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ティティルの故郷・前

本日三話投稿しています。

「第一陣、進め!!」


 北には遠く山脈まで見渡せる程の平野が続き、南には太陽の日を拒むように背の高い広葉樹の立ち並ぶ大森林があった。

 綺麗に区切られたように平地と森林を分けるここは、北のトルキア領と南のヘリオン領の領境でもあった。


 その平地をトルキア領の紋章を付けた軽装の兵士が、号令に合わせて小走りで駆け始める。

 兵士は全員が人間族で構成され、槍または剣と盾を持っていた。

 その数はおよそ三〇〇人ほどで、乾いた大地を群れとなって走り抜ける後には土埃が舞い上がる。

 ただ、その先に兵士たちを迎え討つ姿は無く、まるで森その物が敵だといわんばかりだ。


 だがその深い森には確かに何かの潜む気配があり、足を進める兵士の表情にも緊張が見られた。

 中には手が震え武器を何度も持ち直す者、涙を流しながら笑っている者、迫る森に怯えて足を止める者など様々だった。


「第二陣進め!!」


 装飾の施された騎馬の上から号令と共にラッパの音が鳴り響き、それに合わせて更に二〇〇人近い人影が動き出す。

 今度は重装備の兵士で、彼らの役目は足の止まった第一陣を煽り立てて森に追い込み、そこに食らい付こうと現れた敵を討つものだ。

 更にその後で、より大きな土煙を巻き上げながら騎士団が動き始める。

 森林への侵攻となるため騎兵である彼らの役目は逃亡兵の処刑にあった。


 神聖エリンハイム王国は七つの国が宗教戦争の元に統一されて出来た国で、対外的には大国という扱いになる。

 しかし西のザインバッハ帝国の様に長い歴史があるわけでは無く、領境では小競り合いの続く場所もあった。


 エリンハイム国王は各領の兵力を分散させる為、そしてある程度の戦いに慣れさせる為に大義名分の通った争いについては黙認している。

 そうすることでその矛先を中央に向けないようにコントロールしているとも言えた。

 この戦場での大義名分は獣人族に神の教えを広める為と言うものだ。


 ここセルリアーナ東大陸が統一に向けて動いていた時、最後まで抵抗したのが獣人族の国ヘリオンだった。

 彼ら獣人族は元々種族毎に独自の信仰を持ち、他者の信仰については寛容だったが、自らが染められるとなれば話は別だった。

 前の戦でも森に火を放たれその三分の一を失うことが無ければ、負けを認めることは無かっただろうと言われている。


 獣人族は総じて人間族を上回る強靱な肉体を持ち、人間同様に知能が高く、五体が武器であり、種族特性とも言える特殊能力まで持ち合わせていた。

 そんな獣人族を背後に持つトルキア領は彼らを魔物と同様に恐れ、やがて人間至上主義者の温床となっていく。


 トルキアは元々野心的な国で、未だに中央の主権を得ようと動いていることは子供でも知っていることだ。

 だが背後に相成れない者がいる状態ではそれもままならない。

 まずは獣人族の影響力を下げ、背後の憂いが無い状態にしてからで無ければ中央に打って出ることは出来なかった。


 第一陣が追い立てられるように森へと侵入してしばらくして、鉄を打つ音と肉を打つ音が森の至る所で鳴り渡る。

 森の至る所で悲鳴や断末魔の叫びとも取れる声が上がり初め、時折獣の吠える声もそれに混ざり始める。

 直ぐに兵士が森からはじき出されるように転がり出てくる様子は、森その物が人の侵入を拒むかのようも思えた。


「うげっ!!」

「ぐへぼっ!」

「うぉおおお!」

「いでぇぇぇええ!」


 腕や足を失っている者、力任せに殴られて体が陥没している者、何か鋭い物で引き裂かれたような者。

 森から逃げ出したのではなく、言葉通り次々と森から放り出されてくる兵士は一人として五体満足の者がいないと言って良かった。

 言いしれぬ不安と恐怖に、自然と第二陣の歩みも遅くなる。


「貴様らぁ!! 敵に一太刀でも与えようと思わぬのか!!

 臆する者は武神エウリウスの加護を失うと思え!!」


 副指揮官と思われる騎士の声を受け、何人かが意を決したように森の中へと飛び込んでいく。

 彼らにとって信仰する神の加護を失うと言うことは、奴隷に落ちること言っても過言ではなかった。


「進め! 進めっ!!

 この先の湖に陣を敷くまで帰れると思うな!!」


 その間も阿鼻叫喚の続く森からは、第一陣として飛び込んだ兵士が生きたまま体を裂かれて投げ出されていた。

 震える体を何とか前に進めようとする第二陣の前に、恐怖に駆られた第一陣の兵士が逃げ出してくる。

 誰もが恐怖に顔を歪め、それでも生存本能だけで転がり、地面を這いずるようにして森から離れようとしていた。

 中には逃げ切れずに森の中へ引きずり込まれる者も多く、次にその兵士が出てくる時は死んでいるか、死に掛けているかどちらかの状態だった。


 その恐怖は第二陣にも伝播し、逃げ出す第一陣に飲まれるようにして第二陣からも逃走を始める兵士が出始める。

 その数が余りにも多く、逃亡を押さえる役目だった騎士団も手の出しようが無く見ているだけだった。


「二〇〇メートル手前に兵を集め直せ」


 瓦解していく自軍を前に総指揮官のダリウス将軍が言葉を発する。

 低く響き渡る声には寒々とした怒気が含まれていた。

 ダリウスは怒りを露わに八つ当たりをする性格ではなかったが、怒りその物はむしろ常人より激しいと言って良い。


 どちらかと言えば寡黙で、赤みを帯びた金髪に少々厳めしい顔つき、その上細かい傷が多い容貌とあって、従う兵にも何処か緊張が見られる。

 歳の頃は三〇代半ばから後半だが、その体は未だ衰えを感じさせるものではない。

 人間族としては大柄な体を厚い筋肉が覆い、重板金鎧を軽く着こなす様子は将軍という立場によく似合っていた。


 最後まで森の奥を睨んで留まっていたダリウスの元に副指揮官が戻る。


「現在指定位置にて部隊を再編成中です」

「撤退の合図を前に逃げ出した第一陣は全員処刑しろ。

 その役は第二陣で歩みを止めた者にやらせそのまま第一陣として構成、最後まで踏みとどまった者で第二陣を構成し直せ」

「はっ!」


 これにより処刑された者は五〇名近くに及び、降格処分となった者もまた五〇名近い。

 一度の侵攻で処刑者も合わせて一五〇名を失った戦いに対してダリウスは、あと一〇回ほどは似たようなことを繰り返し、兵士の選別を行う必要があると考えていた。


 ◇


 巨大な鉤爪が鎧を着込んだ三人の男をまとめて弾き飛ばす。

 丸太のような腕を横合いからくらった兵士は、その鋭い鉤爪を受けて鎧ごと切り裂かれていた。

 隙を突くように横合いから兵士が飛び出してくる。

 勢いそのまま振り切られた腕に斬り付けるが、体を覆う剛毛に阻まれ肌にまで刃が届かない。

 その兵士は驚きの表情のまま、返す腕で頭を引きちぎられていた。


「ふん、これで終わりか?」

「いつになく手応えが無いな」


 巨大な熊の毛皮を被っているような容姿の男が、血肉にまみれた姿で疑問を呈する。

 答えたのは同じく虎の毛皮を被ったような容姿の男で、口元を血で染め上げていた。

 もちろん二人とも毛皮を被っているわけでは無く、獣人族の男だ。


 獣人族には外見が人間に近い者から獣に近い者までいるが、本人たちにとっては大きく獣人族として受け入れている。

 しかし人間族は若干呼び方を変えて別の種族としてみる傾向があった。

 具体的には人間の面影が強い者を人狼族と呼び、獣の面影が強い者を狼人族と呼ぶように区別している。


 その分け方から言えば二人の男は熊人族と虎人族と言えるだろう。

 二足歩行に適した体は人間的な造りだが、その表皮や顔つきに獣の特徴が強く出ており、如何にも獣人と言う風貌だ。

 体格も人間族の平均を大きく上回るが、流石に二メートルも半ばに達しようとする姿は獣人族でも大柄と言えた。


「今回は魔術師が参加していませんね」


 ともすれば魔物とも思われかねない二人の獣人族の前に、長い銀髪を右側で一括りにした少女が姿を現す。

 その容姿は人間寄りの獣人族ではなく、明らかに人間だった。

 囚われの身あるいは人質といった様子は無く、背後に護衛らしき蜥蜴族の男を二人連れている。


「ティファナ殿。

 ここはまだ残党が残っている可能性もあります。

 それに気分を悪くされるかと思いますが」


 熊人族の男が低い声ながらも慈愛の籠もった言葉を掛ける。


「構いません。

 私も慣れる必要があるでしょう」


 日の光もなかなか届かない森の中は藪が生い茂り地面を隠すほどだったが、その葉には黒みを帯びた血がべっとりと付いており、良く見れば人間の腕や足それに臓物と思われるものが散乱していた。

 悪臭は慣れた者でも顔を顰めるほどで、おおよそ少女が正気を保っていられる場所とは言えなかった。

 事実、口調とは裏腹にティファナは腹の底から込み上げてくる物を必死に堪え、青い顔で脂汗を浮かべていた。


「今日はもう日が落ちます。

 夜にこの森へ入ってくる人間はおりません。

 我々も後始末をした後に戻りますので、先にお戻りください」

「わ……わかりました。

 ここはお任せします」


 蜥蜴人族が藪を掻き分けて作られた道をティファナが戻っていく。

 最後まで尊厳を保ち去りゆく姿を虎人族の男が見守っていた。


「気丈なものだ」


 熊人族の男がそれに頷いて答える。

 獣人族では必ずしも戦や狩りが男の仕事と言うわけでは無い。

 現にこの戦場で、息を殺して潜んでいる戦士の半分近くは女だった。

 だが、自分たちが触っただけでも死んでしまいそうな人間族の少女となれば話は別だ。

 

 それでもティファナが戦場にいたことには理由があった。

 この戦の何処かで必ずティファナの出番は来ると獣人族の戦士たちは考えている。

 今はその時が来るまでティファナを守り続けることも作戦の内だった。


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