魔物と戦うのが当たり前という環境に驚きつつも、獣人族の戦いから勉強になることは多かった。


 俺の戦い方は正式な剣術と言うよりも我流に近く、獣人族の戦い方の方が馴染みやすかったというのもある。これでも一応、騎士流の剣術は学んでいたんだけどな……。


 そして約束の一週間後。俺たちは鍛冶屋に来ていた。


「どうだ、まいったか?」


 自信に満ち溢れた表情をしているのは鍛冶師のゴードンだ。後には精錬魔法師のロダンもいた。


 俺は鞘から引き抜いた剣を水平にかざす。大理石のような模様を持つ少し灰色の刀身にしばし見とれた後、身が震えた。

 ぱっと見は細身の剣だし、刀身に掘られた溝が繊細さを感じさせるが、間違いなく強度は一級品だろう。


 竜の爪を素材としたこの剣は、見た目とは裏腹に鉄の倍ほどありそうな重さを持っていた。身体強化なしで扱うには厳しいが、この重さがそのまま威力に繋がると考えれば、俺にとってはメリットの方が大きい。


 俺はこの剣に確かな手応えを感じる。かつて手にした星月剣(ガラティーン)のような見た目の美しさはなりをひそめて(・・・・・・・)いるが、間違いなく羊の皮を被ったなんとやらだろう。この剣がその実力を発揮した時――


「切れ味の鋭さデュランダルに如くものなし……翡翠剣(デュランダル)

「そいつぁ剣の名前か?

 デュランダルはともかくどの辺りに翡翠の要素があるんだ?」

「精錬する時にその様な光り方をしていましたね」

「出来上がっちまえばわからんだろ」


 俺は軽く振るうようにして翡翠剣に魔力を付与した。するとその魔力に反応するように刀身に刻まれた紋様が徐々に緑色に染まり始め、やがて深く透き通る翡翠のような輝きを放ち始める。

 思ったとおり、溝がいい感じに光を反射するアクセントになっていた。


 ルイーゼの瞳の色に似たその刀身は、先程までの地味な様子が全くない。あらゆる物を拒むことなく切り裂く鋭さを見せていた。


「良い剣ね」

「アキト様、素晴らしい剣ですね」


「……なんってこった、すげぇもん見ちまった」

「こ、これは『魔力付与』エンチャント・マジック……精錬した時のあれの正体はこの天恵ですか」


 ゴードンとロダンがようやく言葉を発した。


「間違いなく俺たちが手掛けた中でも超一級品だ。これを越える物があるとすれば古代文明の遺物(アーティファクト)しかあるまい」

「良い仕事をして貰った。二人には感謝するよ」

「私たちも二度とない経験をさせて貰った。君とゴードンには感謝して止まない」

「かぁーっ、磨き上げただけってのが俺的には納得がいかないが、それも人生で何度とお目に掛かれるもんじゃないのは確かだ。俺からも感謝しよう」

「二人がいてくれたから完成したんだ。俺だけじゃ結局宝の持ち腐れだったさ。感謝しているのは俺も同じだ」

「よーし、今日はもう店じまいだ。朝まで飲むぞ!!」

「おおっ!」


 二人の盛り上がりに苦笑しつつ、結局俺は朝方まで付き合わされた。


 そして翌日には、剣の他にも黒銀の軽装鎧と手甲も仕上がっていた。

 軽装鎧は今までの物より少し重くなっていたが、強度は比較にならないほど上がっている。特に魔力を付与した状態であれば防具より衝撃を受ける体の方が問題だろう。


 もう一つ頼んでいた手甲は、思ったよりも重厚な物が出て来た。

 腕甲と合わさったようなそれは、肘の部分が少し伸びていて盾としても使えるようになっている。金属をずらして重ねたような作りで、その間に衝撃を吸収する素材が使われているようだ。


 手先はいわゆるナックルダスターになっていて、打撃力の向上と同時にその衝撃で自分の手を痛めないようになっている。

 俺の戦い方は盾を持たないスタイルなので、左腕は思わず身を守る為に防御創だらけだ。手甲のおかげで少しは傷付くことも減る。


 いいじゃないか!


 久しぶりの新装備にテンションが上がるのは、男なら仕方のないことだ。最近はシルヴィアやベルディナードと言った強敵と戦うことも多かったが、これで装備レベルでは同等と思える。後はそれを扱う中身の問題だ。その為に早く新装備に慣れておきたい。


 領都シャルルロアに戻れば審判の塔があるので、そこで慣らすのが丁度良いだろう。

 実際のところ、四〇層や五〇層ではオーバースペックで、その実力を発揮することはないと思っている。必要となってくるのは人類未踏の六〇層辺りからだろう――あるのかどうかわからないが。


 そう言えば、審判の塔の五〇層に到達すれば英雄の称号が貰えるそうだ。

 称号には権力はなくても権威がある。貴族向けではなく民衆向けの権威だが、貴族とは言え不特定多数の平民感情を相手にするとなれば、多少は横暴も減るかも知れない。特にこの国は教会の権威が強い国で、権威については慎重だ。


 本来ならカイルからの誘いを受けて貴族になるという手もあったが、俺は貴族の責務に縛られるのが嫌だった。責務がないなら給金がなくても二つ返事で貴族になっただろう。残念ながら、そんな都合のいい話はなかったのが残念でならない。


「それじゃ審判の塔に行くとするか」

「待ちくたびれたわ」

「楽しみですね」


 少し脳筋に染められた雰囲気の二人を感じつつ、俺たちは領都シャルルロアに向かう。





2017.01.22

新装備の目的が「五〇層攻略の為」と読み取れたので、メインは「強敵に備えて」と言う形で追記・修正しました。


例の剣にの取り扱いについては前作「第218部分 目標」に追記しました。

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