案内人フリッツ
コボルトの討伐報酬として受け取ったのは銀貨五七枚と銅貨五〇枚、銅貨換算で五,七五〇枚だった。
今の宿なら食事付きでも五〇日ほど泊まれるので、臨時収入としては大きい。
過去の経験上、魔魂抜きでこの報酬であればカイルが色を付けたというのも納得がいく。
おそらく銀貨二〇枚ほどは上乗せされているだろう。
そんな泡銭を持って向かったのは木工職人の店だ。
店に入ると咽せるような木の匂いに一瞬だけ歩みを止めたが、直ぐに気にならなくなる。
店内は二〇畳ほどの広さで、木製の日用品や家具それに調度品が飾ってあり、その出来映えは悪くない。
店内を眺めていると、丁度奥の工作室らしき場所から中年の男性が姿を見せる。
中肉中背だが体は引き締まっていて、服の上からでも良く筋肉が付いているのが見て取れた。
冒険者と言われても違和感の無い体格だが、表情は穏やかで営業向きの顔だった。
「いらっしゃい!
家具から攻城兵器までなんでも作ってみせますぜ」
半分はノリだと思うが、本当に攻城兵器まで作れる技術があるなら俺の計画には欠かせない人材だ。
「頼みたいのはこれなんだ」
俺は設計図の束を差し出す。
図面の書き方とか知らなかったので、元の世界の知識を思い出し頑張って書いた。
今の荷車を『カフェテリア二号店(仮)』仕様にする為の図面だ。
「こいつは……兄ちゃん、家で働かないか。
これだけしっかりした設計図が書けるなら、すぐにでも嫁さんの二人くらい食わせていけるぞ」
お嫁さんとか悪くないが、残念ながら木工職人になる気はなかった。
まんざらでもなさそうな二人を置いておいて話を進める。
「それで、出来そうか?」
「ここまで用意建てされて出来ないという奴がいたら、そいつはもう木工職人じゃねぇぜ」
「それじゃ金額と期間を見積もって欲しい」
「わかった。この図面ならそうは掛からない。
その辺で昼でも食べて来てくれれば、その間に用意しておく。
二軒隣の食堂がお薦めだ」
「それじゃまた後で来るよ、よろしく」
思ったよりも難儀を示されなくて安心した。
出来るだけ理想に近い形で作ってもらう為に頑張った甲斐があるというものだ。
俺たちは紹介された食堂に入り、軽めの食事を取る。
食堂は、さっきの木工職人の奥さんがやっているお店だった。
道理でお薦めな訳である。
もっとも、良心的な値段で味もそこそこと悪くない。
「アキト様、楽しみですね」
「あぁ。エルドリア王国で店を出していたのは楽しかったからな。
ルイーゼが一番大変かもしれないけれど、出来るだけサポートするから頼むよ」
「はい、もちろんです」
ルイーゼは俺が頼むと何時も笑顔で二つ返事だ。
それは凄く助かるけれど、もう少し自己主張してくれても良いと思う。
もっとも、昔に比べれば結構主張してくるようにはなったんだが。
ルイーゼには家計だけでなく家事全般も仕切ってもらっている。
とは言っても、持ち家があるわけでもないし洗濯はモモの『洗浄』魔法と『浄化』魔法で事足りる。
男っぽい仕事は出来るだけ俺がやっているし、マリオンもルイーゼの手伝いをするから一方的な負担ということもないだろう。
「わたしは配膳ね。前に付けていたエプロンを付ければいいの?」
「いずれは揃いのユニフォームにするけれど、当面はエプロンだな」
汚れ物と言うこともあり、もとより多めに用意してある。
貴族様御用達高級レストランという訳じゃないんだ、それらしいマークを入れれば十分だろう。
昼食を取った後は木工職人の元に戻り、見積金額を聞く。
図面の訂正が幾つか必要となり若干予算をオーバーしていたが、そこは早速討伐報酬が役に立った。
代わりに一ヶ月は見ていた制作期間が、手が空いていると言うことで二週間で済んだのは幸いだ。
最終的な詰めで拘ってしまい、狩りに出るには時間が半端になってしまった。
結局その後は『カフェテリア二号店(仮)』用に食器や足りない香辛料を追加して一日を終える。
◇
「今日から二週間、久しぶりに狩りを満喫するぞ!」
「はい、アキト様」
「どんな魔物がいるかしら」
マリオンは腕が鳴るとばかりに両手を腰に当て、不敵に微笑む。
ちょっと女の子らしくないけど、頼もしいので良しとしよう。
モモも気合い十分で、小枝と葉っぱの盾を構えて素振りをしている。
お気に入りの技は三連突きだ。
見て覚えたようだが割と様になっていた。
朝の鍛錬ではモモも参加したがるので軽く稽古を付けているが、意外と筋が良くて既に最初の頃の俺より強そうだ。
モモの指導をするようになって大分経つが、改めてその動きを見ていると、きちんと装備を調えればEランクの冒険者クラスにはなっていそうだな。
まぁ、動きだけで力があるわけでなく体重も軽いから、実戦向きでは無いが。
モモに頼んでルイーゼだけ装備を狩り用に変える。
ルイーゼの実戦装備は俺が調子に乗ってしまった為に、ちょっと見た目が困ったことになっていた。
そのままでは悪目立ちしすぎるので、予備品の装備を用意している。
予備品とは言え質の良い軽板金鎧に扱いやすいサイズの盾とメイスだ。
このままでもCランククラスの魔物なら十分に対応出来る。
いざとなれば実戦装備への改装が一瞬で終わるから出来る、モモの魔法鞄があってこそだが。
「取り敢えず、冒険者ギルドに行って案内人でも雇うか」
「この辺りの狩り場は初めてですから、それが良いと思います」
「冒険者ギルドは久しぶりね。
この国はどんな雰囲気かしら」
「この町は冒険者も多いみたいだし、結構活気がありそうだな」
冒険者ギルドは東門の兵舎の向かいにあった。
こうした配置が、ちょっとしたいざこざを押さえる役目をしているかもしれない。
俺たちが冒険者ギルドに入る頃には、既に朝一番の混雑は過ぎていたようだ。
鍛錬をする為に出遅れるのは何時ものこととも言えた。
むしろ混雑している時間に来たことがない。
受付ホールは幅二〇メートル、奥行き一〇メートルといったところで、そこに今は二〇人ほどしかいなかった。
ここは完全に冒険者ギルドとしての機能だけのようで、待合室代わりの飲食が出来る様なスペースが無い為、本当に用事のある者しかいないのだろう。
今いる二〇人も、掲示板を見ては仲間とどの依頼をこなすか相談していた。
俺たちは依頼を受けずに素材の売買が中心なので今までに困ったことも無いが、本当なら依頼と魔物狩りの獲物を上手く合わせるのが効率も良いはずだ。
それよりも毎日の鍛錬を優先しているので、効率は二の次になっている。
俺たちも一七歳になり、それなりに雰囲気も出て来たのだろう。
以前は良くあった新人を品定めするような視線も殆ど無くなった。
……それだけじゃ無いな。
前にいたエルドリア王国では、少なからず俺の黒い髪を見て顔を顰める人や明らかに嫌悪の表情を見せる人がいたけれど、この国ではそんな感じが無かった。
と言うか、五つある受付の一人が黒髪だ。
かつてエルドリア王国を襲ったという上位魔人の惨劇により、エルドリア王国では魔人の髪と同じ黒い髪を持つ者を忌み嫌う傾向があった。
その傾向は貴族に強く、俺や俺以外にも黒い髪を持つ仲間が肩身の狭い思いをしていた。
でも、ここ神聖エリンハイム王国ではそもそも上位魔人の惨劇が起きていないのだから、そうした忌避感が無いのだろう。
「どのようなご用件で?」
「ここの遺跡は初めてだから案内人を紹介して欲しいんだ」
「それは構いませんが、どの辺りまで進む予定ですか?」
「取り敢えず今日はさわりだけ、明日は日帰りの範囲で。
その先は特に決めていないので様子を見ながらかな」
「それですと……おいマイスト、ベリルは今日出ているか?」
「あぁ、出ているはずだ」
「そうか。ふむぅ……」
意外と居ないものだな。
まぁ居ないなら居ないで魔物の傾向だけ聞けば良いか。
「それ、俺にやらせてくれ!」
「フリッツか……まぁ、浅瀬なら悪くないな」
俺が断ろうとしたところで、背後から随分と若い声が掛かる。
振り返って見れば一五歳くらいの少年がいた。
古着を着て背中には背負子、まだあどけなさが残っているが赤茶色の髪と意志の強そうな印象的の目をしていた。
「そいつはフリッツだ。
止めるのも聞かずにちょくちょく浅瀬に食料を取りに潜り込んでいるから、この辺の魔物のことはよく知っている。
戦うのは無理だから少し気を使ってやってくれるなら、知識の方は問題ない」
浅瀬なら何かあっても守り切れるだろう。
ルイーゼとマリオンが戦っている間は俺がフリッツのことを守っていれば、万が一突発的なことがあっても大丈夫だ。
「わかった。
俺はアキト、隣がルイーゼにマリオンだ。
フリッツ、よろしく頼む」
「一日銀貨一枚、今日は半日だから銅貨五〇枚。先払いじゃなきゃダメだぜ」
「しっかりしているな。
浅瀬の案内で一日銀貨一枚も高いと思うが、その分しっかりと案内を頼むぜ」
「もちろん代金の分はしっかり働くよ」
ルイーゼが銅貨五〇枚をフリッツに渡す。
少し顔を赤くしたのはルイーゼが綺麗だからだろう。
それはとても自然な反応というものだよフリッツ君。
「フリッツ、しっかり稼いでこい」
「わかってるって」
挨拶と報酬のやり取りがすんだところで冒険者ギルドを後にする。
お昼前には狩り場に着きたいので、詳しい話は道中で行えばいい。
「それじゃ早速案内を頼む。
最初は素材の価値は無視していいから、戦いやすいのから頼む」
「ならホーンラビットだな」
「おっ、定番の魔物だな」
実際に見たことは無いが、ファンタジーと言えばまず出てくる魔物だ。
この世界でも初心者向きの魔物らしい。
俺たちは先行するフリッツの後について町を出る。
出る時のチェックは緩く、身分を証明する認証プレートを提示するだけだ。
その内容が示すのは商人なのに、装いはいっぱしの冒険者。
「商人じゃ無いのか?」
「商人だけれど、元手が無くて自給自足さ」
「そいつは大変だな、怪我しない程度に頑張ってくれ」
「あぁ、行ってくるよ」
世間話程度の会話をして門を抜ける。
フリッツは後ろから見ると背負子が歩いているようにしか見えないが、あれにいっぱい荷物を積み込んでも歩けるのだろうか。
少なくても俺が一五歳の頃、この世界に来る前には無理だったな。
「アキトの冒険者ランクはどれくらいなんだ?」
「フリッツ、せめてアキトさんって呼びなさい。
謙る必要は無いけれど、貴方も客商売を続けるなら覚えるべきだわ」
「……アキト、さん。冒険者ランクは何になります……か?」
マリオンに指摘を受けたフリッツは素直に言い直す。
反論の様子を見せなかったことから、悪気は無いのだろう。
ただそういう教育を受けてこなかった、あるいは受けられなかっただけで。
「ランクはCだと思ってくれれば良い。
案内は約束通り浅瀬で構わない。
もしCランク程度の魔物の情報があるなら買っても良い」
冒険者認識プレートに埋め込まれた特殊魔晶石が指し示す色は俺が橙――Aランク相当、ルイーゼとマリオンが黄――Bランク相当になっていた。
ただ、昇級試験を受けていないので実際のランクは全員がCのままだ。
元々討伐依頼を受けることを目的としてランクを上げていたが、結局殆ど利用していないのが実情だった。
そう言えばマリオンが国に帰った時はDランクだったはずだから、俺の知らないところでDランクの昇級試験を受けていたようだ。
「本当か!?
あ、いや、本当ですか?」
「あぁ。魔物の情報一体に付き銅貨五枚でどうだ?」
「まずはマッドスパイダーがいる!
強さ的にはDランクなんだけど毒を持っているからCランク扱いになっているんだ。
胴体の大きさは成体が一メートル前後で、牙がやたらと大きい以外は普通の蜘蛛と同じだ。
こいつは巣を作る種類じゃ無くて地面に潜っていて、近くを通ると襲い掛かってくる。
見付けるには地面が一度掘り起こされた後が無いか確認する必要があるんだけれど、一度雨が降ると見付けにくくなるから、実はこいつの被害が大きいんだ」
フリッツは目を輝かせると、次々と魔物の情報を伝えてきた。
それは俺が思っていた以上に有用な情報で、十分に銅貨五枚に値する内容だった。
銅貨五枚と言えば、多少物価の高いこの町でも節約して一日分の食事代になる。
魔物の説明だけで一〇日分を稼ぎ出したフリッツは、約束通り支払われた銅貨を握りしめてホクホク顔だ。
マッドスパイダーの他には粘性生物やローパーと言った魔物がCランクで良く遭遇する魔物になるらしい。
スライムは前にも戦ったことがあるが、俺の拙い精霊魔法で戦うのは思ったよりもやっかいそうだ。
ローパーはワームに触手が付いた、なんとなく食虫植物みたいな奴だったか……やばい、絶対に会いたくないな。