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新しい我が家

 ガーゴイルの襲撃を受けた翌日。

 予定外の事件にカイルたちは忙しく駆け回っていた。

 そして色々と忙しいのは俺たちも同じだった。

 なにせ、朝から立て続けに貴族の使者の訪問を受け、無下(むげ)に出来る訳も無く相手をすることになっていたからだ。

 貴族同士なら伺いを立てながら訪問の予定を決めるのに、相手が平民となれば自己都合で動くから困る。


 本来なら呼び出しを受ける立場だが、どうやらトリスタンとカイルの計らいで、来賓の館を使って話すように決まっていたらしい。

 俺たちが出向いてしまったら時間が取られて、他に話の出来ない貴族が増えるし、場合によっては誰かに軟禁状態で囲われるとも考えたのだろう。

 流石に当主本人が直接来ることは無く使者を通してと言う形になるが、それでも貴族には違いなく、下手を打てないのは同じだ。

 幸いにして昔の付き合いでお茶の準備や作法などは覚えていた為、急な来訪でも最低限の礼儀は守れたと思うが、慣れないので肩が凝るのだけは仕方が無かった。


 訪れる使者の目的は、一言で言えば勧誘だ。

 その様に立ち回っていたので当然だが、ガーゴイルの襲撃を退け、天恵による奇跡を与えた衝撃は大きく、中には侯爵の爵位を持つ貴族までいた。


 傲慢な物言いの使者もいれば、爵位が高いのに穏やかな使者もいて、なかなか勉強になる。

 これから貴族を後ろ盾としていく以上、こうして面識を作って付き合いを深める相手を選んでいかなければならないのだが、選定基準は付き合いやすいかどうかで良いのだろうか。

 今のところは恐れ多い事ですという対応で済ませ、折角知り合った縁と借りがあるというカイルに動いてもらい、今後付き合いを深めていく人選は任せようとおもう。


 主目的は思った通りルイーゼの勧誘であり、俺とマリオンはついでなので負担は少なかったが、ずっと笑顔で対応を続けるルイーゼは大変だったに違いない。

 今日は顔見せだったので、一人一人は直ぐに終わったが何せ数が多かった。

 早いところ利害関係を築き、心落ち着く下町に降りたくなる。

 貴族の中には下町を嫌って降りてこない者もいるので、そこで大まかな選別が出来るはずだ。

 平民を嫌う貴族と平民である俺たちが、上手くやっていける訳が無い。

 逆に呼び出しを受ける可能性もあるが、この町に来たばかりの上、泊まる宿すら決まっていないのだから俺たちが何処にいるのかもわからないだろう。


 来訪する貴族の中には使者ではなく、当主本人が純粋に助けられたお礼といって訪れることもあり、その中には青い髪が綺麗なフローラもやって来た。

 やっては来たが、最初に一度だけ眼を合わせて以来ずっと俯いたままだ。

 本人にとっては恥ずかしいところを見られたという思いもあるだろうし、こうしてお礼に来てくれただけでも好感が持てる。

 血の気は良くどちらかというと少し赤みが差しているくらいで、取り敢えず昨日のショックは引き摺っていないようで、なによりである。


「お礼を言うのでは無かったか」

「……は、はい」


 フローラの父親と思われる男性はロンドル子爵。

 ここシャルルロア領の最も東にあるイーストロア地方を治める土地持ちの貴族だ。

 イーストロア地方は更にその先にある獣人族の住む領地との中間地点にあたり、交易の要所として栄えているらしい。

 昨夜、初めての社交界デビューとなるフローラが不幸な襲撃に遭い、危うく命を散らすところだったのを俺が救った。


「たまたま居合わせただけで、行為その物は当然のことです。

 お礼を言われるまでもありません。フローラ様がご無事で何よりです」

「そんな事はありません!」


 思ったよりも強いフローラの反応に面食らう。

 フローラはハッとした様子で口元を押さえ、しばらく俯いた後、再び話し始めた。


「誰も助けてくれませんでした。

 直前まで一緒に話していたご子息の方々も、私などには目もくれずに逃げ回るばかりで。

 足が竦んで動くこともできなかった私を助けてくれたのはアキト様だけです」

「私に敬称は無用ですよ」

「いいえ。例えどのような身分の方であろうと、命の恩人に違いはありません。

 その様な方を呼び捨てにするような教育は受けておりません」


 フローラの物言いに、ロンドル子爵は少しだけばつの悪そうな表情をした。

 それはそうだろう。あくまでも貴族同士の付き合いの話であって平民を考慮していたとは思えない。


「わかりました。

 フローラ様のお気持ち、大変ありがたく受け止めておきます」


 良い笑顔である。

 手の届く範囲で人助けをしただけだが、それでもこうして嬉しそうな笑顔を見れば嬉しくもある。


 茶請けとして出したチョコレートもフローラは気に入ったようで、若い女性には甘い物という定番がこの世界でも通用してなによりだ。

 もちろん、さり気なく今度下町に開く予定の『カフェテリア三号店』の宣伝をしておく。

 フローラは必ず買いに行きますと言ってくれた。


「イーストロアまで来ることがありましたら是非屋敷までお立ち寄りください。

 その時は歓迎させて頂きます」


 フローラはそう言うと、家紋と思われる模様の刻まれたメダルを差し出してくる。

 模様は違うが似たようなものをトリスタンの護衛騎士のナターシャからも貰っていたな。

 ここ神聖エリンハイム王国では感謝の印に送る物なのだろうか。

 ありがたく頂戴し、機会があればと伝えて別れる。


 そうして二日が過ぎ、最も最初に来るだろうと思っていた教会関連の使者が一人も来なかったのは逆に不気味だ。

 教会そのものに悪い印象を持っている訳では無いが、あの枢機卿は得体の知れないところがあったので、注意しておきたかった。


 会場で念の為に枢機卿の魔力反応を覚えておこうと思い『魔力感知』(センス・マジック)で調べてみたが、良くわからないと言う結果になった。

 どうやら枢機卿の着ている法衣には対魔力・対魔法的な力が備わっているようで、今更ながら『魔力感知』が万能で無いことを知る。

 良く考えてみれば『魔法障壁』(マジック・バリア)の中にいる人にも『魔力感知』が働かないな。

 認識出来ないものは仕方が無いので、代わりに息子の方を覚えておくことにした。


 ◇


 そんなこんなで慌ただしく過ごした数日を過ぎれば、今度は退屈になった。

 結局アルディオを通してカイルに連絡を付ける。

 挨拶も出来なくては失礼にあたるかとも思ったが当のカイルは忙しいようで、アルディオを通して「自由にしてくれて良い」と伝言があったので、お(いとま)することにした。

 この後の予定は伝えてあるので、いざとなれば連絡の取り様もある。

 俺としては他はともかくカイルとの線だけは残しておこうと考えていた。

 生憎と俺から連絡を取る手段は無いが、クリスたちの件で一度は連絡をくれるという話になっているので、それを待つとしよう。


 俺たちは来賓の館でお世話になったアルディオとエボンに挨拶をし、厩舎でニコラを引き取って領主城を後にする。

 約束だった商業ギルドへの紹介状は側仕えの人が朝一で届けてくれたので、思い残すのはクリスたちのことくらいだ。

 早ければ二週間ほどで今度どうするかが決まるというので、それまではエボンに預けておく必要があった。


 注目を浴びつつニコラを牽き、貴族門を出る。

 門一つ出るにもカイルの持たせてくれた書類が必要で、なかなか手間である。


 そうして抜けた先は下町だ。

 もっとも、この辺はまだ貴族門に近いのでそれなりに高級そうな商品を扱う店が建ち並び、下町らしい雰囲気は無い。

 それでも大半が平民だと思うと、それだけで気が休まった。


 ニコラを厩舎に預け、商業ギルドに向かう。

 そこでは領主直々の紹介状が効いたのか、初老の副ギルド長が出て来て案件を紹介してくれた。

 俺たちはその中から良さそうな条件の三軒を選びだし、最終決定の為に実物を見せて貰うことにした。

 もちろん副ギルド長とその補佐付きで、馬車まで出して貰う。

 流石領主のコネだと感心するばかりだ。


 馬車は如何にも下町という感じの見えてきた道を進む。

 流石に高級街の案件ではないようだ。

 それでも完全に下町と言うほどでも無く、柄の悪いと思われる人々は随分と少ない。


 そうして向かった一軒目は可愛い感じの家だったが、一階部分の使い勝手が悪かった。

 二軒目は元々食堂だっただけあり立地は良かったが、俺に必要なのは食堂ではなくオープンカフェなので室内よりそれなりに広い庭が優先される。

 三軒目は一階部分が木工職人の作業場として使われていたらしく、住居としては使い勝手が悪いけれど、作品の展示場としても使われていたのか良い感じに雰囲気のある作りになっていた。

 庭も作業場だったのか広めで、悪くない。


「この家に水回りを追加すればお店が出せそうね」

「奥に水場もありましたからお風呂も用意出来そうです」

「ここで良さそうだな」


 二階は五部屋あり結構な大きさだが、予算も案件の紹介条件に入っているだろうから、ここが紹介されたと言うことは大丈夫なのだろう。


 はじめはこの領都で店を出すつもりは無かったが、クリスたちのことを考えてしまった。

 無駄になるならそれに越したことはないが、もし親元に戻れないようなら何かしらの自活できる力が必要だ。

 孤児の全員を助けることなど俺には出来ないが、手の届く範囲でなら何とかしてやりたいとも思う。

 そしてその何とかはだいたいお金が解決してくれる。


 そのお金の為にクリスたちには仕事が必要であり、俺はそれに思い当たるところがある。

 調理以外は経験上一〇歳以上ならこなせる仕事と思っているので、クリスたちにも対応出来るだろう。

 なにせこの世界の子供たちはタフである。

 小学生くらいの年頃には働き始め、中学生くらいで働いていないのは裕福な家の子くらいだった。


「こちらで宜しければ契約書にサインをお願いします」

「直ぐに入れると助かるんだが」


 俺はサインをしながら認証プレートを用いて登録を行う。

 この世界の契約には古代文明の遺物(アーティファクト)を使った認証が行われる。

 ギルド職人なら認証プレート、市民なら市民プレートと言った個人を識別するシステムがあり、全ての情報はある一定の集団、例えば商業ギルドで一元管理されていた。


 ちなみに登録されてる情報は生体情報だけのようで、ラノベやゲームに良くある称号や賞罰といった物は無い。

 あくまでも所属が何処になるか記されているだけだが、問題を起こした人物の生体情報は削除することができるので、身分を証明出来ないと言うことが危険人物と言うことになるようだ。


 ちなみにこの生体情報の管理人は地脈という得体の知れない物で、世界を構成する基本要素の一つだ。

 他には魔力を司る竜脈と生命を司る霊脈がある。

 地脈へのアクセス方法を知っていた前文明による認証システムがあり、それを用いた高度な情報の管理は歪な現代文明の代表とも言えた。


「引き渡しの前に掃除を行う予定でしたが、お急ぎとなりますとそのままお渡しすることになりますが宜しいでしょうか」

「それで構わない」


 俺たちにはお掃除大好きのモモがいるから何ら問題なかった。

 俺はモモに頼むぞと心で伝え、魔力のお裾分けをする。

 任せろという感じで胸を叩く様子は頼もしい。

 ただ、副ギルド長がいる目の前で掃除を始めようとしたのを、慌てて止めることになったのはご愛敬だ。


 無事に契約を終え、晴れて俺たちの物となった家を前に、思ったよりも簡単に手に入ったことに拍子抜けする。

 まぁ今回は巡り合わせも良かったし、その為の努力もしたと言うことだな。


「色々と手を入れたいんだが、職人を紹介して貰えると助かる」

「もちろん仕事の斡旋は手前どもの本業でございますので。

 どのような職人をご用意致しましょうか」

「水回りと調理道具、それから木工職人と言ったところだな。

 明日にでも来て貰えるかな」

「ではその様に手配しておきましょう」

「報酬は十分に出せると思うから、仕事の早い人を頼むよ」

「承知しました」


 流石商業ギルドの副ギルド長だけあって、相手が子供でも馬鹿にした様子も見せず丁寧に対応してくれた。

 勢いで店の許可まで取っておいたのは俺のファインプレイだろう。

 これが窓口担当のギルド職員相手では、二つ返事で了承されないこともある。


 副ギルド長と別れた後は早速入居の準備をはじめる。

 明日からは店舗への改装作業が始まるので、さっさと済ませる必要があった。

 とは言っても、こちらの希望を出せば基本的には仕上がるまで暇なので、審判の塔に昇るのも良いだろう。


「店の体裁を整えるのに遠慮する必要は無い。

 魔物討伐戦の報酬とカイルの護衛の報酬は使い切っても構わないと思う」

「はい、アキト様」

「お店の方は前と同じ感じで良いのね」

「基本は同じで、変えたいところがあれば二人で相談してくれ」


 この国に来る前にもこうして店を出していたので、無計画に考えているわけでは無い。

 その店は小学生高学年くらいの子が二人で立派に支えてくれていたので、クリスたちにも出来ると考えている。

 もちろん客商売である以上は大人の目が必要なので別に大人を雇う必要はあるが、売り上げさえ上がれば人を雇うことは難しくない。


「それじゃ始めるか」

「はい」

「わかったわ」


 モモの『洗浄』魔法が発動し、建物が大ざっぱに掃除されていく。

 気のせいか痛みのあったと思えるところも修復された……ごっそりと魔力が減ったので、モモが頑張ってくれたのだろう。

 一通りモモの魔法が終わったところで俺たちは新しい我が家に入る。

 ここで新しい生活の始まりだ。



お待たせいたしました。

アキトたちが成長するのと一緒に、モモも成長しているようです

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