イーストロアの激闘・後
「何がおかしい!」
「本当に何も知らないか。いいだろう。計画の邪魔になるかと思い始末するつもりだったが、その覚悟を見せてみるがいい。
教会が何故力を欲しているか、貴様が全てを知った時、自らの手でその女を殺すのを見るのも一興」
俺がルイーゼやセシリアを殺す!?
「そんな未来はない!」
ルイーゼに向けた剣には殺意が籠もっていた。
沸き起こる怒りを魔力制御で抑え込む。
傲慢でも良い、敵対するというなら力でねじ伏せるまでだ!
『能力解放』!!
圧縮された魔力の解放と共に活性化した魔力が体内を駆け抜けると、一瞬視界の中を虹色の光が走る。
『身体強化』!!
濃密な魔力の後押しを受けて体中の筋肉がかつてないほどの力を生み出し、ただ体から溢れるだけだった魔力が物理的な抵抗持つ魔闘気へと変わる。
『自己治癒』!!
負荷に耐えきれず筋断裂を起こす体を、強力な癒やしの力が何事もなかったかのように癒やしていく。
体中が悲鳴を上げ、それを無理矢理押さえつける。魔力が尽きれば途端に動けなくなることを考えれば使いたくないが、保険と言っていられる状況でもなさそうだ。
「ほう。シルヴィアが二度も仕留め損なうだけあるようだ。まさか魔人の子とはな」
ベルディナードは背中からマントに隠れていた盾を取り、剣を構える。
その装備は『魔力感知』が示す限り一級品だ。やや緑を帯びた剣は紛れもなく魔剣を示す強力な魔力を内包していた。そして赤い重板金鎧はまるでロボットかと思うような重厚さを持ちながら、何かしらの魔法効果なのか纏うベルディナードは重さを感じさせない。構える盾も同じ素材のようで、しっかりとした厚みのある作りながら軽々しく扱う様子は、力による物ではなく明らかに見た目より軽い物だと示していた。
「手を引くなら見逃すつもりだったが、その気はないようだな」
「ルイーゼとセシリアに何の秘密がある!?」
「その女の血を追えばわかることだ」
ルイーゼの血? 血縁のことか?
ベルディナードの背後ではルイーゼが鉄壁の守りでシルヴィアにプレッシャーを掛け、マリオンが休みなく攻撃を仕掛けていた。流石のシルヴィアも片腕では余裕がある様には見えない。俺がベルディナードを引きつけていれば二人がシルヴィアを討つだろう。
「その先は自分で見いだせ!」
「!?」
顔に向かって突き出された剣を左に躱すが右の頬が裂ける。
だが強化された五感もあり、反応出来ないほどじゃない!
俺は顔を逸らした勢いのままカウンター気味に、黒曜剣をベルディナードの顔に向かって突き出す。強化された肉体から放たれる強烈な突きは、同じくベルディナードの右頬を裂いただけに留まる。腕同士が絡むようにぶつかり合い、軌道が逸れていた。
俺は続けてその腕を巻き込むように取り、関節を決めて折りに入る。それに対してベルディナードは転がって逃れると、その勢いで直ぐに立ち上がった。
「貴様!」
俺は総合格闘技を習っていたからとっさに取った行動だったが、そんな技の存在しない世界に住むベルディナードが、瞬時の判断で逃れたことに感心していた。格闘技なんかないと思っていたが、あるというならこの世界も広いじゃないか。
「お前が元凶の一人だというなら、ここで終わらせてもらう!」
間合いは空いたが打つ手はいくらでもある。『魔斬』はベルディナードの纏う鎧に傷を付けることは出来なかったが、その衝撃は確かに伝えていた。
『魔斬』が効かないというなら、その体に直接『魔槍』を打ち込めばいい!
「ベルディナード様!」
ゾッとする気配に思わず視線をシルヴィアに移してしまう。視界に映ったのは黒く染まった目と、露出の多い肌を這い巡る黒い血管だった。
「闇の血!?
ルイーゼ、マリオン! その攻撃を受けるな!!」
「舐められたものだな」
「ぐはっ!」
左肩から右の脇腹に掛けて、熱く激しい痛みが走る。
視線を戻せば、剣を振り切ったベルディナードが、剣を構え直すところだった。
魔力で強化された甲殻素材の鎧が斜めに切り裂かれ、波打つ鼓動と共に血が流れ出る。
『自己治癒』が膨大な魔力でルイーゼの『自動再生』に匹敵する回復力を見せるが、流石に瞬時に回復とは言えなかった。
「流石に硬い。だが何度耐えられるか!」
「アキト様!!」
「アキトっ!!」
「シルヴィアから目を離すな!!」
俺の助けに入ろうと動く素振りを見せた二人を制する。
シルヴィアは背を見せて良いほど弱い相手じゃない。
そしてこれは二人を信じ切れずにベルディナードから視線を外した俺の責任だ。
俺は距離を取る為に『魔弾』を放つ。左腕の動作を伴わない予備動作無しの『魔弾』だ。だが、ベルディナードはそれを初見で躱す。
魔力が見えるのか!?
だったら全部躱して見ろ!!
今度は『魔弾』の飽和攻撃で一気に間合いを離す。ベルディナードは盾でそれを防ぐが、足下をすくう『魔弾』までは反応出来ず、膝を落とす。
そこで俺はようやく傷の状態確認をする。傷はとても浅いとは言えなかったが、覚悟していたほどのダメージでもなかった。魔闘気の効果なのか『自己治癒』によるものか、痛みさえ無視すれば体は動く……何処の超人だよ。
「俺は大丈夫だ、心配ない!」
それでも、心臓の鼓動に合わせて沸き起こる激痛は、まるで俺の油断を叱責するようだ。
「魔人の子いえど、まさかカイル以外にこれだけの力を以てしても仕留めきれない者がいるとわな」
「言っておくが俺は魔人じゃない」
「それだけの魔力を力として扱えるものが魔人でなくてなんだというのだ」
「さぁな。練習すればあんたにも出来るんじゃないか」
俺は会話の終わりを告げる代わりに黒曜剣を構えて斬り込む。ベルディナードに主導権を与えるのは不味い。俺がベルディナードの戦い方や能力がわからないように、ベルディナードもまた俺の戦い方は知らない。
だったら先手を取り一撃で仕留めてやる!
スピードを優先した単純に振った剣はベルディナードの剣によって弾かれる。次いでフェイントに左手から『魔弾』を放ち、俺の姿が死角になるように盾を誘導する。そして黒曜剣を囮に気を逸らしたところで、渾身の左フックが盾を打つと同時に――
「『魔槍』!!」
細く鋭くと収束された魔力はベルディナードの持つ盾の防御を上回り、その重厚な鎧越しに確かな衝撃として心臓を打つ。
「ぐっ!」
「ベルディナード様! お前らじゃまだっ!!」
追撃の態勢に入ろうとした俺に向かって五本の鎖ナイフが伸びてくる。絶妙なサポートのタイミングは舌を巻くほどだ。
俺は『魔盾』を五つ展開し、その全てを弾き落とす。
「ふざけるな!! なんだよそれ――ぎゃ!!」
だがルイーゼとマリオンを相手にして背を見せるは愚策だったな。
無理な体勢から鎖ナイフを投げつけたシルヴィアの、伸びた左腕をマリオンの振るう魔剣ヴェスパが断ち切る。さらに、ルイーゼの聖鎚がシルヴィアの脇腹に食い込んでいた。
あばらを折り肉に食い込む生々しい音と共にシルヴィアが崩れ落ちる。闇の蝙蝠へと姿を変えるのにも制約があるのか、シルヴィアは血を吐き散らしてのたうち回るだけで、それが誘いの演技という感じでも無かった。
シルヴィアの目から闇の色が薄れて徐々に黄金色の瞳へと変わり、それに合わせて体を這いめぐる黒い血管も消えていく。
ルイーゼとマリオンは止めを急ぐより、慎重に様子を窺うことを選択したようだ。
「退くぞシルヴィア!」
「――!!」
シルヴィアが闇の蝙蝠へと姿を変え、ベルディナードの元へと向かう。マリオンがその影に向かって魔剣ヴェスパを投げるが、それは空を切るだけだった。
ベルディナードの左腕に強力な魔力反応が現れ輝きを放つ。
何の光だ!?
「負けは認めよう。後はゆっくりと見させてもらう」
「転移魔法か!?」
手の内がわからないからどうしても後手に回る!
とっさに『魔弾』を撃ち込むが、強化された状態とは言えあの防具を越えて確かなダメージを与えるのは無理だった。どちらにせよ、あれが魔道具なら詠唱の必要はないから止めることは不可能だ。
シルヴィアが実体化し、転移魔法が発動するかという寸前。風を切ると音ともに赤みを帯びた短剣がシルヴィアの頭部に後から突き刺さった。もう一本の魔剣ヴェスパと引き合うように戻ってきた二刀一対の片割れだ。
金色の目から光を失い前のめりに倒れていくシルヴィアをベルディナードが支え、そのまま転移していく。
シルヴィアに止めを刺した魔剣ヴェスパは、どういった原理なのか転移に巻き込まれることはなく、床に落ちて高い金属音を立てる。
シルヴィアは死んだ。魔力を持つ者の魂が潰えた時に放たれる事象変化を俺は感じ取っていた。
だがベルディナードは逃した。あと一歩を詰め切れない自分の未熟さが未来の不安を生む。
「アキト様、血が……」
噛みしめた口の中で、苦みを伴う血の味がした。
ルイーゼとマリオンはしっかりとその役目を果たした。だが俺はどうだ……
「大丈夫だ――」
「アキト様!」
「アキトっ!」
魔力不足からくる意識の喪失。俺は抗うことが出来ず倒れ行く中で、駆け寄る二人の姿を捕らえていた。
明日、もう一話投稿したいと思います。
カバーイラストが仕上がりました。
景様渾身の作品は大変素晴らしい出来となっております。
是非、活動報告をご確認ください。