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現状の整理と目標

本日二話目です。




 俺たちは改めて席を勧められ、対面に着く。

 御側付きと思われる女性が五人分の紅茶を用意し、席を外す。カイルとロンドル子爵がそれを口にし、俺たちも一口頂いたところで本題だ。


「まず現状の報告をしよう。

 今朝方斥候の持ち帰った情報によれば、軍を出してきたのは北のヴェルガル領と北東のトルキア領とわかった。だが両軍とも領境を越えることなく、ヴェルガル軍は自領を西に向かい、トルキア軍は背後からヘリオン戦士団の攻撃を受け現在は自領の奥へと下がっている」

「取り敢えず戦争になるような危機は去ったと言うことで宜しいですか」

「ヴェルガル軍の動きは警戒を続ける必要はあるが、トルキア軍と足並みを揃えた様子を見るに、直ぐに動くことはないと見ている。そしてトルキア軍もまたヘリオン戦士団を無視して進むことはできなくなったと言えよう。何にせよこれで時間が稼げる」


 時間が稼げるという言葉から未だ危険は残ったままと取れるが、まずはここが戦場にならなかったことを喜ぼう。

 続けて今度は俺の報告だ。シルヴィアを討ち取ったこと、ベルディナードが現れて残していった言葉、そして討ち漏らしたこと。自分では重要と思えないことも伝えておく。


「死体は残らなかったようだが、シルヴィアを倒したと言うことで間違いないな」

「はい、間違いありません」

「そしてベルディナードが現れた」

「はい、シルヴィアはそう呼び掛けていました」


 俺の答えを聞き、カイルは腕を組みしばし目を閉じていたが、考えは纏まったようだ。


「ベルディナードは長らく私が敵対していた男で枢機卿の一人だ。奴が前教皇に売り渡した古代文明の遺物(アーティファクト)と思われる『支配の王杯』。あれが恐らく隷属魔法の発動体だろう。だとすれば今は教皇の座を引き継いだゼギウスが手にしていると考えられる」


 そう言えば教皇の名前は知らなかったな。

 領都シャルルロアで参加した夜会の場で、ルイーゼを強引に誘っていた男も教会関係者で、ガーゴイルの襲撃を受けて怪我をした人々に『神聖魔法』(アルテアの奇跡)を使った時、忌々しいとばかりに見ていたのも枢機卿だ。

 この国に教会の色が強いからなのか、身の回りに教会関係者が増えてきたな。


「もし他に隷属魔法を受けた人がいれば、指示を出せるのも教皇ゼギウスでしょうか?」

「残念ながら確定はできないが、少なくても『支配の王杯』を持つ者にはできるだろう」

「ベルディナードはルイーゼが生きていれば世界を敵に回すと言いました。それが示すことが何かわかりませんか?」


 ルイーゼが不安な様子を見せる。現時点で俺が最も優先すべきことはルイーゼの不安を解くことだ。その為に力が必要だというなら全力を尽くすし、権力が必要だというなら貴族にでも英雄にでも成ってやる。


「それだけでは難しいな。ルイーゼの天恵は味方にと思われこそ、敵対するものではない。シルヴィアの暗殺対象として上がっていたのは三人。セシリアにルイーゼ、そしてヘリオン領のティファナ……共通点は全員が天恵を授かっていることか」


 俺の腕の中で息を引き取った少女。あの子も天恵を授かる子供だったのか。


「ティファナのことはご存じなのですか?」

「彼女は私が獣人領ヘリオンの領主であるヴァン・ヴァルに紹介した者だ。彼女の天恵は水の精霊を召喚する能力であり、森の守り人として期待されていた」


 精霊を召喚出来るのだから、普通の子に比べれば確かに強いのだろう。だけどなぜ戦いの場にと思ってしまう。


「戦うためではない。森を守る為にだ。森の中で戦うヘリオンの戦士団を相手に勝てる兵を持つ領は無く、国を挙げても正攻法では難しいだろう。それ故に先の戦いにおいてヘリオン領を下したのは火攻めによるものだ」


 森の中で戦うから負けるのであって、森が無ければ戦いようがあると言うことか。

 火から森を守ることがティファナの天恵に求められていたことで、戦いそのものが本質ではなかったのだろう。

 だけど、ティファナは死んだ。あの日、俺の腕の中で息を引き取った少女を思い出す。俺に全ては守れない。それでも守れなかった悔しさはある。


 だけどいくら国教とは言え、今一度森を焼いて獣人族を追い立ててまで布教することか?


「納得がいかないと言った顔だな」

「顔に出ていましたか」

「隠す気もないようだ、子供でもわかるだろう」


 いや、ポーカーフェイスでいたつもりだが?

 俺ももう子供とも言えない歳だ。多少は気持ちを殺し、表情を押さえるくらいは造作もない。


「奴等の目的は戦力の強化にある」

「……戦闘奴隷ですか」

「そうだ、忘れていなかったようだな。

 トルキア領は人間至上主義であり獣人族は鎖に繋がれるべき獣だと今でも考えている。そして獣人族の力は強力だ、先兵として振るうにこれ以上はないだろう」

「誰を相手にしての先兵かは明白ですか」


 獣人族の領ヘリオンとシャルルロア領が手を組む動きは既に伝わっていたのだろう。軍を動かす以上、奴隷制度の廃止を掲げるシャルルロア領もろとも一気に片を付けてくる可能性が高い。


「国としては動けないのですか?」

「この国において宗教の絡む問題は複雑だ。領主が国王派だからと言って簡単に国が動くことはできぬ。小さな火種をあちこちに抱えている状態だからな」


 ここセルリアーナ大陸の東には今でこそ神聖エリンハイム王国だけが存在するが、かつては七つの国が存在していた。それが統一国家になる際、内なる敵となったのが神聖エリンハイム教の教徒だ。

 それが国教となった今は更に信徒が増え、今でも奴隷解放を名目として各地に信徒を送り続けている。一人一人は兵士と比べて取るに足りない戦力だろう。だが、その兵士や兵士の家族の中にも教徒がいると考えれば、迂闊に動けないのは納得できる。


「戦いは避けられないのですね」


 この地で教会と敵対するというのは愚策じゃないだろうか……既に敵対している俺が言うことでもないが。

 シルヴィアはセシリアの隷属魔法が解かれたことを何かで知ってやって来た。ベルディナードの話す内容からもそれは(うかが)える。であればベルディナードの枢機卿という立場が示すように、俺はもう教会と敵対している。


 トルキア領に続き教会を敵に回す。なんでこんなことになった?

 強い力は強い反発を生む。俺のすることがそれだけ大きな反発を産み出すくらいになっていると言うことなのかも知れない。

 強さを求めたのは俺だ。だけど強くなれば敵が増えるでは意味がないな……。


「ベルディナードの拠点はトルキア領だ。奴は奴隷商で財を成し、それを持って北の迷宮攻略に挑み、古代文明の遺物(アーティファクト)を前教皇の元にもたらした。そして現教皇の出身地もトルキア領になる。

 アキトたちを戦力と見れば頼もしい限りだが、領民になったばかりでは命を掛けるだけの思いもまだないはずだ。ここを出てトルキア領から離れれば静かに暮らせる場所もあるだろう」

「私たちは一度、色々と面倒事を抱えて逃げてきました。もし手に負えない何かが起これば、また逃げるのも構わないと思っています。ですが、その度に知り合った人たちをその場に残して私たちだけが助かるのは、心が持ちそうにありません」


 共に死地を渡り歩いた友を残し、俺を助けてくれた人々に借りも返せない。そんなことを繰り返していたら、いつか俺たちの周りには誰もいなくなってしまう。


「では共に戦うか?」

「軍人にはなりませんが」

「良いだろう。必要であれば個人的に依頼を出す。断るのは自由だ」

「それであれば構いません」


 強制されるのはお断りだが、避けられないのなら足掻くしかないだろう。

 ならば、さっさと立場を固めるとするか。まずは審判の塔で守護獣を打ち破り英雄とでも呼ばれてみるか。


「話は変わるが、アキトたちが破壊した屋敷についてだ。ロンドル子爵より修復に掛かる費用の概算が出ている」

「今回の修復に掛かるのは金貨三五枚。あの部屋は家具が少ないのでこの程度ですんだが、部屋が違えば一〇倍は掛かっただろう」


 うげっ!

 ロンドル子爵の言葉に、思わず呻く。金貨五枚あれば俺たち三人が一年は過ごせる金額だ。手持ちじゃまったく足りないぞ。


「もちろん私の方で出しておくが、できればもう少しスマートにことを運んでくれると助かる」

「考慮します……」


 冷や汗を垂らす俺にカイルの助けが入る。

 両脇から俺の袖を掴んだルイーゼとマリオンも、ホッと一息と言ったところか。


 シルヴィアを倒す為に自重しなかったとは言え、周りへの被害が大きいのは気が付いていた。それでも最悪お金で方が付く話だったのであの場ではあまり考えないようにしていたが、実際には手に負えない金額だった。

 まぁ、お貴族様の屋敷を一部破壊したのだから仕方がないだろう。


「それとは別にティティルの護衛依頼とセシリアへの尽力に対し金貨五枚を支払う」

「貰いすぎかと思いますが?」

「少ないくらいだ。本来ならシルヴィアを討った報奨を与えるところだが、それは領都に戻ってからにしよう。これは先の件と私からの前祝いも含んでいる。二人に必要なものを用意するといい」


 そう言ってカイルは小袋に入った硬貨を差し出してくる。

 正直助かる。


「ありがとうございます。ありがたく使わせて頂きます」

「私の方からは客人を守ってくれた代わりに式の用意をするとしよう。日取りさえ教えてくれれば調整する。場所は領都の館で良いか?」


 ロンドル子爵の言葉から気が付かなかったことを思い出す。

 そうだよな、結婚といえば結婚式だよな……何をしたら良いかまったくわからないからしてくれるというなら大変助かる。


「はい、よろしくお願いいたします」


 こうして一ヶ月後に結婚式を挙げることになった。終始押し黙ったままのルイーゼとマリオンだったが、この時ばかりは溢れるばかりの嬉しさを笑顔にお礼を言う。


 もう少しぱっぱと始まるかと思ったが、思ったより準備期間が必要なんだな。それでも元の世界じゃもっと掛かっていたと思えば、これでも早いほうか。

 まぁ、決まったなら話は早い。あと一ヶ月の間にできるだけ名をあげて、二人に少しでも多くの祝福が訪れるように努力しようじゃないか。

 俺に出来る最大の贈り物は幸せでいっぱいな結婚式に決まっている。





二回目の校正に入ります。

分量が少なかったら、明日もう一話投稿したいと思います。

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