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ティティルの故郷・中

本日三話投稿しています

「時間稼ぎは失敗したようだな」

「そうなのよ! ガーゴイルを七匹も送りつけたのによ!

 そりゃあ城を落とすとまでは言わないけど、反教皇派のトップは粗方片付くと思っていたのに全然よ」


 ここはヘリオン領への侵攻を開始したトルキア領の前線基地。

 所々に設けられた松明が日の落ちた草原を照らしだし、大小いくつもの天幕をオレンジ色に浮かび上がらせる。

 その内の一つ。中央にある一際大きい天幕はダリウス将軍の物で、そこにはダリウス将軍とシルヴィアの姿があった。

 シルヴィアは作戦の失敗を突かれていたが、むしろ楽しみが増えたという感じでそれに答える。


 ガーゴイルはCランクに当たる魔物だが、飛行能力と物理耐性と魔法耐性を持ち、限りなくBランクに近いとされる魔物だった。

 シルヴィアはガーゴイルに、闇の雫と呼ばれる宝玉の奪取と簒奪者の排除という指示を与えていた。

 祝賀会の会場には事前に持ち込ませた闇の雫があり、それ求めて塔を飛び出していくガーゴイルを見送ったシルヴィアは、塔の上から慌てふためく城の様子を眺めるつもりだった。

 七匹のガーゴイルを押さえ込み、その命令の初期化と再稼働の為の魔力供給という、人の身には不可能なことを成し遂げ、疲れていたというのもあった。


 そして思惑通り始まった会場の混乱だったが、それは一〇分ほどで終わってしまう。

 生憎と角度的に会場の中程までは見通せず、誰がガーゴイルを打ち倒したのかはわからなかったが、こうも容易く倒せる者がいるとすれば心当たりは一人しかいなかった。


「あれなら自分で行けば良かったなぁ。

 上手くいけば本気の獅子王と戦えたのに」

「馬鹿を言うな。

 顔のバレている貴様が公に動けば面倒が大きくなるだけだ」

「その時は全員殺しちゃえばいいし」


 ダリウス将軍は簡単に言うシルヴィアにそれが出来ないとは思っていなかった。


「ベルディナード様に怒られるまえに、一層のこと全部無かったことにした方が……」

「そこまで好き勝手にさせるつもりは無い」

「別にあんたの命令とか聞かな――」


 一瞬で振られた戦斧(バトルアックス)がシルヴィアを捕らえ、その体を弾き飛ばす。

 シルヴィアはそのまま天幕の支柱をなぎ倒し、布地を破って飛び出していく。

 何度か地面に体をぶつけたところでバランスを取り、地面を滑るようにして立つと、そのまま勢いを殺す為に貯めた力を使い跳躍する。

 突然の騒ぎに何事かと振り向いた兵には、突然現れたシルヴィアが再び突然消えたようにしか見えなかった。


「相変わらず力だけは馬鹿みたいにあるんだから。

 頭がクラクラするよ」


 ダリウス将軍の背後に着地したシルヴィアは、ほぼ同時に鎖ナイフの刃を首元に突き立てていた。

 だが、その刃はダリウス将軍が首を守るように伸ばした、手のひらを貫通したところで止まる。


「まだ続ける? 私は歓迎だけれど」


 あくまで戯けた口調を崩さないシルヴィアに対して、ダリウス将軍は戦斧を降ろすことで答える。

 戦斧でまともに捕らえたはずだったが、僅かに早く鎖ナイフで阻まれていた。

 それでも十分に研ぎ澄まされた戦斧は振るわれた力も加わり、並みの重板金鎧すら切り裂く威力がある。


 だが振るった戦斧に伝わる手応えは軽かった。

 所詮シルヴィアは少女の小柄な身だ。

 たとえ鍛えられて筋肉質とは言えたかが知れている。

 だから力が逃げるのは仕方が無いだろう。

 それよりも受けきった鎖ナイフの素材の方にダリウスは警戒していた。


「実は躱せると思ったけど思った以上に早くて、なら威力はどうかなと喰らってみたら威力も思った以上だったから驚いたよ」

「化け物め」

「こんな可愛い子を捕まえて酷いなぁ。

 むしろ同族殺しをするような貴方たちの方が化け物でしょ」


 シルヴィアの容姿は、歳に似合わぬ妖艶さを醸し出していた。

 普通に見れば可愛いや綺麗と言ったイメージが先に来るはずだが、それらの印象を上書きするように妖艶というイメージが付いてくる。

 それは金色(こんじき)の瞳であったり、時折見せる赤い舌であったり、仕草のなかに隠れて現れていた。


「ダリウス将軍ご無事ですか!?」

「大事ない、控えろ」

「し、しかしこの様子は」

「控えろと言っている」

「は、はっ!」


 とても大事が無いとは言えない状態だったが、将軍に三度同じことを言わせるわけにはいかず兵が下がる。

 それでも壊れた支柱の手直しや破れた天幕の補修が行われ始めた。


「ねぇダリウス将軍。

 何人か遊ばせて貰って良いかな。さっきので体が火照っちゃって眠れないわ」

「第一陣の者であれば好きにしろ」

「このまま遊んでくれても良いのだけれど?」

「失せろ」

「はいはい」


 シルヴィアはヒラヒラと手を振って天幕を後にする。


「獣人族の件が片付けば、次は貴様らの番だ」


 ダリウス将軍はシルヴィアの去った空間を見つめ、心の内を吐露する。


 ◇


「この感覚は夢……久しぶりだな、不死竜エヴァ・ルータ」

『小さき者よ。我にその身を捧げる気になったか』


 人は依り代たる肉体と、魂の器を持っていた。

 その魂の器に宿る物が魂魄(こんぱく)であり、人の意思と言って良い。


 かつての俺は、転生の秘術の依り代となるべく不死竜エヴァ・ルータの魂魄を受け入れることになった。

 だが、結果的にその巨大な魂魄を受け止めきれなかった俺は、魂の器から俺自身とも言える魂魄が霊脈に追いやられる。

 俺は霊脈を漂う中で少しずつ魂魄が失われ、同時に完全なる死が迫ってくるのを感じていた。


 意識が途切れる寸前、助けてくれたのは女神アルテアだった。

 俺の前に現れた女神アルテアは俺の魂魄を導き、色々あって何とか自分の体を取り戻すことが出来た。

 そんなに昔の話でも無いが、その世界の記憶は随分と遠い昔の気がする。


「いや、できれば契約通り寿命を全うさせて欲しい。

 そういう意味じゃ、この間は力になってくれたんだよな」

『汝ら小さき者は、物事を明確に伝えることが苦手と見える』

「デナードの使った裁きの雷を受けた時に、助けてくれたんだろう?

 器となるべく俺の体が失われないように」

『我は何ら関与せず。

 汝の魂が潰える時、我はどのような状態からでも復活して見せよう』


 不死竜と言われるだけあって凄い自信だ。

 その割には上位魔人に追い詰められていたようだが――そう考えた瞬間、強大な竜の目に睨まれた気がした。

 肉体を失ってなお、その存在感はどこから来るものか。

 そう言えば、不死竜エヴァ・ルータの死体はどうなったんだ……。


「そうは言うが、俺の力じゃあの攻撃は絶えきれなかったと思う。

『身体強化』(ストレングス・ボディ)『自己治癒』(セルフ・キュア)にそこまでの力は無かったはずだ。

 どちらかと言えばあれは竜の再生能力じゃ無いのか?」

『我が契約は少女に我が子を授けたのみ。

 もっとも転生の秘術を行うに邪魔な契約は破棄している』

「邪魔な契約?」

『人の子が魔封印の呪いと呼びしものなり』


 あぁ、やっぱり竜の魂を受け入れたことで俺の魔封印の呪いは解かれていたのか。

 タイミング的にはそれ以外に無いとは思っていたが。

 だが、本当にそれだけか?


『汝の魂と肉体は既に魔に染まっている。

 魂までも魔に染めた人間は汝が初めてであろう』


 えっ、いつの間にそんなことになった!?

 肉体はまだわかる。身体強化魔法を使い続けることで、確かに肉体その物が変異していくのを感じていた。

 それにともない魔力がよりスムーズに流れ、肉体その物の強度も上がっている。

 だが魂はいつ染まった? あるとすれば――あの世界にいた時か。


「エヴァ・ルータの言う魂が魔に染まったせいなのか、最近魔力切れを起こす気配が無いんだが」

『竜脈に魂を飲まれし者が生還したことなど、我が魂の記憶を持ってしても皆無。

 故に不愉快なり。

 汝が契約し者で無ければ、その身ごと喰らうて消し去っておったわ』

「竜脈? 霊脈じゃなかったのか……」

『あの様なものと一緒にするでない!!』


 やぶ蛇だった。

 まぁ、竜なんだから竜脈であって不思議は無い。

 間違えたと言っても俺からすれば殆ど変わりなく、この分なら地脈も同じ様なものに思えた。


 そして思った通り魂が霊脈――じゃなく竜脈を漂っている時に染まったのだろう。

 思い起こせばあれは超高濃度の魔力の中とも言える。

 何せ魔力を世界にばらまいているのは竜脈なのだから。

 竜脈を辿れば古代竜に行き着くと言うが、作り話とも言い切れなくなってきたな。


 世界を構成する三種族は竜族と巨人族そして精霊族だ。

 そしてそれぞれは竜脈・地脈・霊脈を操り、世界を動かしている。

 この三種族は太古の昔から未だに争いを続けているらしく、不死竜エヴァ・ルータは俺が霊脈と間違えていたことに激オコだった。


 というか、再び睨まれた。


「もしかして考えが読めるのか?」

『汝のような愚か者と契約した恥を、我は戒めとして忘れることは無い』


 読めたようだ。

 これじゃうかうかと妄想もしていられない。


 ちなみに三種族以外には神々がいる。

 伝記によるとエルフ族の一部、精霊王に愛されしハイエルフが神々と言われ、偶に降臨しては人族に神託を告げることがある。

 俺が生まれた元の世界に比べれば神々が身近なだけあり、信仰心といったものが自然に身に付く世界だった。


 この世界での神々は等級としては三種族の下になるが、脅威でしか無い三種族より、愛情を注いでくれる神々に人族は傾倒し、いつしか神々として崇めるようになった。

 人が、人と近い容姿を持ちながら人にはたどり着けない完成された美しさを持ち、あらゆる奇跡を起こす神々を求めたのは自然だっただろう。

 それが面白くなかった竜族は魔人族を後押しし、今や最終戦争(ハルマゲドン)かと言う時に、巨人族が大地を分けることで調停役となって出来たのが今の世界だ。


 まぁ、神話だけあって色々と脚色されたりねじ曲げて伝えられたりしているだろが、そう思って学ぶにはなかなか面白い。


「俺の知っている話では竜族というのは人化出来るものなんだが、エヴァ・ルータには出来ないのか?」

『なんの戯れ言だ。

 我が小さき者になったとて何の意味があろう』

「まぁ一緒に遊んだり旅をしたりというのがだいたいのパターンだな。

 人間の視点で物を見るというのもなかなか面白いものらしいぞ」

『ならば直ぐにその命を絶ちきるが良い。

 その代償としてしばらくは汝の望みを叶えるとしよう』

「いや、待った。

 俺は望んでいない。俺の望みは天寿を全うすることだ。

 出来ないなら別に無理することじゃないさ」

『精霊に出来ることが我に出来ぬと言うか!?』


 再び激オコだ。

 何とか崇め、敬い、讃えてご機嫌を取る。


『下らぬ事を言わず、与えられた千年を生きれば良い』

「生憎と人間はそんなに長くは生きられないさ」

『何を――「アキト様……アキト様」』


 急に可愛い声になって何がしたいん……だ?


「アキト、いつまで眠っているつもり?

 約束に遅れるわ」

「……あれ……あぁ、眠ってた」

「見ればわかるわ」


 マリオンが何を当然と言わんばかりに目を丸くし、ルイーゼがクスクスと笑いながら厨房へ向かっていく。

 隣には大の字になったモモがいて、何時もの日常だ。

 ただ夢を見ていたのか、本当に不死竜エヴァ・ルータと言葉を交えていたのか、今となっては良くわからなかった。


 俺は一度大きな欠伸(あくび)をしてベッドを降りる。

 寝間着の裾を掴んでいたらしいモモが、引き摺られるようにしてベッドから落ちるのを受け止めベッドに戻す。

 幸せそうに顔の蕩けているモモに幸せを感じつつ、旅立ちの準備をした。


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