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教皇ゼギウス

本日三話投稿しますので、お気を付けください。




 ここは神都にあるエリンハイム教会総本部。そこにある一部の者だけが知る地下室だ。

 魔道具のランプが照らす室内は地下にある為か、高い湿度とそれによって発生したカビによる独特の匂いで満ちていた。

 地下室にあるのは無数の棚と、その棚を埋め尽くす水晶。

 ランプに照らされた水晶には、その明かりを反射して輝く物と、殆ど反射せずに鈍く光る物があった。

 それらの中にあって一つの水晶だけが細かく砕け散っている。


「馬鹿な……あり得ぬ……」


 砕けた水晶を前に狼狽しているのは、赤と黄金の糸で刺繍の施された白いローブ姿の男だった。

 その豪奢なローブは神聖エリンハイム教において大司教以上が纏うことを許された物で、男がこの国において重要な役職にあることが見て取れた。


 既に老齢と言える男は、身体の衰えではなく動揺によって膝を突く。

 大司教の座をこの歳まで維持する者にとって、多くのことは心に波風を立てる様なことではなかった。

 だが老齢の男はそのまま座り込んでしまうのではないかというほどの動揺を見せていた。


「なっ!?」


 初老の男は水晶の台座に書かれた名前を確認して絶句する。

 ついには膝立ちもままならず座り込む。

 そして、そのまま二歩三歩と後ずさると踵を返し、這う様にして地下室を出て行く。


 乱暴に開けられた扉が壁に当たり、不快な音が地下室から延びる階段に木霊する。

 だが老齢の男はそれに苛立つ余裕もなく、よろよろと階段を上っていった。


 ◇


「セシリア・アベルディの封印が解けたというのは真か!?」


 教皇ゼギウス・ルヴァロフは朝も早くから訪問を受け、機嫌の悪さを押し殺していたが、そんなことは伝えられた内容によって消し飛んでいた。

 一報を持って来たのは自派に属する大司教の一人であり、嘘を吐く理由もない。


「はい、この眼でしかと……」

「それが真実だとして、偶然の結果か真実に気付いたのか……いずれにせよ放ってはおけぬ。

 仕方があるまい。異端審問会を開く」


 そうして始められた異端審問会には、神聖エリンハイム王国神都在住の枢機卿と大司教の総勢一二名が集められた。


「なんたる失態か! だからあの様な力に頼るのは反対だったのだ!」

「有能な人材の確保という意味では必要と言えよう。しかし公になるのは不味い」

「だいたい封印が勝手に解かれることはないと豪語していたではないか!」

「隣国エルドリアでは竜の血より作りし触媒にて封印を打ち払ったと聞く」

「なに! 今回もそれが原因なのか? エルドリアが接触しているとは聞いていないぞ」

「いくらエルドリアとてその様な物をおいそれと用意出来ないだろう。セシリアさえ何とかすればどうにでも誤魔化しようがある」


 幾人もの豪奢なローブを纏った者たちが口々に不満や疑問を投げかける。場はさっそく会議の様子を呈していなかった。


「そこまでだ」


 そんな荒れた場でさえ耳に届く低い声に、この場にいる一二名が思わず声を止める。

 教皇ゼギウスはその一言で荒れて過熱した者たちに冷水を浴びせた。


「既に我々はその力に手を染めたのだ。

 となれば多少の強権を発動しようと、隠蔽せねばなるまい。

 よってセシリア・アベルディを異端者とし、その身柄の確保にトルキアのダリウス将軍を向かわせる」


 教皇ゼギウスの一言により戦後初めての異端者認定が下る。

 それは神に仕えながら悪魔に魂を売った者を示し、神聖エリンハイム王国において魂の浄化――すなわち死を約束された者を意味する。


 悪魔とは主神エリンハイムと敵対する神々を指し、異端者と認定されることは神の敵と言うことになる。

 国教をエリンハイム教としているこの国で異端者の認定が下ることは、国家の敵でもあると言うことだった。


「しかしあのカイル・シュレイツが大人しく要求に応じますでしょうか?」

「受けなければそれこそ好都合ではないか。

 シャルルロア領がカイル・シュレイツを擁護すると言うのであれば、それらもろとも消し去れば良い。異端者を擁護する者もまた異端者となりえる」


 枢機卿の疑問に答える教皇ゼギウスに、巻き込まれて死ぬ人々を思う様子は微塵もない。

 そんな教皇ゼギウスの言葉に、この場にいる半数の者が同意を示す。

 そして再び会議の場は荒れていく。


「あの男でなければその側にいる者が封印の解除に関わっているはずだ。

 危険分子を放っておく訳にもいくまい。この際まとめて闇に葬った方が良い」

「封印が解かれたのは昨日の午後以降と思われます。

 であればまだ町に留まっているのではないかと」

「今は何処に身を置いている?」

「セシリアは不明ですが、カイルの方はシャルルロア領東部のイーストロアと連絡が入っています」

「ならばセシリアもそこにいるに違いあるまい!」

「あそこに籠もられては、トルキアの軍だけで真実が広まるのを押さえ込むのは難しいのではないか?」

「シャルルロア領は元々王族派だ。

 もし封印のことが公になる様なら、我らこそ異端者と言われかねぬぞ」

「だから始末するのであろう。

 この際、町の一つや二つ大義名分があれば後はどうにでもやりようがある」

「その大義名分が問題なのであろう。

 王族派につけいる隙を与える訳にはいかないぞ」


 誰もが口を閉ざした時、末席に座る若い男が軽く手を上げる。

 若い男は年配の者に礼を尽くして黙っていた訳ではなさそうだ。


「カイル・シュレイツの側には『神聖魔法』(アルテアの奇跡)を持つ者がいると報告が上がっています」

「それがセシリア・アベルディであろう!」


 若い男はつばを飛ばす勢いで吼える大司教を、その切れ長の目で押さえる。


「それとは別の者です」

「何故奴の周りに貴重な癒やし手が集まる!?」

『神聖魔法』(アルテアの奇跡)で封印は破れぬ。それは試している!」

「その者は前教皇の愛娘によく似ているとも書かれておりました」

「っ!?」

「馬鹿な、あれほど探しても見付からなかったのだぞ。

 それが今更なぜでてくる!」

「あり得ぬ、知らぬのか? あの娘は既に死んでおる」

「言葉が不足しておりました。

 その者はまだ歳の頃一五,六ともあります。他人のそら似でなければ子である可能性も否定出来ません」

「子を残していたのか……」

「もしその者が前教皇の直系であれば、封印を解くどころか操ることも出来るぞ!」


 この場の誰もが下手なことを言えなくなっていた。

 現教皇と血の繋がりが近い者をどうするなど、誰にも言えることではない。


「まさか一族の血筋から火が上がるとはな」


 教皇ゼギウスの言葉には強い怒りが込められていた。

 その声は神言かと錯覚するほどのもので、まるで魂に語り掛けられている様な重さを持っていた。


「殺せ」

「!?」

「…………」


 教皇ゼギウスが決断を下したことで会議は動き出す。

 今度は良い案を上げて引き立てて貰おうとする者と、腫れ物には関わるまいとする者に別れていた。


「ヴェルガルの領主にも働きかければいいのではないか。

 領土的野心の強い者だ。これ幸いにと南に兵を向けるだろう。

 大義名分を与えてやればそれこそ喜んで飛び出す男だ」

「確かにあの男なら動くだろう。前より審判の塔を欲しがっていたからな。

 シャルルロア領がカイル・シュレイツを助け様と動きを見せればそれが大義名分になるだろう」

「だがそうなればトリスタンの若造が忌々しい獣人族と手を組むのではないか。

 魔法も使えぬ獣共とはいえ力は捨て置けぬ」

「なぁにまた森を、今度はいっそうのこと全て焼き払えば良いのではないか」

「あの森には魔巣がある。全て焼き払うとなれば魔物共が大量に野に放たれるぞ」

「そんなことは隣接するトルキアが何とかすれば良い」

「トルキアが魔物につききりになるのは不味い。

 シャルルロアは南部を固める為に獣人族と手を組む様子が窺える」

「たしかに、魔物に手を取られている横を突かれてはトルキアも堪らぬだろう」

「それだけでない。シャルルロアはエルドリア王国に支援を求めているとも聞く。

 あの国の軍事介入を許す訳にはいかん」

「いくらエルドリア王国いえど、たかだか南の一領主の声に耳を貸し、戦争を始めるなどはないだろう」

「だが、西では帝国の南部独立に手を貸したではないか。

 であればこちらに手を貸さぬとも言い切れぬだろう」

「帝国南部の独立とはどう言うことだ? 聞いていないぞ!」

「私のところにも一報が届いている。

 ザインバッハ帝国第一王子と第二王子の主権争いの隙を突いて、第一王女が南部の豪族をまとめ帝国からの独立を宣言したと」

「ヴィルヘルムだけではないのか?」

「裏でエルドリア王国が動いているのは確実だろう。

 これでエルドリアは西の脅威を払拭したと言える」

「であれば次に東に目を向けるのも自然か」

「エルドリアの現王は自らの子を戦場に向かわせるという。

 子を追えばその動きがわかるのではないか」

「エルドリアと言えば前教皇様の愛娘が逃れた土地と考えられているであろう。

 その時に探りに使った者から情報を得られないのか?」


「そこまでだ」


 話の逸れ始めた場に、教皇ゼギウスの声が再び響く。

 話すほどに問題が出てくるのは良い傾向だったが、時間も限られていた。


「トルキア領に異端者セシリア・アベルディの拘束を命じる。

 この件はベルディナードに任せる。

 わかっておるな、綺麗に片付けることを望む」


 それは封印の存在を知った者全てを消し去れと言うことだった。


「主神エリンハイム様の為に」


 その命令を涼しげに受けるのはこの場において最も若い大司教ベルディナードであり、前教皇の愛娘の情報を出した者でもある。

 トルキア領を母体とした奴隷商で財を成し、多額の寄付を元に大司教の座を金で買い取ったと言われる男だ。


 そんなベルディナードに軽蔑の目を向ける者と、似合いの任務だと鼻で笑う者が多い中、教皇ゼギウスはベルディナードの非情なところを買っていた。

 そしてもう一つ、ベルディナードの裏の顔を知っている。

 何を隠そう古代文明の遺物(アーティファクト)とも言える隷属の魔法具『支配の王杯』を前教皇の元に持ち込んだのはベルディナードだった。


 神聖エリンハイム王国の最北にある永久氷結の地。

 そこにある遺跡に一〇〇を越える猛者を連れて挑み、帰還出来たのは僅かに五人。

 持ち帰れたのはたった一つのアーティファクト。だが見返りは大きかった。

 前教皇はアーティファクトを前に、狂わんばかりに歓喜したという。

 そして、まさに狂ったとしか言いようが無い暴走を起こすことになる。

 ベルディナードはと言えば、平民の身でありながら貴族なら伯爵位とも言うべき大司教の肩書きと、信徒の多い土地の財務権を手にいれていた。


 二五〇年程前、時の王の声により国教として掲げられた神聖エリンハイム教は、その信徒による内面からの攻撃で次々とセルリアーナの東大陸を統一していく。

 最後に獣人族の国ヘリオンを併合し統一国家となった神聖エリンハイム王国は、二〇〇年の栄華を築いたという。

 しかしいつしか敵のいなくなった大国には腐敗が蔓延し、もともと政治など出来なかった神聖エリンハイム教は次第に勢力を落とすと、教会の存在に疑問を唱える王族派の台頭を許すこととなった。


 その情勢の中で、人の精神を操るという力に希望を見たのは前教皇だった。

 しかし、ベルディナードによってもたらされた隷属の魔法具には二つの制約があった。


 一つ目の制約は血の契約と呼ばれる、契約魔術の一つを行う必要があった。

 契約さえすればその力は一族に与えられ、代わりに一族の血を喰らう。

 それは誰かを支配下に置く為には、一族の誰かを犠牲にする必要があることを意味していた。

 血は相当に薄くても良かったが、それに合わせて支配力が弱まっていく。

 支配力が弱まれば隷属魔法が掛からないこともあった。


 二つ目の制約は魔法抵抗力が強い者には作用しないことだ。

 それにより前教皇は、直接王族を支配下に置くと言うことが出来なかった。

 なぜならば、王族は自身を守る為に毒と精神魔法に対抗する為の力を幼い頃から身に付けているからだ。


 そこで前教皇が取った行動は、教会の神威を引き上げる為に天恵を授かる人々を自らの管理下に置くことだった。

 それは狂気とも狂信とも言えるほど徹底したもので、嫡男のゼギウス以外の一族が潰えたと言われるほどだった。


 前教皇から『支配の王杯』を引き継いだ教皇ゼギウスが、最初にその力を使用したのはカイルの妹セシリアだった。

 その時にセシリアの天恵を知り、喜んで心の臓を差し出したのは前教皇だという。

 妹の不在に気が付いたカイルにより命令を下す前に奪還され、その存在を秘匿されたセシリアがことの発端となったのだから、手痛いミスだったと言えよう。

 教皇ゼギウスはそれをここで一気に片付けるつもりだった。


 ◇


 真っ赤な重装板金鎧を軽く着こなし、石畳の廊下を進み行くのは大司教ベルディナード。

 歳の頃は二〇代前半。茶色い長髪は癖がなく、歩みに合わせて舞い上がる。

 顔立ちは鋭い切れ長の目が冷たい印象を思わせ、金色の瞳は獰猛さを垣間見せた。


 鎧姿のベルディナードは、おおよそ大司教という役職からは遠くかけ離れていたが、これが本来の姿だ。

 彼にとっての大司教の座は、手っ取り早く貴族特権を手に入れる為の物でしか無く、神の教えなどに興味は無かった。

 それが逆に悪魔の教えだというのならば冷たい微笑みを返すだろう。

 人を恐怖で染め上げ、怯え死んでいく姿を見ることが彼にとっての生だった。


2016.12.31

ベルディナードの年齢が間違っていたので修正.

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