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愛剣の発注・前

本日二話投稿、一話目になります




 大森林の中に突然現れた湖は反対側が霞むほど巨大で、幾つかの孤島を持っていた。

 そんな巨大湖の畔にあるのが獣人族の領ヘリオンの領都ヘリオスだ。

 ヘリオン領は魔巣の森を抱える大森林地帯がそのまま領となっている。ある意味、領線が明確だといえよう。森が広がったらそれだけ領土を主張しそうだが、何十年、何百年という時の中ではそれほど重要ではないのかも知れない。


 昔エルドリア王国に住んでいた頃、魔巣の森に隣接する形で建てられた町に行ったことがある。その一〇倍近い規模を誇るここ領都ヘリオスは、森の中に建てられたというより森と融和した町といった方が正確だろう。そして、当然だがここに住む住民の殆どが獣人族だ。


 俺たちは短足馬のニコラと共に『カフェテリア二号店(仮)』を引いてこの町を訪れていた。目的は武器の製造依頼となる。


 領都ヘリオスの入り口には、俺の知識で言うところのベヒーモスの巨大な像があり、この町の守護神と言った雰囲気を醸し出していた。


「……凄いな」


 四人でしばし巨像を眺めて唖然としていた。堂々たる体躯と神秘性を帯びたその容姿は魔獣を越えて神獣と呼ばれるだけあった。

 ただ、対を成すように存在する台座にあるべき像がないのが気になった。


「隣の台座にはフェンリルの像が置かれていたの。今はヴィルヘルムの町の入り口にあるわ」

「そう言うことか」

「別に仲違いしたというわけじゃないのよ。時の占い師が、神獣が同じ場所にいるのは災いを呼ぶと言ったとかで、私の何代も前の祖先が像と共にヴィルヘルムに移ったの」


 マリオンが革で補強したつば付きのバンダナで、特徴的な赤い髪を隠しているのも、素性を知っている獣人族がいないとも限らないからだ。海路にて未だにここヘリオンとヴィルヘルムではやり取りが続いている以上、警戒は必要だろう。


 マリオンは故国では既に死んだことになっている。それはもう覆すことのできない事実としてヴィルヘルムの歴史に刻まれている訳で、それと引き替えに俺の側にいることを選択した結果でもある。


「神獣同士の喧嘩に巻き込まれたら堪ったものじゃないな」

「そうね。私たちはフェンリルの血統だと言い伝えられていて、それを誇りにしているけれど信憑性のない話ね。血の濃い王族でさえ似ているところがないわ」

「マリオンがフェンリルに似ていたら結婚できないかも知れないな」

「だから良いの、今のままで」

「マリオンがフェンリルでも、アキト様は一緒にいてくださると思いますよ」

「それでも、たとえ力を失ったとしても体を重ねられるだけ今の方が良いわ」

「なっ!?」


 マリオンのストレートな物言いは相変わらずだが、聞いているこちらが恥ずかしくなる。ルイーゼは特に気にしていないのか涼しい笑顔を見せるだけだった。


「何をしている、こっちだ」


 俺はゴリラ――じゃなくガドバの声に助けられ、その案内で町の中を進んでいく。

 周りには虎、熊、豹、猫、変わったところでは蜥蜴、鷲、蛇。獣人族と一括りにしているが、あらゆる種族が集まるここは多種族国家と言ってもいいだろう。


 町に入ってからの俺たちはあまりの光景に圧倒され、ただただ視線を巡らせるだけだ。ガドバはそんな俺たちの反応が珍しくないのか、特に何を言うことも無く中央通りと思われる場所を進んでいく。

 

 前に獣人領に入る時にも相手をしてくれたガドバは、今回も許可書を見せるか力を示せと言ってきた。力で押し通っても良いのか? と思ったが、今回もマリオンが許可書を差し出す。

 ガドバは少し不服そうな顔を見せたが、それは気にせず鍛冶ギルドに行くと伝えると案内してくれた。


「ここだ。問題を起こしたら俺の所に来い。相手をしてやる」

「……わ、わかった」


 ここは法ではなく物事を力で解決するのだろうか。


「それじゃ行くか」

「はい、アキト様」

「楽しみね」


 ルイーゼは何時ものワンピースにローブと言った旅装姿で、マリオンは麻のシャツに蒼いデニム調の生地を使ったパンツ姿だ。マリオンはそのまま俺の生まれた世界に行っても違和感がない感じだな。いつかの為に向こうで二人の服を用意しておかないとな。


 鍛冶ギルドは湖に隣接する場所にあった。ギルドの周りから聞こえてくる鉄を打つ音や炉の音を聞くに、火元をここに集めているかもしれない。

 ガドバに聞いてみたところ、火を扱えるのは水場の横だけと決まっているそうだ。森林火災でも起これば首都が消える可能性だってあるのだから納得できる話だな。


 俺は鍛冶屋の並ぶ通りの中でも、最も大きな建て屋に案内された。当たり前と言えば当たり前かも知れないが、鍛冶屋はギルドも含めて石造りの建物だった。流石に木造ではかえって危ないか。


「ここだ」


 ガドバは俺の仕事は終わったとばかりに帰っていく。言葉数は少ないし強面だが、性根は優しい男だと思う。


 俺はモモの手を引いて案内された鍛冶ギルドに入る。


「いらっしゃいにゃ」


 にゃ!

 俺の体の内なる異世界成分が高まる。


 そう高くはない受付カウンターのテーブルから、辛うじて鼻から上が覗くような感じで猫人族の子が話し掛けてきた。

 獣人族の年齢は見た目では判断が難しいと言われている。だからこの子もギルドの受付をするくらいだからそれなりの歳なのだろう。ぱっと見はモモと大差ないんだが。


「こら、ププリモ。仕事の邪魔だからそこに座っちゃ駄目って言っているでしょ」


 ププリモと呼ばれた受付の猫人族は、新たに現れたギルド職員らしい人兎族の女性に、それこそ首根っこを引っ捕まえるといった感じで摘まみ上げられ、そのまま背後に投げ捨てられる。

 俺が驚くより先に、ププリモは悲鳴を上げることもなく体を捻って音も立てずに着地した。


「おぉ!」

「あれくらいで着地に失敗する子はここにいないから」


 人兎族の女性が、俺の反応がおかしいとばかりにクスクスと笑って教えてくれた。


「私はハニウィル、当鍛冶ギルドの受付よ」

「アキトだ。それからルイーゼとマリオン。今日は仕事の依頼にきた」


 二人が挨拶をし、ハニウィルがそれに返す。頭を下げると長いうさ耳もお辞儀をしていた。なかなか見所がある。


 町を見回していて気が付いたが、獣人族の特徴なのか比較的露出度の高い服装が多い。動きを束縛されることを嫌うのだろうか。

 そして、ハニウィルも露出が多めの革製の服を着ていた。零れんばかりの胸と大きなお尻を惜しげもなく見せつけ、まるで肉体美を誇っている様にも思える姿に、俺はしばし見とれてから頷く。何に頷いたのかは自分でもわからない。きっと世の男なら頷くのだと思う。


 !?


 両サイドのルイーゼとマリオンがそっと俺の背中に手を当てて自分の存在をアピールしてくる。今までになかった傾向であり、喜ばしいことだろう。でも服の上からなのにその手から少し冷気を感じたのは良くないことだ。ここは話を進めることにした。


「それでは依頼の内容を伺いましょう」

「腕の良い鍛冶屋がいると聞いて、紹介してもらいに来た。その人に作って貰いたい物があるんだ。これが紹介状になる」


 俺はカイルから貰った紹介状を差し出す。ハニウィルはそれを受け取ると封蝋を確認してから封を開ける。そして二枚ほどの書状に目を通してから口を開いた。


「まずはティティル様の救出にご尽力頂いたこと、ギルドをあげて感謝いたします」

「偶然その場に出くわしただけだよ」

「その偶然があったからこうして無事に森へと帰ってこられたわけですから、十分感謝に値します」

「それじゃ感謝の印に腕の良い鍛冶屋を紹介してくれないか」

「もちろんです。カイル様には恩がありますのに、今回は私どもの力が及ばずお客人を守り切れませんでした。償いではありませんが最高の鍛冶屋をご紹介させて頂きます」

「守り切れなかった?」

「はい、水の巫女であられるティファナ様です」


 カイルが紹介状をくれた時、理由を問わずに受けてくれると言ったのは貸しがあったからか。あの時点ではティファナが死ぬことになるとは思っていない。それでも十分な程度には存在が大きかったのだろう。

 ティファナと交わした言葉は死に際の一言だが、その存在が俺の力になってくれるのは不思議なものだ。今まで関わりを避けてきた関係の中にもこうしたことは多かったのかもしれない。


「では私が案内しましょう」

「よろしく頼む」


 ◇


 ハニウィルに連れられてきたのは五つの炉を持っているという職人の鍛冶場だった。全ての炉に火が入っているようで熱気が凄く、ここで働く獣人たちも上半身裸で鉄を打っていた。

 働いているのはみんな虎人族だな。時たま撥ねる火花が肌に当たり熱そうに思えるが、そんなことは意に介さないようだ。


「凄い活気ね」

「そうだな……」


 マリオンが呆気に取られ、ルイーゼは言葉もないようだ。

 そんな俺たちの前にハニウィルが一人の獣人を連れてくる。


「アキト、彼が大陸一の鍛冶屋だよ」

「俺がここを仕切っているゴードンだ。大陸一と言っているのはこいつだけだが、そう言われるべく精進している」


 ゴードンは二メートルを超えるくらいの身長で、虎の頭に人の体を持つ大男だった。歳は想像も付かないが、その険しい獣の目で見つめてくる。というか、見定められているような。


「強い者は歓迎しよう」


 脳筋――もとい、もう種族特性とでも思った方が良いのだろう。


「門前払いじゃないようで一安心だ」

「鍛冶ギルドの直接の紹介だ、よっぽどじゃなければ断らん。それで俺に何を作って欲しい?」

「それじゃ確かに紹介したからね。良い取引を」

「ありがとう、助かったよ」

「どういたしまして」


 まるで手でも振るかのように耳をぴょこぴょこさせて去って行くハニウィルを見送った後、俺は素材をモモに出して貰う。


「こいつは……滅多に見られる物じゃないな」

「手に入れたは良いけど、加工できる鍛冶屋が見付からなくてずっと暖めてたさ」


 石灰色のそれはドラゴンの爪。かつてマリオンの住む島を蹂躙し、王国を破滅に追いやったドラゴンの爪だ。そのドラゴンはマリオンの率いる人狼族の手によって打ち倒されている。

 マリオンはその爪を見て何の反応も示さなかったが、その内なる魔力が熱く唸りを上げるのを俺は捕らえていた。


「俺の所に持って来たのは正解だ。こいつを加工するには精錬魔法が必要だからな」

「そう言えば精錬魔法は使えるのか?」


 獣人族は強靱な肉体を持つが、魔法特性は低く殆ど使えないと聞いていた。代わりに『身体強化』(ストレングス・ボディ)に似た独自の技を身に付けている。


「当然雇っているさ」

「それなら話が早い。精錬済みのを持ってこいと言われたらどうしようかと思っていた」


 ゴードンはドラゴンの爪を手に取ると、光を当てていろいろな角度から見たり、時折知らない魔法具を使ったりしながら調べ上げていく。その慎重なまなざしを見て、俺もなんとなく緊張していた。


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