サキュバス・後
本日二話投稿予定の二話目。
だが、追ってどうする?
次も勝てないんじゃないか……そう思うと流石に弱気になる。
いや、精神干渉魔法を使ってくるとわかっているんだ対策はある。かつて友がそうしたように隷属魔法には抵抗することが出来る。
さっきの俺はシルヴィアに斬り掛かる瞬間、何か違和感があったのに俺の心がシルヴィアを斬ることに対して抱いた忌避感だと受け入れてしまった。
今度もわかるだろう。自分の心を書き換えようとする力を認識し、自分を信じて受け入れなければ良い。
後は闇の血に関して何かわかれば……。
俺は竜の卵が闇の血を払っていくその流れをしっかりと捉えている。言ってみれば闇の血は小さな虫の集まりといった存在だった。魔力を喰らって増殖を続け、魔力が枯渇して死に至るのだろう。
心臓を攻撃することで直接的なダメージと魔力の流れを止め、闇の血で魔力を食らい付くす。この世界の人にとっては死に至る病だが、そもそも魔力が無くても生きていられる俺にとっては、心臓への致命傷さえどうにかなればルイーゼのように長期的な治療になることはなさそうだ。
とは言え、魔力を失った基礎能力だけでシルヴィアに勝てるか?
ぱっと見の雰囲気で判断しても、シルヴィアはルイーゼとマリオンを合わせたような身体能力を持っていそうだ。
やはり闇の血を何とかしなければならないだろう。
この竜の卵を満たす液体を掛けるなり飲むなりすれば闇の血はどうにかなるんじゃないか。あっという間に闇の血が払われていったことから、効果は期待出来る。問題はそんな暇があるかどうかだが。
と言うかこれは液体なのか? 全く息が苦しくないんだが。竜族というのは何処までファンタジーな存在なんだか。
俺はしっかりと体の調子を確かめる。……いける、問題ない。
竜の卵から出ると、モモが心配そうな表情で待っていた。
「モモがいてくれて助かった」
泣いてしがみついてくるモモを受け止め、再び装備を調えて貰う。
竜の卵はその黄金の輝きを更に弱めていた。俺は何気なしに『魔力付与』を行う。するとがっつりと魔力の吸われる感じがし、底を感じさせなかった俺の魔力も大分吸われていた。そのおかげもあってか、竜の卵は再び黄金色に輝きだしている。
「もしかしてこの目に見えるのは超高濃度の魔力その物なのか……」
超高濃度の魔力に闇の血を打ち払う力があるというなら『能力解放』の逆、体内の魔力を闇の血に目掛けて圧縮すれば似たような状況を生み出せるんじゃないか。
俺は魔力を制御し心臓の辺りに集めていく。魔力がある一定の濃度に達すると反力が大きくなり霧散しようとするが、更に押さえ込んでいく。魔力が活性化した時に体から溢れ出ないように抑えていたことを、更に局所的に行うだけだ。
一瞬意識が遠のく。魔力が無くても平気だと思っていたが、ある物が無くなる瞬間には貧血のような状態になるのか……と言うか昔それで意識を失ったことがあったな。
だが実験は恐らく成功だ。一瞬だが意識が遠のく直前『魔力感知』は竜の卵に近い高濃度の魔力を俺の中に捕らえていた。
俺は今一度シルヴィアと戦いになったときに、何が出来るかを考える。
シルヴィアにとって人の死に様などに興味はないのだろう。絶対的な死をもたらす技が決まればそれで十分とばかりに去って行ったおかげで、俺は止めを刺されずに生きていた。だが、俺が生きている姿を見れば、次は確実に止めを刺してくるに違いない。
精神干渉魔法に耐える。それで初めて戦う土俵に立てる。闇の血は高濃度の魔力で打ち払う。無理なら竜の卵を使えばいい。その為に前もってポーションの瓶に分けておく。
ルイーゼとマリオンは連れて行くか……だが精神干渉魔法は多勢で当たるには厄介だな。どういった物か身をもって知っている俺でもまだ不安はある。その対策を二人に期待するのは酷だろう。
「だけど、ずっと見ているって約束を破ったからな」
まずは合流か……この方角からなら『魔力感知』でルイーゼとマリオンを捕らえられるのか。
今はティティルと一緒にいるようだ。その周りの魔力の動きを見ても、既に戦闘状態は終えているように見える。
俺は二人の方角に向かって走る。
シルヴィアを追ったときのように二人の魔力目掛けて『空間転移』も考えたが、もしその場に木なり岩があったらどうなるのか今更想像してビビっていた。
深い森の中は走りにくく『身体強化』を使い、多少強引に走り抜ける。
戦わないという選択だってなくはないよな……。
怒りに身を任せてシルヴィアを追った結果がこれだ。シルヴィアは幸いにして俺が死んだと思っている。このまま姿を眩ませればもう二度と関わることもないだろう。
初めてシルヴィアに会った時に討てなかったのは俺の甘さだ。だからといって少女が死んだのは俺のせいじゃない。セシリアが死ぬのも違う。
ただ、俺の腕の中で死んだあの少女の顔が忘れられない。そしてそれがセシリアの身に迫っていると思えばどうしようもなく気が焦る。
「……はぁ」
自分の為なら戦わなければ良い。そう言い聞かせても、結局性分は変えられない。
ならば戦う以上、必ず生き残るしかない。それが俺の性格を知って送り出してくれたルイーゼとマリオンに対する誠意だ。
「ルイーゼ! マリオン!」
「アキト様!」
「アキト!」
森の開けた先、湖の畔に二人はいた。幻影の二人を思い出し、一瞬歩みを止めそうになったが、『魔力感知』は間違いなく二人がルイーゼとマリオンだと告げている。
二人と共にいるティティルももちろん無事だし、その両親も無事だ。
獣人族の中には怪我を負っている者もいたが、大怪我の者は見当たらなかった。もしくは生きていないかだが、トルキアの兵を追って散開した可能性もある。どちらにせよ重要なのは二人だ。
「二人とも怪我は無いな?」
「はい――アキト様!?」
ルイーゼが俺の鎧の胸に空いた傷跡を見て顔を青くする。
「アキト、それは!?」
「すまない、油断した」
マリオンの問いに答える。それが安心させる為だとしても、嘘は付けなかった。約束を守らなかったのだから、これ以上は不誠実になりたくはない。
「直ぐにアルテア様のご加護を――」
「いや、大丈夫だ。既に傷は癒えているから!」
祈りの体勢に入ろうとするルイーゼを止める。それでも心配なのか、どうしたものかとオロオロしているルイーゼを見ていると、どんな敵にも怯まず立ち向かう女の子と同一人物とは思えなくなる。
「シルヴィアね」
「良くわかったな」
「獣の勘よ」
そこは女の勘と言って欲しかった。腕を組み、口をへの字にして不満がありますと態度で示すマリオン。俺が別行動を取った時には気付いていたのだろう。本当は一緒に戦いたかったのに俺の命令に従うことを選んでくれた。
そんな二人を見て思う。やはり二人を戦いに連れて行かない理由なんかない。一人で不安なら補い合えば良い。今までだってそうしてきたじゃないか。
「今度は一緒に戦って欲しい」
「もちろんです、アキト様」
「次は私が付いて行く番だと言ったわ」
ヘリオン領の領都は湖沿いをもうしばらく進んだところらしい。出迎えの兵と思われる魔力の動きを捕らえる。既に周りにトルキア兵の気配は無く、ティティルも無事に帰ることが出来るだろう。
ティティルは何度か振り返りながらも歩みを止めることなく進んでいく。
「歓迎すると言っていたわ」
「二人の活躍が認められたんだな。良くやってくれた、おかげで後がスムーズになりそうだ」
「お役に立てて光栄です、アキト様」
「どうってことなかったわ」
これでやるべきことは一つだ。
「シルヴィアとの決着を付けるぞ!」
俺は再び『空間転移』を唱える。目的地はイーストロアの街だ。
もう一話投稿予定していたのですが、見直していたら色々と修正が増えて、どうにも収まらない事態に。
もし上手く纏まったら後一話投稿したいと思います。