バレンシア遺跡
「本当にその子を連れて行くのか?」
「俺たちの仲間だからな。
それにモモは魔法鞄を持っているから、獲物を持ち帰るのに助かる」
「嘘だろ、そんな小さな子が魔法鞄を持っているの!?」
モモのドヤ顔が決まる。
今まで訳のわからないタイミングで使っていたが、はじめて良いタイミングで使ったかもしれない。
バレンシアの町を出て二〇分ほど歩くと、徐々に遺跡の面影らしい人工物が目に付くようになってくる。
建物の土台と思われる岩や水道と思われる物の残骸、石柱や石畳が所々に残り、それらが草木に浸食されて自然に還りつつあった。
この辺はまだ森と言うより雑木林なので視界の通りも良く、それらの名残がなんとなく観光名所のような雰囲気を醸し出していた。
もっとも、実際に名所と言って良いのだろう。
なにせ前世代の遺跡なのだから。
この世界は七回ほど生まれ変わっていると言うのが一般的に語られている歴史だ。
それはハイエルフと呼ばれる永遠を生きる種族によってもたらされた真実で、実際に今の技術力では作れない構造物や魔法が多く残っている。
特に再現不可能な魔道具は古代文明の遺物と言われ、その多くがここバレンシア遺跡のような場所から発掘されていた。
そう言った魔道具のせいもあってか、この世界の技術は歪な進化を遂げている。
例えば城や橋などの建築に高度な技術が使われていると思いきや、金属機械的な物は殆ど発展していなかったり、白物家電は無いのに魔法や魔道具によって同等のことをこなしている――のは貴族や富裕層限定だが。
便利な物は少ないが、俺個人としては今の生活に結構満足していた。
ある意味自由に生きていると言っても良いだろう。
用意されている選択肢が少ないせいか、すべきこともやりたいことも明確で結構シンプルに生きていける。
それだけに力が物言う時もあり、戦う力を失うことだけは元の世界に居た時より大きな恐怖として存在していたが。
「道なりじゃ無いのか?」
街道を逸れて森に入っていくフリッツに声を掛ける。
このまま街道を進めば五分程度で遺跡に着くようだが、既に雑木林とは言えないほどに深くなってきた森は、そろそろ魔物の出現を予感させる物だった。
だがフリッツは特に魔物を恐れる様子も無く「この辺はまだ大丈夫」と言って、進んでいく。
実際に『魔力感知』に魔物の反応が無いことから、大丈夫なことはわかるが、それでも視界の悪さは色々と不安を煽り立てるものだ。
だがフリッツの後を付いていくと、森は直ぐに開けた。
背の高い草木が視界を妨げていただけで、実際の森はそれほど奥が深くなかった。
そして目の前に現れたのは、そこそこ形を残した遺跡群だった。
小さないくつもの湖に囲まれ、その容姿を湖面に写しながらひっそりと存在するその遺跡は、かつてここに住んでいただろう人々の生活を思い起こさせるに十分な存在感を示していた。
森の侵食は進んでいるが、それでもしっかりと建物の形を残している姿は、元の世界で言えばアンコール遺跡と言ったところだろうか。
遺跡の壁を取り込むようにして伸びる大木、大木の根に崩された遺跡の石壁、苔で覆われた石畳、どれもが長い年月を感じさせる荘厳さを醸し出していた。
「これは凄いな……」
「はい……」
「本当ね……」
ルイーゼもマリオンも前方に広がる光景に、しばし呆然としていた。
モモも、目と口を大きく開いて目の前に広がる光景を見ている。
そろそろモモにも淑女教育が必要だろうか。
「そうだろう!」
フリッツが得意そうに言うが、これは得意になるのも無理ない。
「魔物が出るのはあの遺跡の先辺りからなんだ。
本当はその先にも見所がいっぱいあるんだけれど、Cランクじゃ見に行くのは止めておいた方が良いと思う。
出てくる魔物はCランクかDランクだけれど、魔物の数が多くてベテランでも避けるくらいだし」
「数が多いなら魔術師が欲しいところだな」
「火の精霊魔法じゃダメだぜ。
昔、森を焼いた魔術師がいて、火から逃げた魔物が町に向かってきて、いっぱい人が死んだって先生が言っていたんだ」
確かに森で火属性の精霊魔法を使えばそうなるだろうな。
威力で言えば火属性の精霊魔法が最も強いが、俺には適性が無いのか未だにまともに使えない。
初級魔法の『火弾』を使うのにも一分ほど時間が掛かる有様だ。
代わりに最も適性が高いのは土属性の精霊魔法だった。
元の世界的のラノベ的に言えば土魔法は攻守に良し、家を建てたり道路を整備したりトンネルを掘ったりと万能魔法だったが、今の俺に出来るのは初級魔法の『土弾』が関の山だ。
それでも一〇秒ほどで発動出来るので『火弾』に比べれば使い勝手も良いだろう――と思いきや、俺にはスキルの『魔弾』があるので、実戦で使う場面は無かった。
何せ『魔弾』はほぼ魔力を貯める程度の時間で放つことが出来る。
一瞬が生死を分ける戦いの中でこの差は余りにも大きかった。
ただ、『土弾』でも魔力を込めれば『魔弾』以上の威力になるので、相性さえ悪くなければ役に立つ場面はあるだろう。
「いたっ!」
目視ではフリッツの方が魔物を見付けるのが早かった。
これで食べているだけあって、勘も良いのだろう。
俺も『魔力感知』に頼りすぎず、もっと目視での確認に慣れておいた方が良いかもしれないな。
フリッツの指し示す方角には、体長七〇センチほどの大きさで灰色の毛に包まれた兎が三匹いた。
額からは三〇センチほどの角が生えていて、攻撃もその角を使った物らしい。
可愛い見た目とは裏腹に肉食で、骨まで食べ尽くすという凶悪な一面も持っている。
「でも、三匹だから無理だよ」
「特殊な攻撃が無いなら問題ないさ。
マリオン、弓で行くか」
「そうね、アキトの腕がどれくらい上がったのか見せて貰う良い機会ね」
「下手になっていることはないと思うが、緊張するな。
ルイーゼは周りの警戒を頼む」
「はい」
俺とマリオンは弓を手に取る。
前までは装備をみんなモモに持って貰っていたが、何かの拍子にバラバラになると武器が無いというリスクがあったので、必要最低限の装備は自分たちで運ぶことにした。
マリオンが手にしているのは強弓ではなく、俺と同じ普通の弓だ。
強弓はオーバースペック過ぎて、Fランククラスに使う物でも無いだろう。
俺はマリオンに習い、足場を固めて上半身をしっかりと支えると、弓を構えて矢を番えた。
一呼吸してから獲物のホーンラビットを見据え、弦を引き絞る。
狙いは五〇メートル先、その左の一匹。
そのまま射角を取り、風が止まるのを待つ。
隣ではマリオンがこちらに背を向けて弓を引いていた。
見事な構えだった。
ただその一言しか生まれない、見蕩れそうなほど美しい構えだった。
その背中が呼吸で小さく動く。
俺も呼吸を合わせ、狙いを定める。
瞬間――マリオンの手から放たれた矢に、釣られるように俺も矢を放つ。
青い空を二本の矢が突き進んでいくが、既に俺は外れるのを確信していた。
放つ前にあれだけ気を取られていれば外れもするだろう。
放った後も相変わらず綺麗なマリオンの残心に心が奪われたままだ。
案の定、俺の矢は外れてホーンラビットの一メートルほど隣に突き刺さる。
それに驚いて周りを見渡すホーンラビットの視線が俺たちを捉えたのがわかった。
そして直ぐに三匹がこちらに向かってダッシュしてくる。
俺が外すのはともかく、マリオンが外すのは珍しいな。
俺がマリオンの様子を窺うと、頬を赤らめてばつの悪そうな顔をしていた。
「アキトの視線が熱いせいだわ」
思わず見蕩れていたのは確かだ。
俺も見つめられていたらやりにくいので、返す言葉が無い。
「ちょっ! ダメじゃんか! 早く逃げないと!」
三匹のホーンラビットが猛ダッシュで迫ってくるのを見て、フリッツが悲鳴を上げる。
距離は既に三〇メートルを切っていた。
俺とマリオンは再び弓を構える。
今度は走り寄ってくる獲物だ。
真っ直ぐ進んでくるとはいえ、動いているところに当てるのはかなり難易度が上がる。
そこを距離が縮むことでカバーする。
マリオンが再び先に矢を放つ。
狙いを付けてから放つまでが俺より圧倒的に早い。
視界の端で一匹のホーンラビットが転倒するのが見えたが、それに気を取られそうになるところで何とか自分の獲物に集中し、矢を放つ。
その距離は約一〇メートル、これを外せば既に次の矢を放つ余裕は無い。
だが今度は外すこと無くホーンラビットの眉間に突き刺さり、勢いを付けたまま転がり動かなくなった。
「ルイーゼ!」
「はいっ!」
最後の一匹が飛び込んできたところを、ルイーゼの盾が上から叩き込まれ、そのまま頭部を地面にめり込ませるように絶命していた。
「すげぇ……」
「流石にFランクやE程度の魔物なら心配しなくても大丈夫だ」
「なぁ、解体は一匹銅貨五枚なんだ。
やらせてくれないか?」
「フリッツ、やらせて頂けませんか? でしょう?」
「あっ、やらせて頂けませんか?」
解体はどうせギルドに任せるつもりだったので頼むこと自体は問題ないが――
「ギルドの仕事を取るようなことにならないか?」
「狩り場でやる分には大丈夫なんだ……です」
何時もなら解体の時間がもったいないからモモに格納して貰い、まとめてギルドに降ろしていたが、今日は様子見なのでフリッツに任せても構わないだろう。
俺は了承し、解体には適した水辺もある為この辺りを拠点として狩りを続けた。
さすがにこの程度の魔物なら魔法を使う必要も無いので、魔力が体から溢れて目立つようなことにもならなかった。
獲物はホーンラビット以外にマイティドッグ、巨大ガエルがいたけれど特に今までいたエルドリア王国と違って特殊ということも無い。
この分ならギルドのまとめている魔物のランク表を当てにしても大丈夫そうだ。
途中からフリッツの解体が間に合わなくなり、日が傾き始めたところで引き上げることにする。
解体しきれなかった分に関してはモモに格納して貰い、ギルドで捌くことにした。
フリッツは魔法鞄の存在を知っていたが、実際に目にするのは初めてのようで、どこへともなく消えた獲物が戻ってくるのか心配していた。
結局フリッツは、今日の仕事で俺から銅貨一五五枚を稼ぎ出していた。
それに見合うだけの仕事をしたと思っているので、支払いも全く惜しくは無い。
流石に明日はネタが無いだろうけれど、一日銅貨一〇〇枚の報酬があるのだから十分だろう。
捕らぬ狸ではなく取った狸の皮算用をするフリッツが、浮かれ顔から恐怖に染まるのは町も近付いてきてからだった。