選択した戦い
ピンナップが仕上がってきました!
素晴らしい出来映えにテンションが上がって二日ほど早く更新!
ちょっと長めで二話連投します。
ティティルを乗せた馬車を追うようにイーストロアの街を出た俺たちは、これまでと同じように付かず離れずの距離を保ち、一路東へと獣人族の領ヘリオンを目指していた。
カイルと別れたことで馬を返した為、今は全員で馬車に乗っている。会話らしい会話が途切れても、何の気兼ねもなく心安まる三人での旅は悪くない。眼が合えば微笑みを返してくれる、たったそれだけのことがなんと心温まることか。
そんな平和な時間を壊す者も現れず、馬車は順調に進み、ヘリオンの領境を示す森が迫ってきたところで、約束通り出迎えの獣人族戦士団と合流する。
遠目にだが、ティティルが丁寧に引き渡され、恐らく両親であろう獣人族の元に飛び込んでいくのが見えた。
「これで一安心だな」
「はい、アキト様」
「嬉しそうで何よりだわ」
ティティルの引き渡しが無事終わったことで、俺たちの仕事も終わりだ。
ここからは一個人としてヘリオン領に向かい、噂に聞く凄腕の鍛冶屋に武器を打って貰う。材料は一級品。これを打てる鍛冶屋は限られていた。
ティティルを利用するようだが、ヘリオン領のお偉いさんには貸しがあり、カイル自身の紹介状もある。心配事があるとすれば手数料が足りるかだが、こればかりは話をしてみないことにはわからない。
そんなことを考えながらニコラを進めていると、ティティルを迎えた獣人族に慌ただしい動きが見られた。
「アキト!? 森の北で煙が上がっているわ! それに――」
マリオンは俺にそう言うと、耳に手をかざして目を瞑る。
俺が森の北の方角を見ると、何本かの狼煙のように白い煙が上がった。それは見る見る間に数を増やしていく。
「森林火災か!?」
「いえ、争う音が聞こえるわ。
それに……北の方を西に進む馬の群れ……ティティルたちの方にも五〇を越える足音……」
「獣人領ヘリオンは、北のトルキア領といざこざが絶えないと聞いていたが、いざこざと言うより戦争だな」
「アキト様、如何しますか?」
ティティルは引き渡した。カイルとの約束は果たしたと言っても良いだろう。
武器も一日を争うというものでもない。
となれば、普通に考えて首を突っ込む理由はなかった。なかったはずだが――
「昔から、放っておいて後でどうなったかを心配し続けるのが嫌なんだ」
「知っているわ」
「アキト様らしいと思います。モモさん戦闘装備をお願いします」
モモがニコラの上で一回転すると、何時もの小枝と葉っぱの盾を取り出し、決めのポーズを取る。
考えていたのか……それに、いつの間に用意したのかワンピース型の防具を身に付けていた。
どことなく植物的な模様をした防具だが、あれはきっと小枝や葉っぱの盾と同じで、簡単には壊れない服だろう。
続けて俺たちも魔法陣に包まれ、瞬時に戦闘用の装備に切り替わる。
ルイーゼは青水晶のように輝くパーツが組み合わされた白銀の重板金鎧に、白銀の聖鎚と半身を覆う巨大な白銀のカイトシールド。背中には短めの白いマントが風に靡いて戦乙女の誕生だ。
マリオンは赤くタイトな革装備に、二刀一対の魔剣ヴェスパ。
ドラゴンの素材を利用した防具からは赤い燐光が溢れ、腰に収めた魔剣は紅いオーラを浪波と放つ。
短めの黒いマントを羽織ったマリオンは魔戦士と言ったところか。
そして俺は甲殻系の軽装鎧と魔力で満ちた黒い宝石のような黒曜剣。全員が自重なしの本気装備に身を包む。
「ルイーゼはティティルを守ってくれ!
マリオンは敵が回り込んでくるようならその相手だ。退路は失うなよ!
俺はいつも通り遊撃でいく! モモは俺が危なくなったら助けてくれ、それまでは隠れているんだ!」
「はい、アキト様!」
「わかったわ!」
「わかっていると思うけど、死ぬような危険を冒すつもりはない、いざとなったら二人を優先して逃げるからな!」
俺は念を押し、それに二人が頷くのを待ってニコラに軽く鞭を入れる。短足馬とは思えないスピードで街道を駆けるニコラは頼もしかった。
俺たちの馬車に最初に気付いたのは獣人族で、当然警戒された。
次に気付いたのはシャルルロアからティティルを護衛してきた騎士団だ。
その中には、カイルやテレサと行動を共にしていた騎士もいたので、話が早そうで助かる。
実際、剣に手を掛けた騎士団を押さえる形で何か説明してくれているようだ……良い方にとは限らないが。
みんなの前で着替えるより、前もって着替えておいた方が良いかと思ったが、失敗だったか?
そんな考えもよぎった時、ティティルが俺たちに気付いて何かを話すことで、獣人族の警戒が少しだけ解けた様に見えた。
俺は余り近付かない位置でニコラを止め、馬車を降りる。
「ニコラ、ここを離れて待っていてくれな!」
言葉が通じたわけじゃないだろうが、ニコラは街道を少し逸れた小川に向かっていく。賢い馬だ。
シャルルロアの騎士もヘリオンの戦士も、突然武装して現れた俺たちに対して、既に武器を抜いているので、下手に刺激は出来ない状況だ。
どちらの陣営もピリピリとした空気に包まれているのは、何も俺たちのせいだけとは言い切れない。今まさに北で争いが起きているのだから、この程度は仕方がないだろう。
それにしても、思っていたほど人間族と獣人族は、友好的という感じでもなさそうだ。一方では人間族と争っているのだから、双方複雑なのは確かか。
「ティティル!」
「アキトにルイーゼにマリオン、どうしてここにいるの?」
俺はティティルを利用する形で害意がないことを知らせる。
「丁度、俺たちもヘリオンに行こうと思っていたんだ」
「ティティル、この方々が助けてくれたのかい?」
「そうだよ! みんなを助けてくれて、美味しい御飯をいっぱい食べさせてくれたの!」
ティティルを庇うようにして、前に出てくる両親らしい二人の獣人族は、当たり前だがティティルによく似た人猫族だった。
二人とも随分と品のある雰囲気を持ち、どことなくシャム猫を思い起こさせるサファイアブルーの瞳が印象的だ。
「アキトと言ったか。娘を助け出してくれたことに感謝する。
だが人間族がここへ何をしに来た、商人でもないようだが?」
「パパ、アキトは優しいよ?」
完全に警戒が解けるというわけにはいかないか。
「これでも商人なんだけどな。
一応仕事の依頼で来たんだが、そんな場合でもないか」
「わかっているならば直ぐに引き返すことだ。ここはもうじき戦場になる」
俺にでもわかる距離で喧騒が聞こえてくる。
だが、ティティルの両親も、戦場になると言い切る割には逃げる様子を見せないな。
なんとなくプライドが高い……違うな、人間族には負けないという自負か。
他の獣人族も落ち着いたものだった。
俺が考えていると、別の場所で騎士団のリーダーらしき男が前に出てくる。
「俺たちシャルルロアの人間はこの戦に関わるわけにはいかない。
約束通り子供は無事に送り届けた。書状にサインを頂きたい」
「それは儂の仕事だ」
ライオンだ!? 百獣の王がいるぞ!
人と同じ言葉を話し、二本足で歩き、革製の鎧を身につけている……ファンタジー過ぎるだろ!
いや、ティティルの両親も大概だが、どちらかと言えば人間にネコの面影がある感じなのでまだ慣れているが、今出て来た獣人族は見た感じ殆どライオンといった感じだ。
前面に出ていたのが人の容姿に似た獣人族ばかりだったので、油断していたが、改めて目の当たりにするとびっくりするな。
びっくりしたのは俺だけじゃなく、背後でマリオンの鼓動が高まるのが『魔力感知』で伝わってくる。
獣人族の血が半分流れるマリオンには、本能が警鐘を鳴らすのかも知れない。
ルイーゼにも驚きはあるようだが、俺やマリオンほどではなかった。意外と肝が据わっている……。
「アキトだったな。しかし、凄い装備だな。どこぞの御曹司だったか?」
「そうだったら命を削って稼ぐ必要もないんだけどな」
顔見知りの騎士が声を掛けて来たので、適当に答えておく。話している内に警戒心が下がることを期待してだ。
「それだけの装備、冒険者が稼いで買える物でもないと思うが、そう言うことにしておこう。
そちらの御仁が言われたように、ここはもうじき戦場になる。悪いことは言わない。用があるなら落ち着いてからにするんだな」
後は任せろとクリスに言った以上、せめてこの場をやり過ごしてティティルが無事に家に着くのを見届けるのは、過保護じゃないと思っている。
「無事を確認するまでティティルは放ってはおけない」
「獣人族に付くのか!?」
「結果的にはそうなりそうだ。
それにトルキアには寝込みを襲われたことがある。どちらに付くと言われれば、今のところトルキアに付く理由はないな」
「愚かだとは思うが……あの少女を守ってやれ。俺たちはここで戦争を起こすわけにはいかないので引かせて貰う」
騎士に戦争を始める権限など与えられていないだろう。むしろ当然の行動だと思う。
折角シャルルロアに住居を構えたのだから、おいそれと戦争行為に首を突っ込まないで貰いたいと思うのは自然だろう。
『魔力感知』が北から来る人間族と思われる反応とは別に、森の中からの反応を捕らえる。
その数はおよそ二〇人ほど。合流すれば三五人ほどが集まるようだが、ここには戦闘向きとは思えない獣人族もいる。戦力的には三〇人と言ったところだろう。
対する北からの人間族は先行するのが六〇人、次いで五〇人が追い付き一〇〇人を超える集団となっている。
数では三倍以上を相手にすることになるようだが、獣人族の戦士たちは森にいる限り負ける事はないという感じだ。
騎士団は西に街道を引き返し、獣人族は森へと姿を消していく。
俺たちもティティルを追うように進むが、森の手前で獣人族の戦士に槍を向けられた。
「ここからは俺たちの国だ、入りたくば許可証を見せるか力を示せ!」
ゴリラだ!
俺の身長ほどのゴリラが槍を向けて話し掛けてきた。
ここは良くある展開らしく力を見せて友達になる場面か!?
「これが許可証よ」
マリオン……まぁ、それが正解だ。
マリオンは俺の方を見ると、軽く肩を竦める。
「確かにシャルルロアの者だと認めよう。
だがここから先、自分の身が守れないなら引き返すことだ」
「自分たちとティティルの身くらいは守ってみせるさ、約束だからな」
近くで剣戟の音が聞こえてくる。
深い森に見えるが、それでもトルキアの兵が見えてきた。
「これを体に塗ってから森へ入れ、塗らなければ敵だと見なす」
「わかった」
渡されたのは薬草をこねたような物で、何とも言えない青臭い匂いがした。
恐らくこれで人間族でも敵なのかどうかを見極めるのだろう。
そうなると塗らないというわけにはいかない。
ルイーゼとマリオンも顔にこそ出さないものの、魔力が微妙に抵抗を示していた。
流石に女の子が進んで塗りたくなる匂いじゃないな。
俺も適当に塗りつけて、森へ入る。
呆れたようにティティルの両親がいたが、待っている位なのだから人は良いのだろう。
「我々森の民は、この森において人族に負ける事はない。
いらぬ心配をするより、自分たちの身を守ることに専念すれば良い」
「引き渡しました、はいサヨナラってのも寂しいだろ」
「うん、寂しいよね!」
「そうだよな、ティティル」
子供は素直で助かる。
「ならば戦えるところを見せるんだな」
「ティティルを守ると約束したからな」
獣人族そのものには恩も借りもない。
だが、トルキアの領兵には夜襲を受けている。
トルキアに住む人全員を恨む話ではないが、戦いになるなら遠慮する相手でもなかった。
「ふん、好きにするが良い」
「そうさ――!?」
俺は見覚えのある気配を受けて、全身に緊張が走った。
あの気配はシルヴィアか!? なんでこんな所にいる?
トルキアに付いているのだから、いても不思議はないのか。
だがシルヴィアは暗殺ギルドの人間だったはずだ。また誰かを狙っているのか?
あっちの方角だとティティルって訳じゃないようだが……
「アキト様?」
「気になることが出来た。ルイーゼ、マリオン作戦通り頼む」
「アキト!」
「アキト様、私もご一緒します!」
「二人には作戦通りに頼みたい」
「ですが……」
「二人のことはずっと見ているから安心してくれ。それに一人なら逃げやすい」
一人ならという一言で諦めてくれたようだ。
マリオンがルイーゼの肩に手を置き「アキトだから」と言い、ルイーゼもそれに頷く。
何が俺だからなのかちょっと問い詰めたいところだが、今は置いておくことにしシルヴィアの痕跡を追い、森を走る。
途中トルキアの兵に前を塞がれたが、現れたのが獣人族じゃなく同じ人間族だったことに驚いた隙を突き、魔力その物を波のように放つ『魔波』で牽制してその脇を通り抜けていく。
一度抜いてしまえば追っては来なかった。
俺はそれを幸いに、走りにくい藪の中を『身体強化』を使い、力任せに走り抜けた。