四〇層に向けて・中
本日三話投稿予定中第二話目。
クリスたちと別れた俺たちは、貴族門を徒歩で出てそのまま南に向かう。
石造りの店が建ち並ぶ高級街を抜けると大通りが東西に延び、通りの先は庶民街だ。
庶民街とは言えメイン通りともなれば通り沿いに綺麗な店が建ち並び、荒れた様子は無い。
多少木造の建物が目立ってくるとはいっても、造りが良く風格を感じるものだ。
主要生産物となっているガラス細工が美しく見えるようにと考えられてか、街その物も綺麗に保たれているし、何より街人が綺麗に保とうとしているのが感じられた。
領都なだけあってそこに住む人々も見られることを意識しているのだろう。
ただ、石畳の街は歩きやすいが、馬車の流れにだけは気を付ける必要がある。
活気があるだけあり、通りも多く流れも速かった。
俺はモモと手を繋ぎ、右へ左へと興味津々に動き回るのに合わせてつまみ食いをしつつ、街を見て歩く。
「そう言えば折角領都に来たというのに、余り街を見てなかったな」
「最初はお城に呼ばれて、その後は生活費の為に塔に昇っていたわね」
「こうして見て回ると、ガラスを扱ったお店が多いですね。
主要産業の一つと言われるだけあって庶民にも浸透しているのがわかります」
透明度の高いガラスだけで泣く色とりどりのステンドグラスによる様々な細工品が店頭を飾っていた。
ちょっとした飲食店にもそうした物が取り入れられ、領都全体が工芸品で潤っているのが良くわかる。
「なんか何時もより人が多くないか?」
「なんだ、外から来たばかりかい。
もうすぐ豊穣の女神デメテルへの祈年祭だからな。
秋の収穫祭と合わせて年に二度のお祭りだ」
なんとなく呟いた言葉を拾ってガラス細工店の職人が教えてくれた。
そう言えばガラス工芸品ばかり目に付いたが、ここシャルルロア領は穀倉地帯としても十分な規模を持ち、東を流れる大河は豊富な水源として利用されていた。
豊穣の女神デメテルは、戦いに向かう戦の神オルディスの為にその留守を預かる女神だったか。
帰ってくる男神オルディスの胃袋を掴むのに奮起するちょっとかわいげを感じる女神だ。
!?
何かの気配を感じて思わず周りを見渡すが、そう言う感じでも無い。
なんとなくもっと内面から見られているような……。
「アキト様?」
「いや、気のせいだった」
害意ならもう少し感じやすいんだが、まぁ、害が無いなら良いか。
「残念だけど仕事で半月ほどここを離れるんだ」
「それくらいなら一番良い時期に帰ってこられるんじゃ無いか。
何時も盛り上がるのは祭りの最後だからな」
「そんなに長く続くのか?」
「準備に二週間、祭りに二週間ってところだ」
長いのは地方から上がってくる人々に合わせてのものらしい。
毎日とは言わないまでも、数日で参加者が変わっていくらしく、その変化を見るのも楽しみの一つだとか。
「アキト様、間に合うと良いですね」
「護衛の仕事は行きだけだから、帰りを急げば何とか間に合いそうだな」
「ニコラ用に美味しい牧草でも用意するわ」
あ、ニコラで騎士団の馬車に着いていけるだろうか……、でもここへ来る道中は馬車を牽くことに慣れたのか、普通の馬車の速度と遜色なかった気もするな。
足腰がしっかりしていて馬力のあるニコラなら荒れ地の走破性が高いのかも知れない。
「今年は歌姫が戻って来るらしいから、何が何でも仕事を終わらせこい」
歌姫かそれは良いな。
この世界の歌は元の世界では全く聞かなかったジャンルになる。
楽器はあくまでも歌い手の声を補助する程度でアカペラに近く、内容は神話に恋歌に冒険譚と色々だ。
特に神話や冒険譚はいちいち仰々しい言い回しの詩が多く、恋歌は幻想的に綴られている。
聞く方もわいわいと騒ぎ立てるようものではなく、耳を澄ませて聞く上品なものだが、それはそれで悪くない。
よく言えば自然の音に満ち溢れている世界だが、元の世界で音楽に慣れ親しんできた身としては耳が寂しく思う時も多かった。
自分で楽器でも扱えれば良かったのだが、どうも器用には使いこなせない。
練習を続ければ人並み程度にはなると思うが、俺が聞きたいのは音楽の女神に愛されているような音であって、俺が頑張って弾きましたという音では無いのである。
そう言えば声の綺麗なルイーゼが歌をうたうと良いと思ったこともあったな。
それに合わせてマリオンが舞を踊るとか……なんか凄く楽しみになった!
これは是非提案しなければなるまい。
◇
出発の当日までは何時ものように審判の塔を昇り、四十層を目指す。
本番を前に黒曜剣に刻印した魔法の効果も調べておく必要があった。
「せいっ!」
魔力を吸収し闇を纏った黒曜剣がスライムを切り裂く。
同時に刀身に込められた魔力が放たれ、スライムを一瞬だけ闇色に染め上げる。
元々抵抗らしい抵抗のないスライムの胴体は、ゼリーにナイフを入れたかのような手応えだ。
千切れて落ちた核の無い方は水たまりのように広がっていくだけで、『闇弾』の魔法を刻印したことによる違いは感じられない。
そして残った本体の方も特に変わった様子が無く、ただその体を小さくしただけだ。
思ったより効果が無い?
「マリオン、そっちを試してくれ!」
「任せて!」
物はついでとばかりに、マリオンの持つ魔剣ヴェスパにも『火弾』の魔法を刻印しておいた。
魔法と馴染みのある金属を使っているせいか、黒曜剣に刻印するよりも楽に出来た気がする。
曖昧なのはもともと苦手な火属性の魔法だったからか、特に相性の悪く無い『闇弾』との比較だからか。
マリオンの振り抜いた剣に『魔刃』を使用する時のように膨大な魔力反応が現れる。
刀身が赤く強い発光を伴うのはルイーゼの聖鎚と同じだ。
何時もと違うのはその魔力反応が放たれるのではなく、刀身に込められたままのところか。
そのままスライムの胴体を切り裂くと同時に刀身に込められた魔力が『火弾』として具現化し、爆発的な威力をともなってスライムの体を焼き上げる――と思ったが実際には火の属性をともなった魔力が、そのまま爆発的にスライムに放たれるだけだった。
想像していたのは切り裂いた物を業火で焼き尽くすという感じなので、その違いに困惑を覚えたが、効果その物は期待した通り現れている。
スライムは『火弾』に焼かれた時と同じようにその体を溶かしていく。
水蒸気が舞い上がり視界が悪くなる中で、マリオンが続けて剣を振るう様子が見て取れた。
そして何度か水蒸気の中で赤い閃光が煌めいた後、スライムの魔力反応が凝縮し、魔石へを変わっていくのがわかった。
「コホッ、コホッ!」
「マリオン平気か?」
「へ……平気よ」
少し涙目になりつつ霧の中から現れたマリオンを労い、背後を警戒していたルイーゼを呼び寄せる。
「まぁ想像とは違うけれど、効果はあるな」
「魔法に頼らなくても倒せるのは助かるわ。
でも、この感じだと『魔刃』や『魔斬』が使えないと思う」
「あ……」
俺は黒曜剣を握り通路の先に向かって『魔刃』を使ってみたが、魔力が全て刻印された魔法陣に吸い取られて闇色の爆発を起こしただけだった……。
「これは拙い……刻印魔法を消すとかどうしたら良いかわからないな」
「良い面もありますので、使い分けでしょうか」
「魔剣ヴェスパは二刀一対だから、今から使い分けに慣れるようにするわ」
そうするとマリオン最大の攻撃技である双剣による『魔刃』が使えなくなるのか。
戦力的には一点突破型のマリオンに幅が出て尖った部分が減ることになるのだが、この塔の特性を考えると現状はあっているとも言える。
そもそも刻印した魔法が『闇弾』『火弾』『聖弾』なのに、どれもそれらしい雰囲気が無いというのはどういう事だ。
……まぁ、どうもこうもないか。
魔法陣を刻印すれば良いと思っていたそもそもの発想が間違っていたのかも知れない。
これは研究材料としてリゼットに投げておけば、その内に原因がわかるだろう。
俺はもう何度か『魔刃』と刻印魔法の使い分けが出来ないか試してみたが、駄目だった。
刀身を介して魔力を放射すると言うことに関しては同じなので、使い分けのしようも無いのだが、意思を持って使い分けを行えば変わるというファンタジー要素を期待した。
もちろんそんな事は無理だったが、その代わり別の発見があった。
込めた魔力を放出しなければ属性をともなったままの状態を維持するようだ。
こうなってくると魔法具ではなく『属性剣』というべきだろう。
そう考えることで試みは成功したということにしよう。
「アキト様、完全に魔力が押さえられるようになっていますね」
「あぁ、ようやく押さえ込むのに慣れて来た。
説明は付いても、納得して貰えるかわからないからな」
「そうですね」
デナードに魔に属する者とか言われたことからも、上位魔人に対する知識があるだけ貴族の、それも軍属にはイメージが良くないと思えた。
赤く光り出すのは魔力が活性化して溢れた影響だと言っても、実際に出来る人間が少なければ説得力が無い。
権力と付き合っていくと決めた以上は隠しきれないと思っているが、わざわざ宣伝することでもないだろう。