気が付いたら色々と
リゼットに二人との結婚を伝え、少し離れすぎていたリゼットとの距離を縮めた。
異世界転移魔法――その高度な魔法をもって俺をこの世界に召喚した少女は、今まで一人で生きてきたが、これからはその距離を少しずつでも縮めていきたいと思う。
そのリゼットが二対二組の青く光る魔石を俺に差し出してきた。
「これは念波転送石だよな?」
「そうですね。それをルイーゼとマリオンに差し上げてください」
全ての始まりはこの魔石が俺の元に届いたことから始まった。世界線を越えて意識を伝え合うことのできるこの魔石を使い、俺はこの世界について様々なことをリゼットから訊いた。その内容が増えれば増えるほどこの世界を求めるようになったのも、今は懐かしい思い出だ。
そしてリゼットの命に関わる問題が発生し、俺はリゼットを助ける為、そしてこの世界に来る為、危険を告げるリゼットに異世界転移魔法を強要した。
結果は酷いものだった。助けるどころか自分が生きていくこともままならず、やっとのことでリゼットと出会った時には自分で問題を解決していたのだから。勇み足も良いところだ。
だが、リゼットは今も俺を危険に巻き込んだと自分を責めていた。
「波長が合わないルイーゼやマリオンとは使えなかったはずだが」
「調べていてわかったことですが、波長が合わないのであれば波長を合わせれば良いのです。アキト、貴方ならルイーゼやマリオンの持つ魔力を明確に感じ取れるでしょう。念波転送石を通してその魔力を探ってください。アキトにならできます」
「それは高く買って貰ったようで、できなかったら恥ずかしいな」
「私は見る目に自信がある方ですよ」
「それじゃ良い知らせを待っていてくれ」
俺は念波転送石を受け取る。
これがあれば距離が離れていてもルイーゼやマリオンと会話をすることができる。元の世界では当たり前のことがようやく可能となるのだから、この世界の魔法もなかなか万能とは言え――
「リゼット! 今、凄いことに気が付いたんだが!」
「そうですね、可能でしょう」
「!?」
「ア、アキト!?」
俺は立ち上がると、椅子に座るリゼットを抱き寄せ、部屋の中をぐるぐると回る。
まさに踊り出したい気分を体現していた。
「凄いぞリゼット! 天才だ!」
「わ、わかりましたから放してください。目が回ってきました!」
「あ、あぁ。すまない、つい喜びを分かち合いたくなった」
俺はふらつくリゼットを椅子に座らせる。
リゼットは背を向けると少し乱れた髪と服を直し、息を整えて弱々しく息を吐くと、流し目で警戒していた。
どうやら色々とダメージを与えてしまったようだ。
「アキトの喜びはわかりますが、私はルイーゼやマリオンのように体を鍛えてはいないのです。後生ですから気を付けてくださいませ」
「承知した」
でも、俺が興奮したのも仕方がないだろう。なぜならルイーゼとマリオンも異世界転移魔法により、世界線を越えて俺の生まれた世界に行くことができると言うことなのだから。
つまり念波転送石で二人と意識を繋いだ状態で異世界転移魔法を使えば良い。そうすると二人の中にも魔法陣が構築され、無意識下で魔法を発動できる。そして異世界転移魔法と原理は同じなので、『空間転移』でも肉体的な接触なしで飛べることも示していた。
残念ながら他の魔法には応用できないようだが、リゼットは研究を続けるというので、時が解決してくれるかも知れない。
それでも、緊急時に逃げる時に、今まではどうしても敵から気を逸らさなければいけなかったことに比べれば、更に安全度が増したと言えよう。
そして、二人を俺の生まれた世界にと思っていたことが、既に実現できるところまで来ていた。その喜びを消化する為に、リゼットに警戒されるだけの価値はあった。
俺はケット・シーの入れ直してくれたコーヒーを飲み、心を落ち着かせる。
「リゼットは最高の魔術師だな!」
「褒めてくださっても、これ以上は何もありませんからね!」
リゼットは精霊魔法の適性こそないものの、召喚魔法に関しては天才と言っても過言じゃないほどの使い手だ。そこに古代魔法を組み合わせた異世界転移魔法は、リゼットのオリジナル魔法でもある。
「アキトのおかげです。こうして好きな研究を続けられることも、その為の環境をくださったことも。感謝しきれません」
「俺だってこうして色々と欲しい魔法を用意して貰っているんだ、十分感謝しているさ。それについてはお互い様ってことにしておこうぜ」
「では遠慮なく」
リゼットがようやく警戒を解いて小さな微笑みを見せてくれた。
お金で片付く問題であればことは簡単だ。俺にできる手段でお金を稼ぎ、問題を解決できる人に頼めば良いのだから。ギブ・アンド・テイクで何も問題ない。遠慮なんか初めから必要ないんだ。
「あと一つですね」
「そうだな、そっちは無理でも良いかと思っているんだが約束したからな」
リゼットに頼んでいるもう一つとは、魔封印の呪いを解く為に必要な魔法具を調べ、直接魔封印を解く能力を探し出すことだ。
どういう原理なのか、魔封印の呪いを解いておかないと世界線を越える際に物凄い痛みが襲ってくる。その痛みは気を失うことさえ許されず、それが為に気が狂いそうになるほどだ。
俺も何度か味わったが、体中が痛覚となり、まるで細胞が触れ合うだけで痛みを産み出すのあの感覚は、もう二度と味わいたくない。おかげで痛みに対して大分強くはなったし、それに助けられてもいるが。
そして妹をこの世界に連れてくるという約束を叶える上で残された課題だ。流石にあの痛みに妹が耐えられるとは思っていない。
もし魔封印の呪いの原理がわかれば、この痛みを無くすことができるかもしれない。それが無理なら妹も諦めてくれるだろう。
ただ、このことは極秘に進める必要があった。なぜなら魔封印の呪いを解く魔法具は高価な為に市井には余り出回っていない。そこに魔法なり技能で魔封印を解くことができると伝われば、まずは戦いを生業とする冒険者や傭兵が飛びつくだろう。その結果パワーバランスが大きく変わることは明白だった。
これが料理や生活道具というなら話も変わるが、良い未来だけとは思えないことを公にする気はない。既に存在する『身体強化』を教え広めるのとは訳が違う。
力を得て、力を使えば、より大きな反動が起こる。身をもって知ったことで、俺に責任が持てるのは身内だけだ。赤の他人のことまでは責任が持てない以上、手出し無用だ。
「そうだ、大切なことを忘れるところだった。この世界に結婚指輪という習慣はあるのか?」
「結婚指輪というわけではありませんが、アクセサリーを贈る習慣はありますね。丁度良いので、先程の魔石をイヤリングかネックレスとして加工するのは如何でしょうか」
この世界で青い輝きを放つ念波転送石は、高価なアクセサリーとして使われていた。実は非常に便利なこの魔石も波長が合わない者同士では通じず、しかも通じるのは数十メートルといった程度だった。戦いにおいてはそれも有効だが、限定的すぎて実用性が無いと思われている。
念波転送石は、実は古代文明の遺物だ。これが運用されていた時代は電波塔のような物があったのだろうと言われている。それが稼働していないこの世界では本来の用途よりアクセサリーとして使われるのが主用途になっている。
この原理だと、当然俺とリゼットも意識を通じることはできなかったはずだが、世界線を越えるのは物理的な距離とみられないようで、元の世界を衛星のように経由して使っているのが俺とリゼットになる。
この方法だとどれだけ離れていても距離はゼロに等しい為、意識を通じることができた。もちろん、そんなことができるのは、異世界を経由できる俺たちだけだが。
「確かに良いアイディアだ。綺麗なだけじゃなく用途としても喜んでくれると思う」
「特別な物はそれくらいですね。私の方からも三人の門出に贈り物をさせて頂きます。ドレスが良いでしょうか。夜会の時の物でも十分かと思いますが、折角ですから新しい物を用意しましょう」
「それじゃデザインは俺が考えても良いか」
「もちろんですが、アキトは自分の考えたもので二人を飾りたいのですね」
「そう言われるとなんとなく誤解があるような気がするな」
「誤解でしょうか?」
「違うとは言わないが、自分の物みたいに扱うような感じか」
「物というとニュアンスが違いますけれど、アキトのと言うことでしたら望んで止まないと思います」
そう言われると、俺も二人に求められるのは幸せだと思うし、そうありたいと思うから悪いことじゃない気がしてきた。
「それじゃ、まぁ、そう言うことで」
「後で内容を詰めましょう」
取り敢えず報告も済んで、必要な物も纏まった。後は……お金だけだな。審判の塔に籠もって素材を売るのが手っ取り早いか。四〇層の守護獣は黒曜剣で間に合うと思うが、五〇層には新しい武器を用意したい。
素材を売るというなら人類未踏の五〇層素材が良いだろう。初物だけに値段もプレミアム価格に違いない。
「アキト。彼女もそろそろ息抜きが必要な頃合いですよ」
「それじゃ四〇層はともかく、五〇層に挑戦する時は力を借りよう。成長を楽しみにしていると伝えてくれ」
「わかりました。私も準備しておきましょう」
リゼットに続き、昔の仲間がまた一人。少しずつ失われた時間が戻って来るようで嬉しくなる。
「それじゃさっさと四〇層を攻略して、下準備を整えてくる」
「アキトの戦いを直接見るのは久しぶりですね。楽しみにしています」
「期待に添えるよう努力するさ」
俺はお茶のお礼を伝え『空間転移』を唱える。目指すは二人の待つ場所だ。
明日一話か二話、推敲が終わったところで投稿致します。
校正は終わったのですが、その他にも色々と書籍化に伴う作業が立て込んでおりまして、年末年始の更新は止まると思います。
楽しみにしてくださる方々には申し訳ありませんが、今後ともよろしくお願いいたします。