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戦いの前に

 鍛冶屋の次に俺たちが向かったのは装備屋だ。なにせ俺の防具はベルディナードにばっさりとやられて使い物にならなくなっていた。だから早急に新しい防具が必要だった。

 機会があればルイーゼの鎧にでもと思って竜の鱗を用意しておいたが、今は自分の鎧を造るのが良いだろう。


「アキト、きっと鎧が赤く光るわ」

「マリオンの装備も綺麗だけど目立つからなぁ」


 同じく竜のなめし革で作られたマリオンの防具は、魔力の活性化に反応して赤い燐光を伴うことがあった。見ているだけなら綺麗ですむが、隠密性に欠けると言わざるを得ない。まぁ、隠密性が必要なことは余りしていないが、それでもあるに越したことはないだろう。


 今回も軽装鎧を用意し、それに竜の鱗を加工して取り付けて貰うつもりだ。まぁ、間違いなくマリオンより派手になる。

 防具への魔力付与を諦めるか……必要な時に魔力を付与して強度を上げるという手もあるな。


「それでしたらサーコートでも用意致します。アキト様の為に用意した生地がありますので、そう時間は掛からないかと思います」


 サーコートは防具の上に着る衣装だ。鎧が陽光を受けて熱くなったり、雨で濡れるのを防いだり、意匠を凝らして独自性を出すのにも使われる。


「そうだな、頼めるかルイーゼ」

「はい、もちろんです」


 自分の為じゃないのに、凄く嬉しそうだ。

 早速マリオンとデザインの話で盛り上がる中、俺は濃い灰色の鎧に目を止めた。色合いは渋くてなかなか良い。細かい装飾もないので、竜の鱗を細工するにも丁度良いだろう。


「私は店主のレッカだ。気に入ったのがあったかい?」


 声を掛けてきたのは人狐族と思われる妙齢の女性だった。尖った獣耳にふさふさの尻尾がどことなくコスプレっぽい。細い目は見えているのかどうか疑わしいけど、きっと見えているのだろう。


「これは良い物に見えるな」

「そうかいそうかい、わかる奴にはわかるか。

 それは間違いなく良い物だよ。幾つかあったけど、全部即売で、今あるのも工房から上がってきたものを飾ったところだからね」


 レッカと名乗る人狐族の女性は、俺が目にしていた鎧を見て説明を始める。


「これはバシリスクの素材で作られた当店の自信作さ。物理耐性が高くて軽量、生半可な武器じゃ刃が立たない優れものだよ。今なら金貨一枚と銀貨二五枚にしておくけど、どうだい?」

「高っ!」


 節約すれば四人で半年は過ごせる金額だ。武器の加工代が浮いたと思えば買えない金額ではないが、それでも高い物は高い。


「何言ってんだい。獣人族最強とも言える男共が一〇人掛かりで倒してきた代物だよ。簡単に出回るもんじゃなからね」

「バシリスクなら魔術師を入れた方が……」

「魔術師がいれば倒せるってもんじゃないだろ」


 確かに魔術師だけで倒せることはないな。それなりに強力な魔法を使うまでの時間を稼いでくれる前衛は必要だ。


「それでも金貨一枚はなぁ」

「おいおい、いつの間に銀貨二五枚が消えているんだよ。商売が旨いねぇ。危うく言質を取られるところだったよ。お兄さん商売人かい」

「あぁ、飲食店をやっている。

 そうだ、これを食べて旨かったら金貨一枚にしてくれないか?」


 俺はモモにハンバーガーを出して貰う。絶品と言われる巨大牛の肉、それも一番旨いと言われるサーロインを使った物であり、俺でもここぞという時にしか食べない贅沢品だ。


「はぁ? その食いもんにどんだけ自信があるんだよ……」


 そういうレッカの鼻はヒクヒクと動き、今にもよだれが垂れそうに見える。


「や、約束はできないけど、食べるのは構わないだろ?」

「あぁ、気に入ったらまけてくれ」

「この(ひげ)に賭けて誓うよ。十分に満足したら銀貨二五枚引いてやる」


 髭はいらないんだが、人狐族にとっては何にも変えられない物なのだろう。

 レッカはハンバーガーを受け取ると興味深そうに匂いを嗅ぎ、直ぐに堪らんとばかりに(かぶり)り付く。


「んんっ!?」

「どうだ、最高に美味しいだろ?」


 声にならないか。

 レッカは激しく尻尾を振り悶えるように味を噛みしめていた。


「なんだか私たちもお腹が空いてきたわ」

「アキト様、お昼になさいますか?」

「そうだな、丁度良いから店先を借りて食事にでもするか。

 レッカ、食べ終わったら感想聞かせてくれよ」


 俺たちが一旦お暇しようと店を出ると、そこは動物園だった。

 レッカに差し出したハンバーガーの匂いに釣られたのか、熊だ虎だ猫だ兎だと、色々な獣人が集まっている。


「匂いの元はここだよな」

「俺の鼻に間違いはない、ここだ」

「いや、しかしレッカに料理は無理だろ」

「だがこの匂いだけで旨いとわかるのは……」


 獣人族の身体能力は本当に凄いな。目がいい、耳がいい、鼻もいいと便利すぎるだろ。

 そう言えば獣人族とのハーフのマリオンも目も耳も良かったな。無属性だけとはいえ魔法も使えるし、基本スペックが高い。


「ここで俺たちだけが食べるってのもなぁ」

「銀貨二五枚でも稼ぐ?」

「飲み物とデザートを付けまして銅貨で二五枚でしょうか。アキト様、一〇〇セットでしたら在庫があります」


 マリオンが獲物を前にして不敵に笑い、ルイーゼがモモと在庫の確認を始める。いつの間にか一〇〇セットも在庫になるほど作っていたのか。ルイーゼの隙のなさも侮れない。


「それじゃ『カフェテリア二号店(仮)』のオープンとでもするか」

「はい」

「わかったわ」


 町に入った時、取り敢えず商業ギルドで許可を貰っておいて良かったな。


 モモが早速エプロンを装備し、戦闘の開始を告げる。

 俺はニコラを馬車から外して休ませ、コンテナの横の扉を上に持ち上げるようにして開く。折りたたまれて格納されているテーブルと椅子を引っ張り出し、カウンターを空ける。

 何事が始まったのかと匂いに釣られた獣人族が輪を作り始め、ルイーゼとモモが食材を出した頃には気の早い連中が席に座り始めていた。


「ここは食いもん屋で間違いないな?」

「あぁ、テーブルの準備を終えたら注文を受け付ける」

「おい、お前らテーブルを広げるのを手伝うぞ」

「おう」

「食いもんの為だ、その方が手っ取り早いな」


 一〇あったテーブルがあっという間に広げられ、既に席は満席となっていた。


「先に言っておくけど、高級料理だから一セット銅貨で二五枚だ」

「はぁ!?」

「露天の五倍かよ! いったいどんだけぼったくるつもりだ!?」

「ぼったくりじゃないぞ。それだけの品物というだけだ。納得ができないなら諦めてくれ」


 獣人族は顔を見合わせ、中には席を立つ者もいたが、良いタイミングで取り出されたできたてのハンバーガーの匂いに、誰もが声を失う。


「それじゃ注文を受け付けるわ。一人一セット限定よ」

「五人前くれ!」

「俺は三人前だ!」

「馬鹿、あのネェちゃんが一人一セットって言っているだろ!」

「セットってそういうことかよ!?」


 給仕姿のマリオンがメモを片手に注文を取ってまわる。食べ物は一種類だが、飲み物は水だけじゃなく果実酒や果実水にミルクといった物があるので、伝票は必要になる。

 俺の役目はマリオンから受け取った伝票を確認しながら、ルイーゼとモモの用意した料理をどんどんテーブルに出していくことだ。


「うまっ!」

「なんだこりゃ、旨すぎだろ!」

「おおっ、おおお!」

「と、とろける!」


 みんな語彙が少ないぞ。俺も人のことは言えないが。


「ねぇちゃんお替わりだ!」

「こっちもだネェちゃん」

「馬鹿野郎、お前ら食い終わったらさっさと代われよ!」

「なんだ、文句あるなら力で示せ!」

「あぁん! やったろうじゃないか!」


 脳筋ヤバいな。

 取り敢えず騒ぎを押さえようと進み出た先では、熊人男と虎人男がぶっどい二の腕をテーブルで付き合わせ、腕相撲の体勢を取っていた。


「俺が勝ったらお前の分をよこせ!」

「ワシが勝ったらてめぇは俺の飯代を払え!」


 争いのレベルが……平和で良いな。


「うぉりゃ!!」

「なにくそぉ!!」

「馬鹿力め!!」

「おめぇこそさっさと諦めやがれ!」

「ふんぬぅ!!」

「ちくしょうめ!」


 メシッ!!


 変な音がしたと思った次の瞬間、盛大な音と共にテーブルが木っ端微塵に破壊され、熊人男と虎人男が地に伏していた。

 そんな出来事に周りの獣人族は盛り上がったが、当の二人はそれどころではなかった。笑顔で殺気を放つルイーゼが二人の背後に立ち、その首根っこを押さえつける。


「あっはっは。お嬢ちゃんに押さえ込まれちゃ台無しだな」

「お嬢ちゃん二人をしっかりと躾てやってくれ」


 押さえつけられている当の二人は、無責任なヤジを気にしている場合ではなかった。

 それくらいのことでと立ち上がろうとした二人だったが、小柄なルイーゼの押さえつける力はまるで大地に根が張るような圧力を持ち、それを許さない。

 自分の想像を超える力で更に押さえ込まていく事実が信じられず、冷や汗が流れていく。


 どうやらルイーゼは魔力という名の(くさび)を地面に打ち込んでいるようだ。今までどうしても質量で押されていたルイーゼだが、その解決策として考えたのだろう。

 素晴らしい発想だった。俺も同じ問題は抱えていたので見習うとしよう。後でルイーゼにお礼を言わないとな。


「何故立てないんだ!?」

「ぐぉぉ、重てぇ!」


 そんな二人の前に立つのは魔剣ヴェスパを手にしたマリオンだ。赤いオーラを放つ二本の魔剣を目に、息を飲む音が伝わってくる。


「そんなに食べたいのなら、そのご自慢の腕を輪切りにして作ってあげるわよ?」

「い、いや、俺はもう頂いたから十分だ」

「ワシもちょっと急用――」


 突然、銅鑼の鳴る音が鳴り響き、店の客から野次馬までもがその音のに聞き耳を立てる。

 なんとなくだが敵襲という感覚に俺たちにも緊張が走った。


「うぉおおおおお!!!!」

「おっしゃー!!!」

「やるぞぉ!!!」


 先程までの馬鹿騒ぎ以上の音量であちこちから声が――と言うより咆哮が上がり、それはこの場だけじゃなく町中のあちこちから聞こえていた。

 その状況にしばし圧倒される。


「オイあんた、戦いに参加するんだろ! こいつを金貨一枚で持っていきな!」


 防具屋のレッカがバシリスクの素材でできた鎧を投げてよこす。


「この騒ぎはなんだ?」

「戦いに決まっているだろ、大物が来てるんだよ!」

「その割には喜んでいるようにも見えるが?」

「あったり前だろ! 今戦わなくていつ戦うんだい!」


 当たり前なのか。魔巣と共存している以上戦いは避けるべきものじゃないんだな。まぁ、逃げたら町がなくなっていましたでは確かに困るよな。


「ハンバーガーは気に入ってくれたのか?」

「あぁ、旨かったさ。滅茶苦茶な。でも銀貨二五枚は高すぎだろ!」

「まぁ、言ってみただけってのもある」

「なんだって!?」


 線のようだった目が初めて見開かれた。ちょっとびっくりだ。


「かぁーっ! 金貨一枚で良いって言っちまったよ!」

「言い直しても良いぞ」

「くぅ! いや、これも商売だ二言はない!」

「そうか? それじゃ金貨一枚で頂くぞ」

「か、代わりにあと何個かあれを分けてくれ!」

「そのくらいのお返しはお安いご用だ」

「よっし! それじゃ、生きて帰るんだよ!」


 戦うことが前提になっているが、まぁ良いか。俺もこのお祭りみたいな戦いを見てみたくなっていた。

 すっかり盛り上がっている周りとは裏腹に、テーブルを壊した二人の獣人族は未だにルイーゼに押さえ込まれたまま冷や汗を流していた。


明日か、明後日に続きを投稿します。


活動報告でも案内させて頂いておりますが、表紙が解禁となりました。

また、特典についてもご案内しておりますので、是非活動報告をご覧ください。

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