変動の足音・後
本日二話目です。ご注意を。
色々なことが俺を起点として起き始めている。
シルヴィアのことから始まった少女の死とセシリアの暗殺計画。セシリアの隷属魔法を解除したことが切っ掛けで戦争が起きそうなこと。自分の行動を辿れば、英雄と呼ばれたデナードからカイルを守ったことも、トルキアそしてその背後にいる教会からすれば、問題の中心に俺がいることになる。
そんなつもりはなかったなどと言ったところで事実は変わりない。
誰かの為にと思って取った行動も、大勢から見れば俺が原因となるだろう。
「俺が戦争の引き金を引くのか……」
「アキト、人ひとりの力で歴史を動かすことは出来ない。動くとすればそれは多くの者が心を動かされた時だ。それともアキトには歴史を動かすほどの力があるというのか?」
「……そんな力は持ち合わせていません」
「ならば成るべくして成ったのだと受け入れろ。そうでなければ人の上に立つことなど出来ない。人数の大小ではないとわかるな?」
ルイーゼやマリオン、そしてモモのことを言っているのだろう。三人は俺を慕い、何処までも付いてきてくれる。三人にとって俺は少なくても認められている。今はそれで良い、その他大勢はいらない。
無性に三人を抱きしめたくなった。三人の存在に救われる。
いつの間にか俯いていた俺の視界にモモが現れた。じっと心配そうに覗き込んでくる表情は暗い。何か今日は一日中モモに心配を掛けさせているな。
俺はモモを抱き寄せて、その頭を撫でる。何時ものように魔力を分け与え、俺は元気だと伝える。それに答えてモモは無理に笑顔を作る。お互い演技が下手でバレバレだったが、そんなモモの気持ちも嬉しかった。
「アキト様……」
「アキト……」
気落ちした俺に心配するのは二人も一緒だ。思えば俺が元気ならみんな元気だ。俺が落ち込めばみんな落ち込む。そんな関係じゃないか。こんな表情をさせているのが俺だとなれば、俺のすべきことは一つだ。
どうせ正しい答えなんかわからない。正しく導いてくれる人がいるわけでもない。
自分の取った行動の結果を受け入れ、それでも自分が正しいと思う生き方をするだけだ。
もしそれが間違っているというなら、誰かが正しく裁いてくれるだろう。それでも俺は自分が正しいと思うなら足掻き続ける。
「ルイーゼ、マリオン。もう大丈夫だ。さっさと片付けて、しばらく三人で羽を伸ばそう」
「はい、アキト様」
「そうね、さっさと終わらせるわ」
二人を抱き寄せ、約束を交わす。二人の息遣いと鼓動を感じると、自然と俺の心も穏やかになった。
「えぇ、こほん! 目の毒なのでそう言うのは見えないところでして欲しいな」
テレサには目の毒だったようだ。俺には目の保養なのだが。
カイルからも小さく「ふっ」と笑う声が聞こえた。
「もちろんただの挑発行為と言うことも考えられるが、こちらの動きに気付いたとも考えられる」
カイルの言うこちらの動きとは獣人族との同盟のことだ。いずれこの国を分ける戦が起こるとカイルは考えている。今はその時の為に南で地固めをしている最中だ。
カイルはシュレイツ公爵代理と言うだけあり、王族との血の繋がりも濃い王族派だ。だから向かってくるのは王命を受けた者じゃない可能性が高い。おそらく教皇派になるのだろう。いずれにせよ政治的な話など、俺の手に余る。だから今出来ることとすれば――
「宜しければ私たちがセシリア様の護衛に付きたいと思います」
「……今はその言葉に甘えさせてもらおう。アキトたちが守ってくれるのであればこれ以上望むべくもない」
「最善を尽くしますが、シルヴィアには一度負けています。セシリア様を避難させて頂きたく思います」
俺が負けたと言う言葉を受けてカイルの目が僅かに見開かれるが、直ぐに「わかった」と返ってくる。
「シルヴィアは魔力を感知して相手を探す術を持っていると思われます。偽装の為にセシリア様の魔力を少し分けて頂きたいのですが」
「その様なことが可能なのかとは愚問か。セシリアには伝えよう。テレサ、伝言と例の場所へセシリアを頼む」
「わかりました」
テレサは何かを言いかけ、それでも命令に従う。戦いを前に護衛対象から離れるのは辛いだろう。だけどそれだけカイルにとってテレサは信頼出来る相手でもあると言うことだ。
俺も何かあればルイーゼやマリオンを頼りにするのだから、カイルと変わらない。
◇
「魔力をですか?」
不思議そうな顔でセシリアが聞き返してくる。まぁ、当然だな。
まだ体力が回復していないためか、動きが弱々しくベッドから体を起こしているだけでも疲れるのだろう。部屋付きの侍女が背中を支えるようにして側に付いていた。
「セシリア様の魔力を分けて頂き、この魔石に移します。それを囮としてシルヴィアを誘い出し、俺たちが倒します」
「隠れているだけでは駄目なのでしょうか?」
「次にいつ襲ってくるかわからない状況では気も休まらないでしょう。倒すならこの機会を逃す訳にはいきません」
「殺す……のですか?」
「その為に来ました」
セシリアの顔に恐れと忌避、そして少しだけ怒りが見えた。だけどその反応が普通だろう。
いつの間にか直接的ではなくても人を殺すと口にすることに何も思わなくなっていた。だからセシリアの反応こそが正しい。それが自分の為だからと言われても困惑するのは仕方がないことだ。
俺だって、俺の為にとルイーゼやマリオンが人を殺すのは嬉しいことじゃない。そこまでしてくれることは素直に嬉しいが。
「ごめんなさい。アキトさんがそうされるのも私の為ですのに……」
「理解は難しいでしょう。セシリア様の考えが間違っているわけではないのですから」
出来れば殺したくない、穏便に済ませたい。そんな普通のことが間違っているわけがない。ただ、そうは思わない存在もあるだけだ。
これは俺の我が儘だ。セシリアがシルヴィアに殺されるという事実を背負うのが嫌だからすることで、俺なりの懺悔でもある。誰かを殺す代わりに、救える誰かを救う。ただの自己満足に理解を示せとは言えない。
そんな戦いにルイーゼとマリオンを巻き込むのかと悩んだこともあったが、それでも一緒に戦うと言ってくれた二人を俺は裏切れない。
まぁ、俺が二人を大切に思う気持ちと二人が俺を大切に思ってくれる気持ちが、同じ方向を向いているために、つい独走してしまうことはあるが……。
「準備が整いました」
隠し部屋の準備が整ったことを別の侍女が伝えに来る。多くの貴族の館にはそう言う部屋が用意されているらしい。
「では、魔力を分けるにはどうしたら宜しいでしょう?」
「お手を拝借しても宜しいでしょうか?」
「て、手ですか!? それはどうしても必要なことでしょうか?」
「セシリア様、お気持ちは察しますが今は急を要しますので。アキト、本来は成人した女性の肌に直接触れるものではないのよ」
テレサに指摘されるまで知らなかった。パーティーとかで貴族の男性が白い手袋を付けているのは、ただのドレスコードだと思っていた。
前回セシリアの隷属魔法を解いた時は、手に触れられていたことに気付いていないようだ。
セシリアだけじゃなく過去にも色々とやらかしているな……。フローラの時は緊急事態だからノーカウントで良いだろう。ルイーゼやマリオンは責任を取るから問題ないな。
おずおずと差し出してくるセシリアの手を取ると、逃げるように力が掛かったけど、それも一瞬だ。
「はじめます」
「……はい」
寝込んでいたために病人のように白い肌をしていたセシリアだが、今は首元まで赤く染めていた。俺が思った以上に恥ずかしい行為だったようで、俺にもそれが移りそうだ。
カイルと同じ見事なまでの金髪が顔に零れて表情こそわからないが、なんとなく目を瞑って強ばっているだろうと想像出来た。
俺は一度頭を振って、自分の右手から魔力を体の中心に移していく。これはセシリアの魔力と俺の魔力が混ざらないようにだ。
その後、右手を通してセシリアの魔力を『魔力吸収』で吸い上げる。
「あ――」
セシリアが空いた手を口元に、顔をあげる。思わず出てしまった声に、目を回しそうなほど顔を真っ赤にしていた。
本当に倒れさせるわけにも行かないので、出来るだけ手短に済ませることにした。
俺は吸収した魔力を、魔粉に変わる寸前まで魔力を空にした魔石に『魔力付与』で移す。
少ないな。普通の人の魔力はこの程度なのか?
セシリアの魔力は思った以上に少なく、魔力不足で昏倒しないように俺の魔力を分け与えることにした。再び声の零れたセシリアだが、俺は聞かなかったことにして魔力を移し終えたことを伝える。
「アキト、ここでのことは忘れなさい」
再びテレサに忠告を受ける。否はない。
「それじゃセシリア様の移動をお願い」
侍女が頷き、セシリアを車いすに乗せていく。セシリアは両手を頬に、ずっと俯いたままだった。大丈夫、あれは医療行為――とは言えないか。
「アキト、ありがとう。本来なら関係のない戦いなのに」
「カイル様がおられれば私が出る幕もなかったかと思います。そのカイル様はこの町の為に戦いの準備をしているわけですから、領民としてこの町にいる私も無関係とは言えないでしょう」
「そうだけど」
「成功報酬でも頂いた方が良いでしょうか?」
「そうして貰えると罪悪感も少しは減るから、私の為にそうして」
「ではマデリーナ家からのご依頼ということで」
「待って、騎士団からにして! これはそう、公費で行うべきよ!」
「わかりました、話は通しておいてください」
マデリーナ家はテレサの家名だ。とは言えテレサに家名をあげて仕事を出す権限があるかと言えば難しいだろう。ポケットマネーでは可哀想なので騎士団からの仕事と言うことで良しとする。俺としてはお金の出所が何処であろうと構わないのだ。
俺は自己満足の為だが、これでルイーゼとマリオンにきちんと対価を支払うことが出来るな。
俺は部屋を出て行くセシリアとテレサを見送ると、セシリアの魔力が籠もった魔石をベッドに忍ばせる。
「シルヴィアの暗躍はここまでだ」
頷く二人の手を取り部屋の隅で息を殺す。それでも人は魔力を知らずの内に放出している。シルヴィアはそれを感じ取るかも知れない。
俺は魔力制御で二人の魔力を制御し、体から零れる魔力を限りなくゼロに押さえ込む。慣れた二人は声こそ零さないものの、やはり魔力を他人に操作されるというのはどうにも心落ち着かない感じらしい。寄り添っている為、ドキドキが直接伝わってくるのでバレバレである。もちろん俺もドキドキしているのだが。
「来る!!」
そんな気持ちを吹き飛ばす現実がやって来た。
シルヴィアを示す独特な魔力反応が近付いてくる。やはり空から直接乗り込んでくるようだ。
「この戦いが終わったら――」
俺は思わず口を噤む。迷信みたいなものだが、その先を言ってはいけない気がした。ルイーゼとマリオンが目をぱちくりとさせていたが、俺は苦笑いで誤魔化す。
今度は力を使わせない、一気に仕留める!
後一話予定していたのですが、その前に書き足したいことが出来て間に合いませんでした。
纏まれば明日投稿します。