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審判の塔・前

本日三話投稿、第一話




 自分で頼んだとは言え翌日からは大忙しだった。

 色々な業者が次々と品物を納入に来るので、俺とルイーゼとマリオンの三人で応対しつつ、工事の指示を行っていく。

 人数を掛けただけあり、三日ほどで基本的な家具が整い、残すは内装と時間の掛かる水回りのみとなった。

 それも新築というわけでは無いので、長くは掛からないだろう。


 後は壁紙を白と深い焦げ茶色を基調色としたモダン調に変えて、洒落た照明を用意すれば完成だ。

 今回は前に作った店より少しだけ格調高いイメージにして、薄利多売は止めることにする。

 カイルに値段を上げるように言われたこともあるが、場所的にも高級街に近いので、客層も変わってくると思う。


 二階の一番広い部屋をリビングにし、大きめのソファをテーブルと合わせて用意した。

 片側三人掛けのソファはとてもゆったりとした物で、柔らかめのクッションが体を包み込むようで心地よい。


「ん~っ」


 マリオンがソファに座り背を逸らすように伸びをし、少し色っぽい声を漏らす。

 業者が帰った後、居間でようやく一息入れたところだ。


「アキト様、コーヒーが入りました」


 ルイーゼがマリオンに「はしたないですよ」と微笑みながら声を掛け、隣に腰を下ろす。

 対面に座るのは俺とモモだが、モモは座ると言うより半身ほどずり落ちてダレている。

 殆ど中古品だった家具をぴっかぴかにして廻っていたので疲れたのだろう。

 モモは見掛けによらず体力はあるが、魔力を消費すると疲れるのは人と同じだった。

 膝の上に頭が乗るように引き起こして、魔力のお裾分けだ。

 心地よさそうに目を細めて身を丸めるモモを見ながらルイーゼの入れてくれたコーヒーを飲む。


 中古とは言え、流石に家具一式を揃えただけあって報酬はあっという間に消えて無くなり、また直ぐにでも食べるのに困る状態だ。


「支払いはほぼ済ませていますので、一〇日程は持つかと思います」

「ガーゴイル撃退の報酬を貰えると思うが、いつ入るかわからないし金策が必要だな」

「それじゃ、明日は審判の塔ね」


 俄然やる気を見せるマリオンを見つつ、俺もどんなところか思いを馳せる。

 久しぶりの狩りに心躍るのは俺も同じだった。


 ◇


 領都シャルルロアの東地区には、遙か空高くまで続く審判の塔がそびえ立っていた。

 雲一つない空を伸びていく塔は、見上げると迫ってくるような圧迫感を感じるほどで、モモが見上げたまま後ろに倒れ込んでくる。

 俺はそれを支え、未だ上を向いたままのモモの手を引いて、塔の入り口近くにある管理棟に入る。

 ここでは冒険者の入退出を管理し、塔から戻らない者の探索依頼や、一度に多くの者が塔に入らないように制限をしていた。

 この塔は五層毎に転移門が設けられており、特殊な鍵と魔石を用いて任意の層に移動出来る。

 ただし、移動する為には一度移動先の転移門に登録する必要があるので、最初は地道に昇らないといけなかった。

 早速俺たちも審判の塔への入門を申し込む。


「塔へ入るのは初めてと言うことで宜しいですね」

「はい、色々と教えて頂けると助かります」


 受付のお姉さんは愛想の良い美人さんに限る。


「ちぇ、朝から面倒な客を引いちゃったなぁ」


 もう一度言う、受付のお姉さんは愛想の良い美人さんに限る。

 彼女の場合、どちらも当てはまらないのが残念だ。

 せめて美人さんならそういう需要も世の中にはあるだろうと思えたが。


「取り敢えずこれでも読んで、わからなかったらもう一度並んで聞きに来て」


 投げるように渡されたのは使い古された本で、表紙には注意事項とだけ書かれた物だった。


「いくら――」

「領主様の命により新人への適切なアドバイスが義務化されているはずだ」


 ――なんでも適当すぎるだろうと注意しようとしたところで、聞いたことのある声がとなりから割り込んできた。

 随分と高い位置から発せられたその声の主は、バレンシアの町でともに魔人族の討伐戦に参加したマッシュのものだった。


「アキト、久しぶりだな。

 お嬢ちゃんたちも変わりないようで」

「あぁ、三週間ぶりか。

 マッシュたちも元気そうで何よりだ」

「お久しぶりですマッシュさん」

「久しぶりね」


 マッシュのパーティーはバランスの良さそうな六人組で、その内二人が魔術師という贅沢な構成だった――自分たちのことは棚に上げておく。

 女性がいないのと総じて巨漢であることから少々むさ苦しいが、パーティーでの動きに長けたベテランだ。

 バレンシアでの魔人族討伐戦でも、人数の少ない俺たちを上手くカバーしてくれたし、俺も見習うところは多いと感じている。


「おい、しっかり説明しないなら明日から仕事があると思うな」

「は、はいっ!」


 さっきまでとは随分と違い、滅茶苦茶焦っているな。

 マッシュの登場から固まっていた受付嬢は、一転して機敏というより焦った様子で必要な書類をかき集める。

 巨漢軍団に低音の効いた声で脅されれば怖くもなるか。


「それにしてもなんでこんな所に?」

「ここが俺たちの育った町だからな。

 バレンシアの町には応援で出ていただけだ」


 もの凄く普通の話だ。


「塔に昇るなら遺跡や森の魔物と大分特色が違うことに注意しろ。

 物理攻撃に強い魔物、逆に魔法攻撃に強い魔物とバランスの悪いパーティーでは一〇層を超えるにも一苦労だ」

「厄介そうだな」


 祝賀会の夜に襲ってきたガーゴイルもそう言った魔物の一種なのだろう。

 俺たちが今持っている力で対応しきれないような魔物が来れば、足をすくわれる可能性もある。


「そうだな……よし、アキト。

 どうせ勝手がわからないんだろう。

 今日は俺たちに付き合え。お前らの実力なら不足は無い」

「こちらこそお願いしたいくらいだが、俺たちはまだ最初の転移門にすら登録していないんだが」


 特殊な魔物が出てくるというなら、慣れているマッシュたちに教えて貰いながら昇れるのは幸運だ。

 だが、マッシュたちが一層から俺たちに付き合うのも無駄があるだろう。


「なぁに心配ない。俺たちと一緒に飛べば良い」


 どうやらショートカット出来るらしい。

 ただ――


「いきなり修羅場とかは勘弁なんだが」

「俺たちも久しぶりだからな。余裕を見て三〇層からで良いだろう」


 余裕を見ると言うくらいだ、マッシュたちだけでもどうにかなる場所か。

 そんな俺たちのやり取りを間近で聞いていた他のパーティーから声が上がる。


「『鉄壁の番人』が誰かを誘ったぞ」

「ガキ共じゃないか、からかっているだけだろ」

「おいおい、あんな若いの連れて三〇層から昇るつもりか。何を考えている」


 マッシュのパーティー名は『鉄壁の番人』か。

 たしかに全員が大柄で、その中でも巨漢のマッシュとドルガンが前衛となるのだから、相対した時の威圧感は鉄壁と言える物だろう。

 まわりの反応を見る限り、ホームと言うだけありそれなりに知られたパーティーのようで、俺たちが誘われたことに対して(うらや)む声も聞こえてくる。

「おいマッシュ、そりゃないだろ。

 俺たちがいくら誘っても乗ってこなかったのに、よりによって新人を誘うってのは納得がいかない話だぜ」


 中には羨むだけじゃない声もあるが。


「オルトガ、まだ生きていたか。

 俺たちが留守にしていた間に四〇層へ到達したと聞いたぞ」

「お前たちが一時的にでもパーティーを組んでくれるなら、五〇層突破もそう遠くないうちに可能だと思っている。

 なのにバレンシアで魔人族とやりあって怖じ気づいちまったのか?

 なんだって新人教育なんか始めようとしている」


 そう言えば、審判の塔の五〇層に住まう守護獣が倒せないとは聞いていたが、初めて五〇層に到達したのが誰で、それからどれくらいの月日が立っているのか知らない。

 まさかとは思うけれど一〇〇年とかそんな単位じゃないだろうな。

 その間多くの冒険者が挑戦して、その全てを返り討ちにしただろう守護獣ともなれば、倒してみようと思ったのはちょっと自惚れだったか。

 マッシュが付き合ってくれる間に様子を見て、武器の方を何とかしたいところだがこの町で出来るだろうか。

 顔の広そうなカインに、ドラゴンの爪を加工出来る職人を聞いておけば良かったな。


「何度も言うが、共闘は断る。

 主義主張が合わないのに力だけを求めて共闘しても上手くいくとは思えん」

「俺たちは駄目で、そいつらなら上手くいくって言うのか?」


 オルトガが威圧するように俺を見てくるが、所詮は人間の威圧だ。

 ドラゴンの威圧に比べれば何処吹く風と言ったところか。

 とは言っても、俺が口を出したところで火に油を注ぐだけと思えたので、取り敢えずはマッシュに任せる。

 俺としてはマッシュが誘ってくれたのだから、それに乗らない手は無い。変にこじれては困るのだ。


「若いが戦いを良く知っている。

 ここの特殊性に慣れればこの町にとっても良いことだろう」

「はっ! 何を引退間近の老いぼれみたいなことを言ってんだ。

 もう二度と声は掛けねぇ。俺たちが登り切るのでも眺めてな」


 そう言い残し、踵を返して去っていくオルトガをマッシュは無表情で見送っていた。


「俺としては助かるけど、良かったのか?

 性格はともかく五〇層を目指すなら悪くない話だったんじゃ無いか」

「ふん。一緒になどと口は良いが、実際には露払いさせるのが目的だ。

 なまじ本人たちに実力がある為、その口車に乗って潰れていった冒険者も多い」

「最低ね」

「あぁ、最低だ」


 マリオンが口をへの字にして不快感を表し、マッシュが同意する。

 冒険者は戦いの中に身を置くだけあり、個々の実力は高い。

 しかし一部を除いて、横の繋がりは決して強いとは言い切れなかった。

 狩り場に出ればそれぞれがライバルになるし、出し抜かれることも多々あるからだ。


 だから訓練された兵士が顔を合わせたことなど一度も無いのに最低限の動きをし、軍規という信用の元に戦う姿は異質に見えるだろう。

 個々の力はそれほどで無くても集団としての力を見せる軍を相手に出来るとは、腕の良い冒険者でも思っていない。

 その代わり、パーティー内においての結束はかなり高く、戦い方にも柔軟性があるので要は適材適所だ。


「一緒に来るだろ?」

「勉強させて貰うよ」


 結局行くことでまとまる。

 受付のお姉さんは怒られ損だが、次の新人に優しくしてくれると思えば結果的には良かったのだろう。


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