発進、カフェテリア・後
俺たちが街に出て最初に立ち寄ったのは商業ギルドだ。
ここで旅立つ前に仕入れた塩と香辛料を、少しだけ手元に残して売り払う。
買値に二割乗せで売れたことにより、合計で金貨六枚が手に入った。
これで審判の塔で稼いだ分も合わせれば、武器の加工代くらいにはなるだろう。
仕入れたのは神聖エリンハイム王国最南端の港町パッセルで、そこからここまでは順調に移動しても一ヶ月は掛かる。
それで得た利益が金貨一枚。
Eランク冒険者の三ヶ月分の稼ぎと考えれば十分とも言えるが、荷を運ぶ為の馬車の維持費を考えれば、実質Eランク冒険者と同程度だろう。
ぶっちゃけ割に合わない。
もっとも、初心者でも失敗しない商品として塩や香辛料を選んだわけで、誰にでも出来るだけあって稼ぎが低いのも当然と言えた。
商品を右から左への利ざやだけで稼ぐつもりなら、もう少しリスクの高い物を運ぶ必要がありそうだ。
ちなみにリスクの高い商品とは金銀その他の細工物であったり魔石、それから絵画や工芸品といった貴族向けの商品だ。
折角移動するのだからと商品を運んでみたが、モモの能力をフルに活用するのでなければ手軽に稼ぐのは難しいようだ。
仮にそうしたとしても相場が下がって利益も減るだけの気がする。
「まぁ、同じ商売なら俺たちにはこっちの方があっているだろう」
俺はニコラを町の一角で止める。
商業ギルドで露天商売の申請をおこない、着いた場所は大通り沿いにある中央広場の一角。
ここで初めての移動式『カフェテリア二号店(仮)』のプレオープンを行う。
物珍しい馬車の登場に人目を集める中、左右のパネルを上に跳ね上げるようにして開く。
現れたのはカウンターと折りたたまれたテーブルと椅子の類い。
俺とマリオンはそれを広げ初め、ルイーゼはカウンター周りを使えるようにする。
モモが設置されたテーブルにクロスをのせ、小さな花の咲いた鉢植えを飾り、最後にメニューを置けば完成だ。
「こんなもんか」
俺が看板を設置する頃には、物珍しさに集まってきた人垣で一杯になっていた。
早くも繁盛の様子にとても満足で、既に一仕事しきった感がある。
給仕にはルイーゼとマリオンに立って貰っているのも大きい理由だろう。
清楚でお淑やかなイメージのルイーゼに、美人でお姉さん的なマリオンの二人は贔屓目無しに人目を引いて止まない。
今日はうちの可愛いお姫様方に出て貰うことで、ここはお上品なお店ですというイメージを伝える。
貴族との付き合いが多い二人は、その対応のふさわしい振る舞いを身に付けていた。
ルイーゼは主人を支える者として、マリオンは上に立つ者として。それぞれ傾向は異なるが、品のある動きは見ているだけで飽きない。
もちろん可愛いモモもいるが、モモには俺の手伝いという重要な任務が与えられている。
今もエプロンを掛けてルイーゼ愛用のナイフを片手に、一生懸命涙を流しながらタマネギを刻んでいた。
泣き顔はともかくそのナイフ裁きはなかなか様になっていて、我が子が育つ姿を見る親の思いだ。
そして俺も成長している。店で出す商品だから作り方を練習していたので、いわゆるジャンクフード的な物なら作れるようになっていた。
「ルイーゼ、マリオン。そろそろ客を入れてくれ」
「はい、アキト様」
「わかったわ」
一〇あるテーブルが物凄い勢いで埋まっていくのは物珍しさだけでなく、ルイーゼとマリオンの給仕姿が可愛い為だろう。
紺色のレッグオブマトンのワンピースは、いわゆるジャパニーズメイドスタイルと言うほど露出が多くないが、コルセットと腰下だけの白いエプロンも合わせてとても可愛い。
コルセットによって強調されたルイーゼの胸はとても魅力的だし、スマートなマリオンの腰に掛けてのラインも魅力的だ。
俺の好みで固めた二人が側にいてくれて、とても幸せである。
下町の食堂では白いエプロンを給仕に使うことが無い様なので、テーブルクロスと合わせてとても清潔感がでている。
これは高級カフェテリアとしてどうしても外せない点だった。
何せ料理と言えば汚れる物だ。そこに白い給仕服などを着ようものならあっという間に酷い有様だろう。
だが俺たちはモモの『洗浄』魔法のおかげで、汚れに対する心配は無い。
最もこのテーマは領都にオープンするカフェテリア用であって、移動式の方はもっと庶民的にする予定だが。
今日はお客の反応を見る為なので拘ってみた。
お客の方と言えば、席に着いた後もしばらく二人を目で追うのに忙しいようで、注文がまばらに入ってくるのは助かった。
「これはカイルが言うように値段を上げて正解だったな」
一般的な食事の三倍から五倍程度の値段と言うこともあり、それなりに生活水準の高い人が入ってくれているようで、混み具合とは裏腹に落ち着いた感じになっていた。
ファミリーレストランにするつもりはなかったので、実に丁度いい感じだ。
「アキト様、果実水とパスタをお願いします」
「アキト、コーヒーとハンバーガーを二セットお願い」
「了解!」
次々入ってくるオーダーをモモと一緒にせっせと熟していく。
モモのおかげで下拵え済の食材が新鮮な状態で保管出来る為、何とか二人でも厨房を回せるが、それがなければ五人は必要そうだ。
クリスが戻っても足りないな……どちらにしろ対外的な面を考慮して大人は必要だから丁度良いか。
「アキト様、追加でハンバーガーとコーヒーをお願いします」
「こっちも同じ物をワンセットお願い!」
俺は次第に早くなる注文ペースにてんてこ舞いになりつつ料理を作っていく。
既にモモの目はぐるぐると回っていたが、それでも器用に野菜を刻んでいた。
頑張るモモは後でめいいっぱい労うとしよう。
「高いのは接客のせいかと思っていたが、料理も旨いな」
「貴族料理擬きでも出てくるのかと思ったが、これはまたいったい……」
「苦っ、なんだこれは!? 焦げた水か?」
「確かになんだこれは!?」
「苦いが……癖になるな」
「このハンバーガーってのは肉をパンで挟んだだけで珍しいものじゃないんだが、めちゃくちゃうまいぞ!」
「このつるつるっとした食べ物もピリッとした辛さとオリーブオイルが旨い」
概ね好評であった。
この忙しささえ何とか凌げれば、十分利益が出せそうだ……出せそうだが可笑しい。
俺は優雅で知的なカフェテリアを予定していたのだが、この忙しさは何だ。
アレか、優雅に見える白鳥も水面下では忙しないという。
馬鹿なことを考えていたら、何かが叩き壊されるような音が鳴った。
引っ張りたくなかったのですが、書き切れませんでした。
物語が動き出すのは次回の投稿からとなります。
今週はほのぼのタグに仕事をして貰います。