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怒りに身を焦がし

 夕暮れの中で、なお赤く燃え上がる森を前に、焼け出されてくるのは獣人族の戦士。

 それを数人で囲うようにして迎え撃つのは、人間族の兵士だった。


「貴様らまたしても神樹立つ森をっ!!」

「呪われし民が、神を冠する名を唱えるとはおこがましい!!」

「今だっ!」


 数人の兵士の槍が、大柄な熊人族の胸を突く。

 しかし、それでも動きを止めない熊人族の振る腕が、槍をへし折りつつ二人の兵士を鋭い爪で切り裂く。

 飛び散る血肉が辛うじて命拾いをした兵士を赤く染め、慣れることのない嫌な匂いが当たりに漂う。


 兵士の槍は、熊人族の分厚い筋肉によって内臓まで達することがなく、致命傷には至らなかった。

 それでも熱を持った痛みは熊人族の動きを妨げる。


「何をしている! 今の内に止めを刺せ!!」

「うあぁぁあっ!!」


 恐怖の中でただ命令に従い、熊人族に槍を突き立てる兵士が五人を超えたところで、ついに熊人族はその巨体を前のめりに倒れた。

 だが恐怖に駆られた兵士は、動かなくなってなお、その体に槍を突き立て続けている。


 そんな光景があちこちで見られる中、緑色のローブに身を包んだ少女が森を駆ける。

 綺麗だっただろうローブは所々血に染まっていたが、少女の怪我によるものではないようだ。

 それでも蒼白な顔をしながら、五人の蜥蜴人族の男に先導されて走る少女が向かった先は、燃え上がる森だった。


「ティファナ殿! 頼みます!」

「ハァ……ハァ……わ、わかりました」


 ティファナと呼ばれた少女は、息を整えるのもまどろっこしいとばかりに、魔晶石の取り付けられた杖を地面に突き立てる。

 少女の背の高さほどの杖は木製で、白い木を削り出して作られた物だった。

 それには意匠細かい銀細工が飾り付けられ、緑色の小さい宝石がちりばめられている。

 先端には魔晶石と呼ばれる、子供のこぶし大の青い宝石が取り付けられていた。


「我は契約せし者なり!

 原始の精霊メロウリンクが眷属ウィンディーネ、我との契約に従い力の行使を求めん」


 不意に魔晶石からまばゆいばかりの青い光が溢れ初め、次いでその光が水の精霊ウィンディーネを形取っていく。

 上半身は人間族の女性とよく似ているが、その体を構成する要素は青き輝きを放つ水であり、青い髪と水の流れのような下半身を持っていた。


 現れたのは五人の精霊だった。

 しばし戯れるようにティファナの周りを廻っていたが、ティファナの囁きに頷くと燃える森に散っていく。

 その内の一人はティファナの前に立ち、森に向かって両手を構えると、そこからまるで小さな川でも現れたのかと思うような水流が、燃え上がる森に向けて放たれた。


 焼かれた木々を水が洗い流すようにその火を消し、燻った木が蒸気を上げると、辺りが霧で包まれていく。


「うぐっ!!」


 不意にティファナの護衛に付いていた蜥蜴人族が倒れる。その頭には鎖の付いたナイフが刺さっていた。


「ギゲルどうした!?」

「敵だ! ティファナ殿をお守りしろ!」


 四人の蜥蜴人族が、ティファナを囲うように槍を構えて立つ。

 ティファナ自身はまるで精神が凍ってしまったかのように、杖を支えに身動き一つしていなかった。


「困るのよねぇ。生木に火を付けるのも大変なんだから」

「貴様!?」


 蜥蜴人族の前に現れたのもまた少女の姿をした何か(・・)だった。

 そう思えるほどに異様な雰囲気を持つ少女は、倒れた蜥蜴人族のナイフから伸びた鎖を引っ張り、その柄を取る。


 焦げ茶色の髪を血に染め、金色(こんじき)の瞳はただ獲物を狙う狼のように蜥蜴人族を捕らえて放さない。

 魔巣と呼ばれる森で、毎日のように魔物と戦い続けてきた蜥蜴人族にとって、人間一人など恐れるに足りない存在だったが、そんな強者の予感が少女を恐れていた。


「それじゃさっさと終わらせて、次の獲物に向かうとしますか」

「易々とやられると思うなっ!!」


 蜥蜴人族の一人が震えを払うように、鍛え上げた肉体でもって槍を突き出す。

 その攻撃は単純だが、それ故に直線的で無駄がなく最速でもあった。


 少女はその攻撃を、右足を踏み出す形で半身となり躱す。

 そして同時に右手から放たれたナイフが、蜥蜴人族の肩に刺さった。


「くっ!」


 蜥蜴人族の肌は厚い鱗で覆われており、生半可な武器では肉体にまでダメージを与えることは出来ない。

 しかし、ギゲルと呼ばれた蜥蜴人族が一撃で倒されたように、少女の持つ武器は厚い鱗を易々と貫く。


「なんだあの武器は!?」

「見た目に惑わされるな、あれは魔法具に違いない!」

「全員で四方から掛かれ! 的を絞らせるな!」


 蜥蜴人族の焦りとは裏腹に、少女はさも楽しいものでも見ているかのように動じない。

 それどころか、妖しく赤みがかった唇を真っ赤な舌が舐め、まるで獲物を前にした獣の様相だった。


「ならばティファナ殿の盾には俺がなろう!」


 肩に刺さったナイフの鎖を腕に絡め、放さんとばかりに力を込める蜥蜴人族の言葉を皮切りに、四方から少女に襲い掛かる。


「私、見た目より力持ちよ」


 少女はそう言うと、腰を下げ鎖を引く。

 蜥蜴人族は鎖ナイフを自由にさせまいと、あるいは少女の動きを封じようと鎖の引き合いに応じた。


 力で負けるはずがない――そう蜥蜴人族が思った瞬間、少女の体を赤い光が包み込み、それに合わせて鎖を掴んでいた腕に、次いで体に衝撃が伝わる。


 少女に飛び掛かった三人は、力の引き合いに負けた仲間を見て驚愕し、飛んできた仲間に巻き込まれていく。

 まるで振り回された巨大なハンマーで殴られたかのように、蜥蜴人族が吹っ飛んでいく。


「ぐあぁぁぁ!! う、腕がぁ!!」


 少女の手には引き戻された鎖ナイフが、足下には蜥蜴人族の引きちぎれた腕が転がっていた。


「駄目ね。あんまり楽しくない。もういいや。お仕事して帰ろっと」

「ま、まて!」

「ティファナ殿!! 逃げてください!」


 蜥蜴人族の声はティファナに届かない。

 少女は、そんな様子すらおかしそうに微笑む。


「それじゃ、頂きま――」


 少女の剣がティファナの心臓に届くかと言うタイミングで、突然、身を翻すようにして何か(・・)を躱す。

 蜥蜴人族にはそれが何の為に行われたのかわからなかった。


「応援の方が強そうね」


 少女の視線の先を追った蜥蜴人族が見たのは、森を抜けてきた人間族の少年だった。

 少年は黒水晶のような輝きを放つ剣を構え、少女と対峙する。


「その子から離れろシルヴィア!」

「んんっ……あれぇ、君はあの時の。

 なに、どうしたの? お姉さんが恋しくなっちゃったかな?

 そんな情熱的な目で見られたら恥ずかしいなぁ」

「もう一度言う、その子から離れろ!」

「えぇ、お姉さんやいちゃうよ」


 蜥蜴人族は突然の乱入者が人間族だったこともあり、新たな敵の登場とばかりによりいっそうの緊張感に包まれる。

 二人は敵対する様子を見せているが、下手には動けない。少女の剣は今もなお、ティファナの胸に浅く刺さったままであり、軽くあしらわれた蜥蜴人族には、それを止める手段がなかった。


「何故その子の命を狙う!」

「仕事だから?

 あら怖い、可愛い顔も良いけど、その顔はもっと素敵よ」

「その子を殺したらお前を殺す!」

「一応人質を取っているのは私なんだけどなぁ……役に立ってないなら良いか」

「止めろ!!」


 少女の剣が躊躇なくティファナの胸に吸い込まれていく。


「トランス中にごめんね。でもその方が怖くないから良かったかもね。

 あ、でも心臓刺したのに血が出ないんだ。面白いなぁ」


 少女は、ナイフを引き抜いても血が噴き出さないことに感心する様子を見せるが、それも直ぐに飽きたのか、立ち尽くすティファナを蹴り飛ばす。

 硬直しているかのように動かなかったティファナだったが、一転して胸を押さえ呼吸もままならない状態で藻掻き苦しみ出した。

 同時にウィンディーネの気配が消えていた。


「うぐっ……ぐっ」

「シルヴィア!!」

「あはは、素敵、その顔はとっても素敵だわ」

「ティファナ殿!」

「はいはい、終了。

 その顔をもっと見ていたかったけど、次があるからまたの楽しみにしておくわ」


 気が付くと少女の背中には蝙蝠のような黒い羽が現れていた。

 逆光の中ではっきりと見て取れる金色の目が、消しきれない炎を反射して輝く。

 蜥蜴人族の誰もが、少女の異様な雰囲気に身動きが取れない。


 少女は自分のことに見向きもせずティファナの元に駆け寄った少年を見て、つまらなそうな顔をすると、羽を煽り、赤く染まった太陽の方角へ飛び去っていった。


「はっ!? ティファナ殿!」

「なんと言うことだ……」


 溢れ出る血がティファナの胸を赤黒く染め上げ、苦しみに歪んだ顔から力が抜けていく。


「貴様も女の仲間か!?」

「死なせたくないなら邪魔をするな!!」

「なっ!?」


 蜥蜴人族の男たちは、突然現れた少年の怒気を孕む声に一瞬臆する。

 そして、その隙を突くようにティファナの横に膝を突いた少年は、どこからともなく取り出した緑色に輝く魔法薬をティファナの口に流し込む。

 一目で最上級とも思える魔法薬を、何の躊躇いもなく使う少年に、蜥蜴人族は言葉を失っていた。

 だが、既にティファナには魔法薬を飲む力は残っていなかった。


「ティファナ殿……くっ!」

「まだ手はある!」


 少年はそう言うと、ティファナの赤く染まったローブをナイフで切り裂く。

 そして露出したのは、既に血を失い青白くなった肌と、少女らしい胸の中央に空いた赤黒い刺傷だった。その刺傷からは今も脈打つように血が溢れ出ている。

 少年がその傷口に手を押し当てると、程なくしてその体が白くまばゆい光に包まれていく。そしてその光はティファナをも包みはじめた。


「い、いったい何が起こっている!?」

「これは魔法なのか?」


 蜥蜴人族は少年に一縷(いちる)の望みを掛けることにした。少なくても少年に害意はなく、自分たち以上にティファナを救う手を持っていると確信したからだ。


 ◇


 くそっ! もっと他に良い方法はなかったのか!?

 本当にシルヴィアを止められなかったのか!?


 あの『魔刃』(マジック・ブレード)はシルヴィアを殺す気で放った。それに間違いはない。躱されたのは俺の力不足だ。

 ただ、あれが最善の手だったといえるか?

 もし腕を狙ったなら違う可能性もあったんじゃないか?


「頼む、飲んでくれ」


 俺は回復薬を少女の口に含ませるが、既に力を失ったこの子が回復薬を飲むことは出来なそうだ。

 ここにルイーゼがいれば『神聖魔法』(アルテアの奇跡)に頼れた。

 過去に何度となく奇跡を起こしたあの魔法ならこの子も救えるはずだ。


 救えるはずなのに!?


 まさか森を焼く炎が魔力を乱し、ルイーゼやマリオンを見失うことになるとは思っていなかった。

 落ち着け、薬が駄目なら『自己治癒』(セルフ・キュア)はどうだ!?


 俺は直ぐにナイフを取り出し、少女のローブに手を掛けると、傷口と思われる胸の辺りを切り裂く。

 青白い肌に赤黒い血がこびり付き、胸の中央付近の刺傷からは新しい血が流れ出ていた。


 最悪だ!


 とにかく『自己治癒』を行うべく少女の胸に手をあてる。

 冷たい肌の感覚に生暖かい血が、まるで生命その物を削り取っていくように思えて怖くなる。


 だが、ルイーゼが大怪我をした時に何も出来なかったあの頃とは違う!


 俺は直ぐさま少女の魔力を精査する。

 魔力は感情の揺らぎや肉体の状態に大きく左右される。

 乱れる魔力は感じ取りやすい。そうして感じ取った少女の魔力を、自分の制御下におき『自己治癒』を発動する。

 足りない魔力は『魔力付与』エンチャント・マジックで送り込む。


 傷が癒える前に心臓が止まる!?

 まだだ! まだ死ぬには早すぎる!


『身体強化』(ストレングス・ボディ)の要領で少女の心臓を無理矢理動かす。

 血液だって人の体が作っているんだ『自己治癒』で全く増えないってことはないだろ!


 生理食塩水でもあれば少しは違ったか?  何か打てる手は無いのか?


 考えろ……考えろ……魔力で細胞に働きかけ、治癒能力を向上させることは出来る。

 ならば生成能力を上げることだって出来るかもしれない。

 血は骨髄か……俺は少女の骨髄を取り巻く魔力を活性化させる。

 それが良かったのか『自己治癒』によるものか、少しずつ少女の体に暖かみが戻ってくる。


「ごほっ、く……る……しい……」

「大丈夫だ、直ぐに良くなるからな!」


 意識を取り戻した少女の目から涙がこぼれ落ち、苦痛に歪む顔をぎこちない笑みに変える。


「あ、ありが……とう……」

「諦めるな! 抗え! 直ぐに仲間が来て助けてくれる!」

「な……なま、え……おし」

「アキトだ! 駄目だ、目を閉じるな!」

「……あ……りが……」

「死ぬな……生きてくれ……死ぬな……」


 胸にあてていた手を伝い弱々しく鼓動していた心臓が、今では全く感じられなくなっていた。

 ここは戦場だ。誰だって死ぬ可能性はある。たまたまそれがこの子の身に起きただけだ。


「ティファナ殿!!」

「ティファナ殿!?」


 蜥蜴人族の男たちが駆け寄り、少女の顔を覗き込み、そしてヒザから崩れ落ちる。


「なんと言うことだ……」

「奴は次と言っていた、まだ続くぞ! 族長に知らせねば!」


 初めて会った子だ。ルイーゼやマリオンじゃなくて良かった。

 もし二人がこんな目に遭っていたら俺は絶対に許さないだろう。


「シルヴィア……」


 手は尽くした、これ以上は俺には無理だった。なら仕方がないじゃないか。

 今までにだって助けられなかった人は沢山いた。そこに一人増えただけだ。


「シルヴィア」


 今までがそうだったように、俺は直ぐにこの子のことも忘れるだろう。

 たまには思い出すかも知れないが、そんなこともあったなって程度だ。

 傷付くことなんかない。


「シルヴィア!!」


 震える手でティファナの目をそっと閉じると、その目から涙がこぼれ落ちる。

 決して穏やかとは言えないその顔は、俺よりもずっと幼かった。


「殺してやる……」


 思えば最初に会った時、シルヴィアの少女らしさを残した姿をみて戦う気を失っていた。

 それが因果のように回り回ってこの少女を殺した。

 それが俺の責任だとは思わない。


 だが、この怒りが収まらない!!

 次があるというなら俺が相手になってやる!!


 俺はシルヴィアの残した魔力の残滓を追い『空間転移』(テレポート)を唱えた。





2017年03月19日

アキトが怒りの感情に流されていく場面を書き直しました。

ルイーゼ編が終わってから直そうと思っていたのですが、後半のプロットの無理が出て来たのでこのタイミングで応急処置的に直しました。


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