カイルの呼び出し
何時もなら三話に分ける長さですが、週一更新なので長めのままいきたいと思います。
旅行とお盆が重なり、もしかしたら二週ほど抜けてしまうかも知れません。
出来るだけ一週で済ませたいと思いますが、間に合わなかったらごめんなさい。
しばらく予定の入っていない俺たちは、店の改装をチェックしつつ業者に指示を出し、審判の塔に昇っては三人で効率よく魔物を倒す方法を考えていた。
「単純に考えれば属性魔法が足りないわ」
「私も精霊魔法は未だに使えませんので」
マリオンが魔剣ヴェスパを鞘に収め、少しずつ形を崩していくスライムを見ながら問題点を挙げる。
スライムを物理攻撃だけで倒すのはなかなかに骨の折れる作業だった。
どうやらスライムにはその体を構成する核のような物があり、半分に切り裂いたとしてもどちらかにその核が残り活動を止めることが無い。
剣で切り倒すとなればそれこそ核の逃げ場が無いというほど小さく切り裂くか、偶然に頼って核を切り裂く方法になる。
ルイーゼの聖鎚でも衝撃を吸収されてしまうので剣と大差が無く、魔力を込めて叩けば多少は攻撃範囲が広がると言った程度で、効率が良いとは言えない。
今のところ二人にスライムを抑えて貰い、俺が魔法を使うのが最も効率が良いと思えるが、打てる手が一つというのは心許ないので、何か考えてから上層に挑戦したいところだ。
とは言え、魔法は難しい。
落ち着いたところで学校に通うなり教師を雇うなりしたいと思っているが、それなりに纏まったお金も必要だ。
まぁ、来年になれば昔の仲間が合流する可能性もあるので、それまで凌げればパーティーのバランスも良くなると思っている。
元々魔法を使うのが苦手な獣人族の血を引くマリオンは、精霊魔法に適性が無いようで、俺の薦めもあり今は無属性魔法を伸ばしているところだ。
精霊魔法が使えないことは残念に感じているようだったが、自分の戦いのスタイルと合わないこともあって上手く気持ちの切り替えが出来ていた。
ルイーゼは古代魔法の中から『魔法障壁』、『敵愾向上』の練度を上げ、今は『多重障壁』の練習がメインとなり、マリオンと同じく精霊魔法はまだ使えない。
その代わり聖鎚に刻印されたの魔法陣に魔力を供給することで『聖弾』ならぬ『聖爆』と言った感じの魔法を放つことが出来た。
俺は少しずつ初級魔法を使えるようになっているが、下級魔法となると十分とは言い難い状況だ。
実は想定以上に苦戦していた。
これまでの経験から中級魔法で手間取ることはあっても下級魔法、ましてや初級魔法で手こずることになるとは思わなかった。
考えられる原因があるとすれば、余り考えたくないが適性が低いと言うことだろう。
「なかなかマルチプレイヤーは難しいな」
「そもそも複数の属性魔法が使えるだけでも凄いことと言われていますから」
「アキトは初級魔法なら一通り使えるわよね」
「そうだな……使えるな。
現状を踏まえてまたリゼットと相談してみるか」
実戦データが増えれば想定される内容にも変化が出るだろう。
異世界転移魔法の改良に時間を割いて貰っていたが、そろそろ向こうの状況も落ち着いてきた頃だと思われるし、この間のお礼もしていなかったな。
「時間の調整もあるから直ぐにとはいかないが、こちらはこちらで打てる手を打っておくか」
今まではどちらかと言えば物理攻撃で乗り切ってきたので、こうした特異な狩り場では純粋な魔術師の有り難みを感じる。
まぁ、魔法が不足というなら魔道具で頑張るという手もあった。
俺たちは一旦家に引き上げ、武器の強化をすることにした。
リビングでうんうんと唸りながら、黒曜剣にルイーゼの聖鎚と同じように魔法陣を『刻印魔法』で焼き込む。
魔力で焼き込むこの作業は地味だが、魔力制御を最も得意とする俺でも一時間は掛かる作業だった。
初級魔法である『闇弾』でこれなのだから、下級魔法となれば一日掛かり、中級となっては可能かどうかすらわからない。
「と言うことで、用意してみたんだが……」
「真っ黒になったわね」
「真っ黒になりましたね」
モモも絶望したという表情で剣が黒いと表現する。
黒い剣だから闇魔法というなんの捻りも無い魔道具となった黒曜剣。
いざ魔力を流し込んでみると黒水晶のような輝きが無くなり、代わりに周りの光を奪い取るような真っ黒になったのだ。
「一応闇属性は光属性と打ち消し合うくらいで、苦手な属性は無く、全く効果が無いと言うことは無いと思うが……」
無いと言い切れないのが知識不足なところだ。
まぁ、悩むより試して見ろだな。
昼食後にもう一度塔に行ってみるか――と思ったところで、来客を告げるノックの音がした。
ルイーゼは音が鳴るかならないかというタイミングで既に出迎えに向かっていた。
手こずっていた『魔力感知』も少しずつ身に付けているようだ。
マリオンは俺も想像しなかった様な使い方で新しいスキルを産み出す。
ルイーゼは地味に難しいスキルを使いこなすのが早い。
それぞれ異なるタイプだが、時折見せる二人の優秀さに俺の方が後れを取るくらいだ。
「アキト様。テレサ様がおいでになりました」
「……わかった、今降りていく」
どうやら出鼻を挫かれたようだ。
クリスたちのこともあるし、今のところ縁を繋いでおきたい貴族の一人でもあるカイルにだけは新しい住居を伝えていた。
とは言え、使いの者が来ることはあっても貴族であるテレサ本人が下町の、それも富豪でも何でも無い平民の家に来るとは思わなかった。
正直受け入れて良いのか困るところだが、戸口で話すのも失礼だろうと中へ案内する。
テレサは我が家に入ると、興味深そうに室内を見渡す。
そして俺の視線に気付いてか、コホンと一息ついて感想を述べた。
「広くはないし、使われている家具も良い物ではないけれど、随分と見せ方は上手いのね。
雰囲気も良いし、居心地も良さそうだわ」
流石うちのお姫様たちである。貴族の御令嬢様から合格点を頂きました。
そのままテーブルに案内したところで、ルイーゼが紅茶を入れてくれる。
終わると俺の後ろに控えるようにしてマリオンと共に立つ。
俺たち三人に身分差があるわけでは無いが、貴族との付き合いの中で二人が自然と身に付けた立ち位置だった。
俺ならそんな状況では落ち着かないけれど、それが普通である貴族社会で育ったテレサは特に気にならないようだ。
テレサは既にルイーゼを信用しているのか『毒検知』の魔法も使わずに口にする。
「美味しい……平民が口にするにはちょっと贅沢じゃ無いかしら」
「普段から飲める値段では無いので、本当に贅沢したい時ですね」
テレサは「そう」と一言いってから、本題に入る。
「カイル様からの伝言です。
明日一〇の鐘に登城するようにと。
それに合わせて九の鐘に貴族門に来てください。入門の手続きをします」
「承知しました」
実に急である。
色々と武器の試し切りや『刻印魔法』の実験をしたかったのだが、この呼び出しはクリスたちのことだと思われるし、こちらから頼んだ以上致し方あるまい。
「……お仕事終了」
テレサが軽く溜息をついて、気持ち姿勢を崩す。
そしてジトッとした目で睨んできた。
「アキトは気楽で良いわね。
誰の視線も気にしなくていい家に住んで、美味しい紅茶を飲んで……あまつさえこんな可愛い子を二人も、いいえ、三人も連れて」
これは反論してはいけないモードだと妹を相手に重ねた経験が訴えている。
テレサはモモを招いて、懐に抱え込むようにして抱きつく。
モモは特に嫌がる素振りを見せてはいないが、体中を弛緩させて何故か全てを諦めたような目をしていた。
俺の知らないところで二人の間に何かがあったのだろうか。
「トリスタン様やカイル様のおかげで、こうして恙なく日々を送ることができます」
「そうです。カイル様に感謝しなさい。
アキトたちを取り込もうとする貴族やルイーゼを狙っている教会を牽制しているのはカイル様ですからね」
強引に事を運ばれないようにと、祝賀会ではルイーゼをエスコートすることで保護下にあると知らしめ、ガーゴイル討伐後も軟禁されないようにと来賓の館で貴族の対応を出来るようにしてくれた。
ギブアンドテイクではあるが、色々と気を使ってくれていることには感謝している。
おかげで社交慣れてしない俺でも大きなドジを踏むこと無く、ある程度の繋がりを残せたのだから。
「感謝しています」
「わかっていれば良いの。
正直私も後始末で疲れたわ」
ガーゴイルの襲撃の件では何か進捗があったのだろうか。
「何かわかりましたか」
「アキトたちに話せる内容だけになるけれど、他言無用で」
「わかりました」
テレサは一度だけ俺の本心を読む素振りを見せ、それに対して俺は純真無垢な瞳で返す。
ここはポーカーフェイスで通す必要も無いだろう。
「私に惚れているの?」
「!?」
突然何を言い出すのか。
『魔力感知』を使わなくても背後で動揺を見せる二人が感じられる。
「魅力的だとは思いますが、心は既に別のところにありますので」
「そう。まぁ、いいでしょう。
あの襲撃は人為的な物だとわかったところよ」
テレサは背後の二人に視線を送った後、軽く肩を竦めてから本題に入った。
「人為的な物だという証拠が出たのですか」
「状況からの判断です。
ガーゴイルは魔道具だと言うことは知っている?」
「いえ、魔法生物かと思っていました」
違いがなんだと言われると困るが、道具と言うよりは生き物の容姿をしていたからか。
「ガーゴイルは起動時に単純な命令を与えることが出来るのよ。
普段はその命令が審判の塔の守護になるのだけれど」
空からショートカットは考えても無理だったか。
まぁそれは無くても、いずれは飛行魔法の開発もしたいものだ。
「その命令が書き換えられたと言うことですか」
「今のところそれ以外にガーゴイルが襲ってくる理由が無いわ」
「例えば元々ガーゴイルが何かを守るように指示を受けていたとして、その守るものが祝賀会の場に持ち込まれたとは考えられませんか?」
テレサが思案する様子を見せる。
その際、モモの頭に顎を乗せるのはご遠慮願いたい。
「アキト、良い土産話が出来たわ」
「過去に似たようなことがあったので思い付いただけです」
マリオンの感情が揺れるのを感じたが、直ぐに収まる。
良い思い出じゃ無いからな。
「ところでアキト。
お昼も近くに来てしまって悪かったわね」
謝罪を口にしつつ本心がダダ漏れである。
「実はお昼を用意してありますので、宜しかったらご一緒に如何ですか?」
「そう? それじゃもう少し話したいこともあったし、ご相伴に預かろうかしら」
貴族のお嬢様にご満足頂けるような食事を出すことは出来ない――と言うことも無かった。
テレサの好物はチーズを挟んだハンバーガーだ。
数日の旅とは言え、何度も食事をしたのだから好みはわかっているし、それが目的だともわかっている。
貴族の間ではお菓子でも無い限り、基本的にカトラリーも使わずに直接食すのはお行儀が悪いと言われる。
ただ、騎士は外で食事を取ることもあるし、野営になることもあるだろう。
当然きちんとした食事を取れるわけも無く、簡易的な食事には慣れているだけ忌避感も無いのだろう。
少しソワソワした感じを見せるテレサを見て、ルイーゼも楽しそうに微笑みながらキッチンに向かっていく。
昼時と言うこともあり下拵えをは済んでいた為、タイミング的には丁度良い。
当然、美味しい食事に満足して帰ってもらうことが出来た。
食後に入れて貰ったコーヒーを飲み、テレサの反応を思い起こす。
「貴族様が満足なら十分だな。
でも、この店では飲み物とデザート、それからお菓子くらいにしておこう」
「はい、アキト様」
直接手で取って食べるのに問題が無いものが良いだろう。
それに少しだけ上品なカフェテリアにハンバーガーは似合わない。
「クリスたちが元気にしているか気になるわ」
「カイルたちなら手荒なまねはしないさ」
「そうね」
マリオンが少しソワソワした様子を見せる。
子供が好きなんだと思う。フリッツのことも良く見てくれていたし、クリスたちも気を使っている様子が見受けられた。
何人が親元に戻れるかわからないが、いざとなれば迎え入れる準備は万端だ。
責任を持って一人前のかわいい店員さんに育てて上げよう。
◇
翌日。
カイルの呼び出しまでは時間があるので資産チェックだ。
うちの金庫番であるモモにパーティー資金を出して貰う。
モモがクルッと回ってさぁどうぞとばかりに両手を広げると、テーブルの上に銀貨が現れた。
「十分だな」
「十分ですね」
「十分だわ」
積まれた硬貨は全部で銀貨七八枚。
食費だけで考えるなら三ヶ月ほどは困らず、取り急ぎ食糧問題は回避出来たと言えよう。
俺たちは狩りで得た収入の半分をパーティーの共有資金とし、残りの半分を人数で割って個人の管理としている。
色々と出費が続きパーティー資金は殆ど底を突いている状態だったが、これで一息付けた。
「さすがモモだ、頼りになる」
「モモさんのおかげですね」
「何時も助かるわ、モモ」
褒められたモモは素直に喜びを体で表す。
具体的に言うと体を大の字に開いて片足で回りながら、満足そうな笑顔をしていた。
「それじゃ食料の買い出しをしつつ貴族街へ向かうか」
外に出ると少し暑さを感じる陽気だった。
近くを大きな川が流れているせいかバレンシアの街ほどの暑さは無く、草原を渡ってくる風も涼しげで、陵丘に作られたこの町はなかなか住みやすいと言えよう。
ルイーゼがモモの手を引いて前を歩き、その様子を眺めながら俺とマリオンが続く。
見慣れた光景に思わず頬が緩む。
人の多い中央通りを歩いて渡り、そのまま高級街へ入ると建ち並ぶ店の雰囲気がガラリと変わってくる。
次第に歩く人の様子も変わってきて、活気に溢れていた感じから落ち着いた感じになり、綺麗に着飾った人が多くなってくるのもこの辺りからだ。
店構え一つ取っても丁寧に装飾が施され、主要産業となっているガラスをふんだんに使ったショッピングウィンドウが立ち並ぶ様子は、異世界にいて元の世界を思い起こさせるに十分な出来映えだった。
そんな中、モモはルイーゼの影に隠れてガラスに映った自分を警戒していた。
「なにかしら」
マリオンの声を聞き、その視線の先を追う。
貴族門へ続く道は大抵空いているのだが、今日は何時もと違って混雑していた。
いや、混雑しているのは馬車の流れか。
前方に見えてきたのは車輪が壊れて荷崩れを起こしている馬車だった。
大人でも一人では持てなそうな木箱が崩れ落ち、人夫があたふたとしている。
「アキト様、荷物を寄せるのを手伝っても宜しいでしょうか」
「俺が手伝うさ」
「アキト様はモモさんとお待ちください、直ぐに終わりますから。
マリオン護衛をお願いします」
「わかったわ」
おかしい、立場が違う気がするんだが。
だけど反論するほどのことでも無いか。
モモに頼めば簡単だが、一時的とは言え荷物が消えるのは余計な不安を招くか。
それに隠すつもりが無いからといってわざわざモモの力を宣伝することも無い。
ルイーゼは崩れた荷を何とか道路脇に避けようとしている人夫に声を掛け――断られていた。
まぁ、普通は断られるか。
大の大人が二人掛かりで持ち上げるのに四苦八苦しているのだから、小柄な少女が手伝うと言っても役に立つとは思えないだろう。
ルイーゼはもう一声掛けると、今度は返事を待たずに巨大な木箱をそれこそひょいっと言った感じで持ち上げる。
作業にあたっていた人夫だけで無く、通りを過ぎる人まで足を止めて驚きの表情を見せていた。
その中には、先日顔を合わせたロンドル子爵家のフローラもいた。
両手を口に当て、お上品に驚いているのは周りの人と一緒だ。
「お嬢ちゃん凄い力だな……」
「はい、日々鍛錬していますから」
爽やかな笑顔で話しているが、聞いた本人は引きつった表情をしていた。
ルイーゼは悪くない。悪いのは俺だ。
どれほどの鍛錬を繰り返せば大人二人を上回るというのか、力だけで考えていたら答えは出ないだろう。
「アキト様、お待たせいたしました」
あっという間に荷物を片付けて戻ってきたルイーゼを、視線で追い掛けていたフローラと眼が合う。
「アキト様!?」
ゆったりと歩いて来るフローラと、直ぐ脇について来る二人は護衛騎士だろうか、こちらを警戒している様子が窺える。
フローラが俺を敬称付きで呼んだことがお気に召さないようで、睨まれる。
それでも口に出さない位には護衛という仕事に徹していた。
マリオンが不服とばかりに一歩前に出るが、当のフローラは気にした素振りも見せない。
「フローラ様。
先日はわざわざご足労頂きまして、ありがとうございます」
「もしかしてこちらの手を貸してくださった方は、祝賀会でトリスタン様やカイル様と踊られていた方ですか」
「はい。屋敷でも一度お会いしていたかと思いますが」
「すいません、あの時は緊張していたのと、その、随分と印象が変わられていましたので」
確かに祝賀会に参加したルイーゼとマリオンそしてモモは俺でも見違えるほどだった。
「フローラ様。
改めまして、ルイーゼと申します」
「これはご丁寧に。
ルイーゼさん、先程は我が家の荷物に手を貸して頂きありがとうございます。
イーストロアに戻るところだったのですが、馬車が故障したようで」
「お役に立てまして光栄です」
「それはもう……あの、お力がおありなのですね」
「はい」
やはり良い笑顔だ。
ルイーゼが俺と共に戦い、俺を守る為に必要とした力であり、それに関しては堂々と誇っている。
女の子が誇る事かという問題はあるが、もちろん俺が責任を取るつもりなので問題ない。
「街道で故障するよりは良かったと思うしかないですね」
「そうですね。イーストロアへは安全とも言い切れませんので。
あ、お引き留めしてしまいましたね。
……アキト様は、その、お約束を覚えていらっしゃいますでしょうか?」
少し不安そうに目を伏せるフローラ。
「もちろん覚えています。
一度東に向かう予定がありますので、時間が取れましたら立ち寄らせて頂きます」
「はい。
今回のお礼もしたいと思いますので、是非お待ちしております」
後ろ髪を引かれる思いといった感じで何度か振り向きつつ、馬車に戻るフローラを見送る。
◇
「良く来た。座ってくれ」
約束通り城に向かった俺たちを、カイルは執務室らしき部屋に招き入れる。
部屋は特に飾った様子も無く、必要最低限と思われる家具と本棚があるだけの質素なものだった。
執務机に座るカイルの横には文官と思われる若い男性が一人いて、書類の束を片手に内容の確認をしていた。
俺たちは勧められるままソファに座り、テーブルを挟んで向かい合うようにカイルも座る。
それに合わせて召使いの女性がお茶を入れてくれた。
少し甘い香りのする紅茶はこの辺りの特産でもあるらしい。
俺は礼を言って、一口付けたところで居住まいを正す。
「町での生活は上手くいっているようだな」
「おかげさまで、予想より早く身を落ち着けることが出来ました」
多少馴染みがあるとは言え、伝言一つを言付ける為にテレサがわざわざ下町まで来るのは変だと思っていた。
その必要があるとすれば、信頼できる者に俺たちの様子を確認させたかったのだろう。
事が終わってさよならというわけでも無く、良くも悪くも気を使ってくれているようだ。
「ガーゴイルの件ではテレサが持ち帰った情報の線も洗ってみることにした。
別の切り口を与えてくれたことに感謝しよう」
「いいえ、たまたまそんな事件を知っていただけですから。
私もガーゴイルの性質を聞いて思い至ったくらいで」
「視点を変えて物事を見直すというのはなかなか難しいものだ。
知識を持っている為に、その知識が正しい前提で物事を見てしまう」
それは人のことが言えない。
むしろ場当たり的対応で生きてきた俺はまさしくその典型であり「たまたまです」と返す以外に無かった。
「審判の塔には昇ったか。ガーゴイルは審判の塔にいると聞く」
「はい。
今のところガーゴイルには遭遇していませんが、それ以外の魔物も手強いですね」
「アキトたちでも手強いか。今は何層にいる?」
「伝手があって三〇層から始め、今は三五層あたりで試行錯誤しているところです」
「お前たちは優れた冒険者でもあるが、簡単にはいかぬか」
「腕の良い鍛冶屋を紹介して貰えると助かります」
借りを返すチャンスですよと言ってみる。
「人間嫌いで良ければ南部随一とも言われる職人がいる。
見事口説き落としたなら最高の武器を打つことも可能だろう。
もっとも最高の素材は必要になるがな」
「魅力的ですが、人間嫌いというところで難しそうですね」
最高の素材はあるが人間嫌いというのは大問題だ。
人間嫌いと言うことは恐らく獣人族だと思われる。
マリオンの故郷くらい人間と馴染んでくれていれば良いが、どちらかと言えば閉鎖的な傾向の強いのが獣人族だ。
個人差はあれど、人間嫌いと言うくらいだからそれなりだろう。
「どうしても腕の良い鍛冶職人が必要なら、口説き落とす手を授けることもできる」
「是非聞きたいですね」
「アキトの助けた子供たちの中に、人猫族のティティルという娘がいたであろう。
思った以上に重要人物の娘だとわかった。恩を売れるだろう」
なるほど、多少は偏屈だろうと重要人物の恩人であるなら、剣の一本くらい打ってくれるかも知れないな。
カイルが文官に目配せをすると、文官は持っていた資料を差し出してきた。
それをルイーゼが受け取り、内容を確認する。
俺はまだ専門的な言い回しが読めないけれど、一緒に文字を覚え始めたはずのルイーゼは既に問題なく読めるようになっていた。
こういう時には便利な適材適所という言葉があるので、俺はそれに従うまでだ。
「ここから東に十日ほどの場所ですね。
ヘリオンと呼ばれる獣人族の領を治めるドルディル族長が、カイル様の仰る重要人物のようです」
「ヘリオンとは昔少しだけ交流があったわ。
わたしの先祖は海を渡ってヘリオンから移住してきた者の末裔にあたるから」
知らない土地に来たというのに意外なところで接点があるものだ。
「ほう、興味深いな」
「昔のことなので詳しくはわかりません」
「王族であってもわからぬか」
!?
マリオンに対するカイルの答えは、俺が想定していた一歩先を示す。
俺は緊張の走るルイーゼとマリオンを押さえ、少し厳しい表情を見せるカイルの本心を探る。
カイルは俺の想像以上に情報を集めていたようだ。
マリオンが元王族であることを知っている者は少ない。
だから確信と言うよりは状況証拠からの推測だと思う。
国を渡ってきたことは伝えているのだから、そこで起きた直近の出来事を探って俺たちとの関係性を調べるくらいは想定している。
生憎と目立ちやすい黒髪を持つ俺や天恵を授かるルイーゼと来れば、エルドリア王国で冒険者として活動していたことは直ぐに伝わるだろうと思っていた。
そして何かしらのトラブルに巻き込まれて国を出て来たことも、いずれは知られるだろうと。
だが、マリオンが元王族というところまでたどり着けるとは思っていなかった。
マリオンの故郷だったザインバッハ帝国領ヴィルヘルム島は、ドラゴンの襲撃に遭い滅亡した。
唯一の王族として生き残ったマリオンは、隣国エルドリアに渡る。
そこで俺たちと出会い力を付け、居座るドラゴンを倒す為に再びヴィルヘルム島へ向かった。
ザインバッハ帝国の支援を受けられない中、何とか再建しようと戦い続けるマリオンに協力したのが俺と昔の仲間だった。
厳しい戦いと予想外の結末の中、それでも何とかドラゴンを退けてヴィルヘルムを再建したマリオンは、支援をしなかったザインバッハ帝国に対してヴィルヘルム王国の独立を宣言した。
だが、個人的な付き合いとは言えエルドリア王国でそれなりの立場を持っていた俺と仲間がいることで、マリオンを傀儡の王とする策略だと思われる可能性がでてきた。
それはザインバッハ帝国とエルドリア王国間の軋轢を生む可能性に繋がる。
その要となるマリオンが、ドラゴン戦の怪我を理由に死を偽装して王座を譲り渡し、関係を断ち切ることで今に至る。
「そんな警戒することも無い。良くあることだろう。
私も似たようなものだ」
「カイル様……」
文官があっさりと重大な秘密を漏らすカイルに、あきらめとも溜息とも取れる様な呼び掛けをする。
前にシルヴィアがカイルのことを獅子王と呼んでいた。
カイルの性格から獅子の王という形容詞とも取れたが、本当に王族と言う可能性が高まる。
カイルの本心は何処にあるのか。
言葉に詰まるが、俺たちの出方を伺っている感じだ。
「昔のことです」
肯定しつつ、過ぎたことだと伝える。
マリオンの生まれについては秘匿事項だが、それがバレたからと言って俺たちに打つ手があるわけでは無い。
流石にカイルとその近辺の者を亡き者にしてとは考えられなかった。
それに、実際のところマリオンが生きているとバレたからと言って、マリオンの祖国であるヴィルヘルム王国が認めなければいいのだし、エルドリア王国も否定を続けるだろう。
当の本人も全く関係の無い第三国で両国に関わること無く生きているのだから、影響力も小さいと言って良い。
後はただの勘でしか無いが、カイルは脅す為に調べたわけでは無いと思えた。
何かあればもっとストレートに行動するタイプだから、どちらかと言えば利害関係を探っている感じか。
「昔のことであれば良い」
「平穏が一番と言うほど落ち着いたわけじゃありませんが、手に余ることですから」
カイルは俺の答えに納得したようで、少し表情が柔らかくなった。
「話は戻りますが、ティティルの護衛をすると言うことで宜しいでしょうか?」
「アキトたちの実力は信用しているし、約束を違えるとも思っていない。
しかし、政策において獣人族との関係は重要項目となっている中で、平民であるそなたたちに全てを任せるというわけには行かぬ」
まぁそういうことなら、カイルが俺たち平民に重要人物の護衛を任せては騎士団の面目も潰れるだろう。
「私たちの出る幕は無いようですが?」
「問題なく事が運べばそう言うことになるな」
「問題は起こるだろうと言うことですか」
「ヘリオンは東と南を海に面し、西にはここシャルルロアが、北にはデナードを送ってきたトルキアがある」
デナードはシャルルロアが獣人族と手を組もうとしている姿が気に入らないようだった。
人間至上主義が強く、獣人族とは手を取り合うものではなく隷属させるものだと考えていた。
「デナードを失ったことでさしあたり脅威と言える者はいない。
だが、何も起きないと思うほど平和な時代でも無い。
アキトたちにはティティルを輸送する騎士団の後に付き、何かがあれば助けに入って欲しい」
「さも偶然のようにですね」
「そうだ。何も起きなかったとしてもティティルを救い出したのはアキトたちだと証明する書面を用意しよう。事実だから問題は無い」
何も起きなければ付いていくだけで鍛冶職人ゲットだな。
だけどカイルの勘は当たる気がしてならない。
でも当たるというならなおさらティティルを放ってはおけない。
一度は任せろと言ったのだからそれくらいの責任は果たそう。
「いつ出ますか?」
「三日後の八の鐘に貴族門から出で東門に向かう。
私も同行するので、またよろしく頼む」
またかよっ!
カイルのことだから表向きの理由以外にも何かあるのだろう。
「騎士団と共に出るのではないのですか?」
「私が表だって動くと手柄を奪うことになるからな」
「……わかりました」
誰の手柄かわからないが、カイルが決めた以上は俺に断る言葉も無い。
まぁ、本気で嫌なら立場も弁えずに拒否するが、今は拒否するより利用することを考えよう。
なにせ虎の威を借りると物事がスムーズに進むとわかったからな。
……あれ、貸しを返して貰うつもりだったのに、全体で見れば貸しが増えていないか。
何処で間違えたか。