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四〇層に向けて・前

本日三話投稿予定中第一話目。

前話が身内から長すぎるわ! と言われたので、今まで通りの文量でいきたいと思います。





 俺たちはティティルを送る騎士団の後に付き、獣人族が治めるヘリオス領に行くことが決まった。

 ティティルはヘリオス領に入ったところで獣人族に引き渡され、そのまま獣人都市ヘリオンに向かう。

 道中はティティルを送る騎士団、次いで獣人族の戦士団を影ながら見守り、手に負えないような問題が起これば助けに入ることになるだろう。


 騎士団の能力は冒険者で言えばDランクにあたる者が殆どで、熟練冒険者や傭兵には及ばないことが多い。

 隣国エルドリアでもそうだったが、大きな戦を終えてから一〇〇年が過ぎ、騎士団の練度が下がっているのはどの国も同じようだ。

 とは言え集団で行動することに慣れている騎士団は、Cランク程度の魔物であれば善戦出来るだろう。

 つまり俺たちの出番はそれ以上の魔物なり敵が出て来た時になる。


 騎士団が上のランクの魔物を倒せるなら、冒険者は更に上の魔物が倒せそうなものだが、そう簡単な話ではなかった。

 自分よりランクが上の魔物を倒すことは、冒険者にはかなか難しい。

 なぜなら倒すことが出来るなら自分のランクが上がっているからだ。

 ランクが上がれば名が売れるあるいは指名依頼が発生するなどのメリットがあり、冒険者は無理してでもランクを上げようとする。

 その状態で更に上のランクの魔物を倒すというのは難しいだろう。

 あるとすれば俺たちのようにランクに拘っていない者になるが、自分で言うのもなんだが珍しいと思う。


 一人の少女を送るのに騎士が一〇人も派遣されるのを見れば、ここシャルルロア領がいかに獣人族との関係を重視しているかがわかる。

 そして、その為のデモンストレーションの意味合いもあると思われた。

 一つのことを成すにしても常に幾つかの効果を考えて行われるあたりは、俺たちも見習う必要がありそうだ。


 ◇


 カイルたちと別れた後はクリスたちの元へ向かう。

 ティティル以外にも、親がお金を返すことで三人がバレンシアの街に帰ることが決まっていた。

 ただクリスだけは親が引き取ろうとしなかったと聞く。

 一人残されることになったクリスの心境は想像しがたい。


 来賓館の管理を任されているアルディオに頼みクリスたちの元を訪れると、こちらに気付いた四人が駆け寄ってきた。

 それほど深い関係を築いていたわけでは無いが、軟禁に近い状態だった子供たちには退屈だったのだろう。

 もし下手に外に出て貴族の不興をかうようだと、最悪命を失うこともある世界だ。

 だからそういう環境で育ったことの無い子供たちが貴族街の、それも貴族の館近くで遊ぶことは難しかった。

 可哀想だけれど行動に制限を加えるのは本人の為でもある。


 四人に遅れてクリスが歩いて来る。

 久しぶりに顔を合わせた五人は随分と血色が良く、きちんと食事を与えられている様子が見て取れた。

 戻ることも考慮して質素な食事を出しているという話だったが、貴族にとっての質素なんて平民の贅沢と変わりがない。


「マリオンさん、ルイーゼさん。

 助けて頂いてありがとうございます。

 今までお礼が言えなくてごめんなさい」


 クリスが初めて笑顔を見せてくれた。

 その濃紺の長い髪には艶が戻り、暗く沈んでいた青い瞳にも輝きが戻っていた。

 一時は男を見ると怯える気持ちを隠すようにきつい表情をしていたが、今はまるで憑き物が落ちたかのような穏やかさだ。

 他のみんなが親元に帰れることが決まり、気負いも消えたのだろう。

 当の本人は帰る場所が無くなったというのに、気落ちした様子が見られない。


「みんなが元気になれて良かった……。

 それからアキトさん、約束を果たしてくれてありがとうございます」

「俺はまだ何もしていないさ。

 他の子を守ってきたのはクリスだろ」


 実際に俺はまだ約束らしい約束を果たしていない。

 そしてクリスの判断次第で、その機会を失うこともある。


「クリス、大切なことだからよく考えてくれ。

 残念ながらどれもクリスの望みとは違うかも知れないが、選べる道は三つある」

「……はい、覚悟しています」


 クリスは覚悟を決めるように一拍待ってから返事をした。

 保護者を失った子供に明るい未来があるとは思っていないようだ。


「あの義母が私の為にお金を出してくれるとは思っていません。

 元々捨て子だった私が、また一人になるだけですから大丈夫です」


 何が大丈夫なのかわからない。

 強がりだと思うが、そんな経験の無い俺にその心情は計れなかった。

 気にはなるが言葉を続ける。


「一つ目は一度孤児院に入ってそこで奉公先が与えられるのを待つこと。

 二つ目はなんの当てもなく一人で生きていくこと。

 三つ目は……そうだな、素直に誰かを頼ることか」

「……」


 三つ目は俺が保護者になることだったが、直前で言い換えた。

 クリスの意思で俺を保護者にと望むなら力になるつもりだが、消去法の末に選ぶものでも無いと思ったからだ。


 ただ自分で上げておいてなんだが、正直一つ目と二つ目は選んで欲しくない。

 栄養が行き渡り険のとれたクリスは十分に魅力的で三年先が楽しみな容姿をしている。

 もし保護者がいないとなれば大人の都合でどうにでも良いようにされるだろう。

 クリスもそれはわかっているからだろうか、言葉に詰まる。

 だが必ずしも悪い未来とは限らない。

 良い人の元に雇われる可能性もあるし、しっかりしたところのあるクリスなら自分で生き方を見付けられる可能性もある。


 逆に俺の保護下に入ったからといって必ずしも安全とは限らない。

 俺はどちらかと言えばトラブルメーカーだし、それに加えて今は貴族に抗う力を手に入れようとしているところで、その内表立った対立も出てくるはずだ。

 とは言え少なからず昔の仲間を頼ることは出来るだろう。

 その場合、遠くこの地を離れることにはなるが身の安全は保証される。


「頼れる人はいません……」


 いないか……まず最初に削った選択肢が俺の望んでいたものだった。

 そこまで信用が築けるほどのことはしていないのだから当然だが、与えるべき選択肢を間違えた気もする。

 クリスは多分今まで耐えることの多い人生だったのだろう。

 だとしたら甘えるのが下手というか、出来なかった可能性もある。

 本心を押し殺して出来るだけ迷惑を掛けないように生きてきたと考えれば、俺の出した選択肢から何が選ばれるのかは決まっていたじゃ無いか。


「クリス、幸せを願うなら足掻くべきだわ」

「そうですよクリス。

 幸せを掴もうとしない者に幸せは訪れません。

 欲しければ出来ることから始めなさい。

 素直にならなれるでしょう?」


 俺は思った以上に動揺していたのか、マリオンとルイーゼが助けに入ってくれた。

 初めから相談すれば良かったと思うのは今更か。


「私に、私に仕事をください……」


 クリスはスカートを握りしめ、甘える自分を戒めるように強く目を(つむ)っていた。


「クリス、甘えることは悪いことじゃない。

 甘えただけ誰かに返してあげれば良いさ」


 まだ納得出来ていないようだ。


「それじゃ上手く甘えられなかった罰として甘々の刑だな」

「ふぇ!?」


 強く閉じていた目を今度は逆に大きく見開いて驚きを表す。

 その頭に手を乗せ、少しだけ乱暴に揺する。

 どう反応したら良いのかわからずに成されるがままとなっていたクリスを堪能し、改めて予定を告げる。


「クリスには俺たちが信頼する人の元で仕事を覚えて貰う。

 そこにはクリスと同じ位の歳の子がいるから楽しくやっていけるだろう」

「……はい」

「もし居心地が良くて、そこにずっといたいと思うならそれでも良い。

 望むなら学校にも行けるぞ」

「学校? ですか?」

「クリスくらいの歳の子が集まって色々なことを学ぶ場所だ」


 それくらいの伝手はある。

 クリスがそれを望むなら『カフェテリア三号店』の可愛い店員さん候補がいなくなってしまうが良しとしよう。

 もともとカフェテリアの雰囲気が好きなだけであって、お客は三人で裁ける程度でも構わないのだ。

 なぜならば趣味だから!

 お金が必要なら他に稼ぐ手段はあるので、住まいを好きな様に整えただけでも満足である。


「きちんと仕事を覚えて戻ります」

「そうか、楽しみにしている」


 今のクリスならそう言うだろう。

 でも、気持ちは変わることだってある。

 すぐに答えを求めるものでもなかった。


 子供たちは離ればなれになることをとても悲しんでいたが、それでも最終的には親に会えることで喜んでいた。

 どちらも本心なのだろう。

 この世界では趣味が旅行などと言う者は貴族の道楽でも無い限り、殆どいない。

 もちろん旅商人や吟遊詩人といった旅をする者たちはいるが、そういう職業なだけであって旅行が趣味というのは本当にまれだろう。

 それくらいに街から街への移動は大変なもので、場合によっては命を失うこともあるのだ。

 だから子供たちが別々の町に別れると言うことは、もう二度と会えない可能性を示していた。

 隣町程度でも日帰り出来る距離にはないのだから、気軽に遊びに行くようなことはまず無理で、願えば叶うというものでも無い。

 だから寂しい気持ちを自分達で上手く消化しながら生きていくしかない。

 子供のうちには無理でも、いつか大人になって、それでも会いたいと思うなら会える日がくるだろう。


 子供たちが別れる時まであと三日。

 少しでも長く思い出が作れれば良いと思う。

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