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先立つものが

 ここはバレンシアの町にあるごく普通の宿屋。

 何とか日が落ちる前に町へと辿り着き、活気のある内に宿屋を見付けて駆け込んだその一室で、俺たちは全財産とにらめっこをしていた。


「銅貨一五〇枚だな……」

「銅貨一五〇枚ですね」

「銅貨一五〇枚だわ」


 この二人部屋が一泊食費別で銅貨五〇枚だ。

 二部屋とって銅貨一〇〇枚。

 つまり何かしらの方法で金銭を得ないと、明日の夜は野宿ということもあり得る。

 荷車の改良費をまわせば当面は凌げるが、それでは目的と手段が入れ替わってしまう。


「ちょっと勿体無いが魔魂を処分するか」

「アキト様、コボルト討伐報酬を頂けることになっていますが」

「それがあったな。

 いくらになるかわからないが、それをもらってから考えるか」


 ルイーゼの指摘に、カイルが去り際に言っていたことを思い出す。

 魔魂は色々と使い道があるので、自分で使えるならその方が高く捌ける。

 加工するには他にも材料が欲しいので、すぐに現金化が出来ないのは問題だが。


「わたし、明日は魔物でも狩ってくるわ」


 この町の側にはバレンシア遺跡があった。

 すでに魔道具のたぐいは枯渇しているが、魔物がいるので素材刈りには適している。

 どちらにせよこの街では『カフェテリア二号店(仮)』の為に、荷車の改造を行う必要があった。

 改造には当然時間が掛かる。

 だから、もともとその間を魔物狩りに当てる予定だった。

 新興商人は、時には自分で素材を手に入れる必要があるのだ――と思う。


「それじゃ明日はコボルト討伐報酬を受け取り、荷車を改造に出して、午後は冒険者に戻るか」

「はい」

「わかったわ」


 打ち合わせも終わり、ルイーゼとマリオンが部屋を出て行く。

 前は同じ部屋に寝泊まりしていたが、いつの頃からか意識するようになって部屋を分けていた。

 確か二度目にこの世界に来た頃からだろう。

 気持ちに素直なマリオンなら問答無用で同じ部屋を選ぶかと思ったが、今はルイーゼと共に行動することが多く、とても仲が良さそうだ。

 ちらりと二人のイケない関係を想像するのは思春期なら仕方のないことだと思う。


 元から美人さんと一緒に寝るのはドキドキが止まらなかったので、個人的には部屋を分けるようになって良かった。

 昔保護者をしていた時期がある為か自分の感情も複雑で、欲情だけで襲い掛かるのだけは――それでも力負けしそうではあるが。

 ルイーゼの『身体強化』(ストレングス・ボディ)上掛けには敵わないし、マリオンの脚力で蹴られたら部屋の端まで吹っ飛びそうだ。

 そう考えると、俺が暴走しても二人は身を守る手段があると思えばちょっと安心した。

 ……自分の妄想に少し呆れたところで俺も寝るとする。


 この部屋に残ったのは、すでにベットで寝ているモモだけだ。

 最近のモモは一日の大半を寝て過ごしていた。

 俺が居なかった昨年はモモの面倒をルイーゼが見てくれていたが、その時も同じ感じだったらしい。

 特に具合の悪い様子も見せないので、植物系精霊はそういうものだと思うことにした。


 ◇


 翌日も外は快晴だ。

 気温もどんどん上がり、おそらく今年一番の暑さとなるだろう。

 夏は意外と近いのかもしれない。

 ここ神聖エリンハイム王国は今までいたエルドリア王国より、平均気温が高い気がする。

 この感じだと、真夏になれば恐らく三〇度を超えてくるだろう。


 ここは町外れの草原。

 今でも欠かすことのない朝の鍛錬で、いつもより多くの汗を流す。

 時折草原を抜けていく風がいい具合に体を冷やしてくれた。

 鍛錬中は武器以外実戦装備のため重く暑苦しいが、鍛錬を終えて装備を脱いだ時の爽快感はなかなかに良いものだ。


「ふぅ。今日はここまでだ」

「ハァ……ハァ……はい、ありがとうございますアキト様」

「アキト……また……ハァ……赤くなってたわ……ハァ……」

「今までは放出する為の鍛錬をしていたのに、それを逆に抑えるというのは慣れないな」


 とは言え、大分マシになってきた感じだ。

 もう少し時間を掛ければ押さえ込めるようになるだろう。


 俺たち三人は草原に寝転がり、息を整える。

 今までは模擬戦も一対一が多かったが、最近は三人でやっている。

 これがなかなか面白かった。

 隙を突くつもりで構えていたら横から隙を突かれたり、うまく隙を突いたと思ったら横から漁夫の利を狙われたりと、油断も出来ない。

 魔物と違って人間はずる賢いから困る。


 息が落ち着いたところでモモに着替えを頼む。

 汗をかいたままでいると流石にまだ風が冷たかった。


 モモが走り寄って来て小枝を振るうと、俺達の体に魔法陣が浮かび上がり甲殻鎧に鎧下そして服が消え、代わりに街着が現れる。

 それから『洗浄』(クリーニング)で体の汗と汚れを落として貰う。


 次いでルイーゼ、マリオンの装備も街着に替わるが、たまにちょっとだけタイミングがずれて二人の色っぽい姿がチラ見出来るのは内緒だ。

 ルイーゼは順調に成長し、マリオンは――変わらないか、もうすぐ一八歳だし成長期を終えたのかもしれない。

 まぁ、なんの成長期かは言うまい。


「モモ、ありがとう」


 いつものようにモモを労い、頭を撫でつつ魔力のお裾分けをする。

 今日も良い笑顔だ。


「モモさん、朝食の用意をしますので手伝って頂けますか」


 ルイーゼの言葉にモモが頷き、テテテと駆け寄って行く。

 そんなモモを見送りつつ、視界にマリオンが入ると何故か赤い顔をしていた。

 マリオンは体育座りで膝頭に顔を半分埋め、その耳は真っ赤だ。


「マリオン、熱があるのか?」

「な、なんでも……ないわ」


 普段ならストレートな物言いをするマリオンだが、珍しいこともあるものだ。

 なら、きっとなんでもない(・・・・・・)のだろう。

 俺は空気が読める男だからな。


 この時の俺は気が付かなかったが、俺が二人の色っぽい姿をチラ見出来ると言うことは、逆に俺もまたチラ見される可能性があると言うことだ。


 ◇


 バレンシアの町は歴史が古く、学者の話ではバレンシア遺跡の一部だとも言われている。

 バレンシア遺跡は前世代の遺跡だ。

 つまりこの町も前世代から続く町ということになる。

 とはいえ、長い時間を掛けて少しずつ変化したこの町に、バレンシア遺跡の面影を見ることはない。


 石畳の敷かれた中央道路を中心として石造りの店舗が並び、通りを外れていくに従って木造の建屋が目立ってくる。

 町の中心には貴族街があり、低めではあるが石壁で隔離され、壁越しには綺麗で大きな建物がいくつも見えた。

 隣のエルドリア王国でもよく見かけたごく普通の町並みと言えよう。

 町その物の規模は大きめで、ぱっと見たところ人口は二〇,〇〇〇人程いそうだ。


 カイルが言っていたとおり、東門の側には見間違いしない程度にそれらしい兵舎があった。

 大きめの入り口には二人の兵が槍を持って立っていたが、出入りそのものを制限しているわけではないようだ。

 いや、明らかに怪しい素振りを見せれば止めることもあるのだろうが、普通に考えて兵舎に(やま)しい者は近づかないだろう。


 なんの用があってかそこそこ一般人も出入りしているようなので、俺たちも構えることなく入っていく。

 中は広めの待合室のようになっていて、受付のカウンターが三つあり、どことなく冒険者ギルドを思わせた。


 その内の空いている右のカウンターへ向かう途中で耳に入ってくるのは、畑をゴブリンに荒らされて困っているとか、街道で盗賊に襲われたとかいう話だ。

 なるほど、一般人が普通に出入りするわけだ。


 俺が向かったカウンターでは、一人の中年男性が面倒そうにこちらを見てきた。

 ここはあれだ、さっさと要件を済ませて引き上げるべきだろう。


「アキトといいます。コボルトの討伐報酬を受け取りに来ました」

「コボルト? お前たちが?」


 中年男性は胡散臭そうに俺と、後ろに続くルイーゼやマリオンに視線を送る。


「証明出来る物は?」


 何やら思案した様子を見せた後、中年男性が聞いてくる。

 俺はその質問の答えに困った。

 カイルには名前と用件を伝えればいいと言われただけだ。

 証明出来る物と言っても死体は焼いてしまったし、魔魂がコボルトの物とは証明出来ない。


「ありません」

「はぁ? それで金を出せってのは調子が良すぎると思わないか?」


 確かに、倒した証明も出来ないのだからそれが普通の反応だろうな。

 まぁ、元から宛てにしていたお金じゃないし、こんなところで揉めていてもしょうがない。

 ルイーゼはともかくマリオンはちょっと物申したいという表情だが、ここは抑えてもらう。


「そうでしたね。

 次は何か用意するようにします。何があれば証明できますか?」

「コボルトは素材にならないから耳を持って来い。二つで一匹分だ」

「わかりました、次は気を付けます」


 中年男性は、話は終わったとばかりに視線を外す。

 俺も終わったとばかりに踵を返したところで、入り口から入ってくるカイルと目があった。

 カイルも俺に気付き、近寄って来る。

 騎士鎧がよく似合う、良い男だな。


「アキトだったな。

 よく来た。報酬は受け取ったか。結構色を付けたつもりだぞ」

「いえ、残念ながら討伐の証を回収し忘れたもので」

「そんな物は必要ないぞ。

 私が証人になっているんだからな。

 それにアキトという名前の黒髪の少年だと伝えておいたはずだが……どうやらまだ腐っているのが残っていたらしいな」


 カイルの視線が俺の背後を貫く。

 その先には俺の応対をした中年男性がいた。

 先程までの横柄な態度とは打って変わって、青い顔で震えるように視線を落として恐縮していた。


「相手が扱いやすそうな子供だと思って、適当にあしらい私腹を肥やすつもりだったか?」

「も、もも、申し訳あ――」

「今ひとつ聞こう、これが初めてか?」

「さ、三回しか(・・)やっていませ!?」


 その後は一瞬だった。

 カイルが突き出すように放った剣は受付のカウンター越しに立つ中年男性の胸を貫く。

 中年男性は自分の胸に刺さった剣先を眺めながら崩れ落ちた。


「市民を守る立場にある者が、守るどころかその財産を奪おうとする。

 その命を掛けて償うが良い」


 貴族怖わっ!

 言っていることはまっとうだが、問答無用……一応言い訳は聞いたか。

 それでも敵意もない相手をこうもあっさり殺せるのか。


 カイルの立場なら、昨日俺達にコボルトをなすりつけて逃げることも出来たのに、敢えて残ったのは、俺たち市民を巻き込むことになった責任ということか。

 カイルなら一人でもあのコボルトたちを相手に出来たかもしれないが、命を落とす危険も少なくなかったはずだ。


「さっさとそいつを片付けろ。

 おい、アキトへの報酬を持って来い!」

「は、はいっ!」


 隣のカウンターに座っていた同じく中年男性が急いで奥の部屋へと向かっていく。


「みんな騒がせたな。通常業務に戻れ」


 それに合わせて、一時は騒然としていた部屋の中も落ち着きを取り戻す。

 いや、落ち着くのが早すぎだろ……。


 驚く俺を他所に、直ぐに中年男性が革袋を片手に戻ると、それをカイルに差し出す。

 カイルは受け取った革袋の中までは確認せず、それを俺に差し出してくる。

 俺は革袋を受け取り、中を確認するのは止めておく。

 あの後で誤魔化そうとする人は居ないだろうし、そもそもいくら入っているのか知らない。


「ありがとうございます」

「構わない、正当な報酬だ。

 些かゴタゴタしたが、悪く思わないでくれ」

「些かですか……」

「腐った連中は掃除したつもりだったが見逃していたようだな」


 不服とばかりに眉間にしわを寄せ、不満そうな表情を見せる。

 どうやら本当に今のが些細な事といえるくらい色々とあるようだ。


「それではこれで失礼します」

「アキト、重ねて迷惑を掛けた詫びだ。

 何かあれば訪ねてくると良い」


 頼る必要が無ければそれに越したことはないが、そう思って過ごしていたら貴族に対抗出来うる後ろ盾を持っていなかった為に、エルドリア王国を出ることになった。

 わざわざ次に繋がる言葉をくれたのだから利用すべきだが、今の時点ではこれ以上お近づきにならない方がいいだろう。

 もう少し人となりを知ってからでも遅くはない。

 いきなり刺されたくは無いからな。


 俺は礼を言って兵舎を出る。


「息が詰まるわ」

「俺もさ」


 マリオンに応える。

 ルイーゼも驚きが強かったようで、中年男性が刺された時から俺の左袖を掴みっぱなしだ。

 さっさと気分転換が必要だった。


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