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変動の足音・前

続けて二話投稿しております。




 イーストロアの町を出歩いた時に見当を付けておいた、ロンドル子爵邸の近くにある公園、その片隅に俺たちは姿を現す。

 一気にロンドル子爵邸に飛ばなかったのは、シルヴィアが来るまでにまだ時間的に余裕があることと、時間があるなら貴族の屋敷に転移するというリスクを冒したくなかったからだ。


 その特異性から転移魔法に危機感を持つ貴族は多い。問題を解決するつもりが別の問題を抱えることになったでは救われない。

 同じく武装して貴族の館に駆け込むのもトラブルの元になりそうだったので、一旦普段着に着替えている。


「そこで止まれ!」

「カイル様と同行していましたアキトと申します。差し迫った危機があるとお伝え願います!」

「なっ、わかった。しばし待て」


 駆け寄った時には警戒されたが、何度か出入りの時に顔を合わせていた守衛だった為、取り次ぎで(つまず)くことはなかった。強引な手を使わずにすみ、ほっと一息つく。

 今のところシルヴィアの気配は感じられない。仮にあの場から直行していたとしても、恐らく後小一時間ほどは猶予があるだろう。


 俺はカイルと連絡が付くのを待つ間、ルイーゼとマリオンにシルヴィアに関する情報と、万が一の場合はモモから竜の魔水を受け取って飲むように伝える。


「そう言うことなら、わたしが前に立つわ」

「出来れば俺がと言いたいところだが、何か考えがあるのか?」

「もしもの時にルイーゼの癒やしは必要だし、倒すのならアキトがいるわ。ならば私がシルヴィアの気を引くのが良いと思う」

「自己犠牲的なのは好きじゃない」

「アキトがそれを言うの?」


 ぐぅ。ブーメランだった。

 マリオンはクスッと笑い、俺を安心させるように笑顔を見せる。


「何も手がないわけじゃないわ。わたし精神干渉系の魔法への抵抗は強いつもりよ。訓練もしているし種族特性と言っても良いかもしれない」

「それに間違いがなければ心強いが」

「アキト様。マリオンはその教育を受けていますから」


 そうだった。王族は毒と精神干渉系の魔法に対して子供の頃から耐性を付ける為の訓練をしている。そしてマリオンはその教育を受ける立場にいた。

 種族特性というのも確かなのだろう。獣人族は強靱な精神力があることでも有名だ。魔法が使えるほどには魔力の無い獣人族だが、代わりに地力が強く、それは肉体だけではなく精神にも及ぶ。


 マリオンはハーフということもあって魔力もそこそこあり、それを俺と一緒に魔封印の呪いという高負荷の掛かった状態で鍛え上げてきた。だから、今では並みの人間以上の魔力を持っている。それでいて獣人族の血も流れているその体は驚異的なバネを持ち『身体強化』(ストレングス・ボディ)とは抜群の相性だった。


「わかった、マリオンに任せる」

「も、もう一言欲しいかも」


 珍しいマリオンの要求に、少しだけ頬が緩む。当の本人は腕を組んで顔を逸らしているが、頬を赤く染めているのは隠せていない。


「マリオンを頼りにしている。俺を助けてくれ」

「がんばるわ」


 シルヴィアの実力は依然として知れない。マリオンもそれがわかっているから、気持ちを奮い立たせたかったのだろう。俺はもっと二人に感謝すべきだよな。


「アキト様、背後は私に任せてください」

「ルイーゼが守ってくれるなら安心だ」


 何時ものように微笑みで返すルイーゼに緊張は見られなかった。知らない人が見れば度胸があると思うだろうが、実際の所は俺に対する信頼が大きい。俺の袖を握って背後に隠れていた頃が懐かしいな。


「アキト」

「カイル様。出向いて頂くことになり申し訳ございません」


 まさか門まで出向いてくるとは思わなかった。カイルの後方にはテレサも控えている。二人とも武装をしているが、今からヘリオンに向かうというわけでもなさそうだ。こっちでも何かあったか?


「かまわぬ。丁度出るところだった。それに一日の距離(・・・・・)にいるはずのアキトが差し迫った危機というのだ、ことは一大事と言えよう」


 考えが足りなかった。ティティルの護衛を続けている限り、普通に移動していたら俺たちがここにいるはずがなかった。

 だけど『転移魔法』で戻ってきたと言うよりは、途中で引き返してきたと勘違いさせたままにしておくか……その場合は任務を放棄したと思われるが、どちらにせよそんなことは後回しだ。


「もうすぐセシリア様の元にシルヴィアが来ます」


 それだけでカイルはシルヴィアの目的がわかったようだ。眉間の皺がきつくなる。

 俺の言葉に嘘や間違いがあるとは思っていないのか、顎に拳を当てて考える様子を見せた後、酷く辛そうな表情をする。


「他領の兵がこちらに向かっていると連絡が入った。念の為に私はロンドルと街の守りを固めなければならない」


 ヘリオン領に入る前、マリオンが西に向かうトルキア兵の動きを捕らえていた。だが、俺たちと同じ様に転移するわけじゃなければ、今すぐに来るという距離じゃない。と言うことは別動隊か?


 シャルルロアに隣接するのは東のヘリオン、北東のトルキア、北のヴェルガル。西は海だから考えなくても良いだろう。ヘリオンとトルキアを除けばヴェルガルと言うことになるが、俺はヴェルガルについて何も知らなかった。


「トルキア方面でその様な動きを感じましたが、それこそ一日(いちじつ)の距離かと」

「トルキアではないとすれば、ことは思ったより深刻かもしれぬ」

「お役に立てる情報かわかりませんが、シルヴィアはセシリア様に関して面倒が起きたと言っておりました」


 カイルは再び考える様子を見せ、その眉間の皺が更に深くなる。カイルは俺よりも感情を隠すのが下手かも知れない。


「教皇派の息が掛かっていると考えると、一気に潰しに来るか。大義名分が出来たと言うことだろう。思ったよりも一ヶ月は早いな。トリスタンの交渉も間に合わぬか」


 俺はむしろ一ヶ月後には起こるだろうと思っていた方が驚きだ。カイルは近いうちに国はまた分裂すると考え、南部で同盟を組もうとしていた。聞いてはいたが、そこまで差し迫った状況にあるとは思っていなかった。

 だけど、近いからこそ同盟だの騎士団の立て直しだと、具体的な行動に出ていたと考えれば納得もできる。


「もともとヘリオン領を巡って内戦状態だったのだ。表向きは降伏しておきながら国教を受け入れない獣人族に対する、王命での強制執行となっているが、真意は教会の権威に対抗することに対しての見せしめだ」

「見せしめですか? 誰に対してとは訊くまでもなさそうですね」


 国王派と教皇派のパワーバランスをもう少し調べておくべきだったか。いずれにせよ見せしめが国王派に対するものなのは明白だろう。宗教による統一国家を確実なものとする為に、最も邪魔な存在なのだから。


「ヘリオン領を巡る争いがいつか飛び火することはわかっていた。それだけの理由がシャルルロアにはある」


 理由というのがヘリオン領と隣接する以外に何かあるのか?

 シャルルロア領では国王派だ教皇派だと思われるほどのいざこざは無かったと思うが。


「シャルルロアは奴隷制度の廃止を目指しているからな」


 俺の表情を読んでか、カイルが補足してくれた。確かにそれなら教会にとってシャルルロア領は邪魔な存在なのだろう。なにせ教会は奴隷商と密接に関わっているのだから。


「教会は奴隷商から安く奴隷を買い集めて解放し、信徒教育を行った後は各地に送り出していた。信徒は普通の農民や下働きとして働き、その収入は次の奴隷を買い付ける為に使われる」

「それだけを聞けば奴隷解放という人道的な行いで、批判することは無さそうですが」


 むしろシャルルロア領の目指すところに近いだろう。事実として教会はこの国で力を伸ばしてきたのだから、一定の支持を受けていると言って良い。


「そんな教会のやり方に本人の意思が反映されているのかと言えば、そうとも言い切れないのが現状だ。信徒教育を受けた者は信徒として清貧を求められ、収入の殆どを神への捧げ物として貢ぐことになる」


 そして何より、この国で生きていく以上は信徒を止めることが出来ない。表向きのイメージは別として、生きる為に必要最低限の物を残し、全てを取り上げられるのだから内実は奴隷と大差ないとカイルは言う。


「それでも法的には問題が無さそうですね」

「頭の痛いところだ。だからその根本を切り崩す為にも奴隷制度の廃止は必須だ」


 シャルルロア領の掲げる奴隷制度の廃止も、思想としては良いことだ。ただ、俺は変えることが難しいと思っている。領主であるトリスタンやそれを補佐するカイルも、当然難しいことだとわかっているだろう。俺との違いは難しいから諦めるか、難しくても実現に向けて動いているかの違いだ。


 教会のしていることもシャルルロアが実現しようとしていることも、奴隷制度の存在しない異世界の国から来た俺にとっては当たり前と思える。それが難しいのは、この世界には身分制度が強く残っていて、奴隷が社会基盤の一つを構築しているほどだからだ。


「そして国を治める王としては、教皇を頂点としたもう一つの巨大組織が体内に巣を作っている状態になる。それが正しく機能している内は問題ないが、腐敗を始めたとなれば国の存命にも関わる大事となるだろう」


 事実として教会は人の精神を掌握しようと隷属魔法に手を出した。俺にその背景はわからないが、教会にとってそれが必要な状態にあると言うことだけはわかる。そしてその事実を示す――


「生き証人がセシリア様であり、教会はその証拠を消す為に動き出したと言うことですか?」

「大義名分は別として、真意はそこにあるだろう」


 それを聞いた俺は、過去の様々なことが脳内を駆け、自分の行動が起こしたことがもたらす未来に愕然とした。


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