神聖エリンハイム教
本日二話目となります。
続けて後一話投稿します。
ここはシャルルロア領の最も東にあるイーストロア地方で、治めるのはフローラの父親であるロンドル子爵になる。
町の名前はそのままイーストロアだった。
この先は国境になる為、ここで荷を降ろす商人と国境を渡ってきた品を仕込む商人で賑わう比較的大きな町だ。
随分と商人が多いと思ったが、自分も商人だと言うことを忘れていた。
ここは一つ商人らしく旅の初めに仕入れていた塩と香辛料を捌くとしよう。
「このまま馬車を進め、次の大通りを北に向かってくれ。
町で一番の館が見えてくるので、そこが私たちを迎え入れる準備をしている」
「私たちもご一緒して宜しいのですか?」
「この時期、どうせ客室は空いているのだ。
他に予定が無いなら遠慮せずに来ると良い」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
町に宿を取っても良いが二晩ほどだし、城と違って出入りは門番との顔合わせだけで済むそうだ。
折角の休みなので、明日は商人ギルドに寄ったり『カフェテリア二号店(仮)』のお試しオープンなどを計画している。
カフェテリアの方は一度お客の反応を見て最終的な調整や準備を行う予定だ。
明日の計画を考えていると、少し冷えた風が町を抜けて火照った体をいい感じに冷やしてくれた。
そう言えば気温も何度か下がった感じで、随分と過ごしやすい町だった。
「それにしても涼しい町ですね」
「草原を抜けてきた風が、町の南にある湖で冷やされて流れてくる為だろう。
シャルルロア領で最も過ごしやすい町と言われているだけあって、もうしばらく経てば領都の暑さから逃げてくる貴族で賑わうはずだ。
そして、私の妹が養生しているのもこの町だ」
顔見せも一つの目的か。
いつも感情を押し殺すように表情を作っているカイルは、ともすれば冷徹にも見えるが、今はそれが崩れていた。
一度崩れてしまえば若々しい好青年としか言いようが無い。
「以前の薬は効果がありましたか?」
「残念だが他の回復薬と大きな差は見られないと聞く」
余り良い結果ではなかったようだ。
しばらく前に作った回復薬は、上級回復薬に近い性能のはずだ。
素材の関係で上級薬というわけでも無いが、結構自信作の回復薬だ。
それが大差無いと言うほど元々の回復薬が良い物だったのだろうか?
そうで無いならば、時間が癒やすタイプの病では無いと言うことになる。
「だが、いずれにせよ回復薬は必要だった。
回復薬が無ければ衰弱する一方だからな」
「差し支えなければどんな症状かお伺いしても?」
カイルがルイーゼの天恵を知っているのに頼ってこない以上、差し出がましいかと思いつつも聞いてみる。
「私の妹セシリアは、かつてルイーゼと同じように癒やしの天恵を授かっていた」
カイルは少しだけ思案した様子を見せたが、話すことに問題が無いと判断したのか症状を口にした。
気になるのは授かっていたという過去形か。
天恵は神に与えられた力で、神聖魔法とも言われている。
カイルの言葉はその力を失うこともあると言うことを示していた。
途端に他人事ではなくなる。
そう言えば、以前トリスタンに対して「神の力を神の力でどうにかしようとは思わない」と言っていたな。
神の力が天恵を示すなら、失った天恵をルイーゼの天恵でどうにかするつもりはない、と言うことに繋がるのか。
あるいは俺の知らないリスクがあるとか……どちらにせよ恐らく無理だろう。
『神聖魔法』は肉体的な怪我を治すだけで、それは強力になった今でも変わりない。
「当然のように聖女として教会に入ったセシリアだが、教会の許可無く癒やしを行うことが多かった。
優しい子だった為、病に苦しむ者や傷付いた者を放ってはおけなかったのだろう」
教会では自由に天恵――その中でも『神聖魔法』を使うことを禁止していた。
強力な力故にその対価として魂が失われることを危惧している、というのが建前だ。
「私が遠征中の出来事だった。
秩序を乱す聖女には天罰をといって、セシリアが教会に拘束されたのは」
建前である以上、それを守らない者には何かしらの罰を与える必要がある。
そうして教会は力を支配し、管理してきた。
「私は急ぎ救出に向かったが、そこにいたのは虚ろな目をして生きることを諦めた、まるで廃人のようなセシリアだった」
カイルは怒りを堪えるように、組んでいた腕に爪が突き立てる。
普段なら俺も怒りを覚えていたに違いない。
だが俺は別のことを考えていた。
虚ろな目で廃人のような……。
「生きてはいるが食事を取ることも無く、回復薬で生を繋ぐだけ。
それでも生きていてくれさえいるなら、いつか元気になってくれるだろうと信じている」
「酷い……」
ルイーゼが口元を押さえて呟き、マリオンが口をへの字にして不満を堪える。
俺はと言えば、セシリアの身に何が起きたのか気付き、その危険性に考えを巡らせていた。
なぜならカイルの話す症状が、俺の知っている状態に酷似していたからだ。
「教会の者が何をしたのかはわかっているのですか?」
俺は原因に思い当たることがあるとは告げず、それでも確認だけは取っておく。
「天恵を神に返したと言っている。
もし神がお許しになれば感情が戻るだろうと」
「信じているのですか?」
「まさか。だが、この国で教皇に異を唱えることは難しい」
神聖エリンハイム王国。
この国の成り立ちには神聖エリンハイム教の力が大きく関わっていた。
立場がある者ほどその言葉を無下に扱うことは難しいのだろう。
本来は人を導く立場にいる教会の人間が、もし神罰と称して自分の都合の良いように事を運ぼうとしているなら、黙認出来ることでは無かった。
あれは人としての同一性を弄ぶ悪しき行いだ。
「カイル様。セシリア様の様子を窺うこと、お許し頂けますか?」
「どういうことだ?」
「私の知っている症状によく似ているのですが、もしそうであれば幾つか手があります」
カイルが驚きに目を見張る。
今までにも十分手を尽くしてきたのだろう。
だが、いつか元気になってくれると言うカイルの言葉には力が無かった。
それは可能性を見失っているからだ。
「もし気が付かれたとしたら、それは神様が許されたと言うことになるのではないでしょうか」
自分でも都合の良い物言いだとは思うが、もし本当に神と言われる存在に罰を受けたというなら俺にどう出来るというレベルではないはずだ。
「頼む」
期待しすぎることを抑制するように、カイルが言葉を発する。
俺からすれば言葉が短かろうと、許可が出たのであれば問題なかった。