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発進、カフェテリア・前

 翌朝。ふかふかのベッドは心地よく、思ったよりも深い眠りについていた。

 俺は久しぶりにゆっくりと眠れたことをロンドル子爵に感謝し、身を起こす。

 隣で眠るモモの少し元気すぎる寝息に幸せを感じつつ欠伸を一つ。


 涼しい朝の風が小さく開いた窓から入り、部屋を心地よい気温に保っていた。

 テラスの手すりに止まった小鳥が(さえず)り、その声に呼ばれて別の小鳥がやって来る。

 鳴いて踊る小鳥の姿が、朝日に照らされて風で揺れるカーテンに映っているのを、しばし呆けるようにして見ていた。


 平和だな……。


「ん?」


 モモの頬にキラキラした物がくっついていた。

 良く見るとベッドにも散らばっている。

 花びらのようでもあり鱗のようでもあるそれは、白銀色に輝いて綺麗だった。


「硬いな」


 花びらと言うには硬いが、モモが持っている小枝や葉っぱの盾は滅茶苦茶硬いので、きっとそう言う物だなのだろう。

 俺は散らばっているそれを集めて枕元に置いておく。


 花びらを取るついでにモモの頬を突っつくと、適度に潤った肌がぷっくりとしていて、とても触り心地が良い物だった。

 精霊も夢を見るのだろうか……見ているならきっと楽しい夢だろう。


 俺はモモを起こさないように軽く身支度を調え、部屋続きの居間に向かう。

 そこではいつも通りルイーゼとマリオンが迎えてくれるだろう。

 そんなことを嬉しく思いつつ扉を開けた俺は、固まった。


「か、か、髪がない!?」

「失礼ね、きちんとあるわ」


 そこには深紅の髪を首元でばっさりと切り捨てたマリオンがいた。

 俺は急いで近くに落ちていた髪を持ち寄り、回復魔法でくっつけようとする――が、当然無駄である。


 俺はその場にヒザから崩れ落ち、しくしくと心で泣いた。

 あの独特とも言える深紅の髪は密かに国宝級だと思っていたのに。

 それが今は無くなってしまった……。


 そして気付く。女の子が髪を切る理由に。


「マ、マリオン失恋したのか!?」


 誰にだ!? って、誰も何も俺以外にいないだろ!

 いつだ? 俺はいつの間にマリオンを振った?

 と言うか振る理由がない!

 どうしてこうなった!?


「アキトさまが訳のわからないことを言っているわ」

「アキト様、髪を切ると思いが叶わなかったことになるのでしょうか?」


 頭を抱えていたところでここは異世界だと気付く。

 そうだ、そんな日本の風習みたいなものがあるわけ無かった。


「すまん、びっくりして混乱してた」

「どうかな、似合うかしら?」

「そうだな……前の髪型が好きだったけど、マリオンにはショートもよく似合うな。ちょっとボーイッシュな感じが新鮮で良いと思う」

「あ、ありがとう。髪はまた伸びるから……」


 髪と同じように頬を赤らめたマリオンが可愛い。


「ところで、今髪を切った理由があるのか?」

「獣人の住むヘリオン領とは前に貿易をしていたことがあったわ。だから念の為ね」


 そう言えばそんな話をしていたな。

 マリオンの故郷であるヴィルヘルムと貿易をしていたというなら、マリオンがヴィルヘルムの王女だと気付く人もいるかもしれない。

 そう考えてイメージを変える為に髪を切ったらしい。

 少し男っぽい衣装を選んで着れば男装の麗人と言った感じで、お姫様姿しか知らない人が見れば別人だろう。


「後はこれね」


 マリオンが取り出したのは、革とニット生地を合わせて作ったような布だった。

 それをバンダナのように頭に巻いてサイドで縛り付ける。

 洒落た帽子のようにも防具のようにも見えて、なかなかいい感じである。

 これなら髪を切らなくてもと思ったが、長いままでは収まりが悪いか。


 再び「どうかしら?」と聞いてくるマリオンに「思ったよりよく似合っている」と答える。

 どうやら人狼族の民族衣装の一つらしい。

 民族衣装と言えば、マリオンの演舞を見てみたいと思っていたが、機会がなかったな。


「アキト様、私も用意した方が宜しいでしょうか?」

「いや、ルイーゼは問題ないだろう。

 同じ装備ならルイーゼには兜の方が良いと思う」


 ルイーゼは少し肩を落として残念そうだ……付けたかったのか。

 でもルイーゼには戦乙女かと見紛うばかりの装備があるのだから、ここは我慢して貰い、後で羽根付きのハーフヘルムでも用意しよう。

 これで背中に白い翼でもあれば、本当に伝説の中から飛び出してきた戦乙女みたいなんだけどな。


 ◇


「今日は町に出たいと思うのですが構いませんか?」


 髪を切ったマリオンを見てしばしカイルが固まる。


「失礼、思わず見蕩れていた。

 意外な一面を見せて貰った、ありがとうとお礼を言うべきかな」


 そしてさらりと女性が喜びそうなこと言う。

 好意の有無は別として、マリオンだってそう言われて嬉しくないはずがない。

 素直に「どういたしまして」と答えていた。

 俺はこうしてイケメンの行動を観察して、徐々に経験値をためていくのだ。


「うわっ、もったいない!

 私も騎士じゃなかったらあれくらいが理想だったのに……」


 テレサの反応は俺と同レベルだから、とてもわかりやすい。

 そう言えばテレサも橙色の髪を短くしているな。

 この世界の女性は基本的に髪を伸ばしている。

 特に身分が高い女性ほど髪には拘り、思い思いに編んでは結い上げていた。

 当然手間もお金も掛かるので、綺麗な髪を保つと言うことはそれだけ余裕のある家格だと言うことになる。


 ちなみに髪を短くしている女性はテレサのように戦うことを生業としている者が殆どだ。

 それでも伸ばすことに拘る女性は多いので、突然短くするとなれば驚くのも無理はない。


 それにしてもセシリアの件が解決した為か、今までに見たこともないほど穏やかなカイルだ。

 余裕のあるイケメンは優しい微笑みを撒き散らすので非常に迷惑である。

 うちのお姫様達には効果が無いが、壁際に立つ使用人の女性が皆ぽーっとした感じで幸せな時間に浸っているのを、同じく使用人の男性が心配そうに見ている。

 他人事なれどとても気の毒だと思う。


 セシリアの方はまだ部屋からは出られないようで、ここにはいなかった。

 しばらく動いていなかったので体力が戻ってい無いのだろう。

 こればかりは怪我じゃないので俺たちにはどうしようも無い。


 何にせよ許可が出たので三人を連れて町へ出る。





ちょっと分割の都合上短くなっております。

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