その者を怒らせてはならない
いつもより投稿が早いのですが記念にアップ。
何が記念かは最後に。
何かが壊れるような音が鳴り響き、俺は慌てて厨房から顔を出す。
そこから見えたのは砕けて壊れたカフェテリアの看板と、その看板を抱えるルイーゼ。そしてルイーゼを背に立つマリオンの姿だった。
マリオンが相対するのは二メートルを優に超えるオーガみたいな形相の男で、武器こそ抜いていないが妙に殺気立っていた。そしてその大男は背後に武装した柄の悪い男を五人ほど引き連れている。その内の一人は魔術師か、他の五人より潤沢な魔力を内包していることが『魔力感知』でわかった。
トラブルの一つや二つはあるかと思っていたが、表通りでこんなテンプレな展開が起こるとは思っていなかった。
見た目だけで相手の力量がわかるほど、俺も器用じゃない。それにまかり間違ってここで大立ち回りというわけにも行かないだろう。
とは言えルイーゼとマリオンの二人も、こうした荒事に対処する方法を学ぶ良い機会かも知れない。俺の場合はなんとなく元の世界の知識で、接客業らしく事なかれ主義でいこうかと考えているが、二人はどうするだろうか。
「デギルの奴は戻っていたのか……」
「デギル?」
俺はあの大男を知っていそうな近くのテーブルに座る男に聞く。
「Bランクの冒険者で、自分達の取ってきた素材でお手軽に利益を出す奴が嫌いなんだよ。そんな簡単に稼げるなら誰でもやるって言うのに、体を張って稼いでいる自分達が一番偉いって考えの奴だ」
答えたのは隣の席の男だった。料理が食べかけだが、落ち着くまでは手が付けられないか。
「あー、兄ちゃんも運がなかったな。デギルはちょうど巨大牛の討伐で空振りしてきたって話だからな、看板を見て八つ当たりだろう」
ルイーゼが抱えているのは、四人で頭を悩ませながら慣れない木工作業で作り上げ、最後に俺が絵を描いた看板だ。
表にはデフォルメされたモモが給仕姿で、三日月に座ってハンバーガーを食べている絵が書かれている。俺の芸術が爆発した結果、なかなかの力作となった。
そしてその裏には今日の特別メニューとして巨大牛のハンバーグと書かれていた。
討伐の空振りと言えば思い当たる節があるけれど、討伐依頼を受けて横取りなら問題だが、討伐依頼を受けていなければ倒すのは自由だ。それを制限してしまうと依頼を受けた冒険者が来るまで、誰も手が出せないという本末転倒なことが起こる。その代わり討伐に関する報酬が出ないので、倒す方も余程で無ければ手を出さない。
まぁ俺たちは、俺の肉が美味しそうだという一言で討伐してしまったわけだが。
「あいつらは倒せる実力があっても、町や村に被害が出るまで放っておく様な奴だ」
「被害が出てからじゃ遅いじゃないか」
「そこまで切羽詰まると依頼料も跳ね上がるからな」
何とも意地汚いと言うか人道的じゃないというか。それでも、命を掛けている以上はより多くの対価を得ようとする、リーダーとして当然の行いなのか……俺には出来そうにないが。
許容したくは無いが俺に出来ないことが悪だと決め付けるほど、傲慢になったつもりもない。これが軍人や領民を守る義務のある貴族がやったことなら問題だが、平民である冒険者にそこまでの法的責任はなかった。
だが、それと看板を壊したのは別の話だ。俺は落としどころを考えつつ厨房から出る。
「直してください」
「女子供が出てくんじゃねぇ!!」
ルイーゼの言葉に大男が吼え、看板の破片を蹴り飛ばす。
まるで食らい付くように犬歯を剥き出しルイーゼの顔を覗き込む大男に、『魔弾』の一発でも撃ち込もうかと思った時――
「がはっ!!」
ルイーゼの掌底が大男の顔を打ち、そのまま地面に叩き付けた……。
体格で言えば四倍は差があろうかという大男を、力で押さえ込むルイーゼに騒ぎで集まった野次馬が声を失う。
鈍い音ともに土の地面をヘコませた大男は気を失ってこそいないものの、激しい衝撃に目を回し状況を理解出来ていないようだ。
下が石畳なら死んでいたな……もっとも石畳なら叩き付けはしなかっただろうけど。自分のことは我慢しがちなルイーゼだが、珍しく怒っていらっしゃる。あの看板はみんなの力作だったからな。
「ガキが何しやがる!」
一瞬のことに固まっていた大男の仲間が俄に殺気立つ。
「看板を直してください」
しかしルイーゼはそんなことに構わず、押さえ込んだ大男に向けて淡々と要求を告げていた。美人さんが冷たい顔で言い放つ様子は、一部の趣向を持つ人の興味を引きそうだ。
そんなルイーゼの様子にキレたのか、仲間の四人が次々に剣を抜き、一人は水晶の埋め込まれた杖を構えた。珍しいBランクの冒険者なだけあり、ルイーゼがその容姿から想像も付かない力を秘めていると感じ取ったようだ。どうせならもっと早く気付いて店のことはスルーして欲しかったが。
俺は男たちに魔弾の狙いを定め、二人がどう対応するかを見させて貰うことにする。俺の方も前もって接待マニュアルを用意しておく必要があるな。領都で人を雇う時には間に合うようにしておこう。
「おい兄ちゃん、嬢ちゃんが強いのはわかったが、それでも止めた方が良い。あんな奴でもお貴族様の子飼いなんだ。だから多少の無茶は通ってしまう。直ぐに町を出ないと嬢ちゃんには辛いことになるぞ」
そんな目に合わせるつもりは無い。無いが貴族が出てくると面倒だな……。
「この町で貴族というとロンドル子爵になるのかな?」
「ロンドル子爵は関係ないわよ」
背後からの声に振り向けばテレサがハンバーガーを齧っていた。このお嬢様は実に貴族らしからぬ行いをする。
「いつの間に?」
「アキトたちが街に出ると言うから、慣れない土地だし影ながら見守っている所よ」
「堂々とした影ですね」
「離れていると守れないし」
ごもっともなどとは言わない。
「この町であんな輩を下に付けている貴族と言えばデルモンド卿くらいでしょ。私が証人になるから早く済ませちゃって。ゆっくりと食事も出来ないよ」
お貴族様の扱いが食事以下……突っ込んではいけないのだろう。それでもテレサがいてくれたのは助かった。貴族に変な言い掛かりを付けられるのだけは避けられそうだ。
「お前ら何ボサッとしてやがる、さっさとこの女を連れて行けっ!」
俺が改めて二人の様子を窺うと、ようやく頭を打った衝撃から立ち直った大男が、状況を理解してか声を上げる。だが仲間の五人も簡単には動けないようだ。ただ佇むマリオンの発する殺気に飲み込まれ、剣を構えたまま硬直している。
「直せないなら、誠心誠意を持って謝罪してください」
体の軽いルイーゼが上から押さえ込もうと、大男に押しのけることは容易のはずだ。だが現実として大男は地面に押さえつけられたまま動けないでいた。
俺も不思議になって『魔力感知』を働かせるが、何かしらの魔法的作用が発生しているとしかわからなかった。
うちのお姫様達はみんな器用だな。
「ぐああぁ! や、止めろ、あ、頭が割れる!」
「怪我をしましたら、直して差し上げますのでご安心ください」
それを出来てしまうのが怖いところだ。
迫ってきた大男を押さえつけるのは暴力じゃないよな……大丈夫だ、まだきちんと自重している。
「いったいどうなってやがる!」
「お前ら、死にた――げはっ!」
小狡そうな男が剣を振りかぶったところにマリオンの膝蹴りがめり込む。胃を下から突き上げられた男は剣を落とし、膝を突いて蹲り呻いていた。
目の前にいる敵を相手に、盾も持たずに振りかぶるとか訳がわからない。誰でもそのがら空きの胴に剣を突き立てられると思うが、そんな考えはないのだろうか。対人戦の差か……生憎とルイーゼとマリオンは対人戦の経験も豊富だからな。
今のマリオンの攻撃も正当防衛の範囲のはずだが、二人が一線を越えないかどうかハラハラしてしまう。こんなことなら俺が最初から――でもそれじゃ二人の為にならないし悩む。
「あががっ! や……やめてくれ」
「謝罪すら出来ないのですか?」
更にルイーゼの腕に力が籠もり、ミシミシとした嫌な音が聞こえてくる。大男は既に白目で泡を吹いていた。
あれ……止めるタイミングを間違えたか?
「わ、わかった、謝る! 俺たちが悪かった、許してくれ!」
「あぁ、この通りだ、すまなかった!」
血色の悪い魔術師が状況の不利を悟り謝罪の声を上げる。釣られるように他の仲間も剣を降ろし謝罪を始めた。
それを聞き、ルイーゼは大男から手を放し立ち上がると、打って変わって素敵な笑顔を見せる。そこには淡々と謝罪を求めていた姿はなく、ただただ天使のように可愛らしいルイーゼがいた。
「わかりました。謝罪を受け入れますが、今後はこのようなことが無いようにお願いします」
「……わ、わかった」
「わかったなら店の邪魔だから、倒れている二人をさっさと連れて行って欲しいわ」
「おい、行くぞ!」
「デギルは二人で運ぶぞ。そっちは任せた」
「あぁ……」
野次馬も多かったが、不思議と馬鹿騒ぎするようなことは無かった。それだけデギルと呼ばれる男に目を付けられたくないと言うことなのだろう。
それにしても――
「よかった。二人に任せても穏便に済ませられることがわかった。これなら俺も安心だ」
俺がそう言った途端、野次馬の視線が集中した。なんか無言の突っ込みを喰らいまくった気がしてならない。
でも俺の信頼を得られた二人はとてもやる気に満ちていて良い傾向だ。
……殺る気ではないよな?
「お嬢ちゃん凄いな……」
「彼奴らが随分と大人しく引き下がっていったぞ」
「実は弱かったのか?」
「馬鹿言うな。彼奴らが仕留めてくる魔物は、この町じゃ他に倒せる奴がいないようなのばかりだぞ」
それで性格が良ければ人気者だったのに、ここじゃ別の意味で人気者になっているな。
「まぁ、なんだ。騒がせて悪かった。今食事中のお客さん方には謝罪の意味も込めて御代は俺が持つよ」
「若いのに気が利くじゃないか」
「ちょっと、並んでいた私も数に入れてよ」
「うわっ、もう少しゆっくりと食べていれば良かった!」
お店のアピールになれば二〇人程度の食事代くらい安い物だろう。とは言っても、次にここで店を開くことは無さそうだが……。
「領都の方に店を出す予定だから、そっちも贔屓に頼む!」
「商売も上手いじゃないか」
「こんな珍しい物が食べられるなら領都まで足を伸ばすのも悪くないな」
「領都なら商売で良く行くから必ず寄るよ」
実に良い傾向だ。これだけ人気なら老後も安泰と言えよう。
問題はクリスだけじゃ店が回せないことか……捕らえられていた他の子はみんな親元に帰っていったし、他に宛がない。それに店を管理してくれる大人も欲しいので、戻ってから求人募集が必要かもしれない。こういう問題にささっと答えを出してくれるようなアドバイザーがいればなぁ……人脈が薄いとこういう時に困る。
あっ、そう言うときのための商業ギルドじゃないか!
領都に戻ったらさっそく顔を出すとしよう。
看板を失うことにはなったが、しっかりと手応えるのある反応にとても満足だ。
厨房では未だに涙目でタマネギを刻んでいるモモがいた……。
この度、前作の「異世界は思ったよりも俺に優しい?」が株式会社TOブックス様より書籍化されることになりました。また、素敵なイラストは景さんが担当してくれることになりました。詳しくは活動報告をご覧ください。
これからも楽しんで頂けるよう頑張ってアキトたちの物語を書いていきたいと思います。
異世界は思ったよりも俺に優しい?
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