審判の塔・中
本日三話投稿、第二話
「アキト、まだか!?」
「……」
マッシュが自分の倍近い大きさのスライムを牽制しつつ、声を上げる。
関節の無いその動きからは攻撃の予測がしにくく、基本的に前衛は防御がメインで、攻撃は魔術師の出番となる。
マッシュのパーティーには魔術師が二人いるが、今は塔の魔物に慣れる為に俺が魔術師の役割を担っていた。
役を果たせなければ、純粋な魔術師のいない俺のパーティーでは攻略が難しいと言えるだろう。
俺は長い時間を掛けて『火弾』の魔法陣を意識下に構築し、馬鹿みたいに膨大な魔力をつぎ込んで魔法を具現化する。
眼前に浮かび上がる赤くシンプルな魔法陣がおおよそ初級魔法とは言えない程の強い魔力で満ち輝き、次いで一抱えもありそうな『火弾』が出現した。
中級魔法の『火球』に見劣りしない『火弾』は素人の投げるボールほどのスピードでスライム目掛けて飛んでいく。
「待たせた!!」
俺の声より早くマッシュがその場を飛び去り、それを追い掛けるようにして伸びるスライムの腕を焼き上げながら『火弾』が突き進み、本体と思われる部分に直撃する。
熱い鉄板に水を撒いた時のような音を立ててスライムの体が発散し、一面を水蒸気の様なモヤが覆った。
異臭に備えたが、思ったよりも良い匂いに拍子抜けだ。
水蒸気をマッシュのパーティーの魔術師――ロイスが風の魔法で散らす。
スライムの追撃に備えていたが、モヤの晴れた後にはスライムの残骸が残っているだけだった。
「アキト、そのアンバランスな魔法はどうにかならないのか?」
「どうと言っても、土属性魔法以外は初級魔法しか使えないからな」
「詠唱も無くあれだけの威力の『火弾』を使えて『火球』を使えないというのが信じられないのですが」
巨体の割に物腰の丁寧なロイスが自分の知識にそぐわない現実を目の当たりにして困惑の表情を浮かべる。
なんだかんだ言っても精霊魔法が使えるようになってから二ヶ月程度であり、練習量も多いとは言えないので自分では順調なつもりだ。
ただ『火球』を使えないのに、『火弾』を魔力のみで『火球』のレベルまで威力を上げるというのは難易度が高いらしい。
そして難易度が高いのに魔力を無駄に消費することから、誰も『火弾』の威力を上げることに挑戦はしないそうだ。
そんなことをするくらいなら素直に下級魔法の『火矢』なり『火球』が使えるようになることを目指す。
上位魔法が使えなくても威力を上げるだけなら、単に魔法陣に流す魔力量が多ければ良いと思っていたが、普通は膨大な魔力に魔法陣が耐えきれずに霧散してしまうようだ。
俺はそれを類い希なる魔力制御力で持って押さえ込みつつ、膨大な魔力の後押しで威力の底上げを行っていた。
道理で威力を上げるのが難しいわけだ。
前に宿を焼かれた時に複数の『水弾』を並列で具現化した時の方が、まだ簡単だった。
この世界の精霊魔法はその扱いの難しさによって初級、下級、中級、上級とクラスが別れている。
魔法はそれぞれの属性毎に基本的な威力を定める魔法があり、名称もある程度統一さていた。
例えば初級なら『弾』、下級なら『矢』、中級なら『球』、上級なら『砲』と言った感じだ。
火属性魔法で言えば『火弾』、『火矢』、『火球』、『火砲』だな。
それ以外の魔法はそれぞれの基本魔法の難易度に合わせて分類されている。
精霊魔法は新しいだけあって系統的だっが、古代魔法はまた違った分類になり、その分け方は複雑だ。
「魔法はその内、きちんと習うのに学校へ通うなり先生でも探すさ」
「教わること無く使えるだけでも私の理解を超えています」
教わることは無かったけれど、『魔力感知』で魔法陣を見ることは出来たからな。
精霊魔法の魔法陣は精霊の言葉で書かれた契約書だ。
本来なら呪文を使って契約書を作成するわけだが、俺は呪文を知らないけど契約書の形を知っているので、魔力でそれが描ければ魔法として成り立つ。
もちろん正しい形を取っていなければ契約書として成り立たず、仮にきちんと魔法陣を意識下に構築出来たとしても、相性が悪いと破棄される場合がある。
その場合精霊が納得するだけの条件を魔法陣に追加すれば履行される。
俺が相性の良い土属性魔法なら上位魔法を使えるのに、相性の悪い火属性魔法では使えないのがその為だ。
基本的に苦手な属性を何とか使えるように四苦八苦するより、得意な属性を伸ばす人が殆どだ。
だから火属性魔法が苦手な人でかつ、上位魔法を使えるように頑張った人の魔法陣を手に入れない限り、俺にはどうしても呪文が必要になる。
その呪文も個人により微妙に異なってくるので、最終的に作り出すのは自分になり、学校などではそのコツや駄目なところを教えてくれるだけだ。
それでも全くの独学に比べれば遙かにマシと言える。
ただ、この考えからすると精霊語を覚えれば自由自在と言うことになるのではないだろうか……できるならみんなが精霊語を学んでいるか。
「まぁ良いさ。今日は後二層進み、三五層で記録して帰るぞ」
マッシュが転移門を起動し、それに一緒に乗って俺たちが塔の内部に入った時は、既に三一層だったわけで、随分とショートカットしたものである。
俺たちの実力をある程度垣間見ているマッシュが転移先を考えただけあり、ほどよい手応えの魔物が相手で、同じくほどよい緊張感に包まれる中での攻略となっていた。
塔の内部は巨大な空間というわけでは無く、幾つかの通路と扉の無い小部屋が存在し、全体としては一層あたり直径一〇〇メートルほどになる。
通路や壁は磨き上げられたとまでは言わないが、石灰色の岩で作られており清潔感があるし、何かしらの魔法的な光で壁が光っているので明るめだ。
迷わない程度に複雑な通路を抜けた先が塔の反対側の外壁となり、外壁沿いを伝うようにして上層へと昇る階段が存在した。
各層の入り口には転移門があり、転移用の魔力を蓄えた魔石を置けば地上へと戻れるようになっている。
各小部屋は魔力溜まりとなっていて、この塔で最大の謎とされている魔物が存在する。
何が謎かというと、その魔物がどこから来るのかわからないのだ。
普通魔物と言えば、動物が魔力の影響を受けて変異した存在だと言われている。
だが、この密閉空間と思える塔は下界と隔離されていて、動物が侵入しようが無かった。
それでもさっき戦ったスライムのように魔物は存在する。
つまり別の場所から現れたと言うことになるわけだが、それが何処か正確にわかっていない。
下からでなければ上からと言うことになるだろう――と思ったが、それもまた違うらしい。
「上から降りてくるだけなら、今頃は下の方に魔物がいないさ」
「それはそうだが、下でも上でもないから横ってことでも無いだろ」
横は空の上だ。
空を飛ぶ魔物もいるが、スライムが空を飛んできたとは思えない。
「俺たちと同じだ」
「転移か……」
例え魔物を倒して空となった小部屋に陣取っていたとしても、気が付くと直ぐ隣に魔物が存在するという謎システムだった。
魔物が転移して現れてくるのでは、塔の内部に安全地帯は無いと言って良い。
場合によっては戦闘中に目の前に現れることもあるらしく、パーティーが全滅する大きな要素の一つと言われていた。
だからこの塔を攻略するパーティーの後衛は近接戦もある程度熟すらしい。
結果的に体格も重要となり、巨漢で固められているマッシュのパーティーにも理由があったわけだ。
「この魔物が何処にでも転移出来るとなれば世界中が混乱しそうだな」
「今のところ問題になったとは聞いたことが無い」
この塔が発見されてから一〇〇〇年も過ぎようとする今でさえ、問題となるようなことは無かったので、今ではこの塔内部だけの現象と認識されているようだ。
「アキト、次はお前たちが前だ」
「特徴は?」
「魔法は効かないし、剣も余程の業物でも無い限りは効かない。
どう攻略するのか見せて貰うぞ」
通路の先、角を曲がって姿を現したのは岩の甲羅に覆われた亀のような魔物だった。
ロック・タートル――まんま岩亀だな。
甲羅の高さで二メートルほどある岩亀は、思ったよりも機敏な動きでこちらに近付いてくる。
数は一匹だが、手足を含めて横に三メートルほどある岩亀は通路の幅に対して巨大で、前後を挟まれると逃げ場を失う危険性もあった。
「ルイーゼ向きな魔物だと思うが、今回は俺とマリオンで幾つか試してみる。
マリオンは一緒に、ルイーゼは背後を警戒してくれ!」
「はいっ!」
「わかったわ!」
マッシュは魔法が効かないと言ったが、魔力はどうか。
魔力を純粋な力として使う俺とマリオンのスキルなら、通用するのかどうかは試しておいた方が良いだろう。
もし『魔法障壁』やガーゴイルの様な対魔法・対魔力に特化した物であれば純粋な物理攻撃か、防御を上回る魔法攻撃力が必要だ。
「マリオン、先に行け!」
「!!」
一瞬で俺を置き去ったマリオンが、地面を滑るようにして『魔刃』の構えを取る。
弓を引くかのように体を引き絞り、矢を放つかのように引き絞った体を解放し、魔剣ヴェスパを通して両手からクロス状の『魔刃』が撃ち放なつ。
同時に繰り出される二発の『魔刃』はマリオンが使えるスキルの中で最大の威力を持つ攻撃だ。
その攻撃は石畳や壁を削って突き進みそのまま岩亀を切り裂くが、血が噴き出すと言うことは無く、抉られた岩肌が見えるだけだった。
だが、苦しげに藻掻く様子からは深いダメージを与えているとわかる。
「止めは俺が刺す!」
溜め込んだ魔力を解放し、硬直したマリオンを追い抜いて岩亀に近付く。
振るわれる左手を飛び越えるように躱し、噛み付くように開かれた顎を下から蹴り上げる。
重い衝撃が足に伝わるが『身体強化』でしっかりと床を踏み抜き、跳ね上がった岩亀の下顎に手のひらを当て、魔力を一本の槍のようにして解き放つ。
『魔槍』と名付けたスキルは期待通り岩亀の脳を破壊し、その命を奪い去った。
血も出ない岩亀なのに脳という概念はあるのかと不思議にも思うが、魔力で動くガーゴイルがいる世界でそこまで考えるのはナンセンスだろう。
本物の岩同士が打ち付け合うような重い音を立てて崩れ落ちる岩亀を見て、魔力が結晶化していくのを『魔力感知』で確認する。
血を流すことも無く崩れ落ちた岩亀を見るに、少なくても食べることは無理そうだし、防具にも使えないとなれば完全な外れ魔物だった。