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隷属魔法

本日三話目です。今週はこれで終了。




 馬車は程なくして町で一番の館に着く。

 外門を入り、内門の入り口でニコラを厩舎番に預け、門を潜る。

 内門を入ったところから伸びる通路の両脇には使用人がずらりと並び、カイルの到着を迎えていた。


 この迎え方は……ずいぶんとカイルは影響力を持っているみたいだな。


 通路の先にはロンドル子爵と、青く長い髪の綺麗なフローラが恭しく待ち構えていた。

 フローラは俺がいることに気付き、少しびっくりした様子だ。

 俺もこの流れは考えていなかったのでびっくりしたのは一緒だ。

 もっとも、カイルの身分を考えればその身を受け入れられるのはロンドル子爵しかいないだろう。


「世話を掛けるな」

「お世話させて頂けること、光栄に存じます」

「アキトたちのことは知っているな」

「もちろんです。娘の命の恩人ですから」

「こんにちはアキト様。お変わりありませんか?」

「フローラ様、お心遣いありがとうござします。

 丈夫なだけが取り柄ですので。

 フローラ様もおかわりが無いようで安心しました」


 フローラが頬の火照りを隠すように両手で覆い、目を伏せて笑顔を見せる。

 ロンドル子爵はそれを見て少し複雑そうな表情を見せるが当然だな。

 少なからずフローラの好意が俺に向いているのは、貴族としての立場からすれば面白くないだろう。

 だが、ロンドル子爵の内心は俺への態度には表れない。

 私情を挟まないのは立派だと思う。


「到着早々で悪いが、セシリアには会えるだろうか」

「はい、もちろんです。

 カイル様の到着に会わせてお召し替えも済ませております」

「気遣いに感謝する」

「フローラ、案内を頼む」

「はい、お父様」


 ロンドル子爵の館は、その爵位に似合わず大きかった。

 その代わり玄関ホール以外は質素で、通路を飾る絵画は少なく、ビロードのカーテンも年季の入った物だ。

 貴族を迎える為に最低限の格式は保ちつつ、無駄なお金は使わないといった感じを受ける。

 まぁ、俺からすればどんな貴族の館でも十分に贅沢な物だったが。


 途中二階に昇り、何度か通路を曲がった先にある扉の前でフローラが立ち止まる。

 フローラに付き従う使用人が入室の許可を求めるが、中から返事は返ってこない。

 それはわかっていることだが礼儀として守っているようだ。


 しばらく間を置いてから使用人が扉を開けて、俺たちを部屋に招き入れた。

 フローラは部屋には入らず、使用人とともに扉を閉めて去って行く。

 恐らくカイルが来た時は、気を利かせて二人だけの時間にしていたのだろう。

 そんないつもと違い、今この部屋にはカイルとテレサ、俺とルイーゼとマリオン、そしてモモが残っていた。


 ここは質素な部屋で、おおよそ女性の部屋とは思えないほど飾り気……いや、飾りはあるな。無いのは色合いか。

 それがセシリアの好みなのか、部屋を清潔に保とうとした結果なのかはわからない。


 涼しい風がバルコニーに向けて開けられた大扉から入って、逆側の窓へと抜けていく。

 風に揺れるレース越しの優しい光が、大きくてゆったりとした椅子に座る少女を殊のほか神秘的に見せていた。

 カイルと同じ金髪碧眼の髪を結い上げた優しい面影の少女は、バルコニー越しに外を見ているようだが、その視点は何処にもあっていないという感じだ。

 歳もきっと俺と同じか、少し上くらいだと思われる。

 白を基調とした質素で清潔そうな衣装がよく似合う、儚げな少女だった。


「紹介しよう。妹のセシリアだ」


 暗黒魔法系隷属魔法。

 人の意思を封じ込め、単純な指示に従うだけの人形を作り上げる魔法だ。

 それはかつて友が掛けられた忌まわしい魔法で、使ったのは上位魔人族……。


 実際に確認したわけでは無いが、俺は直感でセシリアに掛かっているのが隷属魔法だと確信した。

 やはり神聖エリンハイム教は神罰と称して隷属魔法を使っている。

 この事実は今の俺の手に余る問題だった。


「アキト様、あのご様子はもしかして……」


 ルイーゼも気付いたようだが、あの場にいなかったマリオンは反応を示さない。


「確認しなければわからないが、恐らく間違いない」

「原因がわかるのか!?」


 迫る勢いでカイルが訪ねてくる。

 いつもの冷静さが何処に行ったのかと思うほどだが、大切な人に希望が見えたとなれば俺だって大騒ぎするな。


「確認したいと思いますが、セシリア様に触れる許可を頂けますか?」

「可能性があるなら認めよう」


 俺はセシリアの隣に跪き、その左手を取って魔力を精査していく。

 セシリアの透き通る様な魔力の中に、何かを喰らい押し止めるようにしてそれは存在していた。

 間違いなく隷属魔法を示す刻印だ。

 強靱な意志を持ち魔法抵抗の高い者であれば隷属魔法に抗うことも出来るし、不完全であれば俺が外部から魔力を操作して打ち砕くことも出来た。

 しかしセシリアにはしっかりと隷属魔法の効果が現れている。

 俺にはこの状態の隷属魔法を打ち破ることが出来ない……いや、出来なかった。

 前に出来なかったことが今でも出来ないとは限らないか。


「カイル様。もしセシリア様の症状を治せるとしたら治したいですか?」


 俺は当たり前のことを聞く。

 そしてカイルは俺の言葉を聞き、即答では無く考える様子を見せた。

 カイルの本心とは別に、セシリアが回復した時に起こりうることが、この国でどのような影響を及ぼすものか俺にはわからなかった。


「間違いなくこの国を揺るがす大事になるだろう。

 だが、これが神の名を騙った所行だというなら、私の名において必ず断罪すると誓おう」

「わかりました」


 教会の教えで言えば神罰であり、それを人が覆すことなど出来るはずがない。

 なぜならば人が神の力を上回るなどあり得ないからだ。

 だからもし出来るとするならば、それは結局のところ神罰では無かったということになる。


 教会は神罰という名の下に、セシリア以外にも意にそぐわない者にたいして隷属魔法を使っていた。

 それが全て偽りだったとすれば、カイルの言う国を揺るがす一大事というのも大袈裟じゃないだろう。


 だがカイルが腹をくくったのなら、俺も出来ることをするまでだ。

 俺もこの魔法だけは許せない。


「俺が出来るのは神罰と言われる魔法を解除することだけです」

「魔法だというのか!?」

「珍しい魔法ですが、やってみます」


 カイルは言葉を無くしていた。

 気持ちは複雑だろう。もし治れば国の一大事、治らなければ希望は潰える。

 俺が失敗する可能性も考えるだろうし、藁にも縋る思いでもあるだろう。

 だが、この魔法だけは見逃せない。


 隷属魔法は言わば人に使う刻印魔法だ。故に魔法陣が存在する。

 普通の魔法であれば魔法陣を壊せば魔法の効果が止まる。

 しかし刻印魔法はそれ自体が刻印を守る魔法にもなっていた。

 その守りは強力で俺の魔力操作では破ることが出来ず、竜の血を媒体とした魔法具によって破っていた。


 魔法具はリゼットを介して手に入れられるとは思うが、国が管理している物である以上は何かしらの理由が必要だ。

 だが神聖エリンハイム王国の教会が隷属魔法を使っているなどという問題は俺には大きすぎる。

 ならば嘘をでっち上げることになるが、その前に今でも無理なのか試してみるとしよう。


 俺は今一度セシリアに掛かっている隷属魔法の魔法陣を確認する。

 魔力による焼き印とも言うべきそれは常にセシリアの魔力を吸い、その効用が現れていた。

 魔法陣その物は魔力で描かれている。

 ゆえに魔法を解除するには魔力でその魔法陣を破壊するのが手っ取り早い。


『能力解放』(リリース・アビリティ)


 普段魔力の流れを押さえる為に絞っている魔力回路を解き放ち、魔力を解放する。

 押さえることの無い魔力は体内を駆け巡り、行き場を失うと体から溢れ始める。

 溢れた魔力は俺の体を初めは淡く包み込み、次いで赤みがさす。

 それは次いでなみなみとした物になり、色も橙……黄……緑……青そして黄金へと変わっていく。


「!?」


 そして最後には収束するように白銀となる。

 かつて見た不死竜エヴァ・ルータが纏っていた魔闘気と同じ物だ。

 今まで押さえることばかりに気を取られていたが、全開に放出したら想像を超える事態となり、自分でも驚いていた。


「アキト、貴方いったい何者なの!?」


 カイルは事態を理解しようとつとめ、テレサは事態が理解出来ずに疑問を呈する。

 もちろん俺にわかるわけがない。

 その原因となることならわかるが……。


 ルイーゼとマリオンは驚きよりもどこか恍惚とした表情を見せている。

 それもどうかと思うが、二人はある程度事情を知っているからな。

 モモは何か(・・)の気配を感じたのか、姿を消していた。


 取り敢えず、まずはやるべきことをやる。

 隷属魔法の魔法陣を司る魔力。それを俺は、今度も全力で解除しようと魔力を流し込んだ瞬間、拍子抜けするほどあっさりと消し飛んでいた。


「あれ?」


 思わず間抜けな声が零れた。

 そして俺はこちらをじっと見つめる視線と眼が合う。

 金髪美人さんに真正面から見つめられてちょっとどぎまぎしてしまうのは、健全な証拠だろう。


「貴方……は……?」

「セシリア……わかるのか?」


 セシリアがその声にひかれ、カイルの方を見る。


「はい……お兄様、私はいったい……」


 隷属魔法の支配下にあった時の記憶は無いと言われている。

 もう間違いないと言って良いだろう。


「セシリア!」


 カイルがセシリアの横に膝立ちし、その体を抱き寄せる。

 打つ手が無く途方に暮れていたカイルだったが、それだけに喜びもひとしおといった感じだ。

 流石に涙こそ見せないが、いつも厳しさの見え隠れしていたとは思えない優しい顔をしていた。


「良かった……アキト感謝するわ。

 これでカイル様を縛っていた呪縛も解ける」


 テレサは涙を隠そうともせずに、カイルの喜びを自分のことのように受けていた。

 ただ、呪縛も解けるといったテレサの言葉は気になる。

 セシリアがカイルの枷となっていたのなら、それが解かれたことで何かが動き出すのかも知れない。

 俺も自分の立ち位置を明確にする時期が近付いてきたことを感じた。



感想は何時も拝見させて頂いております。

励みにもなりますし、誤字脱字の報告やご指摘など助かっております。

返信はなかなか出来ませんが、疑問に関しては出来るだけ答えていきたいと思います。

これからもよろしくお願いいたします。

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